サイモンは支配されている
いましめ
サイモンは支配されている(1/3)
※縦組み推奨
「他人に支配されて、貴様は幸福か?」
十字の格子越しに鎮座する老人の質問に、サイモンはすぐに答えることができなかった。
その老人は、新しく入った見世物小屋の住人である。
この世界はある一握りの『支配者』によって造られた理想郷だ。故にこの理想郷は『支配者』のもので、『支配者』のエゴイズムだけで成り立っている。今サイモンが居るこの見世物小屋、そしてサイモン自身はエゴイズムの象徴と言っても過言ではない。
老人は高慢な目でサイモンを見下していた。自らの方が、より高度で高位な存在だと、その目が告げている。しかし、『支配者』に抗った結果本能の一部を欠損し、『支配者』の慈悲によって保護されている。なんて哀れで、なんて滑稽なのだろう。それがサイモンの素直な感想だったが、あまりにみすぼらしい老人の体躯を見て、言葉にするのを憚った。老人と同じ一族の若い者は、やれやれと眉を八の字にしている。二の句が継げないサイモンに、ぐうの音も出まいと勝利を確信した老人は
「そんなマヌケな姿に変えられてしまって、嗚呼可哀そうに」
長きに渡る自由な生活の反動か、それとも落ちぶれてしまった自らを慰める為か、高慢な態度を取り続ける老人は勝ち誇ったように高笑いをした。老人が高笑いをすると、近くにいた若い者も続けて高笑いをする。一人が高笑いをすると、他の者も続けて高笑いしてしまう。それは遺伝子に組み込まれた本能の一つだ。その高笑いは、サイモンにとっては『英雄の快哉』だったが、よもや嘲笑の高笑いを自らに向けられる日が来るとは夢にも思っていなかった。
ショックだった。サイモンは、老人の一族にこっそりと羨望のまなざしを向けていたのだ。みすぼらしい体躯になっているとはいえ、老人は凛々しく、成熟した顔をしている。
――サイモンと違って。
ネオテニ―。
それが彼の一族が繁栄の為に行った手段だ。一言でいえば『幼いままに成熟する』ことである。
『支配者』がこの世界の覇権を取って幾分かした頃、サイモンの一族はより幼い者たちの方が『支配者』に好まれるという事実に気が付いた。
より幼く、可愛い方が愛される。
『支配者』に愛されると食糧難は解消され、外敵から身を守ることができた。故に、彼の一族は外見や動作を可愛らしくする選択をしたのだ。
彼の一族に可愛い、などという概念はなかったが、可愛いとされる条件については理解できた。例えば、体が小さいこと。目が丸く前方についていること。頭が大きいこと。それと引き換えに、彼の一族は脳が退化した為バカになり、視覚が退化し、聴覚が退化し、骨格が退化し……。そうして、『幼いままに成熟する』こととなった。
彼の一族は『支配者』に隷属し支配されているだけでなく、一族としてのアイデンティティを捨て、言わば『進化の選択』すらも支配されている。
老人がサイモンのことを――彼の一族を滑稽だと言ったことにも頷ける。『支配者』の支配の外に生きる老人にとって、ネオテニーなど愚の骨頂に他なからなかった。だが、サイモンは自らの一族の選択が間違っているなどとは考えていない。ネオテニー化することで彼の一族は多くのものを失ったが、得たものも多い。この世界の覇権の二番手、三番手の一族はどちらもネオテニー化した一族であるし、そして何より、サイモンは親愛なる主人を得ることができたからだ。
それでも、『他人に支配されて、貴様は幸福か?』という問いに答えられなかった理由は、生き物としての劣等を自覚していたからである。サイモン自身は幸せであるけれど、『支配者』のエゴイズムによって凄惨な道を辿った仲間が多くいることも知っているし、そして何より、いつまでも子供のような自分たちはこのみすぼらしい老人と戦いになれば確実に敗北を喫する。
「おお、ここには結構通っているけど、初めて聞いたな。やっぱりかっこいい」
老人たちの高笑いにつられて、サイモン個人の『支配者』、シバカドがやってきた。
シバカドはカメラ好きで、勇ましく高笑いをする老人たちの一族を夢中になって撮影している。右へ、左へ、体を揺らしながら。
「見ろ、サイモン。上手に撮れただろう?」
カメラについている小さな液晶には、意地汚く笑った老人が映っていた。
「表情がダメだ」
「ありゃ、ご機嫌ナナメかな?」
老人は冷ややかな目でシバカドを見つめている。液晶に映る高慢ちきな老人の笑顔に気づかないシバカドは、満足げにその写真を大きくしてみたり小さくしてみたりしながらにんまりしていた。当然、老人の冷ややかな視線にも気づかない。
「本当かっこいいよ、お前」
「この檻がなかったら貴様を引き裂いてやるところだ」
「あれ、めっちゃ怒ってる? やっぱりサイモンとは違うなあ」
「祖奴は貴様らに懐柔された下賤なやつらだ。高潔な我々の一族と同一視するなど、不愉快極まりない」
「うむ、これはこれでカッコいい……」
シバカドは再びレンズを老人に向けた。老人を煽っているのではない。シバカドは純粋に、彼らの一族が好きなのだ。彼らだけでない、この見世物小屋にいるすべての一族が好きだった。勿論、その『好き』は滑稽な彼らに対する愉悦などでは決してなく、それぞれの一族がもつ美しさ、個性を愛でている。どう見たって不細工な一族に対しても素敵だと言い、どんなに気持ち悪い一族に対しても面白い、と楽しそうにしていた。一人で来るのは寂しいからと、サイモンこと『奴隷』同伴可能な見世物小屋に来ては写真を撮っている。シバカドの家からほど近いこの見世物小屋には月に一度は訪れていた。
老人は怒り、あまりの剣幕にシバカドは一瞬狼狽えるが、そのまま写真を撮り続けた。全く身に覚えがないからだ。
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