大切なモノ
「……」
食料庫の壊れた壁の先にナイフが置いてあった。それは、俺が置いていったナイフだ。
「野菜を切るには必要か」
ナイフを手に取る。食材を持ってキッチンへ行き調理する。包丁は何故かなかったのでナイフで切る。
煮込んでは味付けする。簡単な野菜スープの完成だ。
「味は保証できないが、暖かいことは保証するよ」
俺はシリカにスープを渡す。スプーンも。
「ありがとう」
シリカは一口飲む。
「美味しい」
「そりゃ良かった」
寝たいな。寝るか。寝床はこの部屋か。
「××は食べないの?」
「俺はいらない。今すぐにでも寝たい」
「でも風邪引いちゃうよ」
「布団で温まる」
俺は部屋を閉めてベッドに転がる。何故だろう。こんなにも無気力なのはわかる。後悔している。なのに、絶望を感じない。『光』が見えないのに。
『諦めた』からだ。何もかも、放棄したからだ。
「大切なもの…………」
ナイフを見つめる。俺はこれが必要ないぐらいに強くなった。成長した。強くなったから何がどうした? もう強い意味もない。意味がないのなら、俺はどうすればいいのだろう…………寝よう。
目を閉じる。瞼の裏が見えなかった。見えるのは先生の姿だけだった。
『お前なんか、拾わなければ良かった』
その言葉が嫌がおうでも頭から離れない。考えたくないのに、思い出したくないのに、どうしても離れない。
どうしても自分を否定したくない。もし俺を否定したら……
『化け物め!』
『俺は人間だ!』
俺は化け物じゃない。
結局考えてしまう。考えたくないのに。しかも寝れない。最悪だ。気分も、心も、何もかも最悪だ。諦めた事が唯一俺を保つ事ができる。だから、もう先生の事は思い出すことをしたくない。でも頭の中はずっと、支配されたように考えてしまう。
結論を言うと眠れない。
ドアが開く。シリカが入ってきたみたいだ。
「寝る邪魔をするのか」
「……一人は寂しい」
シリカはまだ子供だからか。確かに、一人は寂しい。親離れもしてないのだろう。いや、一人で水をくみに来たり一人で俺を探してたからしてるのか?
「シリカ、お前はどうして一人で来たんだ」
俺に謝るために来たのなら、一人で来る理由が無い。むしろ危険だ。
「皆、怖かったから」
怖かった。そうだろうな。化け物なんて言うほどだからな。
「あのあと××を化け物って言ったこと、皆で謝りたいと思ったの。でも、謝る前に殺されるって怖がって。私も怖かった。でも、××に酷いことを言っちゃった。助けてくれた人に酷いことをしちゃったの。だから、謝りたくて」
「一人で来たわけか……だとしたら、誰にも謝りに行くって言ってないな」
「どうしてわかったの?」
「『一人で行かせる訳がない』むしろ留守番させる。今頃お前がいなくて皆必死こいて探している筈だ」
誰も、本当は俺の事を化け物って思っていなかったのか。一時の気持ちに身を任せたように言ったのか……俺も一時の気持ちに身を任せてしまったから。いや、俺は今でもそうだ。
「辺りが暗くなってきたな。皆もっと心配する。送るから村に行くぞ」
「いいの?」
「いいよ。どうせやることがない」
正確に言えば何のやる気も無い。けれど寝れない。先生の事を考えてしまう。だからシリカを村へ送る事にした。
「ねえ××」
「?」
「酷いことを言ったのに……言うのもおかしいけど、一緒にいて」
「……村に送るまでならな」
「違うの。村にいてほしいの。村の皆、何度も魔物に襲われてるから、何人も死んじゃったの。だから、××みたいに強い人が村にいればもう皆死なないの」
必死に、でも恐る恐る言ってくる。つまり、村を守れ、か。そう言うほどに、酷いことを言った相手に頼むほどに、大切なのか。シリカは、村を、村の皆を。何度も襲われて、知り合いが死んで、それでも無邪気さが残るこの少女は、純粋だ。俺とは大違いだ。
「?!」
いや、俺と一緒だ! どんなに悲しいことがあっても、誰かが一緒にいてくれたから、支えになってくれていたから、シリカは笑顔になれるんだ。美味しいって言ったときも、僅かながら笑ってた。
どんなに村中から酷いことを言われても、父さんがいたから笑えた。皆が死んで、殺して、何もかも失った時に、また笑顔になれたのは先生がいたからなんだ。
誰もいなくなって欲しくないから、俺に頼んだ。俺も、先生から離れたくないから、俺は先生に何ども戦い方を頼んだ。
近くにいる誰かがいたから、『心の支え』があったから。
「どうして、泣いているの?」
「え?」
泣いてる?
俺だ。俺が泣いているんだ。何でだろう。どうしよう、涙が止まらない。
「……なんでもない。なんでもないんだ」
そうだ、父さんのナイフは、俺にとって『心の支え』だったんだ。どうして、手離したんだろう。俺は、また大事なものを無くして、また、取り戻してくれた。今度はシリカに、俺の心は救われた。
俺は涙を拭う。窓の外を見る。外は既に晴れ始めていた。雨はもう、降っていない。
「シリカ、村に行くぞ。皆が心配している。それに、俺も謝らなければいけない」
俺はシリカの顔を見る。
「ありがとうな。本当にありがとう」
何故オレイヲ言われているのか、シリカはわかっていないようだが、どういたしましてと、笑顔で言ってくれた。
「あ、でも村に住むかは話は別だ。俺には、やるべき事がある」
先生にも謝らないとな。探しだして、謝ってやる。2度と姿を表すなとか言ってるけど、俺が先生の言うことを素直に聞くかよ。
『大切なモノ』の意味を、やっとわかったんだ。いや、思い出せた。
「さてと、服がボロボロだし、ここの服を拝借してからいくかな……?!」
「地震?!」
地震? 違う。この地響きは、何か巨大なものが歩いている音だ。近くに巨大な魔物でもいるのか?!
「ガアアアアアアアアアアアアア!!!!」
「?!」
魔物の叫び声?! どこから、いや、真上だ!
「くそ!」
俺は咄嗟に扉を壊してシリカに覆い被さる。その瞬間、強い衝撃と共に家が崩壊する。
「キャァァァァァァ!!!」
シリカはうずくまって震える。天井は崩れ、破片が体に突き刺さる。
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