第3話 酒場
結局あの後、半日ぐらいあそこで粘って商売を続けていたが、お客さんはトータルで三人 。場所代を差し引くと9450Gの利益だ。
ギルドの職員曰く、ギルドの宿代は4000Gほどだから……今日の収入は5450Gか……。──異世界……世知辛いなぁ。
そんな事を考えていると、空腹のためか腹の音が鳴る。──そう言えば、食事もまだだったな。
更に出費が増えそうだな。しかし、生きている以上は腹が減る。
それに、目の前の酒場の賑わいと香りは、仕事中も終始俺を誘惑していたのだ……。
仕方がない……なにか食べる事にしようか?
仕事道具を片付けてその場を立ち、酒場の人込みに紛れながら席を探す事にした。
百席以上あるだろう席は、そのほとんどが埋まっており、この町の大きさを物語っている様だ。その中、運よく空いている席を見つけ腰を下ろすことが出来た。
仕事場の目の前だからずっと視界に入っていたが、この酒場大繁盛だよな……すぐ近くで商売をしていたのに、何故俺は儲からない。
腹が減っては戦ができぬ。とにかく、何か考えるにしても食事を取ることにしようかな。
「お姉さん、注文おねがい」
「はーい、少々お待ちください」
右手を上げ、店員さんに声をかけた。──それにしても、この店の制服は可愛いな。
白のフリルをあしらったシャツの上から、胸を強調するようにコルセットがセットになっている黒色のミニスカートを履いている。
黒色が彼女達の生足をまた綺麗に見せて……。ゴクリッ。
客入りの多さは、アレも理由の一つではあるだろうな。
でもそう言う意味じゃ、俺の着ている藍色の
半袖長ズボンの甚平を指で掴んでみる。──これ……割とお気に入りなんだけどな……。
──その時だ。
「良いじゃねえか姉ちゃん、一緒に飲もうぜ」
「やめてください! 離して!」
声がする方を見ると、見るからに荒くれ者って感じの男が、酒場の女性店員の腕を無理やり引っ張っている姿があった。
う~ん、確かに甚平だとあのテンプレ展開にはならないか…。
ヤッパリ客引きには、それなりの格好をした方が良いのかもしれないな。何が足りないんだ……色気か? 色気が足りないのか?
「やめなさい! その子が嫌がっているでしょ! 手を離しなさい!」
荒くれ者を制止した声は、剣士の様な装いをした少女の口から発せられた。
彼女の白く綺麗な髪は、光の反射で少し青みがかり、透き通った空の色の様にも見える。
顔立ちは少し幼いながらも整った目、鼻立ちと、身に
いつもであれば他人の揉め事に関心など持たないのだが、彼女から目が離せなくなっていた。
この時俺は、気づかない間に彼女の姿に引かれていたのかもしれない。
それにしても、周りの冒険者は誰も助けようとしてなかったのに。中々に根性のあるお嬢さんだ。まぁ俺も、助ける気の無かった人間の一人だけど……。
「何だ? 代わりに嬢ちゃんが遊んでくれるのかい?」
二人の周囲には、周りを囲むように大勢の人が集まり始め、ざわつきだした。
その中少女は微動だにせず、ファイティングポーズを取り、手のひらを上に向け、指先を動かして掛かって来いっと大男を
「このアマいい度胸だな! 楽しませてくれよな!」
あぁ……怒ってる怒ってる……。まぁ、収まりもつかない状態だよな? 周りも周りで、二人の揉め事を焚き付けている。──困ったぞ? この騒動で店員さんが、全然来ないじゃないか。かなり腹が減ったんだが……。
正直、争い事には興味が湧かないが、店員さんも来ないし……彼女の雄姿を見ることにするか。
どうやら、大男が先制を仕掛けるようだ。ギャラリーに見せつける為なのか、それとも相手が女と侮っているかは知らないが、考えなしに真正面から大振りの拳で殴りかかる。
しかし、少女はそれを何の事は無く、紙一重で回避した。──本当につまらない、すでに勝負が決まった様なものだ。
動きを見れば分かるが、彼女の身のこなしは、中々のものだ。しかし、男の方は体格こそ良いものの、決闘に関しては素人同然だ。
おそらく少女の澄んだ空色の瞳は、大男の拳を完全に見切っているのだろう。
何度も、何度も繰り出される大男の拳を、少女は何事もないかのように全て紙一重で
「うおぉぉぉぉ!」
大男は叫び声を上げながら、更に重たい一撃を繰り出した。
しかし、その一撃も彼女に届くことは無く。少女は華麗なステップで避けると、空を切った男の拳は店のテーブルを砕き床を
野次馬からは、「おぉぉぉぉぉ!」 と歓声が上がった。──確かに、力だけはあるみたいだな……しかし、それだけじゃ粋じゃない。
「あのアマ!何処に行きやがった!」
大男は周囲を見渡し、彼女を探している……。そりゃ、終始あれだけの大振りをしていたら姿も見失うよな。
大振りの一撃を回避した少女は、避けながらも瞬く間に男の背後に回り込んでいた。
「こっちよ」
彼は背後から声がして、さぞ驚いたのだろう。慌てて振り向いた所を、少女がタイミングを合わせるように拳を突き出した。
彼女の拳は大男の
「いいぞぉぉ! 嬢ちゃん!」
「姉ちゃんやるじゃないか!」
彼女を賛美する歓声が、ギルド中に広がっている。実際あれだけの動きは、ソコソコ鍛練しないと出来ないものだろう。
カチンッ!
俺は近くの金属音に気づき、とっさに辺りを見渡した。すると、すぐ横の席に座っていた人相の悪い男が、ナイフを鞘から引き抜いていた。──状況から察して、どうやらさっきの大男は仲間といったところか?
まぁ全部、彼女が不用意に首を突っ込んだのが悪いわけだ……別に俺は正義の味方でも何でもないし、ただでさえ悪目立ちをするのは色々と不味い……不味いのだが……。
今にも飛び出して行きそうな、人相の悪い男の足と足の間に、当たらないよう、気づかれないように鞘を絡ませる。ちょうど足に引っかかるように……。──はぁ~、俺もつくづく甘いなぁ……。
「死ねよ! このクソアマが!」
男は大きな声で叫びながら勢いよく飛び出した。予想通り見事に俺の鞘に脚を引っ掻け、バランスを崩してそのまま思いっきり顔から転倒していった……。──い、痛そうだな……おい。
誰が言ったかは分からないが「コイツ武器を抜いてやがるぞ!」という合図を皮切りに、何人かの冒険者が転倒した男を押さえつけていた。
それにしても、暗殺を試みていたくせに、大声あげて飛び出すとか……今のところ、この世界に来て一番衝撃的だったかもな……。こんなことあまり言いたくないが、こいつバカだろ?
そして、バカが大声を上げたものだから、先ほどの少女はこちらを向いていた。──あぁ~……目があっちまった……アイツが大声あげるから……。
何もなかったかのように、彼女から目をそらすようにして、もう一度店員さんを呼んだ。──あぁ~、腹が減った……。余興も終わったことだし、異世界の食事を楽しませてもらおう。……今度はちゃんと、注文取りに来てくれるよな?
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