もしもこの時諦めていたら

「何度言ったらわかる! お前に戦いかたは教えない!」

「何でだよ! 先生だって死体を見たろ! 俺は強くなれる! だから教えてくれよ! 」

「お前に教えるわけにはいかない!」

「じゃあ先生はずっと独りで戦うのかよ!」

「そうだ!!」

「?!」


先生は独りだ、俺がいてもいなくても変わらない。だから、独りだ。でも俺は、先生と一緒にいたい。俺は、先生がいなくなったら変わってしまう。俺は一人になってしまう。

一人は嫌だ。だから、先生と隣にいたいのに、何で、どうして、教えてくれない。その理由も教えてくれない。


「……先生は、それで良いのかよ」

「構わない」


先生は、どうして独りになるんだ。俺は、そんなに頼りないのか? いや違う。先生は、独りを望んでいるんだ。


「……『一人』じゃない、『独り』なんだよ。先生がいくら強くたって、『独り』じゃどうにもならない事だってある」

「その道を進むことを決めたのは私だ。『独り』も苦じゃない。むしろ誰も戦いに巻き込まなくて良いと思っている」

「なんで……」


あんな状況になっても、あんなことを言われても、どうして平気なんだよ。救っても救われた感じがしないのに、なんで


「先生は、苦じゃないのかよ! この前だってそうだ! やっと見つけた生存者の村で、襲ってきた魔物を倒したのにあいつらは先生を化け物を見る目で見た! 礼1つ言わず! 先生に石を投げつけた! それでも、先生は苦じゃないのかよ!」

「そうだ」


……はっきりと言われた。疎まれても、人から人として見られなくても、どんなに罵られても、どんなに傷ついても、どんなに一人でいても、味方がいなくても、先生は平気なんだ。


「……先生自身が平気でも、俺は違うんだよ。先生が『独り』だと、俺が嫌なんだよ。置いてかれて、目の前からいなくなって、怖いんだよ」


俺は不安で体が震える、それは顔にも既に出ていた。


「怖いんだよ! 先生が目の前からいなくなるのが! 魔物と戦って、どうしようもなくて、先生がいなくなったら、俺は『独り』になるんだ、それが怖くて仕方がないんだ! だから強くなって『隣』にいたいんだ!」


俺の不安を、全部ぶつけた。俺が恐れている事を。先生は驚いていた。俺から目が離せないでいた。俺は自信の感情が膨れ上がってしまい声も体も震えている。とても収まりそうになかった。


「……××、すまない」


先生は俺を抱き締める。その体は震えていた。いや、この震えは俺のだ。それが先生に伝わっているだけだ。


「それでも、教えることは出来ない」


先生の表情が今までで一番暗かった。心のなかで俺はわかった。先生は、いつか俺の前からいなくなることを。俺を置いて行ってしまうことを。


「………………」


言葉がでなかった。出そうだった涙も、ずっと出ずにいた。


この時タイミング悪く、先生の勘が働いた。


「……すまない、魔物が近くにいるんだ。倒しにいかないといけないんだ」


『倒しにいく』その言葉は何度も、飽きるほどに聞いた。けれど、この時その言葉は今までで一番『二人の孤独』を感じさせる言葉だった。


先生が俺から離れていった。俺は手を伸ばしたかったのに、伸ばす事さえ出来なかった。何度も見た背中が、手を伸ばしたら掴めそうな背中が何かに邪魔されたようにかんじて掴めない。いや、邪魔されていた。俺と先生との間にある何かに。



