第10話 お昼寝ねむねむ


 GL学園文化祭事前準備が続く中、面白そうなものが壁に貼られていた。


『GL学園プリンセスコンテスト』


「何これ?」

「え、まるちゃん知らないの?」


 かなちゃんが応募用紙を腕に抱え、私を見る。


「ミスコンみたいなやつだよ。GL学園の中のお姫様を皆で決めるの。毎年やってるから何回か見た事あるんだけど、すごいんだよ。もう学年も関係なく出場するから、誰が選ばれるか予想がつかないの」


 あ、ちなみに。


「去年のお姫様は、しおりちゃんです!」

「へー!」


 なんだかんだ言っても、中身さえ分からなければ、お姫様的容姿だもんね。しおり先輩。


(そっか。なでしこ先輩じゃないんだ)


 へーえ。


(……)


 なでしこ先輩が、負けたんだ。


「しおり先輩すごいね。上の先輩とか、なでしこ先輩を差し置いて、優勝したんだ」

「ああ、違う違う。なでしこ様は出場されなかったんだって」

「え?」

「私もよくわからないんだけど、なでしこ様が辞退したって。今年はどうだろうね?」


 プリンセス・コンテストは大目玉。


「でもね、こっちも負けてないよ!」


 かなちゃんが掲示板を勢いのまま叩く。かなちゃんが狙うポスター。そして、応募用紙。


『GL学園プリンスコンテスト』


「男装が出来る!!!!!!!!」


 かなちゃんが小声で叫んだ。


「むねちか様になるの!!!!!!!!」


 かなちゃんが応募用紙をきゅっと抱きしめた。


「まるちゃん! まるちゃんも出ようよ!」

「うーん」


 プリンスコンテストかあ。


(男装コンテストってやつか)


 興味はあるけど、金銭的な問題もあるし、GL学園規模でのコンテストに出る勇気などない。私は首を振る。


「私は関係者席からかなちゃんを応援する」

「ファンサしちゃうぞ!」

「「しゅきになってもっとわたしをみてもっとぉ~」」


 小声で声を揃えて廊下を歩き出す。かなちゃんの腕にある応募用紙を見る。


「それ、やっぱり芸能人みたいに、自己アピールポイントとか書くの?」

「うん。事故アピールにならないような自己アピールをパワーなワードを使って書くんだよ。ってしおりちゃんが言ってた」

「しおり先輩と一緒に書いた方がいいかもね。しおり先輩はプリンセスの方に出るの?」

「出るんじゃないかな? 今日のお昼に訊いてみようかな。聞いてみようかな。にしのかn」


 そうだった。今日のお昼はかなちゃんはしおり先輩と。私はなでしこ先輩とだ。


(今日のお弁当なんだろう?)


 卵焼きが美味しいんだよなあ。なでしこ先輩のお弁当。

 そんな事をふわふわ思いながら、廊下をおしとやかに歩くかなちゃんと私。他のお嬢様も廊下を歩き、文化祭の話で持ち切りだ。……そんな中、ざわつく影。


「はっ! いましたわ!」


(ん?)


 写真を持って、私に指を差すお嬢様。その周りに立つお嬢様達。制服のバッジを見るところ、先輩だろう。しかし普通の先輩達ではない。腕には、風紀委員の腕章。


「あの子ですわ!」

「いましたわ!」

「見つけましたわ!」


(大変だこりん! 嫌な予感だこりん!)


 数人の先輩達が走り出す。私は逃げ出す。かなちゃんがきょとんとする。先輩達の足が本気を出す。まるで太鼓を叩くような足音。ジャングルにいるヒョウの如く私を捕まえる。


「「やぁぁああれええん!」」

「おふっ」


 上に持ち上げられる。


「「ソーラン! ソーラン! ソーラン!」」


 そのまま走り出す。私はかなちゃんに腕を伸ばす。


「かなちゃーん。取り締まられにいってきまーーす」

「はいっはいっ」


 かなちゃんが微笑んで手を振る。私の体がソーラン節と共に揺られる。ものの十五秒で応接室に運ばれる。


「はいはいっ!」


 扉が開けられる。そこに放り込まれた。


「「どっこいしょーー!」」


 ごろごろごろごろと私が地面に転がる。ソファーにぶつかる。


「おふっ」

「しおり様! 大丈夫ですか!」


 私ははっと顔を上げる。見ると、紙だらけの応接室のデスク。


(へっ!?)


 山積みになった紙にしおり先輩が埋もれている。その中でも唯一綺麗にされた箇所に私とかなちゃんがピースしている写真が入った写真立てが置かれていた。風紀委員の皆様が眉を凹ませて悲痛な叫び声。


「しおり様! どうかお休みください!」

「どうかこの通り!」

「この後の授業は、委員会の仕事で忙しいと先生にお伝えしておきますわ!」


 しおり先輩が黙る。無言で、黙ったまま、ペン立てを掴んだ。


(ん?)


