第42話  で、やっとやる気を出すカナデ。今日は本気出す。

 十体の分体達は、徒党ととうを組むかのようにアルラウネの前に一列に並び、自身の尖った腕を見せつけたあと、トゥナに向かいゆっくりと歩き出した。


 彼女は、それを見て隊列の隅から斬り崩していく。


 接触すると同時に、トゥナのレーヴァテインが閃光の如く一体を貫き、瞬く間にもう一体を斬り伏せた。


 残りの分体は、トゥナを囲む様に次々とその両手を振り回す。


 しかし、トゥナは相変わらずの見事なステップで、分体の攻撃をことごとく避けては、隙を見て斬りつけた。


 トゥナの見事な攻防により、アルラウネの分体は、一体、二体と数を減らしていく。──この様子なら、十分余裕だろう。


 ここにいる誰しもが、その様子を見てそう思ったに違いない。


 ──だがその時だ。使っていないはずの鑑定眼が勝手に発動し、俺の視界に数多の情報が表示されていく。


 視界内の地面に当たる部分に、気になる一つの単語を見つけた。


【──Danger!】っと言う、危険を表す言葉だ。


 「トゥナ! 大きく回避しろ! 何か来る!」


 俺の言葉を聞き、トゥナが宙返りをするように後方に回避した。──すると、複数の尖った枝が地面から現れ、先ほどまで彼女が居た空間を串刺しにしていく。

 

 その後、枝は人の形を成し、分体はまた十体に戻ってしまった。──あのまま気付かなかったら、トゥナが串刺しにされて居たかも知れないな……。


 トゥナも相手にしてられないと思ったのだろう、アルラウネを直接攻撃しようと試みるが、分体に道を阻まれてしまう。──数が多すぎる。それに、斬っても斬っても元に戻るし……。魔力は消費してるみたいだから、このままだと消耗戦だな?


 それにしても、余り状況が良くない。トゥナの機動力があるとは言え、あの数だ……。包囲網が徐々に狭まってきている。このままだと、トゥナの逃げ場が無くなるぞ?


「カナデさん~! トゥナさん大丈夫なんですよね? 何かあったりしないですよね~!」


 勢い良く俺を揺するハーモニー、気持ちは分かるけど止めてくれ。気持ち悪くなる。


「わ、分からない。正直状況が良いようには見えないけど」


 俺が素直な感想を言うと、泣き出しそうになるハーモニー。やはり、俺も加勢した方が良さそうか?

 そう思い、無銘の上に手を置き足を踏み出した。それに気づいたトゥナが「──来ないで!」と大声を上げた。


「待って、カナデ君! まだ大丈夫だから。それに、離れた隙にアルラウネがハーモニーを狙うかもしれないわ!」


 彼女は自身の心配より、俺や、その隣にいるエルフの少女が心配でならないらしい……。


「私は良いんです~! それより、トゥナさんを助けてください~!」


 完全に板挟みだ……。

 

 この二人、どうやら根っこの部分は、お人好しで出来ているらしい。そうだな……両方の意見を聞きつつも、今の俺に出来ることは一つしかなさそうだ。


 目を凝らし、一字一句アウラウネと、その分体のステータスを読み解く。

 ただ今の状況、ただ数字の結果や身体的な特徴を伝えても、そこに打開策はないだろう。もっと……もっとこの状況を打破できる、明確な弱点でもあれば……。


「何か、あの分体を何とかする手立てはないのか?」


──俺がそう言葉にすると、少しの脱力感の後、目の前からはステータスの数字と言葉は消え、見える世界が変わる。モノクロの背景の中にアルラウネと分体だけがグラデーションの様に色づく世界。


 なんだよコレは……。こんな事初めてだぞ? これも鑑定眼……なのか?

 もしかしたら、何か意味があるのかもしれない。

 

 そう思い、色づいている部分のみを注視した……。──ん? アルラウネから細い糸のようなものが見えるぞ……?


