第11話 文化祭準備強化月間


 文化祭準備強化月間。


「というわけで、とにかく忙しいわけだ」


 なでしこ先輩がきりっとして、床に線を書いた。


「いいか! これから一週間、私に触れることを禁ずる!」

「はい!」

「ここから先は私のライン! そちらはお前のラインだ!」

「はい!」

「寝室も別にする! 各自自分のスペースで寝ること! 寝室はこの一週間立ち入る事を禁ずる!」

「はい!」

「寂しいからと言って私に夜這いする事も禁ずる! 心得ておくように!」

「なでしこ先輩!」

「なんだ!」

「バナナはおやつに入りますか!」

「体にいいからそれは許可する!」

「BLは読んでいいですか!」

「文化祭の準備を怠らないなら許可する!」

「やったー!」


 私はリビングで寛ぐ事にした。なでしこ先輩は勉強部屋に引き籠もる事にした。


「いいか。まる。私に近付くなよ」

「はい!」

「夜這いは」

「しません!」

「……どうしても寂しくなったら」

「大丈夫です! 私にはBLがありますから!」

「…………」


 なでしこ先輩がドアノブを掴んだ。


「では、健闘を祈る」

「はい!」

「……お休み」

「お休みなさい!」


 なでしこ先輩の勉強部屋の扉が閉められた。


(私も今日からロフト生活)


 暑くなってきたからクーラーを忘れずに!


「ぽちっとな」


 クーラーが動き始める。まだ夏の始まり。文化祭までもう少し。


(まさかの日が文化祭だったなあ)


 出来上がったパンフレットを眺める。その日付を眺める。


(私の誕生日)


 16歳になる日。


(文化祭当日)


 帰ったらケーキでも食べようかな。


(よし、明日から忙しくなるぞ!)


 今日は早めに寝てしまおう!


(よーし!)


 クーラーをつけて、扇風機もつけて、快適爽快の気分でロフトの使ってなかった寝袋に寝っ転がる。


(おやすみなさーい)


 私は目を閉じる。深呼吸する。すやぁ。


 ――眠れない。


(……)


 ごろんと寝返ってみる。


(……。……)


 ごろんと転がってみる。


(……。……。……)


