第26話 新たなる旅立ち

 この村に来てもう二、三日ぐらい経っただろうか? こんなに長居するとは思ってなかったな……。

 色々あって完全に忘れていたが、俺は現在指名手配されているため、国外へ逃亡中だった……。

 手配書と特徴を変えたお陰か? 一切騒がれずに過ごせているけど、それも時間の問題だろう。


「にぃちゃん! にぃちゃん! 行かないでよ! ずっとうちにいればイイだろ?」


 俺はロック鳥の山で回収した坊主の親父さんの形見を、トゥナの頑張りを説明しながら彼に渡した……。

 何となく予想はしていたが、その時は大泣きをされたものの、今はこの通り……元気一杯に俺達に懐いてくれている訳で……。──悪い気はしないけど……随分態度が変わったな……これがこの子の本来の姿なのかもしれないな。


 俺は前にトゥナがしていたように、しゃがみ込み彼の目線に合わせた。


「そう言うわけにも行かないんだよ。俺にもやらないといけない事があるからな」


 今回の一件で再認識した。俺は鍛冶が大好きなんだって。そして同時に、じいちゃんの実力には程遠い事を……。

 だから今、歩みを止めるわけにはいかない! 誰にも追われない自由な環境で、自分の鍛冶屋を持つ! それで、じいちゃんの実力を抜いて帯刀流を復活させてやる! それが俺の目標なのだから!


 坊主の境遇には多少なりの同情も覚える……。今回の一番の被害者は、彼だったのかも知れないな……。


「じゃ、じゃぁ、ねぇちゃんは残ってよ! 僕のお嫁さんにしてあげるからさ!」


 前言撤回だ、この坊主! よりにもよってトゥナをお嫁さんにだと? 俺の大事なパーティーメンバーなんだからな? 手を出すと……例え子供でも……斬る!


『カナデ、大人気ないカナ……』


 べ……別に大人気なくてもいいしね。トゥナが居なければ俺は路頭に迷ってしまう。それなら大人気ないぐらい、どうってことないし……。アレ? 俺、かなりのダメ人間じゃないか?


『ハァァァ……』


 おい、ミコさん……念話でまでため息をつかないでくれないか? 頭の中でため息が反響するから……。俺が、いたたまれない気持ちになるだろ?


 駄々をこねる坊主の頭を優しく撫でながら「ワガママいっちゃダメでしょ?」と、大人の対応を見せるトゥナ。──おい……目の前に女神がいるぞ……?


『カナデもトゥナン見習うカナ!』


 何だろう……最近やけにミコが説教臭いな? それにしてもミコに言われると、何だか釈然としないんだよな……。


『なんでカナ!』


 俺とミコが念話でじゃれている最中。すぐ近くに、木製の車輪を転がし一台の馬車が近づいてきた。

 御者ぎょしゃの制止の合図と共に、 馬車は俺達のすぐ隣で止まった。


「御二方が護衛の冒険者様ですか~? 今回は依頼を受けてくれて、助かりました~。よろしくお願いします」っと、年端も行かぬ少女の声の持ち主が、声を掛けてきた。──子供……か?


 なるほど……。今朝方、トゥナの姿を見ないと思ったらこう言う事か? ギルドで依頼をを受け、路賃を稼ぎつつも馬車と言う移動手段を確保する……。ふむふむ、中々に抜け目のない子だな! できる!


 それにしても顔は外套で見えないが、えらく若くて間の抜けた声の御者だな……。体も小柄って言うか……ちびっ子だし? まぁ、ドワーフみたいな種族もいるわけだし、気にしても仕方ないか?


「はい、コチラこそよろしくお願いします」


 トゥナはそう言うと、スカートの裾をチョイっと掴み軽く一礼をした。──一緒に行動しているとたまに思うが……彼女の行動一つ一つに不思議と優雅さがあるんだよな……。食事中とかも、食べ方が凄く綺麗だし? どっかの精霊様にも見習わせたい。


『誰の事なのカナ!』と怒るミコ、怒るってことは少なからず自覚症状があるのだろうか……?


