第20話 ロック鳥

「おいおい……ロック鳥ってこんなにデカイのかよ!」


 ハッキリとした大きさは分からないが、翼を広げてなくても象ぐらいの大きさはあるぞ?


 相手も俺達を警戒しているのか、巣の中からこちらを見据えている。


 向こうから襲ってくる気配は無いようだけど、流石にこれは予想以上の大きさだぞ? この山の周囲に魔物が見られなかったのは、こいつの縄張りだった為かもな……。


 くちばし鉤爪かきづめは遠目に見ても大きく鋭い……。どちらか一方でも受けたら一撃で致命傷になるんじゃないだろうか? トゥナは勝算はあるのだろうな?


「カナデ君……行くわ!」


 トゥナは俺に声をかけ、速攻を仕掛けるように飛び出し最短距離で走っていく。

 それを見ていた目の前のロック鳥は、おもむろに巨大な両翼を広げ、勢いよくソレを振り下ろした。


──その瞬間、激しい風の音と共にトゥナの目の前には、突風による砂塵が舞い上がりそれが彼女の行方を塞ぎながらも広がっていく。


「トゥナ! 大丈夫か!」


 砂塵は徐々に広がりながら、俺をも巻き込み視界を奪った。


 今までの魔物はあまりしっくり来なかったが、これは明らかに地球にいた頃の生物の基準を越えている……。間違いない、先ほどの一撃でこれはバケモノなのだと、肌に感じたのだ……。


 視界が徐々に鮮明になっていく。ロック鳥は相変わらず巣の上で傲然ごうぜんたる態度でたたずんでいる。


 ところが、その周囲を見渡しても、俺の視界の中にトゥナはいなかった


──砂塵が消えきった次の瞬間。


 岩の隙間から小さな影がロック鳥へと凄い速さで伸びて行く。腰から引き抜かれた刃が、ロック鳥の足へと触れたように見えた。──あの一瞬だけであそこまで距離を詰めたのか? 単純な移動速度だけなら、俺よりトゥナの方が早そうだな……。


しかし、遠目で見ても分かる……彼女が与えた一撃は……。


「──軽すぎる。」


 トゥナが振るった刃は、ロック鳥にかすり傷程度しか与えることが出来てないようだ……。──それでもロック鳥は怒ったようだな。


 首を鞭のようにしならせ、反動を使ったくちばしが何度もトゥナを襲った……。 しかし、ロック鳥の攻撃は危なげなくトゥナによって避けられていく。

 一撃当たったら致命傷なはずなのに、まるで舞を踊るかのように避ける彼女の姿を見ていると、ロック鳥のくちばしが彼女に触れるイメージが出来ないのだ。


 それに対しトゥナは、隙を見てはロック鳥の体に刃を立てていく。決定打にはなってはいないが、このままであれば周囲から見たら優勢であるように見えるかもしれない……。

 ただ俺は、ロック鳥のその姿に違和感を覚えた。


「鑑定!」


 次々とトゥナが舞いながらも浴びせている剣激は、皮膚を削り、傷口を作り出していく。

 赤く輝く瞳越しに戦況を見ると、確実に……とても少しずつなのだが、ロック鳥の命が少し、また少しと削られているのが分かる……。──このまま行けば、確実に勝てるはずだ。でも何か

 

 鳥って何かと争うときに、地面に足をつけながら争ったりするものだろうか……? 俺の持っているイメージであれば、あの大きな翼を羽ばたかせ空中からの鉤爪かきづめくちばしによる機動力を活かした攻撃が主なはずだ。


 可能性としては……手を抜いているのか? それとも、飛ばない……いや飛べない理由があるのか?