 ……。……。……。……。……。


 翌日。

 かなちゃんが私を見て、きょとんとした。


「どうしたの? まるちゃん! 今日はぽわぽわだね!」

「昨日よく眠れなくて……」

「眠れなかったの? 怖い夢でも見た?」

「うーん。なんだろうね? なんか眠れなかったの」

「ぽわぽわぽわぽわ」

「ほわほわほわほわ」

「ダイジョーブ! ダイジョーブ!」

「ぽわぽわぽわぽわ」

「オバケナンカコワクナーイ!」

「ぽわぽわぽわぽわ」

「「ゆーぅーきーをーくーれーるーよー」」


 パンフレットの次はクラス新聞の模様を描くお仕事。私とかなちゃんが頑張ります。


「まるちゃん、あんまり無理しないでね」

「ありがとう」


 私はペンを握る。


「大丈夫。頑張って仕上げちゃおう!」

「うん!」


 かなちゃんと私の作業が進む。生徒会室は慌ただしい。


「なでしこ様!」

「そこだ」

「書類が!」

「そこへ」

「なでしこ先輩」

「っ」

「あの、書類を届けに来ました……!」

「……。ふふっ。どうもありがとう。こちらへお願いできますか?」

「は、はい!」


 翌日。

 かなちゃんが目を丸くした。


「どうしたの? まるちゃん! 目が赤くなってるよ! 兎ちゃんみたいだね!」

「昨日、ちゃんと寝たんだけど」


 真夜中に起きちゃってそのまま起きてたやつ。


「あちゃー。まるちゃんってば、やっちまったね!」

「授業中寝よう」

「そうしよう」


 授業中、私とかなちゃんがすやぁとした。先生が振り向く。


「……二名減点……」


 先生が静かに減点した。その間も、生徒会室は慌ただしい。


「なでしこ様! 少し休息を!」

「いい。そこに置いておけ」

「ああ! なでしこ様……!」

「お労しい……!」


 翌日。


「どうしたの? まるちゃん! 目に隈が出来てるよ!」

「なんだかよく眠れないの」

「まるちゃん、まさか、BLが不足してるんじゃ……!」


 はっとしたかなちゃんが鞄から取り出す。


「さあ、これを読んで睡眠不足をやっつけるがいい!」

「かな氏!」

「ついでに新聞も今週で片付けていただけると助かるでござる」

「やりまする!」

「やるでやんす!」

「「ボーイズラブは最高でござるなあ! ふはははははは!」」


 翌日。


「どうしたの? まるちゃん! 目の下には隈、白目は充血! 黒ずんで悪いおばあちゃんに見えるよ!」

「BLを読んだまでは良かった……」


 読むのに集中して、眠れなかった。


「まるちゃん、眠いを言い訳に出来るほど新聞にも余裕は無い」

「イラストでございまするな……?」

「時間が足りないでござるよ!」

「任せるでございまする! 昨日のBL、実に最高でございました! ここでどれだけ最高だったか、絵で表します!」

「流石まる氏! しゅげえ!」


 翌日。


(もーだーめーだー)


 金曜日。一週間の最後。新聞はもう少しで終わる。しかし、私の体力が底をつきそう。ふらふらと廊下を歩く。


(新聞係の書類、生徒会に提出しないと……)


 ふらーと揺れる。


(ふわ)


 ふわふわする。


(なんか、ふわふわするー)


 ふわふわする。


(あれー? なんか)


 ふわふわする。私の足が階段を降りる。


(あ)


 滑る。


(あ、やっべ!)


 てへぺろ! 階段を踏み外す。


(わーーー)


 ぎゅっと目を瞑る。転ぶ痛みに堪える準備をする。


(………ん? 来ないな?)


 そっと目を開けると――しおり先輩が私の顔を覗いていた。


「まる、大丈夫?」

「………え?」


 風紀委員の皆様が私の体を支えていた。私は慌てて起き上がる。


「あー! これはどうも恐れ入りますすみませーん!」

「まる」


 しおり先輩が私の顔を撫でた。


「あまり顔色が良くないわね」

「ああ、その、寝不足でして……」

「田中」

「はい!」


 田中先輩が書類を拾う。


「行け」

「びゅん!」


 あ、私あ運ぶはずの書類が持っていかれてしまった!


「まるはこっち」

「あ」


 地面に下ろされて、しおり先輩が手を引く。


「あの」

「隈が出来てる」


 しおり先輩と応接室に入る。


「せっかくの綺麗なおめめが台無しだわ。ほら、ここにきて」


 しおり先輩がソファーに座り、膝をぽんぽん叩いた。


「少しお昼寝。大丈夫よ。かなちゃんには伝えておくから」

「わ、私、大丈夫です」


 しおり先輩といたら、なでしこ先輩に怒られてしまうし、何よりこの人怖い。私はきりっと目を光らせて、きちんと断る。


「大丈夫です!」

「まる」


 しおり先輩が五円玉をぶら下げた。


(うん?)


 ふらー。ふらーと揺らす。


「まるはどんどんねむくなーる」


 あーーー、それだめえええ。


「どんどん、ねむく、なーる」


 あーーー。誘われるーーー。


「ねむくなーーる」


 私は誘われる。ふらふらと五円玉に近づく。しおり先輩の膝の上に頭をつける。


「よし、きた」

「はっ! しまった!」


 はっとした時には既に遅し。しおり先輩が私にひんやり冷たいタオルケットを被せた。


「ふぁっ」


 何これ、気持ちいい!


「ふぁあああああああ……」

「うふふ」


 しおり先輩がくすりと笑い、私の頭を撫でた。


「この間のお礼よ」


 私の肩を撫でる。


「カーディガンありがとう」


 私の頭を撫でる。


「少しくらい寝ても、怒られないわよ」


 しおり先輩の手が優しい。私はぼうっとしてしまう。


「まる、ちょっと寝て」


 可哀想に。


「私なら、まるを寝不足なんかにさせないのに」


 私の瞼が重くなってくる。


「いいのよ。まる」


 しおり先輩が誘惑する。


「私に甘えて。まる」


 私は目を瞑る。



 ――はっと目を開けた。


「はっ!」

「ん」


 上を見上げると、私の頭を撫でていた手が止まる。さっきと変わらず、しおり先輩が私を見下ろしていた。私はしおり先輩の膝の上でごろにゃん。


「ふぁっ!? 一体何が! はっ! そうだった! 私は催眠術にかけられて……!」

「まる」


 にこりと微笑まれる。


「気分はどう?」

「え?」


(気分……?)


 目がしゃきーーん! 頭すっきり!


