罪滅ぼし

「つ〜ッ!」


いってぇ。何ヵ所刺さってんだ? それよりも、シリカは大丈夫なのか。


「大丈夫か」

「う、うん」


傷も無し。受け答え出来てるなら平気だな。けれどここじゃ危ない。


「グオオオオオオオオ!!」

「もう一発かよ!」


俺はシリカを抱えて横に飛ぶ。その瞬間、俺のいた場所に巨大な棍棒が振り下ろされ、その衝撃は凄まじく当たっていない俺を吹き飛ばす程だった。


「なに?!」


今の威力、今までの魔物とは訳が違う!


多少離れたことにより魔物の全体が見える。その大きさはとても大きく、5メートルいや、10メートルはある巨大な牙を持っていた。腹は膨らんでいる。


「たしかオークって名前だっけかな、けれどあんな巨大なのはいったい」


家をたった一発でぶっ壊してしまうほどのパワー、そして、その衝撃を加えてもなお折れない棍棒、あれに当たったらマジでやばそうだ。


シリカを抱えては戦えない。怯えている。震えている。俺にしがみついている。怖いんだ。オークが。けれど、この状況じゃ無理だ。


「ウガアアアアアアアア!!」


オークは家を何度も何度も巨大な棍棒で粉々にしていく。大きな破片も無くなっていく。棍棒の振り方も滅茶苦茶だ。我を忘れているみたいだ。こっちには気づいてないようだ。脳天に思いっきり叩き込めば……


「シリカ、真っ直ぐに走って逃げろ」

「××は?」

「あれを倒す」

「倒すって、あんな魔物の倒せるわけないよ!」

「こっちに気づいていない。不意打ちでデカいの叩き込めばどんなに強いまものでも倒せる」

「…………」


心配そうに俺を見る。


「大丈夫だ。今の俺に、『過信』も『迷い』もない。倒せるさ。無事に」


俺は笑って見せる。まともにくらえば無事である保証はどこにもない。けれど、俺は自の『感覚』は信じている。過信じゃない。それは、今までで良くわかっているからだ。


「勝てるから、先に行ってろ」

「でも……でも」


シリカは泣きそうになる。おかしいなぁ、さっき俺は大量の魔物にたいして無双していたのに、信用ないのかな。


「血が」


俺の背中や足には破片が何ヵ所も突き刺さっている。そこから血が出て地面に落ちていた。流石にこれじゃあ安心出来ないか。どう言ったって無理な気がするな。だったら


「だったら、村に取りに戻ってくれないか? あのとき大切な物を落としてな」

「大切なもの?」

「ああ、あのときは派手にやってたから見えなかっただろうが、武器を持ってたんだ。小さな武器でな、でもとても役に立つ武器だ。それがあればこんな魔物一発だ」

「本当に?」

「ああ、だから、急いでな」


全くの嘘だ。武器なんてない。あってもナイフ一本だ。村にあるわけがない。ここにあるこの一本だけだ。


「わかった!」

「頼んだぞ」

「うん! だから、それまで死なないで」

「その後も死ぬつもりはないさ」


そう言ってシリカは村に向かって走り出す。


「……」


家が木っ端微塵だ。流石に、飽きるか。


オークは棍棒を振り回すのを止め、辺りを見渡す。しかし、木の屑が舞っているせいか良く見えないのか、棍棒を横に大きく振り風圧で塵を無くす。


「ググル」


シリカ、悪いが囮になってもらう。なに、安全な囮だ。ほんの一瞬の、たった一回きりの囮だ。


オークがシリカに気付き、その根太い声を荒げる。そして、次の標的をシリカにした瞬間、俺は高く跳んでオークの脳天にかかと落としを決める。


「入ったな。確実に」


不意打ちでのこれだ。死ななくても脳震盪は起こすだろう。そうすれば死ぬまで攻撃し続けるだけだ。


「グガアアアアアアアア!!!」

「な?!」


嘘だろ?! 聞いてないのか?! まずい! このままじゃ!


「があ?!」


オークの拳が俺の横っ腹に叩き込まれる。その拳は大きくまるで大岩が音速でぶつかってきたかのように思えた。


一瞬理解が出来なかった。森にいるのに何故か目の前だけ木がない。


「ぶっかって、木が、折れたのか」


1本や2本じゃない。『森にいる』と認識できるほどだ。何本だ。


「ぐぅっ?!!」


くそ! たった一撃で体が、早く治癒しろ! くそ!破片が奥にまで突き刺さって治癒出来てない!


