第9話 仲間

 外套を羽織り、フードを頭から深くかぶる。仕事道具を持ち、部屋を出て今日も早朝から職場……ギルドの間借りをしている一角に向かう。──今日で出勤三日目だよな?


 結局あの後、慌てて部屋の片づけをして、寝ている時間がまったく取れなかった。おかげさまで、時間の感覚がさっぱり分からない……。何より眠くてかなわないのだ……。


 重い足取りで宿屋を出たところで、聞き覚えのある声に呼び止められる。


「待って! お兄さん。ちょっとお話を聞いてほしいのだけど?」


 ん? 確か……この子の名は、フォルトゥナだっけ? 帽子を被っていて、顔が確認しずらいが、間違いなく彼女だ。

 こんな所で待ってるってことは、偶然……ではないだろうな? 


 俺は自分を指さし、声色を変え「人違いではないのかね?」と初対面だという体裁ていさいよそおう。──それにしても、外套のフードを被ってたのに何でばれたんだ……?


「お兄さん、その変わった形の剣が見えてて、外套を深く被ってごまかしてもすぐにわかるわよ?」と俺のフードの中を覗き込みながら親切に説明を入れてくれた。──なるほど……そりゃばれるわけだ。


 両肩を上げ「そうか、忠告有難う。次からは気を付けるよ」それだけ言うと、俺はその場を後にしようとする……。しかし、すれ違おうとする俺の外套をフォルトゥナと呼ばれた美少女が掴む。


「お兄さんに都合の悪い事はしないから、だから警戒とかしないでほしいの。私は、少し人目につかない所でアナタとお話をしたいだけだから。」


 そう言いながら、俺に一枚の紙を差し出した。


「今さっき、これがギルドに置かれてたわよ? 今はまだティナさんが配布を遅らせてくれてるわ。」


 彼女が差し出した紙を覗き込む……どうやら、これは手配書か何かの用だ。


 何々……ふむふむ? なるほど、要約すると。変わった格好をした、十六歳前後だと思われる黒髪の男に、高額な賞金が掛けられている。生かして城まで連れてこい……と。


「まったく、どこの世の中にもこういった指名手配されるようなやつがいるもんだな…。物騒な話だよ」


 俺が苦笑しながら話していると、フォルトゥナは俺を指さし「お兄さんのコトよ」となんとも言えない呆れ顔でこちらを見た。


 ちょっと待て! なんで俺の事なんだよ……。


「黒髪で変な格好って、世の中に結構いるんじゃないのか?」


 何故俺のコトだ! と遠回しに主張したのだけど、彼女の一言で自分が犯人だと思い知らされることになった。


「私は生まれてこのかた、髪の毛が黒色の人はあなた以外見たことないわ」


 うっ、言われてみればこの世界に来てから、黒髪の人をみたことがないな……一番近くても栗毛の人がいるぐらいだ。


 彼女の発言に、念のために無銘に手を置きながら「じゃぁ君は、そんな指名手配されている俺を捕まえる気なのか?」と緊張感を漂わせた。


「そのつもりなら、こんな堂々と顔を会わせないわよ。あなたのほうが明らかに強いでしょ?」


 強いかどうかは別として、確かに堂々とは会いに来ないよな……。


「お願い、とにかく来て」と俺の手を引き、彼女は宿の一室へと俺を連れ込んだ。──ここが、彼女が借りている部屋なのだろうか? まさか、同じ宿だったとは……。

 

 室内に入り、つい挙動不審に辺りを見渡してしまう。もしかしたら、罠が仕掛けてあるかもしれない。警戒を怠らないように五感集中させ、何が来てもいいように緊張感を持つ。──宿泊先とはいえ、女子の部屋に入るなんて生まれて初めてだ……。何となくいい匂いがしてる気がする……。


「ここなら人目にもつかないでしょ? 指名手配されてるのだから、もう少し周りの目を気にした方がいいと思うのだけど?」


──ごもっともです。


 しかしそれを言ったら、その指名手配犯を不用心に、自分の借りている部屋に連れ込むってのもどうなのだろうか……。異世界人との感覚のズレか?


 彼女はおもむろにベットまで歩き、それに腰を掛ける。そして立っている俺を見ると、椅子に座るように「どうぞ」と促した。──様子を見るに、本当に罠の類はなさそうだな。


 薦められるがままに、俺は椅子に座るのだが……。──緊張してきた! こんな美少女とマジマジと向かい合って座るなんて、生まれて初めてだぞ……。


「まずは、二度も助けてくれてありがとう。改めて」


 俺が煩悩で頭を悩ませる中。その場を立ち、スカートの先を指で摘み頭を下げるフォルトゥナ。その所作しょさは、まるで貴族や一国のお姫様の様な……。この世界での礼儀作法の一つなのだろうか?