「わあ、なんか、すごい、気分爽快、絶好調です!」


 すげー! ちょっと寝るだけでこんなにも違うなんて! しかもしおり先輩の膝をしばらく頂戴してしまって!


「すみません。先輩もお忙しいのに。私、すごい寝ちゃってました」

「いいのよ。まるなら」


 笑顔で頭を撫でられる。


「大丈夫。まだ時間あるから、ゆっくりしてて」

「でも、そろそろ戻ります」

「大丈夫よ。かなちゃんも、まだ大丈夫って言ってるから」

「皆、文化祭のために頑張ってます。私も自分の仕事をしないと」

「また指導されちゃう?」

「……へへ」


 苦い顔を浮かべると、しおり先輩が笑った。


「まる、聞いたわよ。なでしこ様と同じお部屋に住んでるんですってね」

「え? あ、はい」

「大変ね」

「まあ、はい」


 でも、


「そんなに、悪くも無いですよ」

「でも、もっといい暮らしも出来るわ」


 しおり先輩が私の頭を撫でる。


「まる、うちにおいで」

「あー……、遠慮しておきます」

「どうして?」

「寮がありますから」

「私のお家においで。無料でまるのお部屋を用意してあげるから」

「ありがとうございます。でも、あの、今のお部屋も無料なんです。だから、大丈夫です」

「また断るのね」


 しおり先輩がむすっと不満そうな顔を浮かべた。


「そんなに私が嫌い?」

「別に、しおり先輩のことは嫌いじゃないです」


 その瞬間、しおり先輩の目が輝いた。


「じゃあ、好き?」

「いや、怖いです」

「怖くないわよ。まるには優しくしてあげるもん」

「いや、怖いです」

「怖くないわよ」


 しおり先輩がふわりと微笑む。


「まるが私の猫になってくれるなら、私、ずっと笑顔でいられる気がするもの」


 しおり先輩が私の頭を優しく撫でた。


(ふぁ、これ、やばい……)


 しゅげえ……。とろけちゃいそう……。


「まる」


 手が優しく動く。


「おいで」


 しおり先輩が誘惑する。


「私の側にいれば、どんな事があっても平気よ」


 ずっと側にいてあげる。


「寝不足なんて可哀想に」


 そんな思いさせない。


「私なら」


 もっと、まるを、


「大切に」


 ――チャイムが鳴った。私は起き上がる。


「あの」


 しおり先輩に振り向く。


「ありがとうございます。でも」


 私はタオルケットを退けた。


「とりあえず、お互い、文化祭に集中しないと」

「無理強いはしないわ」


 しおり先輩が微笑む。


「大丈夫。まるが決めていいのよ」

「私、寮の暮らし、気に入ってますよ」

「もっと良いものになるかもしれないわよ?」


 それに、寮は期間が決められてるでしょう?


「私のお家は、ずっといていいの。まるが就職してからも、就職しなくてもずっとのんびりいていいのよ」

「いや、あの、大丈夫です……」

「あ、待って。まだ行かないで」


 行こうとすると、しおり先輩がカーディガンを差し出してきた。私は目を丸くする。


「あ」

「これ、ありがとう。洗っておいたから」

「すみません。わざわざありがとうございます」

「こちらこそありがとう」


 しおり先輩が近づいた。


「大好きよ。まる」


(あ)


 ――軽く、頬にキスをされる。ぽかんと瞬きすると、しおり先輩がにこりと笑って、私の顔を覗き込み、訊いてきた。


「ね、身体検査の時の……続き、する?」

「続き?」


 きょとんとする。


「続きって、なんですか?」

「ふふっ! 嫌ね。私に言わせるの?」

「え?」

「いいから、もう行って。かなちゃんとお仕事するんでしょう?」

「あ、はい」


 私はカーディガンを着て、立ち上がる。


「お邪魔しました」

「はい」

「失礼します」


 応接室から出る。


(……びっくりした)


 意外とすんなり帰してくれたな。しおり先輩。


(さて、授業授業!)