 しおり先輩が起き上がった。


「うるさい!!!!」


 椅子に上り、デスクに足を置き、ペン立てを壁に投げつけた。壁にペン立てがめり込んだ。私は硬直した。風紀委員の先輩達が震えあがった。


「「きゃあああ!!」」

「「ひいいいい!!」」


 一人は腰を抜かし、一人は泡を吹き、二人は抱きしめ合い、一人は涙を流した。しおり先輩がデスクをだんだん踏み鳴らす。


「なぜ! こんなに! 風紀が! 乱れた! 報告書が! 多い!! 馬鹿か! 早く! 取り締まれ!!」

「どどどどど、どうか! どうかお気を確かに!」

「文化祭も近い事から、皆様の気が緩んでいるのかと……!」


 しおり先輩の目がぎらんと光る。


「それを取り締まるのが、我々の仕事だろうが」


 叫ぶ。


「風紀に心臓を捧げよ!!」

「「はぃいい!!」」


 先輩達が勢いのままに扉を閉めた。しおり先輩が舌打ちをして、鬼のように目をぎらぎらさせて、ゆっくりと椅子に座り直す。


「ふんっ。役立たず共が」


 そこで私は気付いた。


(あれ)


 私のいる位置、ソファーが壁になっている。つまり、しおり先輩からだと死角だ。つまり、


(気付かれてなーーーい!)


 よーし! 上手い事脱出するぞ! 私はスネークになるのだ!


「ああ……。目が……。だから文化祭やだ……」


 しおり先輩の呟きが聞こえる。私はソファーから顔を覗かせる。やっぱり気付かれてないようだ。しおり先輩が隈だらけの目で紙を見始める。


「心の乱れは……風紀の乱れ……」


(頑張ってるなぁ。かなちゃん、この事知ってるのかな)


 差し入れするよう伝えておこうかな。かなかな。

 私はスネークに成り代わり、段ボールの中に入る。じりじりとばれないように進む。しおり先輩が紙を見ている間に、扉に手を伸ばす。ドアノブを捻る。


 かちゃん。


 段ボールが吹っ飛んだ。


(ひっ!!!!!)


 まるで時がゆっくりになる。

 まるでスローモーションな世界になる。

 私がゆっくりと振り向く。

 段ボールが吹っ飛ぶ。

 黒いボブヘアーがなびく。

 振り向けばぎらぎら光る黒い目。

 完全に獲物を捕らえようとした目。

 手に握られた先の尖った万年筆。

 尖った先を剣のように私の顔に向けるが、振り向いたことによってその黒い目と目が合った。

 その瞬間、しおり先輩の目がはっと見開かれた。


「……まる?」


 万年筆が床に落ちると共に、段ボールが壁にめりこんだ。


(ひいいい!)


 扉を壁にしてずるずると腰を抜かすと、しおり先輩が真顔のまま私を見下ろした。


「まる」


 手を掴まれる。


「あっ」


 そのまま引っ張られる。


「あの!」


 しおり先輩がソファーの背もたれを倒した。ベッドのようになる。


「え、あ、このソファー、こんなことも出来るんだ! すっげえ! ぱねえ! 科学は進歩したぜ!」


 そこに投げられた。


「ぷわっ!」


 上にしおり先輩が倒れてきた。


「ぴぎゃあ!」


 上から抱き締められる。私は逃げようとうつ伏せ状態から身をよじる。


「お、お助けを!」

「駄目。離さない」


 しおり先輩が抱き枕のように、私に足を絡ませ、腕に強く抱き寄せた。


「はあ」


 しおり先輩が息を吐く。


「ああ、まるの匂い」


 うなじに顔を埋められる。


「ひゃ」

「まる」


 強く抱きしめられる。


「まる」


 腕が離れない。


「まる」


 薔薇の匂いがする。


「まる」


 ぎゅうううっと抱きしめられる。


「……」


 私は逃げるのをやめる。ちらっと振り向くと、顔を埋めるしおり先輩の姿。


「……あの、お疲れですか?」

「そうなの。すっごく疲れてるの」


 しおり先輩がため息を出した。


「聞いて。まる。この一週間すごいのよ。文化祭の気配を感じた生徒達の気が緩んで風紀が乱れ始めてるの。ここで止めておかないと広がる一方なのよ。ああ、もう、風紀委員は何やってるの。風紀の乱れは心の乱れなのよ」