「ぐっ! うううお!」


激痛に耐えて刺さった破片を抜く。何とか全部抜くも服はもう真っ赤に染まっている。纏まりついている感じがして動きずらい。けれど、ここで脱いでしまったら、いや、あの威力だ。服は気休めにもならない。


俺は服を脱ぐ。露出した肌が僅な風も感じる。


「はぁ〜っ!」


呼吸を整える。巨大なオークはこっちに気づいている。俺が倒れていない事に驚いている様子もない。あれは、ただ動くものをぶっ壊そうとしているだけだ。なら、動きは単純な筈だ。何故我を忘れているのかは知らないが、だがこっちは正確に動かなければならない。我を忘れている。動くものに敏感ということは反射神経も高まっている筈だ。たぶん


「グガアアアアアアアア!!!」

「さっきからそれしか言わねえな!」


オークがこちらに向かって走り、勢いそのままに棍棒を振り下ろす。かわして棍棒の上に乗る。棍棒を振り上げるとその勢いを借りて横に跳び、その鼻に拳を叩き込む。


「よし!」


直ぐに掴みかかろうとするも読めていたのでかわし距離をおく。


「……」


不意打ちでもあまり効かなかった。大きい攻撃を何発も叩き込むしかない。スピードもある。あの巨体とパワーだ。動き回らせれば必ずどこかで崩れる!


「こっちだ!」


オークは森で暴れまわる。木が沢山あるということは立体的な動きができる。動き回せるにはうってつけだ。と、思ったがこいつどんどん木を折っていくな。けれど木生えている木は斬り倒された後の木材と比べても堅い(記憶が正しければ)それを折り続けることはいずれ出来なくなる。どんなに我を忘れても筋肉疲労はどうにもならないからな!


「うおりゃ!」


隙があれば狙っていく。首筋を思いっきり蹴る。ぐらついた! 行ける! いけるぞ!


オークが両手で掴みにかかる。かわして股の下を潜り抜ける。踏み潰そうとするも既に背中にいる。


背中を思い向きり蹴って木々へ移動する。


「よし、このまま……?」


こいつ、棍棒をどこへやった? あんな巨大な棍棒を、周りにはない。いったいどこに


「?!」


上だと?! しまった!


棍棒が上から降ってきた。森にいたこともあり、気づくのが遅かった。咄嗟に避けるも避けた先に木がない。既に折られて倒れてしまっていた。



オークにとって格好の的だった。


「しまっ?!」


さっきとは違い、オークは目の前の相手を踏み込んで殴る事ができた。


足は踏み込んで地面に埋まりそうな勢い、腰を回してさらに勢いを付ける。腕だけの力じゃない。自身の体の力を全て、腕に集中させていた。地面に殴りつけるように、体重を全部乗せて。


「た」


衝撃波で当たってもいない木が倒れる。それほどの衝撃がある攻撃をまともに食らった俺は、無事である筈がなかった。


「…………」


体が動かない。治癒がされていない。いや、しきれてない。意識を保つのがやっとだ。左腕が折れている。いや、潰れている。


不幸中の幸いか、本気で避けようとしたからか、つぶれているのは左腕だけだ。


この上ない激痛が走る。いや、もはや腕としての感覚がない。


「………………」


指1本動かせない訳じゃない。けれど、立てそうにない。起き上がれそうにない。意識を落としそうだ。くそ、油断した。いや、我を忘れているから動きが単純だと『過信』した俺の間違いだ。


けれど、十分に時間は稼いだ。シリカはもう見つからない距離まで逃げ切れた筈だ。戻ってきもここは森、十分に離れた。


「…………」


流石に、この怪我は治らないか? 出血も酷い。腕もこれはダメだ。死ぬのかな。


自分に自惚れて、大切な物を手放して、見失って、ワガママで魔物を殺しまくって、沢山の命を奪って…………死ぬのは当然なのかな。


「……………………」


でもまあ、最後に誰かを救って、死ぬのも悪くないか。俺の、最初で最後の罪滅ぼしだ。




後悔はないっと言ったら嘘になる。心残りもないと言ったら嘘になる。けれど、仕方ないと思えてしまった。


顔をなんとか動かせた。辺りを見るとオークは動かない俺を無視して歩いていく。


「?!」


その方向は、シリカのいる村の方だった。



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