 その細い糸は、分体の身体中に巡っており、まるで血管の中を流れる血液のように、何かが流れている様に見えた。

 トゥナの振るう剣が分体を斬ると、アルラウネから延び繋がっているその糸も同様に斬られ、糸同士が結びつく。

 そしてその後、血管に枝や葉が纏わりつき、分体が直っていくように見える。


 「なぁ、ミコ? 聞こえるか? あの分体ってもしかして生きてる訳じゃないのか?」


 いつの間にか、俺のバックの中に収まっているミコに、今俺が感じている疑問を聞いてみた。


「何言ってるカナ! 当たり前カナ! 魔力の糸に葉っぱくっ付けてるだけだモン。早くトゥナン助けるカナ!」


 そうだよな……。だとしたら別に、分体なら斬っても殺したことにはならないよな? 無銘を抜く大義名分には十分だよな?


「トゥナ、分体の首の裏側を斬るんだ! それで一回こっちに戻ってこい!」


 俺の声を聞くと、トゥナは複数の分体攻撃をい潜り、何体かの分体を斬り上げるように、背中から首辺りを斬りつける。──思った通りだ。魔力の糸が集中してるところを斬れば、分体の再生が遅いぞ!


 隙間が出来た包囲網から抜け出し、トゥナはこちらに走ってきた。

 トゥナがハーモニーを守ってくれれば、俺はここから離れられる。


 しかし、それを見て焦ったのか、アルラウネは今まで使っては来なかったつたを背中から複数本伸ばし、トゥナの背後から攻撃を仕掛けた。


「トゥナさん~危ない~!」

 

 ハーモニーの叫びが響いた。俺は彼女の声より先に動き、トゥナとすれ違う。


「ここは俺に任せろ!」


 トゥナに掛けた言葉と共に。久しぶりに抜かれた無銘は、音を追い抜く様に振るわれ、目にも止まらぬ間に鞘に納められた。

 俺の周りには、トゥナを襲う為に放たれた蔦が散らばっている。


「カナデ君……ごめんなさい。貴方に無銘を抜かせてしまったみたいね……」


 トゥナは今の状況にうつむき、落ち込んでいるようだ。


「気にするな、今回の相手はアルラウネ以外は生き物じゃないからな。分体と蔦は俺が何とかするから、片付いたら隙を見てとどめを頼むよ」


 マジックバックをノックし、俺はバックに身を隠す少女に話しかけた。


「ミコあれをやるぞ? いけるよな?」


「あれってあれカナ? やっとボクのスゴさを見せるときが来たシ!」


 ミコは、それだけ口にすると、無銘の中に入っていった。

 俺は左手で鞘を持ち、いつでも抜ける体制を取りながら、無防備にアルラウネ達に向かい歩いていく。


 その様子を見て、分体達は俺を取り囲むように陣形を組み立てていく。


 アルラウネも、先ほど簡単に斬られたのを気にしてか、何本かの蔦を一本に束ねて出してきた。──どうやら、手を抜いてはくれなさそうだな。


 後ろからは、ハーモニーの「カナデさん大丈夫なんですか? ま~っすぐ歩いて行ってますよ~!」と心配する声が聞こえる。


「大丈夫だから、カナデ君普段あんなだけど、やる気出すと強いのよ? やればできる子なんだから」


 ハーモニーを落ち着かせようと、声をかけているのだろうか? でも、聞こえてるからな? 普段やらないダメな子みたいだろ……。


 俺は完全に分体に包囲され、はたから見たら多勢に無勢、完全に逃げ場を失ったように見えるだろう。


「壱式 、残心ざんしん……」


 俺が呟いた言葉の直後、周囲を囲んでいた分体の鋭い枝と、アルラウネの蔦が俺に向かって振るわれた。


「カナデ君!」

「カナデさん~!」


 その光景を見た女性二人の、悲痛な叫び声が森中に木霊したのだ……。

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