 さて、いつまでものんびりしてるわけにもいかないな?


「それじゃぁ準備も出来てるし、早速行こうか?」


 俺とトゥナは馬車に乗り込もうとするが、坊主がどうしてもトゥナのスカートを離そうとしない……。──困ったものだ……。「行かないでよ~」っと泣き出す始末だし……。


 それを見かねてか、宿の亭主が「ファーマ! 手を離しなさい」っと、坊主を抱きかかえた。

 亭主は頭をペコペコ下げながら「申訳ありません! 申訳ありません!」っと、ひたすら頭を下げる。


 この人との会話は終始謝罪の言葉な気がするな……。でもまぁ、宿代は本当にタダにしてくれたし、携帯用の食料も分けてくれた。もちろん……醤油モドキもな!


 それに今思うと、彼にも思うところがあったのかもしれないな……。自業自得な所もあったが彼も友人を亡くし、そのことで周囲に迷惑をかけたわけだし。騙された事を良しとする気はないけどな。


 宿屋の亭主に抱きかかえられている坊主の邪魔がない為、今度はすんなりと馬車の荷台に乗り込むことが出来た。


 目の前の坊主は「行かないで……。行っちゃやだよ~」っと大泣きをしているわけだが……。──流石にこれだけ泣かれると、トゥナも後ろ髪を引かれているみたいだな……。


 泣いている坊主を見かねて、大きな声で「ファーマは男だろ? 簡単に泣くな!」っと、らしくない事を叫んでしまった。

 坊主は、目に涙を浮かべているものの、俺の一言で泣くのを我慢しているようだ。


「いつか、絶対にまた会えるから!」トゥナの声に、何度も何度も首を縦に振り俺達に向かって手を振ってくれた。


 それを皮切りに鞭をたたく音が聞こえた。馬車は整地されていないガタガタの地面を蹴る様に、馬の足音と車輪の音と共に前に……前に進んでいく。


「にいちゃん! ねぇちゃん! ありがとうね! また会おうね!」


 少しだけ成長を見せた少年は、宿屋の亭主の手を振り払い、涙を流しながらも走り出した馬車を必死で追いかける。


「僕! ねぇちゃんみたいに絶対に強くなるからね!」


 しばらく追いかけるものの、走る馬車に追いつけなくなり足を止めた。坊主は、ただただ、一生懸命に俺達に向けて……いや、トゥナに向けて手を振った。──トゥナみたいって、俺はどこに行ったんだよ!


 馬車の歩みは無情にも止まることは無く、少年との距離は離れ姿も見えなくなってしまった。──あの坊主……いや、ファーマはきっと強く成長するだろう。なんたって、トゥナみたいになるんだからな。


「カナデ君……たった数日なのに、色々あったわね」


「あぁ~そうだな……。でも、悪くは無かったよ」


 馬車は村の外に出て整備もされていない道をひたすら道なりに進んでいく。

 ふと村を見ると、その中でも一番高い煙突からは、今日もうっすらと白い煙が上がっている。──ガイアのおっさんも元気でいてくれるといいな……。


「──カナデ君!」


「ん?」


 トゥナの声に、振り返ると俺のすぐ隣彼女は腰を掛けた。


「今回は、本当にありがとうございました! 後……。ごめんなさい……」


 馬車の荷台に横並びに座ったトゥナの手が、無銘の上にさっと置かれた。


「私……カナデ君がこの子を抜かなくてもイイように……頑張るから」と透き通った青のガラス玉の様な瞳で、真っすぐ俺を見てきた……。


 俺はいつもの様に、目線を外し「まぁ~無理はしないように」とぶっきらぼうに答える。

 無性に照れ臭くなった俺は、自分の顔を隠す様に藁の山に体を預けて目を閉じた……。

 この数日間の出会いを思い出し振り返る……今の胸の中にある暖かさを忘れないように。

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