第24話 だめだめカナ!

 生まれたばかりの剣の仕上げを始めてから、随分と時間がたった……。太陽は知らぬ間に顔を出し、空のてっぺんまできている。

 季節のため、外はまだ寒いはずなのだが……クルム村の外れの鍛冶屋では、汗を流しながら作業をしている男達がいた。


「カナデの坊主! どうだい? このつばの仕上がりは!」


 ドワーフの鍛冶職人、ガイアのおっさんが完成した鍔を自信ありげに掲げて、俺に見せた。


 形状は曲線鍔スウェプト・ヒルト※1……。鍔だけではなく、柄も一体となっており、デザインは炎をイメージして作ってもらった。


 その炎の形をした鍔を覗き込むと、その曲線鍔の隙間から、トゥナが初めに使っていた剣の、家紋の装飾が姿を覗かせた。


「ガイアのおっさん、こっちも出来たぜ」


 完成した刃は、西洋剣の分類に入るが、刀の様に波紋が見られる。その波紋は直刃すぐは※2の波紋で、すらっと波をうっていないのが特徴の波紋だ。


 身近にあった羊皮紙ようひしを刃の上に乗せ、刃先を上へと持ち上げると、羊皮紙は真っ二つとなり、そのまま空を舞うように地面へと落ちていった。


「おいおい……なんだよその切れ味の剣は……ワシも二百五十年ぐらい生きておるが、そんな切れ味の剣拝んだ事ないぞ!」


 切れ味を追求した武器、刀の技術の応用だ。本気で作ったし、切れ味には自信がある!


「ガイアのおっさんのソレも、大したもんだよ。まるで炎が揺らいでるようだ。」


 ガイアのおっさんの創った鍔は、何本もの曲線を帯びた金属が複雑に絡み合い、揺らめく炎を模していた。

 その計算され尽くしたデザインは、ただの武器と言うより、もはや芸術品の域に近いかもしれない。


「ハッハッハッ、止せやい。坊主にあれだけはっぱかけられたら、ワシじゃって本気を出さないわけにもいかないじゃろ?」


 そう言うと、手に持っていた曲線鍔を俺に渡し「最高の……仕事じゃったよ」っと満足そうな顔で俺を見つめた。


 真の職人の彼の言葉に、胸が高鳴り熱を持つ……この時やっと、なにもすることが出来なかった自身を誇らしく思えた。──これなら……トゥナも、元気をだしてくれるよな……?


 彼から鍔を預かり、俺のもっている刃を固定するとソレは一つとなり、見事な装飾帯びた剣となった。


 危ないのでおっちゃんから少しだけ離れ、半身に構え、全力で突きを放った…。


 一筋の閃光の様に繰り出された刃は、変なしなりもなく、銀色の美しい直線を生んだ。──よし……上々だ!


「おい、カナデの坊主」


 ドワーフのおっさに呼ばれ振り向くと、俺に向かって「餞別だ! 持っていけ」と、一本の鞘を投げた。──形状を見ただけで分かる、こいつの為の鞘だ……。


 受け取った俺は、ゆっくりと抜き身の剣を鞘に納めていく……。奥まで差し込むとカチっと小さい音がした。

 そして、ドワーフのおっさんはその姿を見届けると、黙って後ろを向き、再び鉄を叩き始めた……。


「ありがとうございました!」


 心から声を出すつもりで本気のお礼の言葉を述べた。


 ガイアのおっさんは「あぁ……達者でな……」といいながら、震えた声と共に片手をあげた。そして、何かを誤魔化すかの様に、再び鉄を打ち始めた。


 俺はそんな彼の背を見ながら、深く一礼をしてこの鍛冶屋を後にした……。


 扉を開け外に出ると、体からは湯気のようなものが出て空へと登っていく……。着ている服を見ると、胸元が湿っている……。


 あぁ~……楽しかった。今まで生きてきた中で……一番熱くさせてもらった……粋な一時だったな……。


 俺は再び鍛冶屋に向かい、深々と頭を下げた。声には出さず、最大限のお礼の気持ちを込めて。


 それを終えると、顔から出ている雫を拭い、ゆっくりと宿屋へと歩いて行く……。言うまでもない、この剣の持ち主となる、女性に会いに行く為だ。




「あ! カナデ帰って来たカナ!」


 宿屋の前まで行くと、トゥナとミコが俺をお出迎えするために待ってくれていたようだ。ミコはトゥナの胸元に収まり、顔だけを出している……。けしからん! と、思いつつも二人の近くに駆け寄った。


