第36話 三人での食事会
俺はギルドカードを受け取り、あの部屋から立ち去った後。ティアの制止を振り払いながらも、依頼が張り出されている掲示板の前でトゥナと合流した。
そこでトゥナに、今晩の夕食の事を伝え、ティアが仕事を終えるのを、二人で依頼書を見ながら待つことにしたのだ。
「も、申し訳ありません。大変お待たせしました!」
余程急いで来たのだろう。ギルドの制服の上から、コートを羽織っただけのティアが、声を掛けながら小走りにこちらに近づいてきた。
「いえ、私たちも明日の仕事の打ち合わせしてたので大丈夫ですよ」
肩で息をするように、小さく「ハァハァ……」と呼吸を整えるティア。その唇につい視線が行ってしまう。──な、なんか……。ちょっとエロいな……大人の女性の魅力満載だ。
トゥナも美人だが、まだ可愛さが残っている感じで、大人の色気とはまた違うからな……。大人の女性との交流会! 誘って良かった!
俺は二人にばれないように、小さくガッツポーズをとりながら酒場に向かって歩き出した。
当然こんな美人を二人、両手に花の俺は、周囲の男共……。いや、女性達の注目まで集めている。──目立ったらダメなのに……。何だろ? この優越感!
酒場に着くものの「それにしても、私も一緒で良かったのですか?」と、不安そうな顔を向けるティア。
予約してあったギルドの酒場の椅子に腰掛けるが、どうもトゥナと一緒に食事を取るのを緊張しているのか、腰が引けているようだ。
「もちろん歓迎ですよ」
トゥナはそれが当然かの様に、純粋無垢な笑顔で答えた。
しかし、ティアには緊張が見て取れるな……。確かにスパイみたいな仕事だとしたら、緊張もするよな……? 仕方ない少しだけ助け船を出そうか?
「そうですよティアさん。友人同士、同じテーブルを囲むのは普通ですよ」
俺の言葉にトゥナも「カナデ君の言う通りですよ」と同意する。
「そう……ですよね? 友人同士なら、それが普通ですよね?」
余程嬉しかったのであろうか? 俯き顔を隠しているのだろうが、その顔からは笑顔がとめどなく溢れている。
実の所、今回食事に誘った一番の目的はこれだ。
余計なお節介かもしれないが、あの時の彼女の顔を見たら世話を焼きたくなったんだから仕方ない! こんな気の回し方、似合わないのは自分が一番知ってる。
事前に注文しておいた飲み物と料理が次々と目の前に出されていく。大人であるティアさんの為に、俺達はお酒も注文しておいた。
「ティアさん、ずっとお世話になりっぱなしでごめんなさい。改めて、今後もよろしくお願いしますね?」
トゥナはそう言うと、木製のピッチャーのような容器に入っているエールを「ティアさんどうぞ」と彼女に差し出した。
「あ……。あの~? お酒は……あまり……」
「苦手でしたか? ごめんなさい……。大人の方がみんな美味しそうに飲んでいるので……」
小動物の様にシュンとなるトゥナ。見るからに残念そうな顔をした、彼女の顔を見て「いえ! お酒大好きです!」と、ティアはガラス製のグラスを出した。
そして、笑顔に戻ったトゥナに「どうぞ」と、ついでもらったのだ。
それにしても良いね! 仲良き事は美しきかな? 特に美人と美少女なら尚更だ。眼福眼福。
グラスに注がれるエールが、ティアによって次々と飲み干されていく。──おぉぉ! ティアさん……。いい飲みっぷりだ。
あわよくば、聞けなかった情報も、この機会に聞き出すことが出来るかもと思ったが……。もしかしたら、これなら本当に上手く行くかもしれないな?
──ただそれが失敗だと気づくのに、さほど時間が掛からなかったのだ……。
体感時間で約十五分ぐらいだろうか……?
「フォルチュナしゃま~。食べてましゅか~?」
目の前には、完全に酒に飲まれている、絶世の美女の姿が。
少し赤く火照ったティアの顔は普段の凛としたものでは無く、親しみやすい、綺麗なお姉さんの様な。──って! 完全に出来上がってるじゃないか! トゥナ飲ませすぎだよ……。
それに気のせいか……? 二人の距離が近付いたような……。いやね? 比喩表現じゃなく、物理的に近づいてるよね?
「わたひ……わたひ、ずっとずーっとこんなふうひ、フォルチュナ様とお友達ひになりひゃかったんれふ……」
そう言いながら、トゥナの手をスリスリと撫で回すティア。──雲行きが怪しい……。でもなぜだろう? そう思いつつも目が離せない。
「私も嬉しいです。ティアさん、私が新人冒険者の頃からずーっと面倒見てくれてて……。ずっとお姉さんみたいに思ってたから」
トゥナがそう言葉にすると、ティアは涙を流しながら俺を睨みつけた。
「カニャデ様はじゅるいです! フォルチュナ様と冒険できて!」と、何故か俺に怒りの矛先が向いてしまった……。
先程から妙に周囲の視線を浴びているのに……。この後の展開に、嫌な予感しかしない。
ティアは自分の頬を、トゥナの頬に当て頬擦りをした後、再びこちらを睨みつけた。
「カニャデ様~分かってますよねぇ~ぃ? フォルチュナ様に手をだしたるぁ~、もいじゃいますよぉ~ヒクッ」と、とんでもないことを言い出したのだ……。
そう言えばこの人、過去におやびん事件でトゥナに良かぬことを吹き込んだ前科があったな? 嫌なことを思い出した……。もいじゃうって、そう意味だよな?
恐怖を覚えつつも、ティアの憂いを帯びた眼差しが、
酒場中の人達全員が、その場で足を止めこちらを見ている気さえしてきた……。
「もぅ~フォルチュナ様だいしゅきです……。ちゅ~ってしらいぐらい!」
あぁ~、もうこの人ダメだ……。完全に自分の立場を忘れてるな? このままだと明日からギルドに顔を出せなくなるんじゃないか?
──っと思った、その時だ!
「キスですか? 毎朝と毎晩、お母様にしてもらってました。こうすればいいのよね?」
トゥナはそう言うと、不意にティアの唇に「──ちゅっ」と、小鳥のように可愛らしく接吻をしてしまった。
「──おっぉおおぉぉぉぉっぉ!」
外野からの興奮の叫び声が、酒場中を満たした。──おぉ~って。もう盗み見てるとかの話じゃないだろ! 勘弁してくれよ……。
そして等の本人たちはと言うと。
トゥナはいつも通りに、平然な顔でティアを笑顔で見ている。
──そしてティアは……。
まるで漫画やアニメのように顔中を真っ赤にさせ、湯気を頭から出し、その場に倒れることとなったのだ……。
それを見て慌てるトゥナと、先ほどのやり取りを見て盛り上がる店内……。──全然情報を引き出すことが出来なかった……。
分かったのは、目の前に倒れている彼女が、どれだけトゥナが好きかって事ぐらいだけだった……。
彼女を宿泊先に連れて行くために、俺はティアをおぶる。普段なら役得だと思うのだろうが、寝言で「もぎますよ?」の台詞に、俺はキュッ! として、色んな感触を楽しむどころではなかったのだ。
支払いを済ませようとすると「今日は店で持たせてくれ、兄ちゃん!」っと店の亭主にサービスを受けた。断る理由もないので御馳走になったが見世物になった気分だ。
そしてその晩、謎の熱気に包まれた酒場の売り上げは、過去一になったとかならなかったとか……。
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