不幸

「もう1つあるんだ。お前に戦い方を教えたくない理由が」

「もう1つ?」


昨晩の事、俺に戦い方を教えない理由を知った。そして次の日、朝食を取って暫く歩いた突然の事だった。


「そうだ。前に魔物を殺したときどう思った? と聞いただろう」

「確かに、なんとも思わなかったと答えた」

「私の場合は違う。いつも罪悪感を感じる」


意外な事だった。いつも魔物を倒している先生が魔物に罪悪感を覚えるなんて


「だから、私は今まで殺した魔物を1体たりとも忘れたことはない」


「……」


『何故罪悪感を持つの』? と聞こうと思った。魔物は人を殺し回る悪いやつだと知っているから。でも先生は優しい。でも魔物を殺し回っているのにそう思っている。罪悪感を持つのに殺すのは、それなりの理由があるからだ。だから俺は質問を変えた。


「何故、罪悪感があるのに殺すんだ?」

「それは、私の望んだ未来のためだ。自分勝手に想像した未来のため、夢物語の為だ」


夢物語? 1体どんな未来を目指しているんだ? それほどまでのことなら、相当な事だとは思うが。


「一体何を望んで、目指しているんだ?」

「平和だ。どんな未来かさえ想像できていない、平和だ」

「平和……」


平和、この時の俺も想像が出来なかった。父に聞いたことがある程度、『不幸のない裕福な世界』それが平和。不幸のない、て言うのはどんな人生なのだろう、裕福、沢山ご飯が食べられるとか? と聞いたら『娯楽も沢山ある向上していける世界』と返ってきた。さらにわからなくなった。


「『平和』ってどうやって目指すんだ?」

「『争い』を無くす事だ。殺され殺していくのが『一番の不幸』だと私は考えているんだ。食糧難とかも不幸の1つだと思う。けれど」


『不幸』の殆どが『争い』からくることを先生は教えてくれた。


『争うから食糧が手に入らない』


『争うから憎しみが重なりあう』


『争うから土地が死んでいく』


『争うから死ぬ』


『争うから殺す』


『争うから悲しむ』


『争うから遊ぶ余裕もない』


『争うからわかりあえない』


『争うから争う為の知識を欲する』


『争うから止めることが出来ない』


人間が絶望的な状況になっているのは、魔物たちが人間を襲っているから。人間は必死に逃げ、悪足掻きする。

けれどこれは『争い』に入るのか?


「死なないための努力、殺すための努力、『争っている』だろ?」

「なんと言う強引な言い方だ」

「私もそう思う」


自身でも思っているのかよ。けれど、その『争い』いや、『不幸』は俺に戦い方を教えない理由とどう関係してくるんだ?


「教えてくれないのに納得がいかないんだけど」


先生はふと縦に長い物を見る。そして、それに向かって指を指す。


「あれは、誰の墓だと思う」

「は?」


明らかに墓じゃなかった。誰がどう見てもだ。偶然そこにある自然物にしか見えなかった。


「誰のでもないだろ? そもそも墓じゃない」

「そうだ、あれは墓じゃない。けれど、墓だとしても私達にはわからない」


意味がわからない。何故そんな質問をするんだ。


「その墓に埋まっている死体はきっと、事故で死んだのかも知れないし寿命で死んだのかもしれない。殺されたのかも、もしや死体そのものがないのかもしれない。だが、墓があると言うことは、誰かがその死体を弔いしたということ」

「だろうな、墓は死体と生体の二人以上がいないと成立しない」


わざわざ死因を付け加えたのはきっと理由があるはずだ。誰かが弔った、と言うことはそれにも理由があるはずなんだ。わからない。俺にはわからない。先生が何を言いたいのかわからない。


「……もし、その死体が殺されたのだとしたら、埋葬した者は、どう思うのだろうか」

「人それぞれだけど、一番は悲しみか憎しみだと思う」

「そう、憎しみだ」


先生は立ち止まり、俺の方へ向く。俺も自然と立ち止まる。


「大切な者を殺されるほど、憎くて『不幸』な事はない。それは、私達人間でも、魔物でも同じだ。お前に父親や母親がいたように、魔物にもこの世に生まれてくる限りいるんだ。私は、『生きる』為でも『守る』為でもない。私の目指す『自分勝手』の為に、『殺しているんだ』」


先生は胸を拳を握りしめる。


「たとえそれが『平和』だとしても、そうならなければただの『虐殺』に過ぎない。そうなったとしても『多くの犠牲』なのだ。だから、忘れてはならない。魔物も、人間も、わからないんだと。それを殺すのは『誰かを不幸にする』ことだと」


やっとわかった。俺にはないんだ。『それ』が。魔物を殺してもなんとも思わない。村人全員を殺しても、ただ『嫌なやつを殺したに過ぎない』。俺に無いのは、『忘れてはならない』と言うことそれは、大切なことなんだ。だから、先生は罪悪感を持っているんだ。


「だとしたら、先生」


俺はナイフの上に手を置く。


「村の人達は、誰にも墓を作ってもらうことはないんだね。俺が全員を殺してしまったから、殺した後に残った思いだけが俺の『不幸』なんだ。俺は、他の『不幸』を自分の『不幸』で罪悪感を消していたんだ」


けれど、先生は言っていた。『自分勝手』だって。俺は、もっと先生と一緒にいたい。それも『自分勝手』だ。


俺は、今『不幸』なんだ。なら、自噴勝手は『幸福』だ。その『幸福』の為に先生は魔物を殺して『不幸』にしているんだ。


「先生。俺は決めた。俺は先生と同じ『平和』を目指す。人を疎むのも、憎むのも、『不幸』なら、俺は、誰かが殺す『不幸』を無くしたい」


俺は、心からそう思った。


『平和』を手に入れるには、人間を殺す魔物を全員殺す! 俺達の『幸福』を手に入れるために! お前らは俺達の『犠牲』になってもらう!


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