 しおり先輩が私のお腹を撫でる。


「とは言え、まる。会いたかった……」


 きゅっと抱きしめられて、ぎゅっと体が締め付けられて、おえ、と吐きそうになる。


「しおり先輩、潰れちゃいます……」

「ふふっ。ごめんね」


 しおり先輩が横にごろんと寝転がる。私の体を自分に向かせる。自然と向かい合う形になる。しおり先輩がさっきの姿と別人のように穏やかに微笑んだ。


「まる」


 頬を撫でられる。


「ああ、可愛い。まる」


 頭を撫でられる。


「もっとこっち来て」


 胸に抱き寄せられる。


「うぷっ!」

「うふふっ」


 しおり先輩のお胸に顔が埋まる。


「まる。まるがいる。まる。まる」


 頭をなでなでされる。


「まる、柔らかい。よしよし」


 頭をなでなでされる。


「まる、ねえ、私、今すごく疲れてるの」


 頭をなでなでされる。


「まるから、お疲れ様って言われたいなあ」

「ぷはっ」


 私はしおり先輩のお胸から顔を出し、しおり先輩を見上げる。


「えっと」

「うん」

「お疲れ様です」

「うふふ」


 しおり先輩が笑い出す。


「もっと言って」

「え」

「早く」

「お、お疲れ様です」

「もっと」

「お疲れ様です」

「もっと」

「お疲れ様です」

「うふふ。もっと言って」

「……お疲れ様です」


(ああ、しおり先輩、疲れておかしくなってる……)


「……まじでお疲れ様です……」


 背中をなでなですると、しおり先輩がびくっと体を揺らした。


(ん?)


「あっ……」


 しおり先輩が私の手に驚いて目を丸くしていた。


「……」


 そのまま、じっと私を見つめる。


(え、私、なんか悪い事した?)


 手を止める。


「駄目」


 しおり先輩が私を見つめる。


「やめちゃ駄目」


 しおり先輩が優しく私を抱きしめた。


「まる、撫でて」

「……撫でて、大丈夫ですか?」

「うん。撫でて」


 しおり先輩が付け足した。


「優しくしてね」


 私の手が優しくしおり先輩の背中を撫でた。なでなでと手が背中をさする。


「……」


 しおり先輩が黙る。なでなで。


「……。……」


 しおり先輩が黙る。なでなで。


「……。……。……。……」


 しおり先輩が私の頭に口を押し付けた。


「ちゅ」

「んっ」


 私の手がぴたりと止まる。


「駄目。続けて」


 言われて、私の手が再び動く。なでなで。


「ちゅ」

「ひゃ」


 額にしおり先輩の唇がくっついた。手が止まる。


「こら。まる。駄目よ」

「あの」

「続けて」


 ちゅ。


「ん……」


 なでなで。


「まるの手、あったかい……」


 ちゅ。


「あの、先輩……」

「なに? まる」


 なでなで。ちゅ。


「お疲れなら、少し、あの、お休みされた方がいいかと……」

「うん。だから、休んでるのよ」


 なでなで。ちゅ。ちゅ。


「んっ」


 ちゅ。ちゅ。ちゅ。ちゅ。ちゅ。ちゅ。


「あの、ん、しお」

「……まる……」


 ちゅ。ちゅ。ちゅ。ちゅ。ちゅ。ちゅ。


「あの、や、休んでください……!」

「まる、リボン邪魔じゃない?」


 しゅるりと解かれる。


「ひゃっ」

「ボタンも外そうね」

「じ、自分でやります!」

「駄目よ。まるは私を撫でてくれないと」


 しおり先輩の手が私のボタンを外す。第一ボタン、第二ボタン、第三ボタン。


「ひゃっ」


 第三ボタンまで外されたら、ブラジャーが見えちゃうじゃないですか!


「まるのブラジャー可愛い」


 くすりと笑いながら、しおり先輩もリボンを解いて、ボタンを外す。第一ボタン、第二ボタン。第三ボタン。


(はわっ!)


 おっぱいがおっぱいの形してる!!!


(これ、何カップだろう! わああ、すごい! ママのおっぱいより大きい! 形が綺麗!)


 あまりの素晴らしいおっぱいフォームに感動していると、しおり先輩がにこりと笑った。


「気になる?」

「え?」

「まるならいいよ」


 しおり先輩が第四ボタンを外す。


「いいよ。まる」


 しおり先輩が第五ボタン、第六ボタンを外した。


「はい」

「むぷっ」


 直で顔が埋まられる。


(やわらけっ!!)


 ぷわぷわじゃねえか!


(はわ……しゅげえ……)


 良い匂いがする。

 薔薇の匂いがする。

 柔らかい。

 クッションよりふわふわ。

 暖かい。

 抱き締められてる。

 ふわふわしてくる。

 とろけてくる。


(もうどうにでもなれー)


