第6話 心の乱れを正す人

 殿下、美しく可憐な貴方が好きです……!

 な、何言ってるんだ。お前は、奴隷のくせに!

 貴方のためなら、この命、惜しくはない。だから……。

 あっ、や、やめ……。

 殿下、貴方は、私のものだ……!

 あ、ど、奴隷……!



「ぶっはww やっべww」


 私は鼻と口を押さえる。かなちゃんも鼻と口を押さえる。


「まる氏、どうでござるか。なかなかこの本も、逸材だと思わぬか」

「強引奴隷×わがまま王子様は、拙者、初めてでございまする。しかしこの奴隷、なかなかのやり手でございまするな。奴隷のくせに、キザな言葉で相手を口説き、夜の体育が上手とは、これは殿下も一本取られてしまいまする」

「この奴隷が紳士的なのがまた良し」

「夜になると狼に変貌するのも良しでございまする」

「まる氏、この本、大切に出来るでござるか?」

「ま、まさか、かな氏」

「ふん。ほんの、贈呈品でござる」

「かな氏ぃぃいいいいい!!」

「某が死んだ時には、……頼むぞ」

「承知の助でございまする!!」

「承知の助でござるな!!」

「承知の助すけすけでございまする!!」


 図書室に向かうため、人気のない庭を歩く。こっちの方が秘密の話も出来るからだ。私はかなちゃんから譲り受けたBL本を抱きしめる。


「かな氏、拙者、かな氏に何もしてあげられていないでございまする。何か、困り事があったら、拙者、助けになるでございまする」

「何を言う。まる氏。秘密を分かち合う友達ではござらんか。水臭いこと言うなでござる」

「かな氏……!」

「へへ……!」

「心の友よ……!」


「やめてください……!」


 女子生徒の悲鳴に近い声が聞こえて、私とかなちゃんの足が止まった。


(うん?)


「……今の声……」


 かなちゃんがはっとしたように早々と歩き出す。私はついて行く。二人で壁から覗き込む。庭の奥で、ボブが良く似合う可憐なお嬢様が、向かいにいるお嬢様に手首を掴まれ、迫られていた。


「しおりさん、私、本気なんです!」

「だ、だから、あの……お友達からで……」


 かなちゃんが口を押さえる。


「しおりちゃん……!」

「え? 知り合い?」

「よし、まるちゃん!」


 かなちゃんが私の背中を押した。


「助けてきて!」

「え!?」


 壁から飛び出す。二人のお嬢様が私に振り向く。私はぽかんとする。二人が私を見る。私は横を見る。かなちゃんが隠れている。私は二人に顔を向け、――ふっと笑った。


「やあ。可憐なレディ達。こんな素晴らしいお日様の下で、いけないことでもしていたのかな?」


 私は二人に指を差す。


「無理矢理手首を掴むなんて、良くありません。レディには優しくしないと」

「っ」


 手首を掴んでいたお嬢様が悔しそうな顔をして、走り去る。


「あっ……」


 ボブヘアーのお嬢様が弱々しく座り込む。相手がいなくなったのを確認して、かなちゃんがお嬢様に駆け寄った。


「しおりちゃん! 大丈夫?」

「かなちゃん……」


 しおりちゃん、と呼ばれたお嬢様が頷く。


「大丈夫……。あの方が助けてくださって……」

「私のお友達のまるちゃんだよ。ほら、お昼休みに話したでしょ?」

「ああ……」

「まるちゃん」


 かなちゃんが私に振り向いた。


「私がいつも図書室で一緒にお弁当食べてる、二年生の、西園寺詩織先輩です」

「あー。知り合いって言ってた」

「そうそう。幼馴染なの」

「そっかあ」


 私はしおり先輩に微笑む。


「初めまして、私」


 名前を名乗ってから、


「あの、でも、皆からは、まるって呼ばれてます」

「……よろしく。まるちゃん」


 しおり先輩が眉をへこませて微笑み、かなちゃんに支えてもらいながら立ち上がった。その足は可哀想なほど震えていた。


「ああ、駄目。力が出ない……」

「また告白されちゃったの?」

「こく」


 私は言葉を詰まらせた。


「告白?」


 かなちゃんに訊くと頷いた。


「そうなの。ほら、しおりちゃん、可愛いでしょう? 見た目だけじゃなくてね、仕草も声も全部可愛いから、女の子にも告白されちゃうの」

「お、おう……」


(女子校ってそういうのあるんだ……)


 ということは、男子校も!?


