第21話 刃を抜くとは……

 激戦の末、トゥナが倒したロック鳥の巣の中を俺は覗いた。──一体トゥナに何があったんだ?


 巣の中は血液と思われるくすんだ赤色に染まっている……。その中央部には、無惨にも体のいたる部分に鉄の杭が刺さっている、ロック鳥の雛らしき生き物がいたのだ……。


 雛は胸を大きく上下させ、何とか呼吸をしているように見える……その痛々しい姿は辛うじて生きているだけの、満身創痍な状態なのは歴然だった。


 巣の中にも何本か刺さっている鉄の杭を、俺は引き抜きそれを鑑定眼を用いて見てみる…。


──宿屋に飾られていた、ボウガンの対になる矢だ……。


 ロック鳥が空に一切羽ばたかず、巣からも出ようとせず戦闘を行った理由は、自分の子供を……雛の身を守る為だったのだろう。


 最後に流した涙の理由は、自身の身に起こる不幸の為ではなかった……。雛を守ることが出来なかった、自分の無力さ故の涙だったのかもしれない……。


 何となくだが、ことの全容が見えてきた気がする……。その事実はきっと、彼女を傷付けることになるだろう……。


 そして……今から俺が取る行動も恐らく彼女を傷つけてしまう……。


「カ、カナデ君?」


 俺は苦しんでいる雛の前に立ち、無銘を握り抜刀の構えを取る。


 トゥナは俺が何をしようとしているのか気づいたのだろう……。慌てて立ち上がり「カナデ君! 待って!」と近づいてくる。


 しかし、彼女の願いとは裏腹に、俺は無銘を引き抜き傷付いている雛の首を跳ねたのだ……。鋭利な切り口は、痛みを感じる暇も無かっただろう……。


 血飛沫ちしぶきが舞い上がるその光景を見て「カナデ君! 何でそんなことするの!」と、トゥナが大声を上げた。


「もう今の雛は助からない……生きていても苦しむだけだ……」


 俺の冷たくも感じられる言葉を耳にしたトゥナは、瞳に涙を浮かべ「で、でも……」と、戸惑いの言葉を口にした。


「親の居ない……傷ついた雛鳥が一匹で生きれると?」


 彼女はそれを聞くと、なにも言わなくった。返り血を浴びた俺を、ただ……ただ見て涙するのであった……。


 俺は討伐の証明になるロック鳥の風切羽と、ボウガンの矢だけ回収し。その後、俺は親子を一緒にして巣もろとも二羽の遺体に火を放った。

 煙は空高く舞い上がり、赤々と燃えあがる炎を前に、手を合わせる事しか出来なかった……。


 全て燃え尽きるのを見届け、墓を作り埋葬した……。そして、来た道のりを重い足取りで下っていったのだ。


 帰りの道中、トゥナは一言も発することなかった。

 赤く腫らした瞳には、未だに涙が浮かび上がっているようだ。しかし、それを今は流すことはなく前を見据え、一歩、また一歩と足を踏み出している。

 凛と振る舞おうとする彼女のそれが、強がりであることは明白だった。


『ねぇねぇカナデ……? トゥナン……元気、ないカナ?』


 彼女は正義感の強い子だ、俺の予想通りの結果であれば彼女にとって、更に辛い現実がこの先待ち構えている。

 もしかしたら、薄々それを感じているかもしれないな……。──大丈夫だよ……。トゥナは強い子だから。大丈夫……。


 この時は、そうミコには伝えたが、本当は俺自信がそう思いたかったのかもしれない……。


 運が良かったのか、帰りは魔物に襲われることもなく、無事に村についた。


 まずギルドに顔をだし、今回の報告だけ済ませた。

 ギルドの職員も、山にロック鳥が居て無事に討伐が出来たことには驚いているようだ。


 そして……報酬を受け取り、宿屋に向かった……。


「お、お帰りなさいませ! ご無事で何よりです!」


 店に入るなり、亭主が不安そうな顔で声をかけてくる……。

 俺はマジックバックから、ボウガンの矢を取り出し亭主へと渡した。


「話してくれますよね?」俺はその一言だけ口にし、亭主を睨み付ける。


 亭主は浮かない顔で「はい……」と、一言返事をして奥のテーブル席に俺たちを通した。


