第15話 邪(よこしま)と穢(けが)れ
夜が明け、大きな太陽が川の先から顔を出す。雪こそ積もって無いが、朝の凛とした冷たい風が、俺の頬を撫で通りすぎて行く。
俺の腰から下げているマジックバックから、顔を出している精霊様がさぞ気持ち良さそうに、本日もヨダレを垂らしながら寝ている……。──おいミコ! マジックバックに染みがつくだろ!
まだ一緒に冒険を始めて少ししかたっていないが、この精霊様は本当に寝てばっかりだな……。
喋らせると可愛くないが、寝ている姿は中々に可愛らしいのではないか? よくよく見れば顔立ちも整っているし、スタイルもいいよな? 縮尺がアレだけど……。
何を血迷ったのか、俺は何気なくミコの顔を指でつついてやると「もう食べれ無いカナ…」と、テンプレの様な寝言を言い始めた……。
その可愛らしい姿に油断しちゃったんだろうな……ミコは寝たまま俺の指を掴み、口に含んでしゃぶり始めた……。──おい……これは何のプレイだ……。
「──カナデ君……何やってるの……?」
突然声を掛けられ、心臓が止まりそうになる……。高鳴った心臓をそのままに背後を振り返ると、寝起きらしきトゥナがテントの中から出てきた。
その時の彼女は、目を擦りながらも変態を見るような目でこちらを見ている気がした……。
「おはようございます…トゥナさん…」
悲しいかな……やましい気持ちがあるため、つい敬語になってしまった……。
「んっ……おはよう……」
彼女はそれだけ口にすると、他には何も言わず一直線に川へ顔を洗いにいった。──何も言われないけど……やっぱり見られてたか……? 見ていたならツッコミを入れられた方が気が楽なんだが……。
「まったく……お前のせいだぞ?」
俺は八つ当たりで、ミコに軽く
寝ぼけているミコの口元を、ハンカチ替わりの布でグリグリ拭いてやると「イタイ、イタイシ! 自分でやるカナ!」と言いながら、俺の服の袖を掴んでそれで拭き始めた……。──コイツは……起きていると本当可愛くないな……。
「カナデ。おはようカナ!」相変わらずの無邪気な笑顔を向けられた……。
説教の一つや二つしたいのだが、先程の指しゃぶりの事もあってか強く言えない俺がいる……。
「はぁ~……おはよう、ミコ。寝るときは無銘で寝ろって言っただろ?」
つい優しめの注意になった俺の言葉に「カナデの隣で寝るの落ち着くんだモン、いいじゃないカナ!」と反論してくる、寂しんぼ精霊。──そんな言い方されたらダメだとか断れないだろ……。まったく、何だかんだ寂しがり屋なんだよなコイツ。
「まったく……二人とも仲がいいのね?」
顔を洗い終わったトゥナが、手に魚を二匹ほど持って帰ってきた。──何となく含みがある言い方な気が……やっぱ見られていたか?
俺は、彼女が持っている魚を指さし「それは朝食用? 良く捕まえたな?」と、話題をそらす作戦に出た……。
トゥナは俺の言葉に気を良くしたのか声を弾ませるように「あれだけ浅いところで見えてるんだから、朝飯前よ」と言いながら、魚を俺に差し出してきた。──朝飯前の朝飯部分は、どうも俺が作るらしな。
魚を受け取り、マジックバックから包丁を取り出す。魚の腹に切れ目を入れ内蔵を取り出し、川の水でしっかりと中を洗った。
手頃な木の棒を削り串のように削り、口から骨を編み込むように串刺しをする。
こうすることで、焼くときに串を回しても、身が回転しにくくなり焼きやすくなるのだ。
串刺しが終わったら仕上げに、上から塩を全体に振りかけて……今にも飛び出しそうなミコを押さえながら、じっくり焼いていく。──川魚は基本虫などを食べるからな……内蔵を取っておいても、しっかり火を通しておいた方がいい……。
うん……我ながら良い焼き加減だ。問題は何の魚か分からないことぐらいだな……。
「鑑定……」
おそらく大丈夫そうだな……。鑑定眼でも焼き魚のステータスに毒の項目が見られない……。
──ええいままよ!