(何だそれ。これは、萌えるやつでは!? おっと涎がじゅるり!)


「さっきの人、ちょっと強引で……。ああ、怖かった……」

「ちょっと心配だね」


 かなちゃんがしおり先輩の背中を撫でる。


「しばらく家のボディーガード呼んだら?」

「駄目よ。こういう事は、自分で解決しなくちゃ……」

「でも、これじゃあしおりちゃんの精神が病んじゃうよ」


 ちらっと、かなちゃんが私を見る。


「……まるちゃん、さっき、私のお願い、聞いてくれるって言ってたよね?」

「どきっ。嫌な予感」

「しおりちゃんの、ボディーガード、お願い出来ないかなー?」


 かなちゃんのかなかなー?


「ぼでぃーがーど」


 私は首を傾げる。


「って、何したらいいの? 私、体を張って守るとか、出来ないよ」

「そうだなあ。一週間くらい、お昼一緒するとか。私がいない間とかに、私の代わりにしおりちゃんの側にいてほしいかな」

「かなちゃん……」


 しおり先輩が首を振る。


「まるちゃんに悪いわ」

「でも、心配だもん」


 かなちゃんが私に眉をへこませる。


「まるちゃん、いい? 一週間くらいでいいの」


 困ってる友達がいれば、手を差し伸べるのがお友達です! 私は躊躇せず、こくりと頷く。


「うん。それだけでいいなら、全然大丈夫だよ!」

「わぁい。ありがとう!」


 かなちゃんがしおり先輩を見る。


「というわけで、まるちゃんがしおりちゃんのボディーガードね!」


 しおり先輩が困ったように眉をひそめる。


「かなちゃん、私、一人で平気よ」

「平気じゃなかったでしょ。はい、二人とも、握手して」


 かなちゃんが私の手としおり先輩の手を握らせる。互いに握手をする。


「よろしくお願いします!」

「ごめんなさいね。まるちゃん」

「いいえ!」


 これでかなちゃんのお役に立てるなら、お安い御用だ。私はしおり先輩に微笑む。


「何でも言ってください!」

「そうね、あの、それじゃあ……」


 いじいじと、可愛く口元を隠し、しおり先輩が私に言う。


「まだ、委員会の仕事が残っているの。だから、あの……良ければ」


 しおり先輩が呟く。


「応接室まで、一緒に来てもらえると……」

「応接室?」


 私は頷く。


「構いませんよ。送っていきます」

「ありがとう……」

「私は門限があるから帰るね」


 かなちゃんが腕時計を見て、しおり先輩に顔を上げる。


「ごめんね、しおりちゃん」

「いいのよ。こちらこそ、心配かけてごめんなさいね」

「まるちゃん、すっごく良い子だから、色々頼っていいね!」


 かなちゃんが私を見る。


「お願いね。まるちゃん」

「うん。いいよー」


 手を振る。


「また来週ね」

「図書室は来週行こう」

「うん」

「じゃあ、ごめん。お願いね」


 かなちゃんが来た道を戻っていく。思ったよりも長い間ここにいてしまったらしい。


(早めの門限があるって大変だなあ)


 私はしおり先輩の隣に立つ。


「変な輩がいたら、私が叫んで撃退しますね!」

「ふふっ。頼もしいボディーガードね」

「なんでしたら、委員会のお仕事も手伝いますよ!」

「大丈夫よ。少し確認したいことがあっただけだから。今日は、その確認をして、すぐに家に帰る予定だったんだけど……」


 予想外のアクシデント。


「よかったら、まるちゃん、駅まで一緒に来てもらってもいい?」

「もちろんです。ついていきます!」

「じゃあ、行きましょうか」


 しおり先輩が歩き出す。ふわりと髪の毛がなびく。薔薇の匂いがする。


(ふわっ! 女の子だ!)


 私は少し距離を離れて歩く。


(私のような凡人が側に居たら駄目なやつ!)