 震えた手で椅子を引き、テーブルにつく……。

 そして、亭主は覚悟を決めたかの様に全てを話し始めたのだ。


「実は、私は元は冒険者なのです。それでファーマの父に頼まれて……」


 ことの本当の顛末てんまつはこうだ──。


 ファーマの本当の父は、ギルドランクが低く冒険者家業での生活が厳しかった。

 その時、偶然にもロック鳥の存在を見つけ雛が居ることを知ったらしい。


 ロック鳥の雛は珍しく、素材や肉はかなり高額で買い取りがされていて、過去に冒険者仲間であった亭主に協力を仰いで、親が居ない間に亭主の持っていたボウガンで雛を殺そうとしたのだ。


 雛でも一般男性程の大きさがある。近接で戦うと返り討ちに合う可能性があったので、そういった手段をとった……。


 しかし、雛の悲鳴を聞いて戻ってきたロック鳥に見つかり逃げ出した。

 当然逃げ切れるわけもなく、自身より経済力がある、亭主に自分の息子を任してファーマの父が足止めをした。

 彼を身代わりにして、自分は逃げ帰ってきたと言う話だった──。


 思った通りだ……。ロック鳥が亭主とファーマの親父さんを襲った、本当の理由は雛を守るためだったんだ……。


 今の話を聞き「私、部屋に戻るわ……」と、口元を押さえ、その場を立って自室へと彼女が走っていった……。


 俺はその後も、亭主の話を最後まで聞き、何度も、何度も謝罪を受けた……。──トゥナが負った、心の傷を考えると……軽すぎるな……。


 正直ぶん殴ってやろうかとさえ思った……。トゥナが傷ついている姿を見て、冷静では居られない自分に驚いた。


 テーブルに頭をつけ、謝罪を続ける亭主を余所そのままに席を立つ。──トゥナが心配だ……。


 俺は彼を無視するように、トゥナの部屋へと向かった。──許せるわけがないだろ?


「なぁ、兄ちゃん。お姉ちゃん元気無かったけど大丈夫なのか……?」


 カウンターの隙間から、小僧が顔を覗かせる。心配で、今にも泣き出しそうな顔だ……

。──トゥナを心配してくれているようだな……。


 俺は精一杯の笑顔を坊主に向け、頭をくちゃくちゃっとなで回す。


「あの姉ちゃんが、坊主の父さんの仇とったんだぞ? 凄く強いんだ! だから大丈夫!」と、声をかけ二階へと向かった。


 下からは、張りつめていた何かが弾けたように、少年の泣き声が聞こえた……。


 俺は、トゥナの部屋の前に立ち三度ほどノックをする……返事がないな……?


 もう三度のノックをしても、返事は帰ってこない……。──ん? 鍵は開いてるな?


「トゥナ?開けるよ?」


 ドアノブを回すとドアはすんなり開いた……。


 恐る恐る中を覗くと、カーテンの変わりの木のドアが閉まっており、真っ暗な部屋の中、トゥナが布団にうつ伏せで突っ伏していた。


「トゥナ?」


 寝てるのかな? 返事がない……。いや? 起きているか…?


「さっきの話の続きで聞いたんだけど、一度人を食べた魔物は、好んで人を食べるようになるらしいな……って、トゥナは知ってるか?」


 まぁ、寝ていてもいいか。俺の独り言になるかもしれないが、彼女に向けて呟いた……。


「だから、俺はトゥナのやったことは間違っていなかったと思う……。少なくとも、一人の少年の……ファーマの心は、救われたんじゃないか?」


 出会ったばかりの……気の利かない俺なんかが、彼女の心を救うことはできないな……。


『ミコ……すまないけど、トゥナのそばにいてやってくれ』と、俺は無銘を部屋の隅に立て掛け部屋を出た……。


 部屋を出て悔しさが込み上げてくる、左の拳を握り壁を力強く殴り付けた。


「──俺には何も出来ないじゃないか!」


 手の痛みが、ほんの少しだけ頭を冷静にさせ俺は宿屋から出ていったのだった……。

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