第22話 Bパート 心

──まだ太陽が沈みきってない、とある日の夕刻。

 宿の外は、沈みかける夕日が淡く輝き、まだ知らぬ広大な世界をあかね色に染めていた。

 しかし、部屋の一室では、木製の窓は完璧に締め切っており、その光はほとんど差し込まず闇が支配していた。


 その部屋の片隅には布団に突っ伏している一人の少女『フォルトゥナ』と、彼女の部屋には不釣り合いな日本刀が一振り、壁に立て掛けてあった。


──突如、部屋に置かれた日本刀が輝き、溢れ出た光の粒が空中に妖精の少女の姿を模っていく。

 銀髪に透き通る緑の瞳、白く透き通た四枚の羽根と、銀色のドレスを身に纏い、瞳にうっすらと涙を浮かべながら、布団から動かない少女を見つめた。


「トゥナン……元気出すカナ……」


 小さな妖精の姿をしている少女『ミコ』は、布団に突っ伏している少女に声をかけた……。しかし、彼女からは返事はなく、何かに堪える様にすすり泣く声しか聞こえない。

 妖精の装いの少女は、目の前の少女のすぐ近くまで飛んでいき、彼女の頭に自身の頬を擦り付けながら「大丈夫カナ?」と心配の言葉をかけた……。


「……ミコちゃん……ありが……とうね?」


 フォルトゥナは、涙しながらもミコを右手の人差し指で優しく撫でる。自分は平気だから……心配しなくていいよ? っと、言っているかのように……。


 しかし、いつもの彼女の様子を知っている者が見れば一目瞭然いちもくりょうぜんだ。正しく強くあろうとする彼女が、ここまで涙する事を見たことが無かった。


 「ボク……難しい事はわからないカナ……とても悔しいシ……。この体だとトゥナンの頭を抱きかかえることも、涙をぬぐうことだってカナ……」


 ミコは、フォルトゥナから離れると、自身が先ほど出てきた日本刀に触れた。


「無銘……無理させてゴメンカナ。少しだけ……少しだけ力を貸すシ!」


 ミコが小さい声で呟くと、無銘と呼ばれた日本刀からは先ほどと同じように光の粒が現れた。ただ、その量は先ほどとは比べられないほど多く……。


 無数の光の粒は瞬きながらミコを包みこんでいった。──すると、少女の姿は徐々に……徐々に大きく膨れ上がっていく。

 光の粒がすべて集まり生み出されたミコの姿は、まるで女神のように神々しく、美しい女性の姿となった。


 女神と見間違う程となった彼女は、再びフォルトゥナの側に寄り添い、彼女の頭を優しく抱き締めた。

 そこにいるはずのない、大人の手に触れられた事にフォルトゥナは驚き振り返った。


 ソコには見慣れているはずの、妖精の姿をした少女はいなかった……。目の前にいたのはとても美しく、何処かで見た事のある懐かしい姿の女性だった。


「ミコちゃん……なの……?」


 フォルトゥナには確信はないが、まったく違う外見の彼女が、精霊のミコである事が分かったのだ。

 その姿が、彼女が擦り減って破くほど、何度も……何度も読んだ物語の、あこがれの精霊様の姿と同じだったから……。


「そうですよ。トゥナさん、この姿では初めましてですね」


 ミコは優しくフォルトゥナの顔を両手で触れると、自分のおでこを彼女のおでこに付け、ゆっくり押し付ける様に左右に擦り付けた……。元気がない子には、こうですよ? っとでも言っているかの様に。


「トゥナさん、可愛いのに……そんなに泣いていたらかわいい顔が台無しではないですか?」


 顔には小さい時の特徴も残っているのに、纏っている雰囲気や言葉遣いは全くの別人のようだ……。これなら彼女が精霊と言っても誰が見て、聞いたとしても疑問をもたないだろう。


「トゥナさんは、とても優しいから……あの時の事、とても辛いわよね?」


 まるですべてを見透かしている様に、そう言葉にする精霊様は「今だけは……泣いてもいいのよ?」と、力強くフォルトゥナを抱き締めた。


 その言葉を聞き少女は涙した……。今まで、堪えていたものがあふれ出したかのように。


「私……私、全然覚悟が出来てなかった……剣を振るうことを……命を奪うことを正義のためだって正当化して、深くも考えずいたの……」


「そうなのね……? それで……?」


「それなのに……あの時。自分が間違っていたかもって思っちゃって……。本当は、私が責任持って斬らないといけなかったのに! カナデ君に……カナデ君に抜かせちゃったの……」


