第2話 秘密

私はどこにでもいる初老の男であるが、かなり前から、ある重大なことを書いた遺書を保管している。

その、ある重大なことは、私の家庭生活を破壊しかねない。

妻も、息子も、娘も、きっと私のことを軽蔑し、まるでそこに居ないもののように扱うに違いない。絶対に隠し通さなければならない。

だが私が死んだあとにそれが判明してしまった場合、事態はもっと悪化するだろう。釈明の余地が無いからだ。

せめて代々守ってきた墓に入りたい。その一心で、自首をするかのように断腸の思いで遺書をたしなめたのである。


重大なこと。そう、私は女性下着の収集家である。

書斎の床下に小さな保管庫があり、そこに、色分けした女性下着が美しく整理され並んでいる。


断わっておく。あくまで私は、「新品の」収集家である。下着泥棒のように下等な、そして変態的な犯罪者ではない。

通販サイトで、色、質、素材その他多くの要素を吟味し、ちゃんと対価を払って入手している。

誤解されやすいからこそ、発覚することは許されないし、しっかりと高貴で誇らしい趣味であることを遺書に託しておくことにしたのだ。


遺書は私の机の引き出しに入れている本の間に隠してある。

月に2、3回ほどその所在を確認している。


しかしある日、あるべき場所に遺書が無いことに気付いた。

私は遺書を紛失した。


家の中をくまなく探した。当たり前だが自然に消滅するはずなどないから、誰かが見つけ、持ち去ったとしか考えられない。


家族の不在を確認して、日程の裏をとってから、夫婦の寝室、息子、娘の部屋をむさぼるように探した。見つからない。


トイレ、風呂場、どこにもない。おかしい。


もしかしたら車か?

そうか車か。

ダッシュボードを漁る。ほらやっぱり。見つけたぞ。

「遺書」と書かれた白い封筒だ。


ただ、ここで問題が生じた。この字は、私のものではない。

妻の字だ。


私は、妻の遺書を発見してしまった。


そこには、私の遺書を見つけ、ついつい読んでしまい、私の重大なことについて知ってしまったと書かれていた。そして、その趣味は妻の中で到底受け入れられるものではないということ、そして息子や娘に見つかる前に、処分してほしいと書かれていた。やっぱりだ。まずいことになった。


翌朝、妻の遺書を抱え、妻と対峙した。

私はまず、妻の遺書を勝手に持ち出し、読んでしまったことを詫びた。

そして理解を求めて自身の趣味の素晴らしさを語り、遺書を返した。


妻もまた、私の遺書を持ち出し、許可なしに読んだことを詫びてきた。

ただし、私の趣味については、批判の意を示し、ある提案をしてきた。


妻が一度着用したものであれば、収集を続けても構わないと。だから、買ったものを一度着させてくれと言った。そして、それであればあなたの秘密を隠し通すことに協力すると。もしあなたが先に死んでしまっても、隠し通してみせる、とまで。


だが、それは私にとって収集の意味を奪われることに他ならなかった。「新品」であることに価値があるのだ。誰かが着た下着には価値がない。妻は結局理解していない。

しかし一旦、妻の提案を呑むしかない。私の遺書は妻が握っているからだ。


私が提案を承諾するそぶりを見せると、妻が私の遺書の在りかを打ち明けた。


なんと遺書を見つけてからというもの、彼女が着用している下着と素肌の間に挟み、隠し続けていたというのだ。どうりで見つからないはずだ。


遺書を返すと妻は言って、なぜか興奮した様子でパジャマのズボンを脱ぐ。

下着の中、股間の部分に封筒の形が現れる。


私は驚き、思わず「あっ」と声を出した。


妻が着用していたのは、真っ白な男性用ブリーフだった。






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