第41話 アルラウネ
俺達が乗った馬車は、最寄りの森に向かうべく、休憩以外では立ち止まることもなく軽快な走りを見せていた。
今視界に移る景色には、緑も動物も水辺も無く、心揺さぶられるものがない……楽しむ為の景色がほぼ無いのだ……。
「ハーモニー、目的地までは後どれぐらいなんだ?」
馬車の旅も、こうも刺激がないと飽きてくる。いやね? トラブルがあって欲しい訳じゃないけど……何処を見ても殺風景だしな?
今後、馬車での移動も増えるかもしれない。荷台で出来る趣味でも模索しないと退屈してしまうな……。ちなみにトゥナはミコと遊んでいて、俺がその間に入る隙が見当たらない。
「そうですね~、もう少しで着くとは思いますけど~?」
そう言いながら馬を走らせるハーモニー。何だかんだ、ずっと馬を走らせているだけの彼女が一番退屈してるんじゃないのか?
そんなことを思い、俺は何気なく荷台から
「カナデさん、どうかしたんですか~? こんな所にきて」
「いやな? 手持無沙汰だし、折角時間があるんだから御者の勉強でもさせてもらおうと思ってね。お願いできないかな?」
俺の発言に明らかな動揺を見せるハーモニ-。──冒険者が御者を勉強って珍しいのか? そんなこともないだろ?
「カナデさんは変わってますね~? 私みたいな小娘に頭を下げるなんて~……。大丈夫です、任せてください!」
そう言葉にしたハーモニーは、俺にとびっきりの笑顔を見せた。やはり彼女も、それなりに退屈していたのだろう。
その後の道中、俺は彼女からしばらく手ほどきを受け、開けた道では手綱を握らせてもらい御者の体験もさせてもらった。
「カナデ! ガタガタがひどいシ! ヘタクソカナ!」とクレームを受けることもあったけど。──いいもん! へこたれない!
ハーモニーからの御者のイロハを指導してもらいながらも、目的地の森は近づく。御者席から見る景色は、少しだけ違って見え新鮮に感じた。
「──す……すげぇ~」
俺も御者席から目の前の森を眺め、驚きの言葉を口にしてしまう。
目の前に現れたのは間違いなく森だ……。ただ一つだけ、俺の知っている常識とかけ離れていたのだ。
その常識とは……。俺が知っている木より、目の前に存在している木々は明らかに大きいのである。それも、とてつもなく! まるで自分が小さくなったのかと錯覚してしまうほどに。
木々の一本一本は、十メートル以上はあるのではないだろうか? そうだな……。例えるなら……五階建ての建物と同じぐらいだろうか?
ハーモニー曰く、この国では、木々の高さからこう呼ばれているらしい。
【ロングウッドの森】と。
森の中は、人の手によって間引きされているわけでは無いが、一本一本の木々の立っている幅が広い。そのためか、馬車が通れるだけの隙間が十分にある。
この木々に養分を吸われているのか、周囲に
まるで、誰かによって管理されているような、そんな印象さえ受ける。
入り口から少し進んだ所に馬車を止め、俺達は馬車を降りた。
周囲を警戒しつつも、魔物が居ないことを確認する。──よし……。ひとまず安心か?
俺は不意に、その場でしゃがみこみ、地面に触れた。
ソコは、枯れ木や枯れ草が
「──柔らかくて……温かい?」
普通の地面の土と少々違った感触。まるで、押すと跳ね返ってくるような……。
「カナデ君、この枯れ草を集めればいいのね?」
考え込んでいる俺に、トゥナが声をかけてきた。
「あぁ、大丈夫。十分過ぎると思うよ」
周りの木々のようすを
土の質が悪いなら、ここの木々はこれほどの成長は見込めないだろう。
念のために、鑑定眼越しに確認はしたが、ロングウッドの落ち葉:ロングウッドの木から落ちた落ち葉。としか情報がなかった。
鑑定眼の鑑定基準が分からないな? 明確に分かることもあれば、今みたいに表面的な内容のみとか……。まるで、生き物みたいだな?
「じゃぁ魔物が現れる前に、落ち葉を集めましょうか?」
トゥナの言うことはもっともだ、今は考えるより、落ち葉を集める方が先決だ!
俺達三人とミコは、持ってきておいたスコップで落ち葉を集めた。
トゥナとハーモニーがスコップで
当初はアイテムバックに入れてしまおうとも思ったが、トゥナとミコに止められたんだよな──。
「アイテムバックは貴重なものなのよ? 人前でむやみに使うのは良くないわ」
「虫とか入ってたら嫌カナ! ボクのくつろぎ空間に、虫は嫌カナ!」
──とのことらしい……。
作業は順調に進み、麻袋が一つ、二つとどんどん増えていく。しばらく作業を続けると、荷台の半分ぐらいは枯葉の入った麻袋で埋まった。
「もうこれぐらいでいいか?」
俺は枯葉が入った最期の麻袋を馬車に乗せ、両手を叩き、手についた汚れを払う。──よし! 何事もなく無事に終わったようだ。
「じゃぁ、急いでこの森からでるか?」
俺がそう言いながら、馬車に乗ろうと荷台に手をかけた。
「何も無くて良かったカナ、怖い思いしないですんだシ」
「おいミコ……それは言っちゃダメなやつだ!」
──その直後!
突如馬車の馬が暴れ、落ち着きを失くした。
馬車と接続しているハーネスを、無理やり引っ張る馬を、ハーモニーは慌てて落ち着かせる。
「森の入り口の方に……何か居るわね」
レーヴァテインを鞘から引き抜き、睨み付けるトゥナの視線の先に、上半身が裸で、腰の周りには花を身に着け、足は地面に埋まっている美女がいた……。
……ミコが、ミコが無銘の中にいなくて、ほんっとぉぉぉに良かった!
「カナデ……。鼻の下伸びてるカナ……」
「カナデさん……こんな時に、最低です~……」
おぉぉい! ミコ! 余計な事言うなよ! ハーモニーがドン引きしてるだろ? ってハーモニーさん? 俺から少し距離を取っていませんか?
そんなやり取りをしていると、アルラウネは両手を前に突き出し、手を下に向け広げた。
ゆっくり手首だけを起こすしぐさをすると、地面からはそれに合わせ、枯葉の体をした人形の化け物が十体ほど現れた。
──これが……ティアが言っていた分体か?
分体と思われる相手の両手は、鋭くとがった木の枝でできている。枝でできた骨組みに木の葉を
「カナデ君はハーモニーをお願い!」
その言葉だけを残し、軽快に分体に向かい飛び出すトゥナ。
前衛をトゥナ、後方護衛が俺。それが俺達の鉄板フォーメーションだ!
「相変わらずなんですね~……」と呆れた声を上げるハーモニー。──べ、別にいいしね! そんな発言にも俺はめげない! これが俺達のスタイルだから……うん……。
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