魚にかぶりつくと、香ばしい香りにカリカリの皮の食感……そしてホクホクプリプリの油が乗った身が、振りかけた塩とマッチして口の中一杯に広がっていく……。──おいしい……想像以上の焼き魚だ……美しい水で育った為か、かなりおいしいぞ!
「ほら、トゥナも食べてみろよ? すごくおいしいから!」
焼き上げたもう一本をトゥナに差し出すと「ありがとう」と、彼女が受けとる。
「ボクにも! ボクにも早くよこすカナ!」と腹減り精霊が暴れるのを制止しつつ、彼女の分の身を自分の分から取り分ける……。
その作業をしながら、ふと気になったことがありトゥナに質問をした。
「所で目的地って、後どれぐらい歩くんだ?」
交代制で寝てるから、正直疲れが残っている。早く布団でぐっすり寝たいのだ……。
「う~ん、予定通り進んでるから明日中には村につくと思わ」
「それじゃ~もう少しだな。──っん?」
魚を持っている右手に柔らかい感触と、ほのかな重みを感じる。そのまま視線を手元に持っていくと……。
「──って! おい、ミコ。俺のぶんの魚もとっとけよ!」
俺の右手にしがみついたミコが、ものスッゴい勢いで俺の焼き魚を食べていた……。─くそぉ! 油断した! この体の何処に、この量が入るんだよ!
俺が止めるのも間に合わず、手元には串と元は焼き魚であった魚の骸骨しか残されていなかった……。
「あぁ……俺の魚が……」
これはアレだ……持って行かれた! って感じだ……。泣けてきたぜ……。
身を取り分けた皿を見ると、取り分けた分まで完食したミコが、そこに横たわっている……。
それを見ていたのか? トゥナが「カナデ君、私はもうお腹一杯だから」と、食べかけの焼き魚を俺に差し出した。
「あ、あぁ……ありがとう……」
俺がそれを受けとると「それを食べたら行くからね?」と出発の準備をしにトゥナはテントに向かった……。
俺は、これを食べても良いものなのか…? 異世界の年頃の娘は、間接キスとか気にしないのだろうか……。
そう思いつつも、食べ物を粗末にしたらダメだと自分に言い聞かせ、その焼き魚を美味しく頂くことにした。──まぁ……普通に美味しいよな……俺が焼いたわけだし……。
ニヤける顔を、誰にも見られまいと下を向くと、目の前にいるミコと目が合った。──しまった……完全にこいつの事忘れてた……。
視線が合うミコの瞳は「カナデ、
俺の思いとは裏腹に、彼女は全然目をそらそうとしない……流石精霊様と言うべきだろうか……? その瞳は、まるで心を見透しているようであった……。
「ねぇねぇ、ミコさん? 欲しいものとかある?」
俺の言葉に、ミコは腕を組んでう~んっと悩み「甘い物食べたいカナ?」と答えた。
「わかった…後でハチミツあげるから……」
「え? 本当カナ? いいのカナ?」
この子……恐ろしい……無言で脅迫されてる気がしたよ……。
「わぁい、ハチミツ嬉しいナ♪」と、ミコが俺の回りを無邪気に飛び回り出した。
彼女の純粋な笑顔を見て、先ほどのアレが脅迫でもなにもない事に、この時初めて気づかされた……。
残念な事に、アレを脅迫されていると思ったのは、やましいことをしたと言う、邪……
その後もしばらく、打ちひしがれうつ向いている俺の回りを、ミコがはしゃぎながら飛び回っていた。
「あなた達……本当になにやってるの……?」
トゥナはその姿を見て、頭を抱えるようにため息をついていた。
結局出発出来たのは、地球時間で言うところの三十分ぐらい後だったのだ。
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