第25話 刺突剣

 俺はひとしきり動揺すると、少しだけ冷静になり深呼吸の後、宿屋に入った……。トゥナの様子を見に向かったのだ。──泣いてたのって……どう考えても俺のせいだよな……?


 宿に入ると、右手側の階段を上りトゥナの部屋に繋がる廊下を、不安な気持ちで歩いていく……。


 彼女の部屋の前で、再び大きく深呼吸をして、優しくドアを三度ノックした……。


 部屋の中から「ど、どうぞ」っと声がしたので、ドアノブを握り「失礼します」っと扉を開け、部屋の中へと入っていった。


 俺が宿泊している部屋と、間取りも作りも同じなのに、開けた瞬間……部屋の中には、木漏れ日の様な優しい光と、フワッと薫る芳しい花のような良い匂いがした……。


 部屋の片隅には、藁のベットの上に座り俺が作った剣を抱き締めながら、それで顔を隠しているトゥナの姿があった。


 隠れきれいない、可愛らしく覗かせている瞳で俺を見つめながら「ソコの椅子に……どうぞ……」と、椅子を勧めてくれた。


 俺は椅子に座り、彼女の顔を覗き込むように正面から見た。

 流した涙の為か……頬は若干赤らみ、瞳は憂いを帯びているように見えた……。──しまった! どうしよう……この後どうするか全然考えていなかったぞ? な、何か気の聞いた言葉をかけないと……。


「「…………」」


──駄目だったぁ~!


 しばらくお互いに沈黙が続き、それに耐えかねてなのか、トゥナが先に「この剣……私にだよね……? ありがとうカナデ君……お礼言うの、遅れてごめんなさい……」と、小さな声で彼女は俺に告げた。


 バックの中から「カナデへたれカナ……」とか聞こえたけど、今は気にしない!今は泣かせた事を何とか謝らないと……。


 俺は自分の中にある、ちっぽけな勇気を絞り出し、何とか嫌われないように声をかけた。

 

「こちらこそゴメン! 少しデリカシーに欠けてた! 俺……鍛冶ぐらいでしか、人より勝ることが無くて……。もう少し女の子に好まれるようなプレゼント出来れば良かったけど……」


 それだけ言葉にして、椅子に座ったままトゥナに頭を下げる……。


「ううん、必要なものだし……ソレに……」


 トゥナは剣の鞘に頬を当て、さらに強く抱き締めるように「私……カナデ君が作ってくれた、これがイイの……」と、目を細めるように微笑んだ……。


 その彼女の笑顔は、今の俺には天使か女神のようにしか見えなかった……。直視出来ないぐらいに輝いて見えて……。


「おほんっ……。そ、それなら良かったけど?」


 反らした顔が、ほころんでしまう……。彼女のあの笑顔が見たくて、あの剣を打った訳だし……嬉しくないわけがない。──本当に作ったかいがあった……。もしかしたら、俺が彼女の笑顔に救われたかもしれないな……。


「カナデ君……この剣、抜いてみてもいいかな?」


 抱きしめていた剣を横向きにして膝の上に置く、そして、先ほどまで隠してた顔を俺に真っ直ぐ向けた。

 彼女が俺に質問をするがニヤケ顔が治らない為、今度は俺が彼女を直視できない……。


「あぁ、それはもうトゥナの剣だからな……好きにしていいよ」


 つい、ぶっきらぼうな言い方で返してしまった。──俺は馬鹿か!


 マジックバック内のミコも、バックから体を出し「カナデは馬鹿カナ!」と言いながら、俺の横っ腹を殴っている。──体は痛くないが……心が痛いな……。


 目の前の彼女は、先程まで抱き締めていた剣の鞘を左手に持ち、右手でゆっくりと引き抜いていった。


 騎士が誓いを立てるかの様に、刃を自分の目の前に真っ直ぐと立て、じっくり鑑賞していく……。


「初めてみる細身の剣だけど……驚いたわ……とても綺麗ね……」


 彼女が剣を見て、綺麗とため息を漏らすように、俺もそんな彼女に、つい目を奪われた。──トゥナ……綺麗だな……。

 その姿はまるで、手を伸ばしても届くことは無い、剣を目の前で掲げている女神の様だ……と……。


 彼女は切っ先から順番に鑑賞し、手元の辺りまでくると「この装飾品って……」と、前の剣の装飾品に気付いた様だ。


──そう言えば、砕けた剣を彼女に許可なく使っていたぞ!


