第35話 受付嬢

 声がした先には、ここにはいるはずのない、見覚えのある顔があった。

 彼女の顔は、接客業という職業上微笑むべきだと思うのだが、何故か笑顔と言うよりは、どちらかというと怒っている様にも見える。


「ティアさんじゃないですか! なんでフィーデスのギルドに居るんですか!」


 トゥナが驚くのも当然だろう。目の前にいる彼女は、つい数日前までグローリア城下町で、ギルドの受付をしていた女性なのだから。──確か、トゥナの担当だとか言ってたな?


 彼女はカウンターの中で立ち上がり、豊満な胸を張り、仁王立ちで堂々としたポーズを取った。


「私は、フォルトゥナ様の担当ですからね」と、トゥナを見て笑顔でさらっと答える彼女。──いやいや……。担当一人の為に転勤とか、どう考えてもおかしいだろ?


「なるほど、そう言う事ですか……。担当さんって大変なんですね。申し訳ありません。ご迷惑かけて…」と、何故か納得するトゥナ。


──って信じるのかよ! そんなわけ無いって! トゥナって普段常識人みたいな感じだけど、そう言うところあるぞ? 変に世間知らずな所……。


 トゥナの申し訳なさそうな態度に「大丈夫ですよ、フォルトゥナ様。気にしないで下さい」と、笑顔で答えるティア。


 俺と目が合うと、トゥナにばれないよう人差し指を一本立て、口元に当てながらウィンクをする。──内緒にしてほしい……みたいだな。


「フォルトゥナ様、カナデ様。所で本日はどのようなご用件でしょうか?」


 彼女は雰囲気を切り替え、受付嬢としての仕事に戻った。まるで何事も無かったかのように完全なる営業スマイルを見せるティア。──まぁ~、彼女にもグローリアを出る時の恩義があるし、今のところはトゥナにも黙っておいてやるか。


「護衛依頼を完了したから、報告に来たの」と、完了した依頼書をティアに渡した。


「拝見しますね」


 ティアは依頼書を受け取り、不備が無いか確認をする。


「はい、確かに」と、受領印を押して、テーブルの下からお金を出しトゥナに渡した。──彼女の得意なやつだ。テーブルの下に、マジックバックでもあるのだろうか……? 気になる……。


 トゥナはお金を受けとると、中身を確認後に半分に分け俺に渡す。それを俺が「ありがとう」と受け取ると、俺の言葉に彼女は笑顔で返した。


「教会までの護衛依頼お疲れ様でした。そう言えば護衛先の依頼で、別案件の依頼書が出てましたよ?」と、トゥナに向かって連絡をするティア。


「そうなんですか? それじゃぁ、何かの縁かもしれないですね。依頼書を見に行ってみます。カナデ君 、行きましょう」

 

 俺とトゥナが、振り返り新しい依頼書を見に行こうとした、その時だ。


「──カナデ様と、少しお話をしたいのですが?」と突然。ティアが俺たちを静止したのだ。


「……俺と?」


「はい、カナデ様とです」


 美女からのお誘いか……。彼女は俺が指名手配を受けていることを知っていたよな? 多分、その事に関しての話なのであろう……。ここで断るのも不自然か?


 俺はトゥナの顔を見ると「それじゃ~私だけで見てくるから、後で相談しましょ」と言って、壁に張り出されている依頼書の方へと向かっていった。──トゥナは、余程ティアの事を信頼しているみたいだな……。信じてみるか?


「私達も移動しましょうか?」ティアはそう言うと、ギルドの受付の中にある通路を進んでいく。


「こちらへどうぞ」


 俺は、彼女の後を着いてギルドの職員通路に入って行く。


 道中驚くことに、すれ違うギルド職員は一人も例外は無く、老若男女すべての人が揃いも揃って、ティアを見ると深々と頭を下げていく。──実はかなり偉い人なんじゃ……。


 ティアは足を止め、立派なドアの前で立ち止まり、ドアを開くと「どうぞ」と、俺に部屋の入ることを進める。


 小声で「鑑定」と呟き、赤い瞳越しに中を見ても、特に罠らしいものは見当たらない。 念のために無銘の上に左手を置きつつも、俺は部屋の中へと入った。


 部屋の中は高そうな絵やガラスを使った彫刻、テーブルとソファーがある。シンプルな作りだ。俺は座るように勧められ、彼女の指示通りにソファーに腰を掛けた。


「俺に何のようですか?」


 腰を掛けてすぐ、ティアに向かって俺が抱いている疑問をぶつける。捕まる事はあっても、こんなVIPルームに通される覚えもないからな……。罠だと思い、警戒をしてしまうのは当然だ。