 しおり先輩は華麗に可憐に歩く。まるで百合の花。


(なでしこ先輩とはまた違う、ザ・お嬢様って感じだなあ……)


 私はその背中に見惚れながら、少し離れた距離を歩いた。



(*'ω'*)



 18時。

 扉を開けると、部屋の中から関西弁と笑い声が聞こえた。


(あ、帰ってきてる)


 廊下を進んで、リビングの扉を開ける。パジャマ姿のなでしこ先輩がソファーでくつろぎながらテレビを見ていた。私は扉を閉める。


「ただいまです」

「お帰りなさい」

「疲れましたぁ」


 私はソファーにダイブする。テレビから笑い声。なでしこ先輩からは涼しい声。


「まる。手を洗え」

「歩き疲れたんですもん。ちょっとだけ休ませてください……」

「遅かったな」


 なでしこ先輩が私に振り向く。


「どこをほっつき歩いてた?」

「あ、実は……」


 ――しおり先輩の泣き顔を思い出す。


(……)


 なでしこ先輩には関係ないし、黙ってよ。


「かなちゃんと遊び歩いてました」


 にこっと笑うと、なでしこ先輩の視線がテレビに戻る。


「そうか」

「手洗ってきます」

「ん」


 私はソファーから起き上がる。ふわりとスカートが翻る。私は洗面所に向かって歩き出した。


「……」


 なでしこ先輩がおもむろに立ち上がった。


「まる」

「はい?」


 振り向く。


「なんですか?」

「こっちにおいで」

「手洗ってから行きますね」


 私は扉を開けて、洗面所に向かう。なでしこ先輩が声を投げてくる。


「まる、私がおいでと言ったら、素直に来なさい」

「手洗ってからちゃんと行きますよ。今の私の手には、菌が沢山詰まってるんで」

「いいから来い」

「駄目ですよ。ちゃんと手を洗って……」


 洗面所に入ると、扉がぴしゃっとしまった。


(ふへ!?)


 振り返ると、なでしこ先輩が扉を硬く閉めていた。なでしこ先輩の後ろから禍々しい影が見える。


(えーー? なんか怒ってるぅうううーーー!)


 私、先輩の言う通り、手を洗おうとしただけですよ!?