 そして今の言葉を聞くに、二度もって事はやはり酒場での一件もバレてた訳だ……。


「私の名前は、フォルトゥナと申します。良かったらお兄さんの名前も教えてもらって良いかしら?」


「あ、あぁ……俺は帯刀 たてわき かなでだ」


「タテワキカナデ? 少しユニークな名前なのね……」


 ミコの時もそうだったのか、どうもこっちの世界だと日本名は違和感が有り発音しにくいようだな……。


「俺の国じゃ普通なんだけどな? 呼びにくいならカナデでいいよ」


「そう? それなら、私もトゥナでいいわ」


 少しだけ、ニヤつきそうになる顔を手で覆い隠す。──美少女と愛称呼びとか……嬉しくなっちゃうだろ……。


「わかった。所でトゥナは俺に何か用なのか?まさかお礼を言いたくて部屋まで連れ込んだって事はないだろ?」


 緩む顔を必死で抑え、平然を装いながらトゥナに問いかけた。──いくらなんでも、訳も無く部屋に連れ込む事は無いだろう……?


「まぁそれも、理由のひとつよ?」


 一つって事はやはり別にもあると……。見知らぬ異性を、お礼を言う為に部屋にはあげないよな……。もしかしたら告白! とか、心の何処かで思ってたのかそう訳ではなさそうだ……。


「その前にカナデ君は、何で指名手配されているの?」


「さぁ? 身に覚えは無い事も無いけど、手配書が出た理由は分からないよ」


「無いこともないんだ……」


 まぁ、多分聖剣が斬れてたってのが理由だと思うけど。

 アレを斬ったのを見ていた人……というより見えてた人がいるはずがない。見えていたら俺が城の外に出ることを、止める者がいたはず……。よって、俺を犯人と決めつける理由になり得ないはずだ……。


「でもまぁ、根拠のない冤罪なんじゃないか?」


 俺の言葉を聞き、目の前のトゥナも顎に手を当て何か考える仕草をして「まぁ、それなら……」と呟いた。


 その後、真剣な顔で俺を見つめる。本題に入るって所であろうか?


「突然で申し訳ないのだけど、私の用ってのは貴方をスカウトしに来たの。私とパーティーを組んでくれないかしら?」


「──え? ごめんなさい。無理です。」


「え?」


 トゥナもすぐさま断られるとは思っていなかったのだろう。目を丸くして驚いている様だ……。──しまった、また言葉が足りなかったようだ……。


「確認だけど、俺の生業なりわいは冒険者じゃなくて鍛冶屋なんだけど?」


 慌てるように補足説明を入れた……。──この世界に来て言葉足らずで色々トラブったしな。俺だって学習してるんだぜ。


「冗談だよね……? あの実力で……」


「良いものを作るには、自分も使い手の気持ちをしらないといけないからな…物心つく頃から振ってただけだよ」


 これも、じいちゃんの教えなんだよな。──刀も振らない者に、良い刀は打てない! ってね。


「それじゃ~、私の専属鍛冶屋として同行してもらえないかしら? 専属っていってもパーティーで依頼を行っている時以外の時間は、自由にしてもらってもいいわ。勿論依頼の取り分は半々でいいから」


「俺は訳あって、自分から率先して武器は振るわないぞ?」


「それでも良いわ。ただこの国から出ることになるけど、それでもイイかしら?」


 まぁ、指名手配されている以上この国から出たほうが都合はいいな……。いくらなんでも他の国まで追ってくるような事まではしまい。


「でも条件が何となく、俺に都合よすぎると思うんだが?」


「そうね……それでも、私にも利益があるのよ。私一人だとギルドのランクが、規定でこれ以上上がらないのよ」


 なるほど、ギルドも個人としてではなく集団……パーティーを尊重しているわけだ。確かに誰かが動けないような怪我をした場合、一人でいたら死ぬしかないもんな。しかし、それなら……。


「別にそれなら、わざわざ指名手配されているような、人間じゃなくてもいいんじゃないか?」


 わざわざ俺を指名する理由が分からないな……? 実力を知った上で、いざという時の保険なのだろうか?


「女だからって入れてもらえなかったり、卑猥な目で見られることが多いのよ。だから信頼できる人を探してたの」


 なるほど、俺の事を買ってくれてるわけだ? う~ん、悪くない話だけどな……。


「信用してくれてるのは嬉しいけど。俺、こう見えて結構隠し事おおいよ?」


 信頼には誠実に返さないとな。本当にパーティーを組むのであれば隠し事はあっても嘘は良くない……。お互い命を預ける訳なのだから……。


「いいわよ、私もまだカナデ君に言えない隠し事があるしね? ここはビジネスパートナーとしてドライに行きましょ? お互い詮索無しで」


 そう言い終わるトゥナは右手を差し出してきた。──まぁ、いざとなったら逃げてしまおうか?


 俺はトゥナの右手を握り返し、固く握手を交わした。この時は、この出会いが、今後世界の命運に関わる事になるとも知らず……。

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