「──カナデ君、何処に行ってたの! 急にいなくなるし、中々帰ってこないしで心配したんだからね! これからは何処に行って何時に帰ってくるか、ちゃんと言いなさい! 分かった?」


「あ、あぁ……ごめんなさい……」


 ものスッゴい元気になってるじゃないか……。いやね? 凄い嬉しいよ? でも保護者に怒られている気分だな……。


 彼女のそれは、もしかしたら空元気では無いのか? と、俺はこの時疑問に思った……。


「あのな? トゥナ……。大丈夫か?」


 何だろう……気になったとは言え、元気になったかもしれない本人に確認するのは照れ臭いぞ?


「うん、カナデ君……ごめんね? 心配かけて……」


 若干顔を赤らめながらも上目づかいにそう言うトゥナに、俺は正直ドキッとした……。──これは……反則だろ……?


「カナデとトゥナン見つめあってどうしたのカナ? ボクは仲間は仲間ハズレなのカナ!」と、ミコが俺達の間に割り込んできた。──だから、周りから丸見えだって!


 慌ててミコを掴み、マジックバックに突っ込む。──本当にこの子は手間のかかる……。


 さて……トゥナに剣を渡そうか? 彼女は喜んでくれるだろうか……?


──んっ?


 今さらだけど、剣を振るって傷ついた彼女に、剣を渡すって馬鹿かよ! 俺! デリカシー無さすぎだろ!


 俺が苦悩して、自分のアホさに悶絶している最中「カナデカナデ! 中に見たことないのがあるシ! ナンダコレ!」と、マジックバックから、トゥナに渡そうとした剣を、柄頭から順に外に出し始めたのだ……。


「──っておい! ミコ!」


 まずい……。押し込んだが、かなり剣が出てしまった。

 大丈夫…きっと見られていない……。ほ~ら、トゥナもなにも言わない……。


「カナデ君、今の綺麗な剣は何?」


 やっぱり……見られてますよね……? 


 俺は、トゥナの目の前で、先程まで鍛冶屋で打っていたトゥナの為の、彼女専用の剣を取り出した。そして、サプライズも何もなく、不安だけを残しながら彼女に手渡した。


「前の戦闘で、トゥナの剣ダメになっただろ? だから……俺が打って来た……」


「買ってきた物じゃなくて……?」


 トゥナの言葉に頷きながら「打ってきた……。俺が作った剣だよ……トゥナの為に……」


 俺の言葉を聞き、目の前の彼女は俺が渡した剣を抱えたまま、俯いてしまった。──これは……やってしまったパターンだろうか?


 彼女の顔を覗き込むと、頬に一筋の涙が伝っていく。それは次第に次々とあふれ出し、地面へと落ちていった……。


「トゥナ……?」


 俺が声をかけると彼女は剣を抱き抱えて、顔を隠しながら宿の中に走って入っていってしまった……。


「ミコ……? やっぱり俺、不味い事しちゃったよな……? トゥナを怒らせたよな?」


 女性を泣かせたことのない俺は、明らかに動揺しつつマジックバックの中にいるミコに、普段なら絶対にしないであろう質問を投げ掛けた……。藁にもすがりたいとはこの事だろう……。


「カナデは本当に、女心を分かってないシ! だめだめカナ!」と、ミコはマジックバックに潜ってしまった……。


 俺は先ほどのトゥナの涙に動揺収まらず、しばらくの間、その場でオロオロしたのであった……。

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