第4話 翌朝

 異世界生活二日目、俺は本日もギルド酒場の向かいの、壁沿いに店を広げる。

 昨日、事前に冒険者の朝の出発時間を聞込んでいた結果、彼等の朝は早く日も昇っていない今の時刻から座り込みをしている。──眠くてかなわないな……。


「おぉ~、今日もここにいたか兄ちゃん !」


 ギルドの受付カウンターの方から、無精髭の体格のいい男が歩きながら俺に話しかけてきた。

 彼は確か……昨日武器のメンテナンスを請け負った冒険者? 俺を見かけてわざわざ声をかけてくれるとは……。


 こちらの世界に来てから、顔見知りに声を掛けられることが無かったから、些細なことだけどうれしいかもな……。


「おはようございます。どうでしたか? 剣の具合は」


 鑑定眼で見た結果確かに数値は上がってはいたが、武器の使い手からの生の声を聞きたかった。

 武器も人間が扱っている手前、使う人間の扱い方次第で武器の能力をどれだけ発揮できるかが変わる。

 使い手に合わせ、その人に合った調整をするのも鍛冶屋の実力のうちだと、じいちゃんが言ってたっけか。


「いやぁ! 兄ちゃんに頼んで本当に良かったよ! 今まで苦戦してた、オークどもをあんなにアッサリ倒せるとはな……。そうだ! また剣を見てくれないか?」


 どうやら上手いこと行ったみたいだな。ここまで喜ばれると、職人冥利につきる。


「そうですか、それならよかったです。慎んで、お預かりしますね」


 冒険者が差し出した剣を受け取り、鞘から抜いてじっくりと観察する。

 拭い紙で表面の油と、うっすら付いている乾燥した血を拭きとり、その上から打粉うちこをした。


 その後、新しい拭い紙で拭う。それを何度か行い、再び剣を眺めた。──研ぎ直すほどの刃こぼれもない、これで十分だ。無意味な研磨は刃を消耗させるからな。

 

 最後に、サビ止めの油を塗り、鞘へ納めた。


「状態がよろしかったので、本日はこれで完成です。お代は、1000Gになります」

 

 手入れを終えた剣を両手で持ち主に差し出した。目の前の冒険者がそれを受け取とると、彼は自分の手荷物から、今回の仕事の対価を差し出した。


 そのお金を受け取りながら、余計なことなのかもしれないが、一つだけ気になったことがあったのでアドバイスをさせてもらうことに……。


「魔物などを切られた後に、血などをしっかり拭かれると武器のもちが格段に良くなると思いますよ」


 俺の言葉を聞き、目の前の冒険者は腹を抱えて、大きな声で笑いだした。


「武器が良くもつようになってしまったら、兄ちゃんの仕事が減っちまうぞ?」


 ごもっともだ……。普段ならわざわざ自分からこんなことは言わないのだが……自分が思っていた以上に、声を掛けてもらったことが嬉しかったのかもしれない。


 初めは調子乗りの、嫌な感じの客だとも思っていたけど仕事を通じると良いとこ

 ろも見えてくるものだな。──まだまだ修行不足だ。


 作り手と使い手の間に信頼がなければ、いくら一流品でも、二流品と成り下がってしまう。逆もまた然り。

 それが分かっただけでも、この仕事にも価値があったと思う。


「それじゃぁ、今からクエストに行ってくるか。また兄ちゃんに頼むかもしれないから、その時は頼むぞ?」


 俺はそう言って去っていく彼に、深々と頭を下げた。


 今日はいい感じかもしれない! 朝一から、昨日の成果が身を結んだ事が分かった。今後の生活に、少し光が見えてきたな。


「こんにちは、お兄さん少しよろしい?」


「はい、いらっしゃい!」


 声を掛けられた方を見ると、そこには昨晩酒場で暴れていたお嬢さんがいた。──まさか、声を掛けて来るとは……もしかして、昨晩俺が余計なことをしたのがばれてたか?