「な、なでしこ先輩? どうしました?」


 私は青ざめて、一歩後ずさる。なでしこ先輩がにんまりと口角を上げる。


「ど、う、し、ま、し、た?」


 なでしこ先輩が復唱し、白鳥撫子の笑顔で一歩前に出る。


「まるさんがこちらにいらっしゃらないから、私から行った方がいいと思いまして」

「い、いや、だから、手を洗ったら、ちゃんと行きますって!」

「その前に、私、確認したい事があるんですの」

「か、確認!?」


 私は洗面器を見る。


「て、手を! 先に手を洗いますね!」


 なでしこ先輩に背を向けると、なでしこ先輩が突然、私の手首を掴んで引っ張ってきた。


「ひぎゃあ!」


 腰も一緒に掴まれる。


「お、お助けを!」


 なでしこ先輩に捕まる。


「な、何でもしますからぁ!」

「何でも?」


 なでしこ先輩が、くすっと笑った。


「でしたら、私の言葉には必ず従ってくださいな」

「はい! そうします! よく分かりました! ですから! あの! 手に、解放を!」

「分かってないじゃないか」


 なでしこ先輩の声が低くなる。


「指導の前に」


 なでしこ先輩の鼻が、私の首に近付く。


「いけないことをしていないか、確認してやる」

「ひゃっ!」


 なでしこ先輩が私の首筋に鼻を押し付ける。

 すっ。


「あっ、な、なんですか……?」


 すう。はあ。


「な、何してるんですか……?」


 すー。はー。すんすん。


「あの、なでしこ先輩? な、何をして……」


 すん、すん。


「あ、ああ、あの! なんか、変な事してませんか!?」


 しゅるりと音がして、見下ろす。なでしこ先輩の手が、いつのまにか私のリボンを解いていた。


「ひえっ」


 床にリボンが落ちて、第一ボタンが開けられる。


「あの、あの、えっと……」


 すんすん。

 なでしこ先輩の鼻が動きながら、私の第二ボタンが開けられた。なでしこ先輩の顔が動く。


「ふぇ……」


 私の小さな胸元に鼻を入れて、動かす。

 すん。すん。すん。


「な、なでしこ先輩!」


 私は片手で先輩の肩を押す。


「私! まだ、お風呂にも入ってないので!」

「まるさん、何でもするんでしょう?」


 なでしこ先輩が私に顔を上げる。微笑む。目が笑ってない。私の顔が引き攣る。


「黙って大人しくじっとしてろ」

「はーい」


 私は諦めて、黙って大人しくじっとする。なでしこ先輩が私の匂いを嗅いでいく。

 すんすんすん。


「ん、んん…」


 身じろぐ。なでしこ先輩の鼻が動く。

 すんすんすん。


「……あ、」


 腕を上げさせられ、私の腋に鼻を押し付ける。

 すんすんすん。


「な、なでしこ先輩! 腋はあかんです!」


 すーーーん。


「や、やめてくださいぃ……! 腋は、あの! 恥ずかしいので、駄目です!」


 逆の腋に移動される。

 すんすーん。


「せ、せめて、あの、お風呂に……入ってから……!」


 なでしこ先輩の鼻が私の頭に移動する。

 すんすん。


「頭は! 一番! 臭うんですよ! なでしこ先輩!!」


 すんすんすんすん。


「うう……。臭うのに……。臭うのに……」


 なでしこ先輩がしゃがんだ。


「え、先輩?」


 私のスカートをめくりあげた。


「ぎゃーー!」


 うさぎちゃんパンツが見られたー!


「……ピンクか」

「何してるんですかぁああーー!」


 慌ててスカートを押さえるも、なでしこ先輩に両手首を掴まれる。


「あ、何するんですか! なでしこ先ぱっ!」

「何って」


 なでしこ先輩が平然と答える。


「いけない事をしてないか、確認している」


 なでしこ先輩が私のスカートの中に頭を入れた。


(ぴゃあっーーー!)


 パンツに鼻を押し付けられる。

 すんすんすん。


「あ、や、やだ……」


 恥ずかしさで、足が震えてくる。


「せ、先輩……、そこ、やです……」


 先輩が鼻を押し付けてくる。


「だ、だめ、ですってば……」


 なんか、胸が、きゅんきゅんしてくる。


「そんな、ところのにおい、かがないで、ください……!」


 くんくん。すんすん。すーはー。


「あ、」


 なでしこ先輩の吐息が太ももに当たって、ぴくりと足が揺れる。


「んっ」


 すんすん。


「あっ、や、だめ……」


 すんすんすんすん。


「んん」


(……恥ずかしい……)


 鼻が押し付けられる。

 すんすんすんすんすん。――もぞっ。


「ひゃっ!?」

「ん」


 なでしこ先輩がスカートの中から出てきた。


「何もしてないらしいな」


 床に落ちてたリボンを華麗に拾って立ち上がり、私の衣服を整える。何事もなかったようにボタンを留め、リボンをきゅっと締められ、スカートの皺を伸ばされる。


「結構」


 なでしこ先輩が私の頭を撫でた。


「指導は無し」


 くるりと扉に振り向いて、私に背を向ける。


「手を洗うついでに、風呂に入れ。それからご飯にしよう」


 ぱたんと閉められる。洗面所に、一人、残される。


「……。……。……。……。……」


 私はへなへなと座り込んだ。


(……な、なぁああ……)


 指導前のチェック、激しすぎやしませんか。


(これがエリート女子高校のやり方かぁ。いやぁ、すげー……)


 私はドキドキする胸を押さえて、大きくため息をついた。




 扉を閉めたなでしこが、扉に寄りかかる。瞼を閉じる。羞恥に頰を赤らめ、唇を震わすまるを思い出す。扉の向こうには、愛おしいまるがいる。


 ――今なら、手を出せる気がした。


「……」


 手を伸ばせば、まるの泣き顔を思い出す。


「……」


 大切にしたいのに、愛しい顔見たさに、うっかりやりすぎる自分がいる。


「……」


 結局扉は閉めたまま、なでしこはリビングに戻っていく。違和感のある薔薇の匂いは、頭の片隅に覚えておくことにして。



(*'ω'*)