 しおり先輩の誘惑に負けてしまう。うっとりととろける。


「まる、ほら、手が止まってるわよ」

「……ふぁい……」


 なでなで。


「あ、んっ。まる、そこはお尻」

「しゅみましぇん……」


 なでなで。


「ふふっ。でも、まるなら、お尻、触っても許してあげる」

「はぁぁあ……」


 ふわふわ。なでなで。


「……まる……」


 しおり先輩の声が響く。


「あのね、小さい頃、お庭に遊びにくる野良猫を可愛がってたの」


 でも、飼えなかった。


「お母様が猫嫌いだったから」


 でもね、その猫ちゃん、可愛いの。すごく可愛いの。


「私が喜んでたら一緒に喜んでくれて」

「私が怒ってたらなだめてくれて」

「私が泣いてたら慰めてくれて」

「私が楽しんでたら一緒に楽しんでくれた」


 ……家の車に轢かれて死んじゃった。


「大好きだったの。その子」

「どんな時だって、私の味方だった」

「どんな時だって、私を守ってくれた」

「頭を撫でたらね」

「私の手を舐めてくれたの」


 しおり先輩が私を抱きしめる。


「まるにそっくり」


 しおり先輩が微笑む。


「まる」


 私の頭を撫でる。


「ふふっ。まる、眠いの?」


 うとうとと、私はとろけている。


「いいよ。一緒におねんねしよ」


 しおり先輩の胸が暖かい。


「まる、可愛い」


 大切に抱きしめられる。


「時間がこのまま、止まってしまえばいいのに」


 しおり先輩の切なそうな声を聞きながら、私は深い眠りに落ちていく。



(*'ω'*)



 ――夢の中で、なっちゃんが睨んでくる。


「ねえ、どういう事?」

「え?」

「この女、誰」


 私を抱きしめてにこにこしているしおり先輩がいる。なっちゃんがしおり先輩を睨みつける。


「私の王子様、取らないで!」

「王子様?」


 しおり先輩がくすっと笑って、私の頰に唇を押し付けた。


「むちゅ」

「ひゃっ」

「この子は、私の王子様よ」


 しおり先輩がにやけた。


「私の猫よ」

「ふざけるな」


 なっちゃんがぶち切れる。


「私の猫だ」

「私の猫よ」

「私のまるだ」

「私のまるよ」

「まるは私のものだ」

「まるは私のものよ」


 なっちゃんが私の肩を掴む。


「まるは私の猫だもんね」

「えっと」


 しおり先輩が私の肩を掴む。


「まるは私の猫よね」

「えっと」


 なっちゃんとしおり先輩が睨み合う。


「触らないで」

「そちらこそ」

「まるは私の」

「私のものよ」

「私のだ」

「私のよ」


 なっちゃんが微笑む。しおり先輩が微笑む。お互いを見て、笑い合った。


「「おっほほほほ!」」


 私は顔を青ざめた。



(*'ω'*)



 はっと目を覚ます。正面のしおり先輩が安らかに眠っている。


(……今何時?)


 チラッと時計を見ると、案外時間は経ってなかった。15分くらいだ。


(なんだろう。すごく怖い夢を見た気がする……)


 お昼寝で悪夢を見たら、もう寝る気がなくなる。


(……抜け出せるかな?)


 しおり先輩の手を退かしてみる。簡単に抜け出せた。ソファーから下りる。


「あっ」


 しおり先輩のお胸が開放中。私は辺りを見回す。


(……お布団みたいなの、ないもんなー)


 私はカーディガンを脱ぎ、しおり先輩に被せた。


(必殺! お胸隠し!)


 そして、そっと離れる。


「……お疲れ様です」

「すやぁ」


 幸せそうなしおり先輩の寝顔を見つつ、忍び足で応接室から抜け出す。扉を静かに閉めれば、脱出成功。


(……ああ、疲れた……)


 授業が始まっているのか、廊下は静かだ。


(この時間に教室に戻るのもなー。保健室にでも行こうかなー。かなかなー)


 ふらりと歩き出す。保健室に向けて階段を下りると、上から誰かがはっと息を呑んだ音。


(うん?)


 上から降ってきたお嬢様が、私の目の前に着地する。


「うわっ!」

「ふっ!」


 お嬢様が吹き矢を吹いた。首がちくっとする。


「うっ!」


 私がばたりと倒れる前に、お嬢様が私を抱きとめる。このお嬢様、見覚えがあるぞ……。


「あ、あんたは、入学式の時に、クナイを投げつけてきた……先輩……!」


 無言の生徒会の先輩の肩に担がれる。


「うぐっ」


 滑るように廊下を走る。すいーーっと十五秒。生徒会室の扉が開き、中に放り投げられる。


「ふぁっ!」


 カーペットにダイブ。痛いでやんす。


「なでしこ様、これにて失礼致します」

「ご苦労」


 扉が閉められる。私はなでしこ先輩に振り向いた。


「おい! なでしこ先輩! 授業中に生徒会室で何やって……!」


(ふぁ!?)


 私の顔が青ざめる。――なでしこ先輩が書類の山に生き埋めにされていた。


「こっちもかーい!!」


 慌てて書類を退ける。


「なでしこ先輩! しっかりしてください!」

「書類を退かすな。退かすなら整理しろ」

「やります! 順番にはい! やります! なんでそんなに冷静なんですか!」

「騒ぐな。耳障りだ」

「理不尽の極み!」


 書類を一枚ずつ綺麗に重ねて机の端に置いていき、埋もれていたなでしこ先輩を救出する。書類がデスクいっぱいに置かれる頃、冷静ななでしこ先輩がようやく立てるようになった。


「ああ、鬱になりそうだ」

「えげつない量ですね……。平日の昼からお疲れ様です……」

「文化祭で色々と手続きが山積みなんだ。私がしなければいけない事だから先生達も大目に見ているというわけだ」

「なんか、高校二年生で仕事の山って嫌ですね……」


 なでしこ先輩がソファーに座った。


「で、お前は何やってるんだ」

「ああ、昼寝してて」

「昼寝?」

「はい。応接室で」


 なでしこ先輩の目が光った。


「応接室?」


 あ。やっべ! 私から爆弾を投下してしまった! てへぺろ!