『ねぇねぇカナデ? トゥナン大丈夫カナ? 殺られないカナ?』


 命を賭けたギリギリの攻防に、ミコも不安でならないようだ。口には出さないけど、俺も心配でならない。


 このまま素直に行けば、この勝負は彼女の体力が尽きるか……ロック鳥の命が先に尽きるか……。


 こんな戦いに、あんな武器を持たせて戦わせているなんて……何が専属の鍛冶師だよ! 悔しい……悔しくてたまらない。


『カナデ……左手、力抜くカナ』


  無銘を持っている手を見ると、気付かず強く握りすぎていたみたいだ……手のひらと鞘には、うっすらと血がにじんでいた。──情けない上に……我を失う何て……。


 ふぅ……覚悟を決めようか……? 刃を抜く覚悟を。


 俺がゆっくりと歩きロック鳥に近づくと、ロック鳥は再び翼を広げ何度も羽ばたき強い風を巻き起こした。それはまるで、これ以上近づいて来るなと言わんばかりに……。


 その風圧で近接戦闘をしていたトゥナは風にあおられ、耐えきることができずに勢いよく飛ばされた。


「トゥナ!」


 飛んで来る彼女を受け止め、一緒に飛ばされないように足を踏ん張る。──大丈夫十分に耐えきれる……。


 俺達のその姿をみてか、これ以上効果がないと悟ったようだ……羽ばたくのをやめ「ピィィギャァァァァ!」と、空に向かって大きな威嚇の様な咆哮を上げる。


 抱きかかえていたトゥナを地面に下ろし、抜刀の構えを取り距離を詰めようとした。すると、服を後ろから捕まれ「まだ私がやるから!」っとトゥナが俺を制止したのだ。


 見つめ合う彼女の瞳は、一切曇っていない……。今の状況で、これっぽっちも不可能だと思っていないようだ。


それならと俺は頷き、ソレを見た彼女も頷き返す。


 ──その刹那せつな、彼女はただ真っ直ぐ、ひたすら全速力でロック鳥へと突っ込んでいった。


 ロック鳥は危機感を覚えたのだろう、今まで動く事の無かった体を一歩だけ巣の外へと出し、振り下ろす様に長いくちばしでトゥナを襲った。

 しかしトゥナは、速度を落とすことなくその一撃を、身をひるがえし、体にかすめながらも避けきった……。


 さながらその動きは、空に舞い掴むことのできない花びらのように……。


 勢いを殺さずトゥナにより突き出された刃は、ロック鳥の瞳の深くに刺さった。


 ロック鳥は痛みの為か、断末魔にも似た悲痛な叫び声を上げ前方に辺り構わず攻撃を行い始めた。──今のでも仕留めきれないのか!


 しかし、トゥナの攻撃はまだ終わっていない様だ。大きくバックステップで回避すると、腰からもう一本の剣を抜き身構えた。

 ロック鳥はひとしきり暴れると、痛みと疲労のためか見るからに動きが鈍くなってきている。

 その姿を見たトゥナは、再び突進をしながら高速の突きを繰り出した……。その突きは、先ほど刺した剣の柄頭を突き、更に瞳の奥へと刃を突き刺す事に成功したのだ。


 その一撃で、恐らく刃がロック鳥の脳まで達したのだろう、非常に弱い声を上げながら、ロック鳥はその場に大きな音を立て倒れた。


 剣を突き立てられた瞳から、大粒の涙を流しながら……。


「た……倒せた?」


 トゥナは一言口にすると、緊張の糸が切れたのかその場に座り込んでしまった……。


 俺はその様子をみて、彼女に近づき手を差し伸べた「お疲れ様」っと。


「うん、ありがとう」と俺の手を取ってトゥナが立ち上がる。──これでひとまず依頼は完了だな。


 剣を鞘に納めながら「私、素材を回収してくるね!」と疲れを感じさせない笑顔で、彼女は先ほど倒したロック鳥へ向かい走っていった……。異世界の女の子パネェー。


 俺もロック鳥に近づき、トゥナがぶっ刺した方の剣の回収を……ん? 肉が固いのか中々に抜けない! 全力で引っ張りなんとか抜くことに成功した……その勢いで思いっきり転ぶことになったのだが。


 あ~あぁ、剣の先端がかけてるじゃないか……こりゃ直んないぞ?


 マジックバックに剣を回収して、トゥナの手伝いにいこうと彼女を見ると巣の目の前で尻餅をついていた。──俺みたいに、なにか引っこ抜きでもしたのだろうか?

 中々動かない彼女に近付き「どうした?」っと声をかけると、彼女はなにも言わないままロック鳥の巣を指差した。


  俺は無銘を握り、警戒するように中を覗きこんだのだ……。

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