 ――月曜日、しおり先輩の隣を私が歩く。


「しおり先輩。いい天気ですね」

「そうねえ」


 ほわほわしながら、まるでお散歩のように歩く。


「今日はお昼一緒に食べましょうね。かなちゃんも一緒です」

「そう」

「かなちゃん、今、授業の資料取りに行ってるんです」

「そうなの」

「あ、しおり先輩、変な雲がありますよ」

「そうねえ」


 女の子らしいふわふわした時間が過ぎていく。お昼はきちんとなでしこ先輩に連絡する。薔薇の良い匂いがする。時間が過ぎていく。


 ――火曜日。しおり先輩の隣を私が歩く。


「しおり先輩、お庭のお花が綺麗ですね」

「そうねえ」

「しおり先輩、飛行機が飛んでますよ」

「本当だあ」

「しおり先輩、風が気持ちいいですね」

「そうねえ」


 ――水曜日。


「しおりさん!」

「好きです!」

「あの、あの、あの……」

「しおりせんぱーい!」


 私はしおり先輩を引っ張っていく。


「すごいですね……。今度は二人同時にですか……」

「ああ、良くないわ。風紀の乱れだわ……」


 しおり先輩が私の腕をぎゅっと握る。


「ありがとう。まるちゃん……」

「とんでもないです」


 ――木曜日。


「まるちゃん! すごい効果だよ! 学園内では、まるちゃんとしおりちゃんが付き合ってるかもしれないって噂が流れてるよ!」


 かなちゃんが伊達メガネクイからのスマホの呟きアプリを眺めながら、私の肩をとんとんとんとん! と叩く。私は首を傾げる。


「女の子同士が歩いてて付き合ってるっておかしくないかな? かなかな?」

「まるちゃん、女子っていうのはお嬢様でもそういう噂話をしたくなるんだよ。これがあれば、しばらくはしおりちゃんも大丈夫そうだね」

「助けになれてるなら良かったかな」


 かなかな。


「ちょっとよろしくて?」


 私とかなちゃんの前に十人ほどの先輩達が並ぶ。私とかなちゃんがぴたりと立ち止まる。


「ぷえ?」

「そちらの方に用があるのです」


 私が指名される。


「ちょっと、お話いいかしら?」

「あー……」


 かなちゃんがにこりと笑う。


「どうぞ!」

「え!?」

「まるちゃん、チャンスだよ!」


 耳元で囁かれる。


「BL本で培ってきた名言集を、ここで発揮せず、どこで発揮するでござる!」

「はっ!」


 私はきりっと目を輝かせ、一歩前に出る。


「喜んで行きましょう!」

「しおりちゃんを守ってね! まるちゃん!」

「我に任せよ!」


 そんなこんなで先輩達に体育館倉庫に連れて行かれる。十人程度に囲まれる。


(……ちょっと多すぎません?)


「ねえ、貴女」

「あ、はい」


 腕を組んだ先輩に見下ろされ、訊かれる。


「しおりさんと、付き合ってらっしゃるの?」


 ここは濁す答えかな。


「そちらのご想像にお任せします」

「はっきり言って! 私達、本気でしおりさんが好きなの!」

「そうですわ! 付き合ってらっしゃるなら、そう言ってちょうだい!」

「貴女のような人に付きまとわれて、しおりさんも迷惑しているに違いありませんわ!」


 ここは痛いところを刺すのターンかな。


「では、ここにしおり先輩を呼んできてください」

「なっ」

「しおり先輩に声もかけられないんですよね?」


 ここは、口説きのターンかな。


「いじらしい、純粋で、乙女な人だ」

「え!? 急に何を……!?」


 私はそっと先輩の顎に触れる。先輩が目を見開く。


「ひゃっ!」

「可愛いです」


 私は言葉を唱える。


「貴女のように、ピュアで、好きな人の前で素直になれない方、とても可愛いです」

「な、なっ……」

「どうか自信を持ってください。貴女はとても美しくて、可憐で、その姿を見るだけで、愛おしさを感じてしまうほど魅力があるのですから」

「なっ!」


 本気モード開始かな! 私は真っ直ぐ、先輩を見つめる。


「You are really beautiful」

「っ」


 私は真っ直ぐ、先輩を見つめる。


「生きろ。そなたは美しい」

「っ」


 私は真っ直ぐ、先輩を見つめる。


「ユパ様、この子私に下さいな」

「っ」


 私は真っ直ぐ、先輩を見つめる。


「君の瞳に乾杯」

「ああっ!」


 先輩が頬を赤らめ、ふにゃりとその場に座り込んだ。周りの先輩達が顔を青ざめさせ、口を押さえた。


「ああ、ラブラビリンスに憧れる私にとって、その言葉は、だめぇええん……!」

「花蓮さん!」

「貴女、花蓮さんに何をしたの!」

「下劣な奴め!」

「花蓮さん、大丈夫ですの!?」


 わたわたと混乱動揺の体育館倉庫。話は終わらせた。今まで見てきた作品の名言の一部も言い終わった。しおり先輩も守った。


(我、悔いなし)