 彼女は悔いているのだろう、周りを見ず感情的に剣を振るった事に……本当に必要なときに斬る事をためらい、心優しき者の心に消えない傷を負わせた事に。


「あのね? トゥナさん、大切なのは失敗をしないことじゃなくて、過ちを忘れずに胸に秘め。今後に活かす事じゃないかしら?」


 そう言いながら、指でフォルトゥナの涙をぬぐい。優しくおでこにキスをした。その姿は、子供をさとす聖母の様だ。


「それで、貴方が今後も正しくあろうとする事が贖罪しょくざいになると私は思いますよ?」


「過ちを、忘れずに胸に秘め……正しくあろうと……」


 ミコは、頷きながら「そうよ。大丈夫……トゥナさんならできるわ」と、フォルトゥナの頭を優しく撫でた。


「過ちを忘れず……胸に…」と、不安そうな顔をしながらフォルトゥナは何度も口にした。一度失敗した手前、自分に自信を持てないのかもしれない。


 その様子を見たミコが「ここだけの話ですけど、トゥナさんのその悩み、実は勇者様も同じことで悩んでたのよ?」と、そう言葉にしながら、握った手の人差し指だけを伸ばし、口元に当てた。内緒話ですよ? と、でも言うかのように。


「勇者……様が?」


「はい。あの方も長い間、正義の為と心を痛めながらもずっと剣を振るっていたのです。間違いも犯しました……。後悔だっても沢山……彼も普通の人だったんですよ?」


 フォルトゥナは、憧れの勇者様が……? 信じられない……と言う顔をして、ミコを見た。

 ミコが、勇者の話を聞いて少しだけ顔の緊張がほぐれた、フォルトゥナの顔を見てクスッと笑い「誰にも言ったらダメですよ? 秘密なんです」と、悪戯っぽくウィンクをする。


 フォルトゥナは顔を上げ、自らの手で涙を拭い「ありがとう、ミコちゃん。私……まだまだ、自分が許せないけど……でも、頑張るからね?」と、ミコの頬にキスをした。


「やっぱりトゥナさんは、笑顔が一番素敵です。心配していたカナデさんも、絶対にトゥナさんの笑顔の方が好きですよ?」


「カナデ君が……私を心配?」


「それはもうとっても! カナデさん念話上手じゃないので心が丸見えなんです! 心ここにあらず……って感じでしたよ?」


 そう言うと、右手を握って人差し指を立て自分の口に当て、二度目の内緒話だと言うジェスチャーをした。


「カナデ君が……私を……」


 呟く言葉と共に、フォルトゥナの顔が徐々に、徐々にと赤みを帯びていく……。


「あれ何だろう? 心配していてくれていたのは分かってたんだけど……心を読めるって、心から心配してくれてるって事なのよね……? 最近あったばかりの……私を……?」


 赤くなっている顔を手で触れて驚いている。頬を触ると顔が熱くなっているのが分かったのだろう。


「あらあら、そう言うことなんですか?」彼女ががそう言うと、フォルトゥナの顔をみて不敵ふてきな笑みをした。


「え? そう言う事って……どう言う事なの?」


 彼女はその質問に対して、一本指を立てフォルトゥナの胸を指さした。


「そのうち……心が、教えてくれますよ」


 その一言だけ口にすると、彼女の指はフォルトゥナの胸から離れた。


「そう言えばカナデさんは、この姿見たことないので秘密にしておいてくださいね? 無銘にいくらか負担がかかっているので、小さい私が怒られてしまいます」


 ミコはそう言うと、先ほどの人差し指をトゥナの口に押し当てて「トゥナさんの秘密を、私も内緒にするので」と、とびっきりの笑顔と共に指を離した。


──その瞬間、ミコが輝きだし徐々に縮んで元の姿に戻っていった。そして、輝きが収まると、見慣れた小さな少女の姿の戻っていた。


「トゥナン! 大丈夫カナ? 元気出たカナ?」


 ミコはそう言うと、全身を使ってトゥナの顔を抱き締めた。


「心配かけてごめんね、もう大丈夫だから」と、いつもの姿に戻った少女を顔から剥がすように掴んだ。


「ありがとうね? ミコちゃん」


「いいよ! だってトゥナン、大事な友達だシ!」


その後、少し元気を取り戻したフォルトゥナと、小さな姿のミコは夜遅くまで、ガールズトークに花を咲かせたのであった。

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