先生はすぐに戻ってきた。けれど、今回は何も言わなかった。必ず言っていた『戻った』さえなかった。先生の顔も暗く、俺から目を反らしていた。


それから暫く会話のない時間が流れる。足音と風の音だけが耳に入る。もっと音が欲しかった。何も聞こえなくなるぐらいの大きな音。


「…………」


先生は立ち止まって何かを言おうとした。けれど、直前で言うのをやめた。その変わり、僅な言葉だけが聞こえる。


「すぐに戻る」


それだけだった。それだけでどこかにいってしまった。すぐにわかった。魔物を倒しに行ったことが。


いつかいなくなる先生は、俺の事をどう思っているんだろうか。そもそも先生はなんで独りである事を、戦い続ける道を進んでいるんだろう。


「……俺って、先生のことなんも知らねえや」


名前も、出身地も、何もかも知らない。だからこそ、この気持ちがどうしようもなかった。


「先生の事をもっと知りたい……」


ふと横を見る。狐が草むらに潜んで、何かを狙っていた。ゆっくりと、物音をたてずに近づいていた。


「……」


思い付いた。教えてもらえないなら先生が戦っているところを見れば良いんだ。よし、寝よう。




先生が戻ってくると俺は寝ていた。目が覚めると先生は俺をおんぶして歩いていた。こういう所だ。先生は優しい。とても戦いを自らしにいくような性格じゃない。だから、理由があるはずなんだ。先生は俺より遅くに寝て俺より早く起きる。ならその空白な時間は先生『一人』の時間だ。その時に何をしてるかも、観察してやる。睡眠は既にとった。


その日の夜。俺は寝たフリをした。薄目でずっと先生を見る。


「…………」


ただ座り込んで、夜風に当たっていた。風が髪をなびかせ、悲しい顔でどこかを見ている。いや、どこも見ていないのだろう。先生にはきっと、ここにはない何かが見えているような感じがした。


「ーーーーーー」


声が小さくて聞こえないが、何かを言っていた。一人言だ。一人言を終えて暫くすると俺の方をみる。

気づかれたか? いや、きづいていないようだ。


「!」


寝ている(フリ)の俺に対して目を反らす。より一層悲しそうな顔をする。そして、自分の手を見る。そして、呟く。その声は俺にも僅かに聞こえた。


「私には、誰かに手を伸ばす資格なんてないのにな」


再度俺の方を向く。


「どうすれば、××は諦めてくれるのだろうか」


俺がどうしたら戦いかたを教えてくれるのをせがむのをやめるのか、俺はやめるつもりはない。


それいこう、先生は一人言もなかった。俺に近づいては、躊躇したあとに頭を撫でてくれた。でもその顔はどこか苦しそうだった。手が震えていた。それに気づいた先生はとっさに腕を押さえる。


「私は今さら! こんなことをしたって、そうだ。私には彼を、今さら親代わりのような事をする資格はないんだ……」


とても苦しそうだった。身体てき、ではなく精神的な意味で。

なんで、どうして先生はあんなにも苦しそうなんだ。俺が起きている時は一度もそんな顔を見せたことなんてないのに。

俺のせいで苦しんでいるんだ。なのに、俺が見ているときは一切そんな顔を見せなかったのに。


我慢ができなかった。


「先生」

「?! 起こしてしまったか、すまないな。せっかく寝ていたのに」


俺が起き上がって話しかけると一瞬にしていつもの表情に戻った。俺に隠しているんだ。必死になって、隠しているんだ。


俺は先生に抱きつく。


「お、おい、いきなりどうしたんだ? 怖い夢でも見たのか?」

「どうしてあんなに苦しい顔をするの?」

「?!」


先生は動揺した。俺がさっきから起きていたことを知った。


「ずっと起きていたのか」

「ごめんなさい」


「……私こそすまない。怖いんだ。私は、戦いかたを教えてしまったら、お前はきっと、私の隣にたとうとしてしまう。そして傷付くのが怖いんだ。苦しんでしまう。私は、戦うことしか知らない。だから、それを教えてしまったら、お前は戦うこと以外の生き方を失ってしまう!」


先生は、俺の事を大事に思っててくれたんだ。戦うこと以外の生き方、村で教わった沢山の事、それを失ってしまう事を恐れていたんだ。


「……」


ごめんなさい。先生、それでも、それでも俺は


先生の隣にいたいんだ。






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