 と思っていたら、突然倉庫の扉が開いた。


「「はっ!」」


 全員が扉の方向を見る。扉から、ちょこんと、しおり先輩が覗き見た。


「……皆様、何をしていらっしゃるのでしょう?」

「あ」

「いや」

「あの、これは……」


 先輩達の血の気が下がっていくのを感じた私はにこりと笑う。


「ああ、しおり先輩、今向かおうと思ってたんですー!」


 しおり先輩の腕を掴む。


「行きましょう。お弁当食べないと」

「……いいの?」

「はい! もう大丈夫です!」


 私としおり先輩が倉庫から出て行く。一人の先輩は悔しそうに私達を見て、一人の先輩は腰を抜かし、一人の先輩は胸を撫で下ろし、それぞれの想いを胸に立ち尽くす。

 廊下に出ると、しおり先輩が頬を膨らませた。


「かなちゃんでしょ」

「助かりました。あのまま集団リンチに合うかと……」

「あの子、ちょっと過保護なのよ。私、一人でも大丈夫なのに」


 しおり先輩が私の腕をぎゅっと握る。


「でも、守ってくれたのね。ありがとう」

「とんでもないです」


 この生活も、あと二日で終わる。


「ねえ、まるちゃん」


 しおり先輩が私に訊く。


「まるって呼んでもいい?」

「え?」

「なんだか、そう呼びたくなって」


 しおり先輩が可愛く、くすくす笑う。


「いい?」

「構いませんよ」

「やった」


 しおり先輩が私の腕を握り締める。


「まる」

「はい」

「まるは良い子ね」

「えへへ。そうですか」

「私をここまで守ろうとしてくれた子、初めてよ」

「そうなんですか?」

「そうよ。何かあったら、周りが怖くて一緒にいられませんって言われて、離れていく子が多かったの」


 だからまるが初めてよ。


「身を挺してくれて、ありがとう」


 しおり先輩が背の低い私の腕を握り締める。


「かなちゃんの言う通りね。まるは、とても良い子」

「でへへ。そうですかな? かなかな?」


 しおり先輩が応接室に行く。扉を開ける。


「ねえ、まるも入って」

「え?」

「ちょっと、手伝ってほしい事があるの」

「あ、そうなんですね。分かりました! お手伝いします!」


 私は応接室に入る。しおり先輩が扉を閉める。かちゃんと、音を鳴らす。私はしおり先輩に振り向く。


「お手伝い、何しますか?」

「それじゃあね」


 しおり先輩がソファーに座った。


「ここに、寝てくれる?」

「ぷえ?」


 きょとんとすると、しおり先輩がくすっと笑って、膝の上を叩く。


「ここ」


 私を見つめる。


「ちょっとした、ご褒美」


 お昼寝していいよ。


(お昼寝!?)


 私の目が、カッ、と開かれる。


「えーーー! いいんですかぁーーー!?」

「今から教室行っても、間に合わないでしょう? 一時間だけ、授業参加したことにしてあげる」

「え。そんな事出来るんですか?」

「うん。だから、ここにおいで」

「やったー!」


 ごろんと寝転がる。しおり先輩の膝の上はふわふわだ。


(わあ、女の子のお膝、やぁーらかぁーい)


「じゃ、あの、寝ます」

「うん。いいよ」


 頭をなでなでされる。私は体を横向きにする。


「お、お休みなさい」

「大丈夫よ。時間になったら起こしてあげるから」

「ありがとうございます」


 瞼を閉じる。真っ暗になると、しおり先輩の手が気持ちよく感じる。


(ふわあ……)