「ほう」


 なでしこ先輩がにこりと笑った。


「詳しく聞こうか。座れ」


 隣をぽんぽん叩かれて、いつもの如く私は目を逸らした。


「わ、私、あの、授業に行きませんと……」

「お前、カーディガンどうした?」


 ぎくっ。


「あ、チョウチョだー」


 手でチョウチョを作る。


「なでしこ先輩、ほら、チョウチョですよー」


 なでしこ先輩がにこりと笑って、テーブルを蹴飛ばす。どごん!!!!! と音が鳴った。


「まる」

「はーい」


 速やかに隣に座る。なでしこ先輩の手が伸びて、私の腰を掴み、抱き寄せた。


(ああ、いつもと同じやつですね)


 抱き寄せた後は肩を抱かれて、頭を押さえられて、自分の肩に私の頭を乗せる。


「……薔薇の匂いがするな」

「そ、そうですか?」

「まる」


 今度は膝をぽんぽんと叩く。


「跨って乗れ」

「はーい」


 こういう時は素直に従った方が助かると、私は指導を何度も受けている。なでしこ先輩、目が笑ってませんですぜ。


 なでしこ先輩の膝に跨って座る。尻がなでしこ先輩の膝に乗る。向かい合う。なでしこ先輩が私を睨む。


「あの女の所にいたのか」

「あの、一緒に、お昼寝を……」

「私がいるのに、なんであの女の所に行く」


 なでしこ先輩の手が私の腰を掴む。


「この浮気者。卵焼き抜きにするぞ」

「え! 嫌です! 私がお弁当の中身何が一番楽しみかご存知で言ってます!?」

「言ってる」

「酷い!」

「酷いのはお前だ」


 なでしこ先輩が私の肩に顔を埋めた。


「わっ」

「まるの馬鹿」


 抱きしめられる。


「今度はどこを触られた?」


 ここからも匂いがする。


「ここも」

「あっ」


 首筋に鼻を寄せられ、思わず身じろぐ。


「あ、せんぱ」

「薔薇の匂いは好きじゃない」

「す、すみません」


 なでしこ先輩に腰を抱かれ、強く掴まれる。鼻が私に当てられる。


「んっ、あ、頭、撫でられただけです……」

「まる、ボタン、かけ間違えてるぞ」


 見下ろしてみる。あ、本当だ。第二ボタンが第三ボタンを留める穴に留められてる。道理でゴワゴワするわけだ。


「……まる、もう一度訊くぞ」


 なでしこ先輩が私の目を覗き見る。


「何を、された?」

「あ、違います。多分先輩が思ってることは特に何も」

「詳しく言え。早く」

「いや、だから、あの、寝やすいように、ボタンを」

「外した後は?」

「しおり先輩も寝やすいように、あの、ボタン全部外して、その」


 私は目を泳がせる。


「しおり先輩のお胸に埋もれながら、寝させていただきました……」

「おっぱい好き」

「なでしこ先輩! おっぱいは皆好きですよ! もう、ぷるぷるで堪らんくて!」


 言った直後、なでしこ先輩がブレザーとシャツを脱ぎ飛ばした。


「ふぁっ!?」


 美しい肌に思わず顔が赤くなる。


「な、何を!」


 なでしこ先輩が背もたれにもたれ、私の頭を掴み、自分の胸に押し付ける。


「うぷっ!」

「下着が無い方がいいか?」


(いやいや! そこまでしていただかなくとも結構です!)


 背中をとんとん叩くと、なでしこ先輩が不満そうな顔をした。


「そうか」


 なでしこ先輩の手が動いた。


「まる、もうちょっとこっちにおいで」

「……はい」


 なでしこ先輩の胸から顔を出して、身を起こし、肩に顎を乗せる。なでしこ先輩のお胸と、私のお胸がくっついた。


(すごい。BLでよくある描写だ……)


 小野寺桜子先生描写では、ここで攻のあそこがむくむく膨らんできて、


 え、な、なんか勃ってる……!?

 受……。

 あ、せ、攻、昨日、したばかり……。

 足りねえよ。もっとお前が欲しい。

 せ、攻……。

 受……。


(はぁぁあん! BLたまんねーーーーー!!!)


 この気持ちを抑えるために、なでしこ先輩にすりすりする。ぎゅっと抱きしめる。お姉ちゃん、この気持ちをわかっておくれ。なでしこ先輩の指が、ぴくりと動いた。


「……まる」

「はい」


 なでしこ先輩の手が私の背中を撫でる。


「寒いから、もっとくっついて」

「なでしこ先輩、シャツだけでも着てください」

「お前がくっつけば問題ない」

「私はカイロですか」


 なでしこ先輩とくっつく。隙間はゼロになる。


「わあ……。肌と肌が触れ合うと温かいって、本当なんですね……」

「お前も脱げ」

「え」


 なでしこ先輩が私のシャツのボタンを外し始める。


「ぬわあああん! 何やってるんですかーー!!」


 全部外される。


「ひゃ」


 私の小さな胸となでしこ先輩の胸が改めてくっつく。


(ぎゃあ!)


