第43話  残心

 あの場にいた者なら誰しもが思うだろう。俺が、アルラウネと分体の攻撃を受け、体を貫かれたと……。

 しかし、貫かれたはずの体からは、一滴の血も流れていない。それどころか、まるで攻撃をすり抜けているように、体を貫通している。──完全に狙い通りだ!


 その場で飛び、空中に回避した俺を見てトゥナが「カナデ君が、二人いる……?」っと呟いた。


 彼女の言う通り、地面で止まって串刺しになっている俺とは別に、地面を蹴り上げ攻撃を避けるために空中に飛んだ俺の二人が存在しているはずだ。


 これがミコと編み出した、魔法を使った回避術。【残心】の一つの形だ。


 俺は空中で無銘を抜き、一か所に集まっている分体に向かい、その鋭い刃を振りかざした。

 弧を描くように振るわれた抜刀の一振りで、半分の分体が倒れ、切り返しの二振りでもう半分の分体が倒れた。


「壱ノ型  残心」


 そう呟くと、串刺しになっていた魔法による分身体の姿が消え、空中から地面に着地した俺だけとなった。

 その後すぐ、今度は着地後体制を整える俺と、アルラウネに歩いていく分身体の二人となった。


 【残心】のもう一つの形。魔法を使った陽動術だ。 


 自身に向かい、歩いてくる分身体を見たアルラウネは、近づいて来る男に危機を感じたのだろう、蔦を慌てるように目の前の分身体に叩きつけた。


 しかし、その攻撃も魔法で作られた俺には当たることはなく、すり抜け地面を叩くのであった。


 ハーモニーは、俺が刺されたと思ったのだろうか? 腰を抜かした様に地面に座り込んでいた。


 「何ですか~今の……すごすぎて意味が分かりません~……」と呟き、驚いている。


 この技は、ミコが前に見せたプロジェクターのような魔法を応用して編み出したものだ。式の合図で静止画、型の合図で動画を再生する。

 俺の姿を最大で、式なら五体〔静止画五体〕、型なら三体〔動画三体〕まで出す事ができる。同時であれば、もっとも多く出して弐ノ型参式〔二体の動画、三体の静止画〕が限界らしい。


「壱ノ型 壱式 残心……」


 そう呟くと俺の姿が三人となり、その場で止まっている分身体と、左回りからアルラウネに向かって走っていく分身体が現れた。

 俺はその動きに合わせ、右回りからアルラウネに攻撃を仕掛ける。


 アルラウネはパニックとなり、俺の姿をしている全てに攻撃が当たるように大振りの攻撃を放った。


「──遅い!」


 大振りの隙を見逃さず、俺は距離を詰めた。

 そして目にも止まらぬ間に納刀されている無銘を引き抜き、三度みたびその輝きを見せ、俺は瞬く間にアルラウネの背中の蔦をすべて切り落とした。

 その後、アルラウネの背後で無銘を二度振り、ゆっくりと鞘に納めた。


 それが合図であったかのように、すかさず距離を詰めていたトゥナのレーヴァテインが、アルラウネの胸を貫いた。


とどめよ……」


 呟いたトゥナはそのまま空に向かって、その体を両断する様に斬り上げた。


 アルラウネは叫びの声を上げることもなく、上半身が真っ二つとなった。

 そして体の中から、石のようなものが空へと飛んでいき、空中でそれが真っ二つに割れると同時に、アルラウネの体は白く変色し、それは無数の花びらと成り、風に舞い飛び去った。


「か……勝ちましたか~?」


 腰を抜かしているハーモニーは、驚きを通り過ぎ唖然としているようだ。


 俺は魔物が死んでいく、その光景を見届けると、馬車に向かって歩きだした。

 目の前で笑顔でこちらを見て、片手を上に上げているトゥナに、俺はすれ違いざまにハイタッチをした。──決まった……。


 馬車の目の前まで着くと、戦闘が終わり緊張の糸が切れたのだろうか? 俺はひどい脱力感と共にその場に膝をついてしまった。


「カナデ君、大丈夫!」


 後ろから、トゥナの心配する声が聞こえる。


 無銘から飛び出してきたミコが「大丈夫カナ。魔力の吸われ過ぎで、カナデは力が入らないだけだモン」と親切に、説明をしてくれた。──吸われ過ぎって……吸ったのはお前だろ……。


「取りあえず森から出て、見通しの良いところに行きましょ。カナデ君立てる?」と手を差し伸べるトゥナ。その手を握り「ありがとう」と俺は起き上がった。


 腰の立たないハーモニーを、二人掛かりで御者席に乗せ、俺もその後なんとか荷台に乗り込んだ……。


 体が痛いとか、そういう訳ではない。ただ、ひどい眠気と倦怠感けんたいかんに襲われ、俺の意識は、気づかないうちに夢へといざなわれていた──。



──木製の車輪が、地面を蹴る様な音が聞こえる……。あれ? ここは何処だ? 俺は何をして……。

 あぁ~思い出してきたぞ? 俺は慣れない魔力使用で、疲労して寝てしまったのか……。まだまぶたは重いが、起きなければトゥナ達に要らぬ心配をかけてしまうかもしれない。


 俺はそんなことを考えながら、ゆっくり目を開けた……。その視界に映ったものは、豊満とは言いがたいが小さくもない、防具越しの胸……。そして、とびっきりの美少女の顔だ……。──頭の下の柔らかい感覚は、もしかして膝枕か?


──それを悟った瞬間! 俺は、自身が得意としている抜刀術よりも、素早く目を閉じ狸寝入りを決めた。──これはチャンスだ! 今と言う時間ときを全力で噛み締めろ! 俺!


「あ! 今カナデ目を開けたカナ! 絶対に起きたカナ!」と叫ぶミコの声がした……。──ミコめ……。明日マジックバックと一緒に洗濯してやるからな?


「カナデ君……? 起きたの?」と俺の頬をペチペチと叩くトゥナ。


あたかも、このペシペシで起きたかのように演技をして「ふぁぁぁぁ」と、俺は起き上がった。


「カナデさっき起きてたモン」っと言うミコの言葉を遮るように「みんな、おはよう!」と俺は声を上げた。──よしミコよ、明日は洗濯の後に天日干しもしてやろう!


「カナデさん起きたのですか~? 大丈夫ですか~!」


 どうやらハーモニーに、心配を掛けてしまったようだ。狸寝入りをしようとしたことに、若干の罪悪感を覚える……。──しかし、男なら誰しも同じことをするはずだ。


「二人とも心配かけたかな、ごめん。情けないところ見せちゃったな?」と、謝罪の言葉を述べた。


「こちらこそ、私達の──孤児院の為に頑張っていただいてありがとうございます~。とても格好良かったですよ~」


 そうか……。どうやら俺の情けない印象は、少しは和らいだようだな。


「カナデ君? 体の調子は大丈夫かしら? もうじき日が傾くわ、近くで野営するから、そこでゆっくり体を休めてね?」


 純粋無垢な、穢れのない瞳で俺を見つめ優しい言葉を掛けるトゥナ。──やめてくれ! 今優しくしないでくれ! 嬉しいけど罪悪感に押し潰されてしまいそうだ。謝るから! 開き直ってごめんなさいって、謝るから!


「本当に大丈夫? 顔色悪いわよ?」


「大丈夫……。大丈夫だから」と、俺はトゥナに笑顔を見せる。

 しかし、この後しばらくの間俺は、二人の顔を直視することはできなかったのだ……。





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