 私は教室に向かって歩き出す。



 応接室に残ったしおりが、くすりと笑った。


「大丈夫よ。焦らなくても、もう少しでまるは私のものになるんだから」


 タオルケットの匂いを嗅ぐ。


「今は待ってあげる」


 勝負は文化祭。


「待っててね。まる」


 しおりが嬉しそうに笑った。



(*'ω'*)



「お疲れ様! まるちゃーん!」


 かなちゃんが私の肩を叩いた。


「後はこれを届けるだけ!」

「うっす!」


 私は出来上がった新聞を持ち上げる。


「提出に行ってきます!」

「行ってらっしゃい!!」


 かなちゃんに手を振られ、私は生徒会室に歩く。


(よーし。新聞が出来たぞー)


 なでしこ先輩ともまともに顔を合わせるのは日曜日ぶりだ。


(なんだかんだ、ご飯も別だったし)

(私はずっとロフトにいたし)


 挨拶くらいだったな。喋ったの。


(なでしこ先輩もお疲れだろうなあ)


 生徒会室の扉をこんこんノック。


「失礼しまーす」


 扉を開けると、中にいたのは生徒会の先輩達。


(おや、なでしこ先輩がいないぞ)


 一斉にぎろりと睨まれる。


(おっと?)


「まるだわ!」

「まる!」

「この野良猫!」

「何の用ですこと!?」

「あ、新聞の提出にきましたー」


 ハイクオリティに輝く新聞に、先輩達が目を見開いた。


「何ですこと!? この新聞は!」

「ハイクオリティですわ!」

「眩しいですわ!」

「まるのくせに生意気な!」

「野良猫の分際で!!」

「じゃ、あの、これで、提出完了ってことで……」


 先輩達が舌打ちした。


「良くってよ! 認めるわ!」

「分かったらさっさと帰りなさい!」

「製作者が誰であれ、新聞に罪はない!」

「行って! しっしっ!」

「薄汚い野良猫め!」

「あははー……。失礼しますー……」


 一歩後ろに下がると、誰かの胸にぶつかった。


(ぷえ?)


 振り向くと、なでしこ先輩が立っていた。


「あ」


 私がきょとんとする。なでしこ先輩と目が合う。なでしこ先輩がにこりと微笑んだ。


「こんにちは。まるさん」

「……どうも」


 マドンナの笑顔で見下ろされる。


「新聞の提出?」

「はい」

「そう。お疲れ様でした」


 なでしこ先輩が微笑む。素敵な笑顔。男子ならこの笑顔だけでノックアウトだろう。生徒会の先輩達もでれんと頬を緩ませた。


(いやあ、これが本物の笑顔なら良かったのになー)


 中身は真っ黒ですもんね!


(なでしこ先輩の想い人の殿方は、これから大変だ)


 そんな事を思っていると、なでしこ先輩に話しかけられる。


「今日はもう帰るの?」

「え? あ、はい」

「私も今日は早めに戻れそうなの」

「へえ。そうなんですね」

「まるさん、よろしければ、今晩は夕食を一緒にしませんか?」

「お、わかりました。したっけ食べずに待ってますね」

「19時には戻れるようにしますので」

「了解ですー」

「「ちょっと! まる!!」」


 先輩達が声を張り上げた。


「あなた、なでしこ様に約束をしてもらって、了解です、で済ますつもり!?」

「野良猫如きが一緒に食事をしていただいて誠にありがとうございますの一言くらい言いなさい!」

「誠意の欠片もない!」

「品もない!」

「この野良猫!」

「恥を知れ!」


(この人達もなでしこ先輩の本性がわかっててよくもまあここまで言えるものだよなぁ)


 生徒会の皆様にはびっくりさせられまくりです。いやあ、びっくらこいた。さて、そろそろお暇しましょうか。


「あの、じゃあ、失礼します……」

「去れ!」

「消え失せろ!」

「どっか行け!」

「この野良猫!」


 塩を撒かれる。


「なでしこ様のためにお部屋を掃除しておきなさい!」

「この野良猫!」

「この素晴らしい新聞は受け取っておきましょう!」

「去れ!」

「消えろ!」

「くたばれ!」

「失礼しまーす……」


 出て行くと、内側から扉を乱暴に閉められた。


(……まあ、いいや)


 19時か。


(BLでも読んで待ってよー)


 はーあ。なんだか、今週は疲れたなー。


(よし、帰ろう)


 私達の苦労の一週間が終わりを迎える。



(*'ω'*)