 あったかい!!


「ふはっ」


 胸と胸がくっついて、お腹とお腹がくっついて、


(あ、これ、あったかい……)


 ぼうっとしてくる。


「まる」


 なでしこ先輩の低い声が耳に囁かれる。


「ほら、もっと抱きしめろ」

「……ふぁい……」


 なでしこ先輩の背中に手を置き、なでなでする。おっと、流石なでしこ先輩。お肌がすべすべですね。


「まる」


 ふわあっ。背中をとんとん駄目ですよ。ぼうっとしちゃいますよ。


「……溶けてるな」


 なでしこ先輩の声が耳に響く。


「まる、気持ちいい?」

「……ふぁい……」


 とんとん。


「もう西園寺の所に行くなよ」

「……ふぁい……」


 とんとん。


「ちゅ」

「ふぁっ!」


 とんとん。


「ちゅ、ちゅ」

「あっ。そんな、らめれしゅ……」


 とんとん。


「ここがいい?」

「あっ、だめ……」


 とんとん。


「まる、分かるか? お前の心臓が早くなってる」

「な、なでしこ先輩が……驚かせるからです……」


 とんとん。


「ちゅ」

「んっ」


 とんとん。


「ほら、こっち向いて」

「あ、は、恥ずかしいです……」


 とんとん。


「目閉じろ」

「ふぇっ……」


 私は目を閉じる。唇に柔らかな感触。


「ちゅ」


 とんとん。


「むちゅ」

「ん」

「ちゅ」

「んちゅ」

「ちゅ」

「むちゅ」

「ちゅ」

「ん、ちゅ、ちゅ」


 唇同士がくっつき合う。背中はとんとん。


「舌出して」

「ん……恥ずかしいです……」

「猫なら舌くらい出せ」

「ね、猫ちゃんは、そんな事しないです……」

「馬鹿。猫は毛並みを整えるために仲間を舐めるんだぞ」

「なでしこ先輩は、その、私の毛並みを整えてるんですか?」

「いわゆる、匂い付けだろうな」

「ああ、なるほど……。そんなにしおり先輩の匂いします?」

「する」

「そうかなあ?」

「自分の可愛がってるペットに変な匂いがついてたらどうする。嫌だろ」

「お風呂に入れます」

「風呂代わりだ。早く舌出せ」

「……」


 黙って、こそりと口から舌を出す。なでしこ先輩がくっついてくる。


「むにゅ」


 舌同士が絡み合う。


「ん」

「ちゅぷ」


 背中はとんとん。


「ちゅぷ、ちゅぷ」

「んっ、」

「くちゅ」

「ちゅ、むちゅ」

「……まる」


 とんとん。


「んむ」

「ちゅ」

「んま、まってくださ……」

「ちゅ」

「んちゅ」

「ちゅ、ちゅぴ、ぷちゅ」

「ん、ん……。……んぅ……」


 とんとん。


「あ、そ、そんなに、舐めちゃ……」

「じゃあ、ここがいいか?」


 ぬちゅ。


「ひゃっ!」


 とんとん。


「あ……だめ……耳は、……っ……いやですっ……」

「お前、弱いもんな」


 なでしこ先輩の吐息が、鼓膜に吹きかけられた。


「ひんっ!」

「どうした。まる? えっちな声を出したりして」


 とんとん。


「ぁっ……。え、えっちな声、なんか、出してないです……」

「そうか」


 ぺろ。


「はぅっ」


 とんとん。


「や、やぁ……」

「掴まって」


 とんとん。


「ぬちゅ。ぷちゅ」

「あ、や、やだ、それ……」

「ん? なんで嫌?」

「く、くすぐったいんですもん……」

「ふう」

「ひゃっ! や、やめてください……!」

「ぺろ」

「きゃっ」

「れろれろ」

「あ、あう、あううう」


 とんとん。


「はあ、やめ、はあ、はぁ……」

「まる、心臓がうるさいな」

「ご、ごめんなさ……」

「大丈夫。優しくするから」


 とんとん。


「れろ」

「んんっ」

「お前、ここ好きだろ」

「や、やです……」

「ちゅ」

「んんっ」

「えっちな猫め」


 とんとん。


「わ、私、えっちじゃないです……」

