幼い日②化け物
「我が同胞の仇を討つ。たとえそれがどんなに汚い手だとしても」
「はーなーせ!」
魔物によって捕らわれた俺はジタバタするも意味もない。先生の異常はスピードとパワーで魔物が俺に何かをする前に倒すことは出来てもその衝撃に俺が耐えられるかは話は別となる。魔物も柔らかい割には頑丈である。
「ぐ!」
触手が先生を攻撃する。
「私は痛め付けようとは思わない。時間をかけることはしない」
そう言ってくれて先生を触手で拘束する。
「何をする気だ」
「抵抗はするな。でなければこのガキを絞め殺す」
魔物は触手を巻き付けて力を入れ先生を絞め殺そうとする。相当に力を入れているせいか魔物の表情が力んでいく。
「…………」
先生は険しい表情はしても一切の悲鳴をあげない。
「人間ならもう死んでいる筈だ! もっとだ! もっと力を!」
魔物の力が強くなる。先生に巻き付けている触手に力を入れることに集中しすぎて俺を捕まえている触手が僅かに緩んだ。そして、ポケットにあるナイフを取り出すことに成功し、思い付きり刺した。
「ぎ?!」
俺は刺した瞬間に捻り、えぐるようにする。とてつもない激痛が魔物を襲い、俺は拘束が解かれた。その瞬間、先生は力ずくで巻き付いている触手を引きちぎる。そして俺を抱えてその場から離れ、俺を背に魔物に突っ込んでいく。
「しまった!」
「はぁ!」
先生のパンチは魔物の胴体を吹き飛ばし、辺りに血を撒き散らす。
「……ここまでの力とは、化け物か」
「……」
先生は無言で息のある頭を踏み潰した。先生が振り向くと、俺は怯えた表情で見ている。先生は悲観な顔で自分の真っ赤にしまった手を見た。きっと先生は自身の化け物じみた強さに怯えられたと勘違いしたのだろう。
だが実際は違う。俺が怯えていた理由は、化け物が殺される直前で言っていた『化け物』と言う言葉に反応してしまったからだ。
「……」
先生は俺から目を反らしてしまったこと、俺は怯えてしまったことで気づくことができず、反応が遅れてしまった。無音で近づく、1人でに動く魔物の触手に。
「しまった!」
先生は気づいたが遅かった。助けるために踏み込んだ瞬間に、触手は尖った石を持って俺の背中を切りつけようとする。直前で振り向いた俺は不幸にも背中ではなく首を切られた。直後に先生が触手を引き離し、潰し、俺を見る。
「そんな」
先生はどうして目を反らしてしまったんだと後悔する。だが、その思いはすぐに消え去った。それ以上の衝撃が走ったからだ。
「傷が、なくなって」
切られた首が次第に傷をなくしていく。俺はゆっくりと手を首にやった。
「ああ」
『化け物!』
『この化け物! 早く村から出ていけ!』
『やっぱり化け物だわ! 人間ならそんなに早く治らないわ!』
『なんでこんな化け物が私の腹から生まれたんだ! この悪魔の子!』
「ちがう、やだ」
掘り返されるトラウマ、それによって尋常じゃないほどの震えと怯え。
「僕は化け物じゃない! 僕は違う! 僕じゃない! 化け物は僕じゃない! 違う違う違う違う違う!!! 僕じゃない! 僕じゃない!」
「落ち着け! 一体どうしたと言うんだ!」
先生は俺の異常な取り乱しように訳がわからなく落ち着かせようとする。しかし、俺はさらに狂い、ナイフを近くにいる人間、つまり先生に振りかざす。
『魔物に襲われたのはお前のせいだ! 』
『お前が魔物を呼び寄せたんだ! この化け物!』
『触るな! 化け物が移る!』
『化け物!』
『化け物!』
『化け物!』
『化け物!』
『『『『化け物!』』』』
「僕は化け物じゃない! 僕は悪くない! 悪いのは皆だ! 化け物っていう皆だ! 皆死んじゃえ! 死んじゃえ!」
ナイフを振りかざした俺の腕を先生は押さえる。
「違う! お前は人間だ! 化け物ではない! 」
「嘘だ! 皆僕を化け物って言うんだ!」
「私はお前の父親と同じだ! お前を化け物とは思ってない!」
「嘘だ! 『化け物』て聞こえた! そう思ってるんだ!」
「違う!」
先生は必死に否定しても狂い混乱している俺にはその声は信じることができなかった。押さえつけられていない腕で殴ろうとしても押さえつけられ、足で暴れようとも足で押さえ付けられる。
「僕を化け物って思ってるから僕を殺そうとするんだ! そうやって僕を否定するんだ!」
「違う! 」
先生の手が震える。
「ちがうって、言っているだろう」
右手の拘束が解けた俺はナイフを目の前の人間の心臓近い所に刺す。その感触が、一瞬だけ俺を正気に近い状態にさせた。そして、その時に俺の瞳に写ったのは、ナイフが刺さった先生だった。
「あ、ああ」
俺は殺されると思った。刺さったナイフを引き抜いて、俺を刺し殺そうとするんだと。足と手で、後退りをする。
思った通り先生はナイフを引き抜いて、俺に向かってきた。
「やだ、やめて!」
俺は恐くて目を閉じてしまう。その直後に、体全体が暖かい、温もりで包まれた。
目を開けると、先生は俺を優しく抱き締めていた。
村の皆から疎まれ、近寄られることは無かった。感じるのは、冷たい外気の空気、唯一の温かさは父の温もり。父と同じ温もりを先生から感じた。
「大丈夫だ。お前は人間。個性の強い、ただの人間だ。だから大丈夫だ」
「……」
俺は化け物ではない、先生の優しい声は、数ヶ月間心の底で溜めていた何かを壊し、俺は生まれて初めて子供らしく泣きくじゃれた。
「気が済むまで泣けばいい、私はこうしているから」
村でも泣くことさえ許されなかった俺は自分でも覚えていないけどたぶん。10分以上は泣き続けたと思う。
泣きつかれて、寝てしまった。
「んん、」
目が覚めると俺をおんぶして歩く先生、とても安心した。気持ちが良くて、また寝てしまった。
「起きたか?……気のせいか?……ぐっすりと寝てしまったか。よい夢を見るんだぞ」
寝る直前にそう聞こえた。生まれて初めて、心から安心して眠った。
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