 その夜。久しぶりになでしこ先輩と食事をする。


「わあああ!」


 テーブルに並ぶ贅沢な食事に、目を輝かせる。


「なでしこ先輩! なでしこ先輩! このクオリティはなんですか!?」

「明日は土曜日だからな。一日ゆっくりできる。ここで労を労わずどうする」

「すごーい! ご飯すごーーい!!」


 私は大喜びでテーブルを叩く。


「なでしこ先輩、早く、早く!」

「もう少し待て」


 なでしこ先輩がご飯をよそう。


「これくらいだろ」

「はい! 完璧です!」


 手を合わせる。


「もういいですか!?」

「まだ待て」


 なでしこ先輩がじっとする。私は目を輝かせる。


「お腹空きました! まだですか!?」

「まだ待て」


 なでしこ先輩がじっと私を見る。私はそわそわする。


「まだですか!?」

「待て」


 なでしこ先輩がじっと私を見る。私は眉を下げる。


「……まだですか?」

「待て」


 なでしこ先輩がじっと私を見る。私はお腹を撫でた。


「まだですか……?」

「待て」


 なでしこ先輩が私を見つめる。私はうずうずする。


「……まだですか?」

「待て」


 なでしこ先輩が私を見つめる。私は肩を落とした。


「……。……。……。……。……まだですか?」

「よろしい」

「っ!!」


 私は満面の笑顔を浮かべる。


「いっただっきまーす!!」


 お箸がおかずを突く。つんつん突いていく。箸がマッハで止まらない。もうどうにも止まらない。


「美味しい!」


 唐揚げ、サラダ、グラタン、焼き魚、エトセトラ。ご飯に合うものばかり。


「美味しい!」


 私は食べまくる。


「おいひい!」

「口を閉じろ」

「もぐもぐもぐもぐ」


 全て喉に詰まった。


「……」

「お茶」


 慌てて飲み込む。全部食道を通過する。また食事を再開する。


「なでしこ先輩! おかわり!」

「同じくらいか?」

「はい!」

「ん」


 なでしこ先輩がご飯をよそう。


「はい」

「ありがとうございます!!」


 受け取って、また食事再開。


「美味しいです! もぐもぐもぐ! 本当に! もぐもぐもぐ! 美味しいです!!」

「まる、食べるか喋るかどちらかにしろ」

「でも! もぐもぐ! こうやって喋るのも! もぐもぐもぐ! 久しぶりですので! もぐもぐ!」

「ああ。今週は山場だったな。だが峠は越えた。後は来週の文化祭の飾りつけを行うだけだ」

「お疲れさまでしゅ! もぐもぐもぐもぐ!!」


 私はご飯を食べまくる。


(ああ! うめえ!)


 まじでうめえ!!


 私の箸が止まる頃、全ての料理が無くなっていた。


「ご馳走様でした!」

「お粗末様」


 私はティッシュで口を拭く。


「いやあ、なんか食べれました。ちゃんとご飯食べてたんですけど、何ですかねえ? いつも以上にまんぷく満足です。おかしいなあ。売店のパンも美味しかったんだけどなあ」

「まる、食器は任せるぞ」

「はい! お任せください!」


 お料理ありがとうございました!


「後は私に任せて、なでしこ先輩はゆっくりお風呂にでも入ってください!」

「ああ。ゆっくりさせてもらおう」


 私はお皿を重ねて運ぶ。洗面台に置いて、洗い出す。


(お皿キレイキレイしましょうねーーー!)


 スポンジできゅきゅっと。


(るんるんるるーん)


 なでしこ先輩がお皿を洗う私の姿を眺めている。


(るんるんるるーん)


 なでしこ先輩が動かず私の姿を眺めている。


(るんるんるるーん!)


 私はお皿を洗い終わる。手を拭いて振り向くと、なでしこ先輩と目が合った。


「あれ? まだお風呂入ってなかったんですか?」

「ああ」

「駄目ですよ。面倒臭い事は先にやった方が後でゆっくりできるんですから」


 そう言うと、なでしこ先輩が私を手招きした。


「まる」

「はい?」

「おいで」

「何ですか?」


 とことこ歩いていく。なでしこ先輩が立ち上がる。

 とことこ近付く。なでしこ先輩が私に一歩近づく。

 とことこ近付いた。なでしこ先輩に手首を掴まれた。


「へ!?」


 なでしこ先輩に引っ張られた。


「え、ちょ、なんですか!?」


 洗面所に引っ張られる。


「え? え? 先輩?」


 扉が閉められる。


「え?」


 なでしこ先輩が私に手を伸ばした。


「え、あ、ちょ」

「まる、万歳のポーズって出来るか?」

「え? 万歳? これですか?」


 両腕を上に上げると、なでしこ先輩が私の制服をすぽーんと脱がした。


「ぎゃああああ!!」


 なでしこ先輩が自分の制服をすぽーんと脱いだ。


「ぎゃああああああああ!!」


 私は目を隠す。


「なななな! 何ををを!!」


 なでしこ先輩に引っ張られる。


「うぇ!」


 一緒に浴室に入る。


「え! あの! あの!?」


 シャワーからお湯が降ってきた。


「ぴゃ!」


 頭を抱える。


「目にお湯がーー!」

「まる」


 顎を掴まれ、上に上げられる。


(え? 何? 何が起きてるの?)