「えっちだろ。いやらしい本なんか読んで、どこがえっちじゃないんだ?」

「ん……」

「れろ」

「んぁっ」

「れろれろ」

「あっ、あっ……」


 とんとん。


「認めろ。まるはえっちなんだ」

「……ふっ……。ん、え、えっちじゃ……ないもん……」

「おっぱいが好きなんだろ? えっち」

「……お、おっぱいは、皆好きなものなので……」


 べろり。


「ひゃっ!」

「ほら、そんな声出して」


 とんとん。


「どこがえっちじゃないんだ?」

「あっ、そんな、えっちな、舐め方、だめです……!」


 とんとん。


「喘いでるのはお前じゃないか」

「んっ」

「まるのえっち」


 れろ。ぺろ。


「あっ」

「えろ猫」

「ち、ちがいます……!」

「違うの?」

「ちがいます……」


 べろり。


「ひんっ……!」

「このすけべ」

「あっ、な、なに、これ……」

「まる、あまり喘いでいると、大変だぞ?」

「へ……?」

「鍵、閉めてないだろ?」


 生徒会室の扉は、クノイチもどきの先輩が閉めた。鍵はかけられてない。


「誰かに気付かれてしまうかもしれないぞ」

「っ」


 すり。


「あっ」

「お前がえっちだというが、ばれてしまうかもしれない」


 ふう。


「やっ、鍵……」

「だめ。離さない」


 すり、すり。


「あ、そ、それ、やめてくださ……」

「えっちだって認めたら、鍵をかけてやる」

「え、えっちじゃないですってば……!」


 れろー。


「ひゃ、あ、あん、やら……!」

「まる、息が荒いぞ? ……興奮してるのか?」

「あ、ち、ちがう、ちがうんです……!」

「何が違うんだ? そんな声出して」


 なで。


「ひゃっ……!」

「そろそろ認めたらどうだ? お前がえっちだって」


 なでなで。


「あ、や、それ、いやです……!」

「れろ」

「ひゃっ!」


 れろれろ。


「あ、そ、そんな、奥まで……!」


 なでなで。すりすり。


「あ、すりって、ん、やだ、んん、くすぐった、ひっ、声、でちゃう……から…ぁっ…」

「声を出したら、聴こえてしまうかもしれないな」


 すりすり。


「ひうっ!」

「まるのえっち」


 すりすり。


「あっ……! だめ……! すりすり……だめ……!」

「まる。答えてみて? まるは、えっち?」

「え、えっちじゃないです……!」

「そう」


 すりすり。


「んんっ…!」

「本当は?」

「ん、んん、んん……!」

「耳舐められて、くすぐられてるだけで、そんなはしたない声を出して」


 ちゅ。


「ぁ……」

「えっちじゃないの?」


 すり。


「ひゃん」

「本当は?」


 むちゅう。


「ひんんっ……!」

「まる」


 れろ。


「あ、んっ!」

「認めろ」


 なでしこ先輩の声が、耳の中で木霊する。


「まるは、えっちなんだ」

「ん……」


 私の腰がぴくりと動いた。


「わ、私、そんなに、えっちですか……?」

「ああ」


 太ももを撫でられる。


「私はえっちです、って言ってごらん」

「は、恥ずかしいです……」

「私しか聴いてないから」

「ん、んん……」


 胸がどきどき鳴る。


「ほら、言って」


 掠れた声が耳に囁かれる。


「ほら、まる」


 すり。


「まる」


 れろ。


「まる」


 すり。


「まーる」

「わ」


 熱い顔で、熱い体で、舌が動いた。


「わ、わたしは……えっち……です……」


 なでしこ先輩がにやける。


「そう。良い子だ」


 背中をとんとんしていた手が離れ、その手が私のスカートの中に入ってきた。


「まる」


 太ももをなぞられる。


「ぁっ」

「えっちなまるに、ご褒美をあげる」


 いいか?


「私に掴まってなさい」

「ん、はい……」

「離れちゃ駄目だぞ」


 なでしこ先輩が近付く。


(あ……)