 彼女もそれを察してか「そんなに警戒しないで下さい」っと部屋に備え付けられていた蜜菓子と、色のついた飲み物を俺に差し出した。


「あまり怖い顔をなさっていますと、女性は怯えてしまいますよ?」っと冗談まじりなのだろうか? そのような台詞と共に、俺に見えるように一枚のカードを差し出す。


「それが今回、御呼び立てした理由です」


 俺に見えるようにテーブルに置かれたカードを、警戒しながらも手にした「これは……ギルドカード?」


 ギルドのメンバーに発行される、ギルドの身分証明書、ソコには俺の名前と聞いたことのない身分が記載されていた。

 確かトゥナから、ギルドカードは偽造することができないと聞いた事があるんだけど……。


「カナデ様が、フォルトゥナ様とパーティーを組んだときに、本来なら渡したかったのですが。私が忙しかったのと、その後直接会う機会が無かったのでお渡しが遅れました」


 本来は冒険者になる時に、受付で渡されるはずのカードをこんな場所で……? 裏があるとしか思えないだろ?


「身分に身に覚えのない内容が、記載されているのですが?」


 ティアは俺の発言を聞き、とぼけるような素振りの後、両手を合わせ自分の頬の横に当てた。


「あぁ~そうですね。フォルトゥナ様に害が及ぶと行けないので、失礼ながら多少カナデ様の事を調べさせて頂きました。結局何も分からなかったので、コチラで記載しておいたのですよ」


 彼女の一言に、ソファーを飛び退き間合いを取る……。──俺の事を調べた? 聖剣を切ったことがばれたから此処に呼び出しを?


 彼女はその場を立ち、万歳のポーズをとりながら「私は、今はカナデ様の敵ではありません」っと言った。


「今は……って事は、今後敵になると?」


「それは今後フォルトゥナ様に、害を及ぼすなら……そうなりますね」


 目の前の女性の顔は、微笑んでいるように見える。しかし、目だけが笑っていない。冗談ではなさそうだな。


「そちらは受けとって下さいね。グローリア国外に出るのでしたら、それが必要になるはずです。持ってないとフォルトゥナ様が困ってしまいます」と、先程俺が見たカードを指差す。


 目の前の彼女は、笑顔でとんでもないことを淡々と答えていたのだが……。どこまで信用して良いものなのか? ここに通されたのは俺の身分って言うよりは、トゥナに関係が?


「ティアさんは、トゥナとどういう関係なんですか?」


 俺の問いかけに、彼女は顔色を曇らせ苦笑いを浮かべた……。


「う~ん、そうですね……やはり担当なのでしょうね? 友人と言えるほどの仲でもないので……」


 そう口にしたティアは、みるみる悲しそうな顔に変わっていく。愛想笑いまで無くなるのは、今日初めてかもしれないな? 余程、トゥナとの関係性に思うところがあったのだろう。

 しかし、ティアの表情を見る限り、トゥナを大事に思っていることは間違いないだろう。


「本当の身分がわからない俺を、信用するのか?」


「それに関しては、フォルトゥナ様が選択した以上、私に選択肢はありませんので」


 なるほどな……。それにしても、ティアさんの素性も分からないが、トゥナの素性も怪しく思えてきたぞ…?

 ここまでトゥナに固執してるところを見ると、実は彼女は貴族だったりするとか? 箱入り娘なら、あの世間知らずな所が有るのも頷けるけど……。


──ってことは! ティアはトゥナの親御さんに雇われたスパイか何かって所か?


「二人の正体は……教えてはくれないですよね?」


 俺の発言にクスリと笑いながら「あら~? どちらか一人でなく、二人共なんですか? カナデ様は欲しがりさんなんですね」と、俺は茶化されてしまった……。──欲しがりさんって……。大人の余裕ってやつなのか?


 彼女は先程と同じように、人差し指を口元に立て「残念ながら……。秘密です」とウィンクをした。


 う~ん、これ以上聞いても教えてくれそうにないな?

 テーブルの上のギルドカードを手に取り、俺はマジックバックにしまい席を立った。


 そんな俺を見て、ティアは慌てるようにその場に立ち、深々と頭を下げ「フォルトゥナ様に怪我が無いよう。どうか、よろしくお願いします」と力強く俺にお願いをした。


 どうも、彼女のこの粋な態度は、仕事だけ……って事では無い気がするんだよな……? 俺には純粋な好意に見えるんだよ。


──そうだ! 何かわかるかも知れないし。


「じゃぁ~この後、ティアさんが仕事が終わり次第、三人で飯にしましょう。トゥナには俺が話すんで。ティアさんのお願いは、それで手を打っておきますよ」


 そう言って俺はその部屋を後にした。


 後ろからは「──はい! カナデ様、待ってくださいよ!」と声がしたが、俺は聞こえないふりをして、そのままトゥナの所に向かったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る