葛藤の人々
松元嬉々
第1話 眉毛
高校2年のある夜、突如私の中に「眉毛を他人に見られてしまったら眉毛がなくなる」という奇妙な思考が入り込んできた。
次の日の朝、鏡の前に立ち、自分の顔を見る。眉毛は前髪で隠れていて見えない。安堵した。図らずも、私の前髪はまぶたの上くらいまでの領域を確保しており、ちょうど、眉毛には蓋がしてあるような状態だった。
と、いうことは「眉毛を他人に見られてしまったら眉毛がなくなる」ことに気付く前、つまり昨日までも、眉毛を他人に見られてしまった可能性は低い。現に、前髪の蓋をかきあげると、立派な眉毛がのぞいた。論より証拠。まさにこのことだ。
前髪がある以上、私が眉毛を失うことはない。
身支度を整え、学校に向かう。通学途中、すれ違う人が私の眉毛を見ようとジロジロと顔を見てくる。なんの得があるのだろう。私の眉毛がなくなることが他人にとってそんなに価値があることだとは今まで気づきもしなかった。
それからというもの、私の眉毛保護作戦は何年も続いた。
時が経ち30代後半を迎えた私は、ある危機に直面していた。今まで大切に保護し、ひた隠しにしていた眉毛に蓋をしていた前髪が、生えてこなくなってしまったのである。一本、また一本と前髪は姿を消し、次第に眉毛を隠すことが難しくなってきた。ヘアワックスで何とかなる時期もすぐに過ぎ去り、日々眉毛の実存を確認しながら、私は次の手段を考えざるを得なくなった。
ニット帽?カツラ?それともハチマキ?
悩みに悩んだあげく私は、ついに眉毛を綺麗に剃り上げた。
眉毛があるべき場所に眉毛は存在していない。
よかった。大丈夫だ。これで、「眉毛を他人に見られてしまったら眉毛がなくなる」心配はなくなった。
今までの恐怖は何だったのだろう。私はおだやかな気持ちに浸り、鏡の前で笑みを作った。
終
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