 唇が重なる。離れる。なでしこ先輩がまた使づいて、また、唇が重なって、舌が口の中に入ってきて、ぼうっとして、離れて、また近付こうとしてきたなでしこ先輩を止める。


「せっ、先輩、あのっ、胸が、おかしいです」

「どうした?」

「どきどきして、熱くて」

「仕方ないさ。まるは思春期だから」

「ししゅんき」

「そう。だからえっちでも仕方ないんだよ」

「私、おかしくないですか……?」

「おかしくないよ。えっちで当たり前なんだから」


 唇が重なる。


「んっ。わたし、えっちで、あたりまえ、なんですね……?」

「そうだ。でも、お前がえっちっていう事は、私しか知らないわけだ。だから私以外に言ってはいけないよ」

「は、はい……」

「まる、今、どんな気持ち?」


 唇が重なる。


「なんか、ぼうっと、します……」

「目を閉じて」


 すり。


「あっ」

「まるはここが好きだな」


 耳を指で撫でられる。


「あ、そこ、く、くすぐったい、です……」

「ちゅっ」

「ひゃっ」

「れろ」

「んっ!」

「……まーる」


 なでしこ先輩に囁かれる。


「深呼吸して」

「……は……ぁ……」

「……まる……」


 なでしこ先輩に優しく抱きしめられる。


「大丈夫。まだ授業が終わる時間じゃないから、誰も来ない」

「……ん……」

「よしよし」


 背中をまたとんとんされる。


「あったかいな」

「……はい」


 とろんとして答える。


「あったかいです……」

「まる」


 ちゅ。


「んぅ……」

「まる、少しだけなら寝ていいよ」

「……はい……」


 とんとん。


「気持ちいい?」

「はい……」


 とんとん。


「私が好き?」

「はい……」


 とんとん。


「じゃあ、もう他には行くなよ」

「はい……」


 とんとん。


「まる」


 ちゅ。


「ふぇっ……」

「ふふっ。まる」

「ん……」


 すり。


「ふい……」

「お休み。まる」


 とんとん。


「愛してる」

「……。……。……はい……。……」


 どんな言葉に返事をしたのか分からないほど、とろんとしたまま、私は本日二度目の昼寝を迎えた。



(*'ω'*)



「なでしこさん」

「これは、どうも。しおりさん」

「生徒会も、何やら忙しいようですね」

「ええ。そちらもお疲れ様です」

「ところで、なでしこさん、今年のプリンセスコンテストには、出場されますか?」

「ええ。考えております」

「なでしこさん、プリンセスコンテストというイベントは、とても面白いものでして、容姿は採点基準に入らないんです。あくまでも、学園のプリンセスにふさわしいかを決められてしまいます」

「うふふ。辞退して正解でした。そんな大きなイベント、私ではとても背負いきれません」

「そこで、ぜひ提案が」

「提案?」

「今年、もしもなでしこさんが出場されるということでしたら、圧倒的に票は貴女に入ると思います。貴女は人柄も中身も完璧なので」

「うふふ。ありがとうございます」

「ただ、私も負けられません。貴女も全力で来る。でも、争うのは違います。景品があれば、楽しめると思いませんか?」

「ふふっ。景品は、プリンセスとしての称号ではございませんか?」

「そんなものはつまらないです。ですので、例えば」


 子猫ちゃんが、景品だとか。


「子猫ちゃん?」

「ええ」

「まあ、子猫ちゃんだなんて、可愛い」

「一票でも多く票が集まった方が、子猫ちゃんの主になれる」

「少なかった方は?」

「主でもなんでもない。子猫ちゃんを指導も取り締まることもなくなる」


 どうですか? なでしこさん。


「面白いでしょう?」

「確かに燃えますね」

「決着をつけるには、丁度いいかと」

「なるほど」

「私もプリンセスの座を渡すわけにはいきませんので、これくらいの方が燃えるんです」

「しおりさん」

「はい」

「性格がお悪いですね」

「人のことが言えますか? なでしこさん」


 ……。


「「おっほほほほほほ」」


 お嬢様二人が、楽しそうに笑い合った。



(*'ω'*)



「え、なでしこ先輩、コンテスト出るんですか?」


 弁当のおかずを食べながら訊くと、おにぎりを食べてたなでしこ先輩が頷いた。


「優勝を狙ってる」

「いやあ、先輩ならいくんじゃないですか?」

「なかなか厳しい審査らしい。去年も見学していたが、西園寺のアピールは私から見ても美しかった」

「へえ。アピールとかあるんですか」

「お前は何か出ないのか?」


 なでしこ先輩が呟く。


「プリンスコンテストとか」

「出られませんよー」


 わははーと笑う。


「本格的な男装ですよ。かなちゃんならともかく。私は用意するお金もないですし」

「私が出す」

「いいです! いいです! 私はコスプレで十分です!」


 私は大人しく、観客席で団扇を持ってます。


「あ、なら団扇作らないと! 近いうちに百均寄ろう」

「まる。箸が止まってるぞ」

「あ、はい」


 私はお箸を動かす。おかずを口に運ぶ。


(そっか。なでしこ先輩、出るんだ)


「先輩、去年は辞退されたって聞きました」

「ん」

「なんでですか?」

「優勝しても仕方がないから」

「優勝したら、なでしこ先輩が好きな人がびっくりされるんじゃないですか?」

「確かにGL学園の文化祭は一般人も入れるが……」


 なでしこ先輩が私をじっと見る。


「去年は、そいつが来なかったんでな」

「なるほどー」


 私は手を伸ばす。


(卵焼きうまー!)


 もぐもぐ食べる私を見て、なでしこ先輩が息を吐いた。


「まる、今日学校が終わったらお使いに行ってくれないか? 食材が切れそうなんだ」

「了解です!」


 私は箸で再び卵焼きをつまんだ。



(*'ω'*)



「……んー……」


 もぞっと動けば、冷たいソファー。


「あれ」


 ぽんぽん。


「まる?」


 起き上がる。カーディガンが落ちる。


「あ」


 まるのカーディガン。


「まるったら、いけない子」


 しおりがカーディガンを拾った。


「私の心をかき乱すなんて」


 カーディガンを鼻に押し付ける。


「風紀委員として、取り締まらないと」


 微笑みながら、カーディガンの匂いを嗅いだ。


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