 急展開に頭がついていかない。というか目が痛くて開けれない。


「なでしこせんぱ」


 ――むちゅ、と、唇が重なった。


「……ん」


 離れる。


「えっと」


 また重なる。


「んむ」


 なでしこ先輩の唇が角度を変える。


「ん」


 なでしこ先輩が私の顎を掴む。


「ん」


 なでしこ先輩の手が、私の手を握る。


「ん」


 指が絡み合う。


「ん」


 唇が離れて、くっついて、お湯が降ってくる。


「ぶへっ」


 唇が離れた隙に、私は目を閉じたまま、首を振る。


「な、なでしこ先輩、目が」

「瞑ってろ」


 なでしこ先輩が囁く。


「何も見るな」


 なでしこ先輩の影が近くなった。


「私だけを認識していれば、それでいい」


 唇がくっつく。


「ん」


 唇が重なる。


「んゃ……」


 離れては、またくっつく。


「んぅ……」


 背中が壁に押しやられる。


「ぷぇ」


 また口が重なる。


「ん、んん、ん……」


 なでしこ先輩の手が私の頬に触れる。


「まる」


 声が聞こえる。


「まる」


 濡れた唇が耳に触れた。


「ひゃっ」

「まる」


 首に唇。


「な、なでしこ先輩……」

「まる」


 胸の上に唇。


「ひゃっ!?」

「まる」


 背中が撫でられる。


「まる」


 体中にキスされる。


「まる」


 ちゅ。


「んっ!」


 私はなでしこ先輩の手を握った。


「あの、そ、そこは、駄目です!」

「聞こえない」


 なでしこ先輩の唇が肌にくっつく。


「く、くすぐったいです……」

「まる」


 唇がくっつく。


「あっ」


 濡れた唇が肌に触れるたびに、肩が揺れる。目を開けられない。


「う、んん……っ」

「まる」


 ちゅ。


「ひゃうっ」


 なでしこ先輩の吐息が肌にぶつかる。


「ぁ……」


 肩をすくめて顔を逸らす。なでしこ先輩がわかってたように、首筋を舐めてきた。


「ふぁっ」

「くくっ」


 なでしこ先輩の笑う声が耳に聞こえる。


「気持ちよさそうだな。まる」

「び、びっくりしてるんです!」


 なでしこ先輩の手が私の肌をなぞる。


「ん、んん……」

「ペットを洗うのも、主人の務めだからな」


 いいか? 目を開けるなよ。


「泡が目に入るぞ」

「ひゃ!」


 私は手で顔を覆う。なでしこ先輩の笑い声が聞こえてくる。


「そうだ。そうしてろ」


 シャワーのお湯が止められた。代わりに、肩を下に押される。


「ひえっ」


 座らされる。


「っ」


 なでしこ先輩の手が頭に入ってきた。


「ぴぎゃー!」

「うるさい」


 後ろからわしわしと頭皮が洗われる。


(あ、これ、意外と気持ちいい……)


 すぐに意識がふわぁん、としてくる。なでしこ先輩の手が気持ちいい。


(ふわっ。これ、あの、これ、あれ、これ、ふはは、あれぇー?)


 きーもちーい!


「な、なでしこ先輩、そこ、ええです。とてもええです……」

「ここか?」

「ああ! そこですそこです! 痒かったんです! あんたわかってますねーー!」

「お前、強くやってるだろ。かさぶたになってる」

「がしがしやっちゃうんですよねぇ」

「爪を立てずに指の腹でやりなさい」


 ほら、こんな風に。


「ふわあああ……しゅげぇ……先輩……こんなに……気持ちよく……頭も洗えるなんて……何者なんですか……」

「決まっている」


なでしこ先輩が堂々とした態度で言った。


「生徒会長だ!」

「あー、……最近の生徒会長様はすごいっすね。はい」

「流すぞ」

「はーい」


 流される。泡が頭からなくなっていく感覚。私の頭皮がお掃除される。


(あ、そうだ)


