本編 グローリア国編

第1話 召喚

「刃とは、命を奪う事を目的に振ってはならぬ。何かを守るために振うのじゃ」


 このセリフは、数日前この世を去った刀鍛冶の人間国宝、帯刀 響たてわき ひびきが幼い頃から俺に言い続けてきたセリフだ。


 俺の祖父は刀匠をしており、俺は幼い頃から祖父の振るう鎚を見続けて憧れを抱いていた。

 俺も、いずれ祖父のような刀匠になりたいと常に思っていたのだ。

 そしてゆくゆくは、祖父を超える一太刀ひとたちを作り出すことを、ずっと……ずっと夢見ていた。


――しかし……。


 そんな祖父は今、一振りの刀の隣に遺骨となってとむらわれている。


――過労死だった……。


 刀匠の世界は決して稼げるものではない、それなのに幼い頃に両親を亡くした俺を引き取り、男手一つで育ててくれた。

 祖父には感謝の気持ちしかない……そして俺には祖父が全てだった。


 夢も、希望も、目標も、血のつながりでさえ……。


 人間国宝の葬儀は、取材が来るほど大きなものだ。しかし祖父は正式な弟子をまだ取ってはおらず、跡取りはいなかった。

 新聞の記事には、こう書かれていた。


――帯刀の流派は、ここで絶たれてしまった……っと。


 俺は、神と死者……。祖父に供物を捧げるために設置された、祭壇の上にまつられた彼が打った最後の刀を手に取り刀を引き抜く。すると、直刃すぐは※1の波紋が俺の顔を鏡のように写し出した。


 もう涙は枯れ果てたと思ってたのに……。曇りひとつ無い刀身は、泣いている俺の顔を鮮明に映し出している。


「じいちゃん……俺は絶対に帯刀流を再現――いや、越えて見せるよ……」


 そう呟いた時だった。祭壇の上におかれていた鏡が突然と輝き、決意をしたばかりの俺を照らした。


「うっ、まぶしい――」


 輝きはさらに増し、終いには目を開ける事もかなわないほどの光量になり、周囲の物全てを包み込んだ。



「――よし! 召喚に成功だ! 鑑定士を呼べ!」


 召喚? 鑑定士? 今は、そんな中二っぽいのは勘弁してくれ。

 じいちゃんが亡くなって、そんな気分じゃないんだ……。


 俺はうっすらと目を開けた。


「嘘だろ……? 冗談はよしてくれよ……」


 周囲を見渡すと、俺はファンタジーの世界に登場するような、衣装や甲冑を身にまとっている人達に囲まれていた。


 目の前には銀色に輝いた、一本の装飾剣が台座に刺さっている。

 

 一体ここはどこなんだよ! 城の庭? さっきまで、山奥のボロ小屋にいたんだぞ? まさか異世界召喚と言うやつか?

 ハッハッハ……きっと、夢かなにかに違いない。最近色々あって疲れてたから……。


「おい!鑑定士よ。この者のスキルはなんだ!」


 人混みの中で、何やら一番偉そうな格好をしているおっさんが、横柄な態度で何かを喋っている。――鑑定士? なんだそれ。


「大変申し上げにくいのですが、鑑定のスキルしか持っておりません! ステータスも、ほぼ平均でございます!」


「鑑定のみだと? ハズレか……」


 なんだ? このおっさん…人の顔を見てハズレとか言いやがって。失礼なやつだ。


「御主……鑑定のスキルを使って見せよ」


 なんて夢なんだ、非現実なのに妙な迫力があるな…。音も体に響いてくるようだし……。


「おい! 貴様! 陛下の御命令だ、早くしろ!」


 兵隊の様な男のうちの一人が、手に持っている槍で俺を突いてきて、その矛先が頬をかすめた…。――ッツ!!


 痛みを感じ、自分の頬に触れると指先が赤く染まる……。


「嘘……だろ?」

 

 その痛みに、残念ながらここが現実だと思い知らされた……。


「鑑定? そんなもの、どうすればいいんだよ」

「貴様! 何だその言葉遣いは!」


 兵士は俺を、地面に押し付ける。


 陛下と呼ばれたおっさんが軽く手をあげると、兵士の男は頭を下げ、元いた場所へと整列し直した。


「御主の場合、声に出して『鑑定』と言えばよいわ」

「――っ。鑑定……」


 言われた通りに声を出すと、突然周囲の物、人々に文字と数値が見え始めた。――これが鑑定……? 能力や性能を数値化して見る事ができるのか?


「それは過去に勇者が使っていた剣じゃ、御主の前にあるその剣を、鑑定して見せよ」


 言われた通りにしないと何されるか分かったものじゃない……素直に言うことを聞いておくか……。


 俺は目の前の装飾剣を目を凝らして確認する――


 【聖剣カラドボルグ】


 攻撃力1500-1250=250


 耐久度25/100


 『光精霊付与』


 攻撃力が減っている?計算すると250か。


「聖剣カラドボルグ 攻撃力が250 、耐――」

「もうよいわ!」


陛下と呼ばれた男の怒鳴り声が響き渡る。――言われた通りにやったのに、何が不満なんだよ……。


「何じゃと? 勇者様の聖剣の攻撃力が250程度だというのか? 鑑定スキルも全然機能していないではないか! こんな使えない奴に用はないわ、城からおい出してしまえ!」


 なに言ってるんだ? コイツ――いや今はそれより!


「追い出すってなんだよ! 俺を元いたところへ帰せよ!」


「オイ、貴様! いい加減に――」

「よい!」


 兵士達が飛び出そうとするのを、王と呼ばれるおっさんが制止して一言「帰すすべなど無いわ」と吐き捨てた。


「帰れ…ない?」


 嘘だろ? 帰れないって、俺はじいちゃんの位牌いはいの前で約束したんだ。

 じいちゃんを超えるって…。それなのに、こんなのあんまりだ…。


 項垂うなだれる俺を見て同情でもしたのか、男が合図を出すと俺の目の前に、何か金属が入った様な袋が投げつけられた。


 兵士は俺を引っ張り、外に追いやろうとしたが。男の「ちょっと待て」との一言で止まった。


「御主が腰にぶら下げている、細いものはなんだ?」


 俺は陛下とやらに見えるように、じいちゃんが打った自慢の刀を抜いて見せてやった。


「なんだその細いのは、剣なのか? 簡単に折れそうではないか! まるで棒切れだ。そんなものを携帯して何に使うのだ?」


 男が笑いながらそう言うと、周囲もそれに釣られるように笑い出す。――完全に頭に来た……。


 刀を鞘に戻し。俺は目の前の聖剣に向かって立つ。

 刀の柄に右手で軽く触れ、左手で鞘を握り、一瞬無心になる。

 

 息を止めたその刹那、周囲は時を止めたかのようにモノクロになり、刀身は抜かれ、瞬く間に鞘へと収まった。


 刀を用いた剣術の一つ、だ。


「おい! いい加減に出ていけ」


すぐさま追い出そうとする兵士の手を振り払い、足元に捨て渡された袋を手にする。


「自分で歩ける」


その場に居た者達の非難の目を浴びながら、その場を後にする。


 おそらくあの場で、俺しか気づいていなかっただろう。

 自身でも驚いたが、、俺のステータスが周りの人間を遥かに上回っていた事を……。


 アレに……あいつらがいつ気づくかが楽しみだ……。

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