「こちらで、武器を整備してくれると聞いたのだけど?」


 気づいてない……? 少々自意識過剰だったか。それならいいのだけど……。

 まぁ、どちらにしても客なら歓迎だ。今は日銭が欲しい。素直に商売をさせてもらうとしようか。


「はい、簡単なものなら1000G、本格的な調整がいるようなら3500Gになってます」


 彼女は少し考える様なそぶりをすると、顔に掛かっている綺麗な髪を耳にかき上げながら、真っすぐに俺を見つめ口を開いた。


「それでは、お願いしようかしら?」


「わ、分かりました」


 目の前の少女の美しさに何故か緊張しながらも、彼女が差し出した剣を受け取った。


 深く深呼吸をしてから、預かった剣を拝見する。

 剣の中央には、何やら家紋のような装飾がなされている……。中々に、鞘の作りもしっかりしている。──これは鋳造ちゅうぞう製法で作られていないな……鍛造たんぞう製法か? もしくは、その両方か……量産品に比べて値が張るだろうに。


「それ、お兄さんの武器? 少し見せてもらってもいいかしら?」


 彼女の剣を集中して見ている最中、そう言って彼女は俺の刀に手を伸ばした。


「──それに触るな!」


 彼女は驚いた様に体を震わせ、慌てて手を引っ込めた。──しまった……集中していた時だったからつい……周囲からもかなり注目を浴びてしまっている……。


「ご、ごめんなさい! 勝手に触れようとして。普通……怒りますよね……?」


 少女はまるで叱られた小動物のように震え、落ち込んで、涙目になり下を向いてしまった。──参ったな……。


「大きな声を上げてしまい申し訳ありません、それは祖父の形見の品で、少々種類の変わっている武器の為、扱いに精通したものではないと痛めてしまうのです」


 彼女から預かった剣を、音が鳴らないよう静かに足元に置いた。刀を手に取り鞘から引き抜き、拭い紙で刃を挟むようにして彼女に「刃を直接触らないように」と注意のうえ手渡した。──まぁ~その……怒鳴ってしまった罪滅ぼしだ……。


 少女は青く透き通った目を輝かせ、それを受けとるや否や、食い入るようにそれを見つめ始めた。


 今のうちに仕事をしてしまおうか……。


 置いた剣を持ち、鞘から引き抜いて、それを注意深く観察した。

 また、随分使い込まれている。何度も磨ぎ使ったような後も見られるが……でもこれは……。


「鑑定……」


 鑑定を終え俺は剣を鞘にしまい、それを地面に置く。

 彼女はそれに気づいたのか「この剣ありがとうございます」と刀を俺に返した。


「とても綺麗な剣ですね! 凄かったです! 大切にされているのが良く分かりました!」っと、物珍しい刀に少し興奮気味のようだ。


 てっきり、また細いとか棒切れとか言われると思っていたから、分かってもらえてかなり嬉しい……しかし……。


「貴方の剣も、随分丁寧に使い込んでいるようですね」


 彼女は俺がそう言うと、とても嬉しそうに笑顔を向けた。でも、俺は彼女に伝えなくてはならない。


「ただ貴方が、今後で戦うのは好ましくないと思います」


「それは、どういった意味かしら? 私にはこの剣が不釣り合いとでも?」


 彼女の顔つきが変わった、少し遠回しに言い過ぎたかもしれない。俺は首を左右に振り、彼女の言葉を否定した。


「もうその剣──」


 しかし、俺がそれだけ言うと、彼女は俺の言葉を遮るように3500Gを地面に叩きつけるように置く。


「もう結構です!」


 剣を乱暴に拾い上げ、ギルドのカウンターへと向かった。──しまったな……彼女のプライドを傷つけてしまったか? 俺も、言い方ってものがあるだろうに……。


 慌てて周囲の仕事道具を片付け、彼女が向かったカウンターに俺も向かう。


 受付の前に着くものの……周囲を見渡しても彼女の姿が無い。おそらくクエストに出発してしまったのだろう。


「本日はどのような御用件で?」


 受付カウンターから、ギルドの受付嬢だと思われる女性が俺に話しかけてきた。──この人に聞けば、もしかしたら彼女の行方が分かるかもしれない!


「いやね、先程依頼を受けた女性の、向かった先を教えていただきたいのですが?」


 受付嬢さんはそれを聞くと、手元にあった依頼書らしい用紙を慌てるようにカウンターの下にしまいこんだ。


 その様子を見て理解した。あぁ……また言い方が悪かったか……と。

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