「なでしこ先輩」

「ん?」

「私も洗いたいです」

「ほう?」


 なでしこ先輩が面白そうに声を出した。


「まるが私の頭を洗うのか?」

「はい! 駄目ですか?」

「許可しよう。やってみろ」

「はい!」


 ぱっと目を開け、振り向く。


「はわっ!」


 途端に、私の顔が赤く染まる。生まれたままのなでしこ先輩がきらきらスポットライトが当たっているように光り輝いている。


「は、裸でも美しい!」

「早くしろ」

「はい!」


 場所を交換して、なでしこ先輩がバスチェアに座り、私はその後ろで膝を立て、シャンプーを手につける。


「行きます!」


 なでしこ先輩の頭に手を潜らせる。


(ふぁ!?)


 な、な、なんなんだ!? これは!


「髪の毛がキューティクルすぎる!」

「爪を立てるなよ」

「が、頑張ります!」


 ワシワシ洗う。


「もっと強く」

「はい!」


 ワシワシ洗う。


「下手くそ。もっと丁寧に」

「はい!」


 ワシワシ洗う。


「……まあ、いいだろう。合格だ」

「やった!」


 洗い流す。


「トリートメントだ。まる、私のをやれ」

「はい!」


 向かい合って、お互いの手につけて、お互いの髪の毛に塗っていく。


「わあ、なんかいいですね! 洗いあっこだ!」

「まる、私のを真似しろ」


 なでしこ先輩がゆっくり私の髪にトリートメントをつけていく。それを見よう見まねでやってみる。


「……こうですか?」

「ああ、悪くない」


 塗らなくても、すでになでしこ先輩の髪の毛はツヤツヤしている気がするけど、でも入念にやっておきましょう。


(……へへ)


 なんか、楽しいな。お友達とお風呂に入ってるみたい。自然と口角が上がっていく。


「ふふふ! なんか、楽しいですね。こういうの」

「……ん」

「なでしこ先輩、髪の毛お綺麗ですね!」

「生徒会長たるもの、髪の毛の管理くらいして当たり前だ。見くびるな」

「先輩、生徒会長は関係ないと思います」

「……お前の髪は」


 なでしこ先輩の手が私の髪の毛に触れる。


「猫の毛みたいだな」

「そうなんですよ。それ、よく言われるんですよ」

「ちゃんとトリートメントすれば、もっと綺麗になるのに」

「やってますよー。でも、きっと相性が悪いんですよ。いつまで経っても猫の毛みたいな髪なんです。嫌になりますよ」

「……私は嫌いじゃない」

「なでしこ先輩の髪の毛は綺麗ですね。羨ましいです」


 私がなでしこ先輩の髪の毛に触れる。


「えへへ。本当に綺麗。私が触るのは、失礼な気がしてきました」

「撫でるようにやれ」

「こんな感じですか?」

「ああ、悪くない」


 なでしこ先輩が薄く微笑み、シャワーを持った。


「流すぞ」

「はーい」


 お湯でお互いのトリートメントを流していく。


「まる、体を洗うから後ろを向きなさい」

「え?」


 私は首を振る。


「いや、あの、大丈夫です。体は自分でやります」


 なでしこ先輩がにっこり笑った。


「駄目だ」

「え」

「さっきから思っていた。お前は洗い方がなってない」


 なでしこ先輩の口角が下がった。


「指導だ」

「まじすか」

「大人しく後ろを向け」

「いや、それは流石に自分で」


なでしこ先輩の手がくわっと開いた。


(ひっ!)