「ごめんトゥナ! 前の砕けた剣、勝手に材料に使わせてもらっちゃった……トゥナが大切にしてたから、別物にはなったけど、何とか甦らせたくて……」


 刀を打つ鍛冶屋が、自分の作品につい、思い入れを持つことがある。

 それを扱い、命を預けていた剣士が自分の剣を大切じゃない訳がない……。

 だから彼女には、前の剣の思い出と共に今の剣を愛してもらいたいと思ったのだ。


「大丈夫だよ。カナデ君……。ありがとう……」


 トゥナは鞘に、ゆっくりと刃を納めながら「じゃぁこの子は、カナデ君が作ってくれた子供みたいなものね」と、とんでもない比喩表現をした。──前折れた剣の、ってことだよな? 俺とトゥナの……子供……って意味だったりして?


「カナデ…よこしまカナ?」


 コイツ……何で無銘の中に居ないのに人の心読んでんだよ……。

 もしかしたら、念話って実体化してても実は出来るのか……? だとしたら、今後気を抜く間も……。


「カナデ、顔に出てるカナ。念話がなくてもまる分かりだシ」


 そう言いながらあっかんべーをするミコ……。──それ、久しぶりに見たわ……。

 それにしても、何で分かるんだ……? 俺……そんなに分かりやすいか?


 ミコは俺の悩みもつゆ知らず、マジックバックの中から飛び出て「ボクも剣見るカナ」と、今度はトゥナの胸元へと収まった。──いつの間にか……偉い仲良くなってるな?


 ミコが突然、思い出した様に振り返り、じぃ~っと俺を見つめ「ねぇねぇ?」と声をかけてきた。


「なんだよ、ミコ? 何処かおかしなところがあったか?」


「違うカナ。そうじゃないカナ」と首を左右に振るミコ。


「この二人の子供。名前はどうするのカナ?」と、突然。良い笑顔でさらりと爆弾発言をしやがったのだ……。俺はその言葉を聞き、つい唖然として言葉を失ってしまった……。


「もう、カナデ! しっかりするカナ!」


 ミコが暴れるもんだから、ムニムニ揺れ動いて……ダメだダメだ! よこしまな考えをしてしまう……! 今は、名前だ! ムニムニじゃない!


 五度ほど咳払いをして、何食わぬ顔で「名前はトゥナが決めなよ? ちなみに俺の国だと、刺突剣しとつけんって種類の剣かな」と、口にした。もう一度だけ言っておこう。五度ほど咳払いをしたが、何食わぬ顔で……っだ!


 ミコの問題発言を聞き先ほどから何やら悩んでるトゥナが、真剣な顔をして俯いている。──名前を考えているんだろうか?


 まぁ正直、自分で打った剣に名前を付けるのは恥ずかしいから、トゥナに無茶振りをした所はある。何より……ネーミングセンスには自信が無いんだよ……。

 それに彼女なら、とんでもネームはつけないだろ? 多分!


 彼女は俯いていた顔を上げ、あごに当ててた手を下ろした。──どうやら名前が決まった様だな。


「じゃぁ…刺突剣レーヴァテインでどうかしら?」


 またえらい大層な名前を……カッコいいとは思う。カッコいいとは思うけど、自分が作ったものにその壮大な名前は……恥ずかしいな……。

 今さら「やっぱ名前ってつけないといけないのか?」っとも言えないし……。


「駄目かしら…?」


 俺の顔色をしたから覗きこむ様に、不安そうな顔で覗きこむトゥナ……。俺はそんな彼女に、当然駄目とは言えるわけもなく。「い、いいんじゃないカナ?」っと、ミコみたいな口調で、できる限りの笑顔で返事をした。──俺は……上手に笑えているだろうか……?


「レーヴァテイン……凄くカッコいいカナ! 今日からテインちゃんは無銘の後輩だシ! だから無銘に住んでるボクを敬うカナ!」


 そう言葉にして腰に手を置き、ふんぞり返るミコ。その姿を見て、苦笑しながらも何処か和まされてしまった。──何と上下関係作ろうとしてるんだよ……。 


「──ねぇちゃん~! にぃちゃん~! 晩御飯が出来たからいつでも降りておいで!」


 下の階からだろうか? 突然、ファーマが俺達を呼ぶ大きな声が聞こえた……。──あの坊主……めんどくさがりやがって下から叫んだな?


 まぁ~……。トゥナの顔を見て安心したら腹も減ったな……。

「飯、行こうか?」っと席を立ち、壁に立て掛けたままの無銘を手に取り腰にさす。


 トゥナも「うん」と藁のベットから立ち、俺と一緒に一階の食堂へと向かった。

 この時俺は、自分が異世界で食べる三人での食事が、楽しみになっていることに気づいたのだった。

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