 すやぁ、と睡眠につく。しおり先輩の手が私の頭を撫でる。


 なでなで。

 なでなで。

 なでなで。

 なでなで。

 なでなで。

 なでなで。

 気持ちいい。

 なでなで。

 なでなで。

 なでなで。

 なでなで。

 なでなで。

 ふわふわ。

 なでなで。

 なでなで。

 なでなで。

 なでなで。

 なでなで。

 薔薇の良い匂いに、包まれる。




 ――とんとん。


「まる、起きて」

「……ん」


 目を擦る。


「時間よ」

「……はい……」


 ぼうっとする。


「まる」


 頭を撫でられる。気持ちいい。


「ふわあ……」

「ふふ。大きな欠伸」


 顎を撫でられる。


「猫ちゃんみたいね」


 顎の下をくすぐられる。


「んん」

「ふふっ」


 しおり先輩が私の頭をぽんぽん叩いた。


「ほら、次の授業は出席してね」

「はーい……」


 むくりと起き上がる。ふわふわ膝、ご馳走様でした。振り向くと、にこにこ笑うしおり先輩がいる。


(ああ、寝起きでも、その可愛さだけは伝わる。これだもん。告白されまくられちゃうかな……)


「ありがとうございました……」


 深々とお辞儀すると、笑われる。


「ふふっ。いいのよ。ほんのちょっとしたご褒美だから」

「失礼します……」

「気を付けてね」


 ふらふらしながら、扉を開ける。しおり先輩は、そんな私に手を振って、笑顔で見送った。



(*'ω'*)



 ――――夜。



「どりゃ! どりゃ! どりゃ!」


 コントローラーのボタンを押す。押す。押しまくる。しかし、スプラチューンの試合は負ける。


「はぁぁぁあああん!!」


 私はうなだれる。


「もうちょっとだったのに……」

「まる」


 なでしこ先輩が私を呼ぶ。


「髪の毛を乾かしなさい」

「自然乾そ」


 なでしこ先輩が私の頭を持って、引きずった。


「いだだだ! 先輩! あと一戦! あと一戦でいいんです!」


 なでしこ先輩が私を睨んだ。


「じっとしてろ」

「はーい」


 ぶおっとドライヤーをかけられる。


(ふわあ、今日も繊細な手つき)


 私の髪の毛が乾いていく。


「……」


 ふいに、なでしこ先輩がドライヤーの電源を切った。


(ん?)


「まる」


 なでしこ先輩が私を見る。


「お前、ちゃんと風呂に入ったか?」

「入りましたよ。先輩が暖めてくれてたので」

「そうか」


 じゃあ、質問を変えよう。


「最近、昼休みは伊集院加奈と過ごしてるそうだな。一緒に勉強してるとか」

「はい」

「今日も過ごしたようだな」

「はい」

「五限目か」


(ん?)


「お前、どこにいた?」


 ――なでしこ先輩が鋭い目で私を見る。


「教室にいなかったと、連絡が入ってる」

「……」

「場所だけでいい」


 なでしこ先輩が、じっと私を見る。


「どこで、誰といた?」


 ――何かあったら、周りが怖くて一緒にいられませんって言われて、離れていく子が多かったの。


「答えろ」


 ――だからまるが初めてよ。


「まる」


 ――身を挺してくれて、ありがとう。


「私、ちょっと疲れちゃって」


 しおり先輩の切なげな顔を思い出したら、とても言い出せない。


「保健室で寝てました」


 にこりと笑って、しおり先輩を隠す。


「ごめんなさい」


 なでしこ先輩には、明日が終わったら全部話そう。


「明日からはちゃんとします。すみませんでした」


 なでしこ先輩が私を見る。私は微笑む。

 なでしこ先輩が私を見る。私は微笑み続ける。

 なでしこ先輩の手が伸びる。私はびくっと肩を揺らす。


「っ」


 体を強張らせると、優しい手が私の頭を撫でる。


「ん」


 ぽんぽんと、撫でてくる。


「……」

「今週のお前は怠けてるようだ」


 なでしこ先輩がむっとしたように、口角を下げたまま、私を見る。


「来週から、昼はちゃんと私のところに来い」

「……はい」

「ん」


 なでしこ先輩の手が離れる。


「髪を乾かしたら寝るぞ」

「……まだ一戦残ってます……」

「寝るぞ」

「はーい」


 ドライヤーが再びかけられた。なでしこ先輩の手付きは、優しい。

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