「いや、先輩、私にも恥というものがございましてーー!」


 なでしこ先輩がボディーソープを手に乗せた。なんですと!? 速やかに擦らせ、とろとろソープがふわふわな泡となっていく。


「あらあら、先輩!」


 私はスポンジを手に持ち、なでしこ先輩に差し出した。


「泡立てるなら、スポンジを活用しましょう!」

「馬鹿が。スポンジなんかに頼るな」

「え!? スポンジって、泡立てるためのものでは!?」

「愚か者。ペットにスポンジは使わないだろ」

「私、人間ですよ!?」

「うるさい。黙って」


 なでしこ先輩の目がキラリと光った。


「洗われろ」

「はっ」


指導が始まる。


「ぎにゃああああああ……!!」



 ……。……。……。……。……。……。



「……はっ!」


 気がつくと、私は肩までまったりと湯船に浸かっていた。後ろにはなでしこ先輩。


「はれ!?」

「ああ、起きたか」


二人では狭い浴槽で、なでしこ先輩が私を抱いて一緒にお風呂に入っている。振り向くと、濡れたなでしこ先輩と私の目が合った。なでしこ先輩の美しい目が、私に向けられる。


「私、寝てたんですか?」

「ああ。相変わらずすけべな声で喘ぎながら気持ちよくなって気絶するように寝始めたぞ」

「なんですって!? 流石なでしこ先輩ですね! 人を寝かせるほどの洗う技術をお持ちなんて、すごいです! いやあ、流石です! やられちゃいました! すげえ!!」


なでしこ先輩が複雑そうな顔をした。違う、そこじゃないっていう目。


「え、なんですか。その目。私、変な事言いましたか?」

「……はーーーあ」

「え、なんですか。その呆れたようなため息なんですか」


 なでしこ先輩が私を抱く腕の力を強めた。


「わっ」

「まる」


 肩に、なでしこ先輩の顔が埋まった。


「……まる」

「ふふっ。なんですか?」


 なでしこ先輩が私を抱きしめる。


「まる」

「うふふっ、くすぐったいです」


 私の肩になでしこ先輩の頭がぐりぐり押し付けられる。


「まる」

「ふふふっ!」


 脇腹をくすぐられる。


「あははっ、だ、だめです! それ! あははは!」

「ふふっ」


 なでしこ先輩も薄く笑い、脇腹をくすぐるのを止める。私を抱きしめて、私は抱きしめられて、暖かいお湯に浸かる。


「はぁ。お風呂っていいですねぇ……」


 私の髪の毛から雫が滴る。


「なでしこ先輩、去年も同じ部屋の人と入ったんですか?」

「去年は一人部屋だ」

「えっ。うわ、流石違いますね。こんな広いところで一人なんて、私だったら寂しいです」

「一人の方が楽でいい」


 だけど、


「猫一匹程度なら、いても構わない」


 なでしこ先輩の手が私のお腹に巻き付いて離れない。


「まる、一週間ご苦労だった」

「はい。なでしこ先輩も」


 振り向くと目が合う。私は思わず笑ってしまう。


「ふふっ」

「なんだ」

「いや、実はですね、今週に限って、なんかよく眠れなくて」


 でも、


「なでしこ先輩とくっついてたら、なんか眠くなってきました」


 安心してるのかな?


「なんか、ぼんやりしてきました」


 なでしこ先輩とくっついてたら、落ち着く。


「私がなでしこ先輩のこと、好きだから」

「っ」


 なでしこ先輩の目が見開き、ガタッ、と体を揺らした。お風呂のお湯が少し弾いた。


「まる」

「お姉ちゃんみたいで好きです」


 一瞬でなでしこ先輩が大人しくなった。その代わり、不満そうに目を吊り上げて私を見下ろしてきた。


「いや、だって、なでしこ先輩、私、お姉ちゃんが欲しかったんですよ! 意地悪なお兄ちゃんしかいなかったもんで!」

「……」

「だから、先輩は私の理想のお姉ちゃんみたいで」

「……理想、な」

「美人でー、優しくてー、頭なでてくれてー、あ、それと、ほら、髪の毛も体も洗ってくれたじゃないですか。こうやって一緒にお風呂にも入れるし」


 お姉ちゃんだ。


「わーい。お姉ちゃんが出来たー! あははは!」

「……まる」

「はい?」


 なでしこ先輩が私の頭を後ろに下げた。いなばうあー。逆になでしこ先輩は上から私を見下ろしてくる。


「お前は私の妹じゃない」

「分かってますよー。猫ですもんね」


 はいはい。にゃんにゃん。


「ご主人様の言うがままにぃー」


 おどけて笑うと、なでしこ先輩が舌打ちした。


「チッ」

「なでしこ先輩、この後ゲームやりません? 一緒にスプラやりましょうよ」

「……ゲームは明日だ。今日はこのまま布団に行く」

「えー。私、まだ眠くないです」

「お前には分からせる必要がある」


 お前が私の何なのか。


「ゲームは明日。今は湯に浸かれ」

「はぁーい」


(ゲームは明日かー)


 なでしこ先輩も眠いのかな。


(いいや。しばらくこの温もりを堪能してようっと)


 私はふふっと微笑む。なでしこ先輩は手の力を強めた。


「……ばか」


 どこか不満そうな顔のまま、私を抱きしめ続けた。



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