幼い日①出会い

雪、積もったが決して移動が困難になるほどではない。だが気温が随分と低くなったことを表している。白くて、冷たくて、フワフワで、でも俺が踏んでいるものは赤くて、生臭い雪だった。


「…………」


一人の女性が俺を見て驚いた顔をしている。何か、恐ろしいものを見ているかのように。

その光景は、服も、腕も、血だらけでまだ血滴が垂れるナイフを手にした子供、周りには刺し傷が沢山ある雪を紅く染める人の死体。そして、目の前はその子供と同じ目の色、同じ髪の色、顔だちはどこか子供と似ている女性が雪を染めて倒れている。


「お前が、やったのか」


女性は恐る恐る聞く。すると子供が振り向く。その子供は声を出さず涙を流していた。


「うん。」


その子供は後にオーバーと名乗り、その女性の事を先生と呼ぶ。これは、俺の始まりの物語。





「お母さんも、おじいさんも、皆僕の事を化け物って言うんだ。魔物を退治しても、怖がって怯えるだけ。お父さんだけが僕を守ってくれた。だけど、皆は父さんを悪いやつだと言って殺した。悪いのは化け物って言う皆だ」


俺はそう言ってくれて気を失う。次に目覚めたときは、どこか暖炉のある家だった。先生は俺に気づいた。悲しそうな目で俺を見る。


「誰?」


知らない女性にそう聞くとちょっと困った顔をする。


「すまない、私に名は無い」


手を見る、辺りを見渡す。見える限りにナイフが無かった。


「ナイフはどこ? お父さんが大切にしていたナイフはどこ?」

「……お前は、村の人達を、自分の母親を殺したのか?」


「……うん。殺したよ。だって、皆はお父さんを殺した悪いやつだから。お父さんは悪い人じゃない。僕をいつも守ってくれた。一緒にいてくれた。投げつけられた石から庇ってくれ、た……びええええん!!」

「お、おい! 泣くな!」


あれから数ヶ月がたった。俺と先生は旅をしていた。


先生が俺を直ぐに他の生き残りに引き取ってもらわずに一緒にいてくれたのは、けっして良い理由ではない。一人で村を壊滅させた子供を、他の人に任せられなかったからだと思う。


「お母さん! 」

「母さんと呼ぶな! 先生と呼べ!」


俺は先生に抱きつく。すると先生は撫でてくれた。それがとても好きだった。唯一の心の拠り所であった父をなくした俺は、先生になついていた。もっと一緒にいたいと思った。幼い頃は、今と違い、一人になることはできなかった。

先生は名が無いから俺に先生と呼ばしている。


「先生! お腹すいたからウサギ狩っていい? 近くにいたの!」

「そうだな、あまり遠くに行かないことだ、危険なやつと出会ったら直ぐに隠れること」

「わかった!」


そう言って俺は父の形見のナイフを持ってご飯を取りに行ってくる。父のナイフはどういうわけか切れ味が全く落ちない。だから形見と言いながら毎度のごとく血だらけにする。


「ただいま! 先生?!」


先生は俺が飯を取ってくる間に服がボロボロになっていることが多かった。何故かはわかっていた。魔物と戦っていたからだ。先生はとても強かった。どんなに強い魔物でも、たった一撃で村を消滅させる程の相手でも負けなかった。

俺はそんな強さに憧れた。


「先生、どうやったら先生みたいに強くなるの? 強くなったら僕も先生と一緒に魔物を退治する」


先生は嬉しそうな顔は一切しなかった。むしろ否定した。


「強くなることはいい。けれど倒すために魔物を倒すんじゃない。守る為に倒すんだ。前者は私だけでいい。お前は守りたいものの為に力をつけろ」

「守りたいもの? それってどういうの?」

「大切な…………」


先生はそこで口をつぐんだ。幼い俺の繋がりは村の人達だけだった。その村人全員を自らの手で殺した俺に大切な者などいなかった。物も父の形見のナイフただ1つだけ。先生はそれに気づき、それ以上の言葉がでなかったと思う。


「いずれわかる」


それだけの言葉に留められた。


「?!」


先生は険しい顔であらぬ方向を見る。俺は幼いながら『殺気』と言うものをわかっていた。父を殺されたとき、沸き上がるのを感じた。それが村中の人を殺すほどに大きかったことも。しかし、先生の殺気はもっと大きかった。

その殺気に恐怖を覚えていれば俺は先生の後を継ぐことを考えなかったかもしれない。けれど俺は憧れてしまった。『殺気』は相手を簡単に殺せるようになるものだと、感覚でわかってしまっているから。


「待ってろ、すぐに戻る」


先生は物凄い勢いでどっか行ってしまう。遠くで何か爆発する音がなる。離れているのに、衝撃が伝わるほどに。それが収まると先生は服をボロボロにして戻ってくる。その手はいつも綺麗だった。不自然なほどに。


「戻ったぞ」

「さっきのもう一回やって!」

「え?」

「何かを睨んでた表情の時の何か!」

「……?!」


その何かが何を差しているのか、先生は勘でわかった。『殺気』で喜ぶ俺を先生はどう思っていたのだろうか。よくは思ってはいない。そんなことは幼い俺にはわからない。


「……ダメだ」

「えぇ、良いでしょ」

「ダメだ!!」

「?!」


ビクッと震える俺の体。初めて怖いと思った。怖い表情で俺を見る先生。


「……」


暫くの間、会話は無かった。ただ俯きながら先生についていった。先生の怒った顔が恐くてなかなか顔をあげられない。数時間かかってやっと先生の様子を見ようとした瞬間。


「危ない!」


先生は突如振り向いては俺に飛び付き、その場から俺を離す。その瞬間、音もなく地面から魔物が土煙を撒き散らしながら這い上がってきた。


「大丈夫か」


俺を抱えた先生は俺が無事だと確認するとホッとする。そして地面から這い上がってきた。魔物を睨む。


「貴様が、我が同胞を殺し回っている人間だな」

「……」

「まあいい。ここで我が同胞の仇、取らせてもらう!」


魔物の触手が数本伸びると先生は片手で払い除けた。


「その力で私には勝てない」


先生が拳を握ると魔物は笑った。


「私は思ったより頑丈でね、払い除けたときにわかっただろ? 私を倒すにはみあった力が必要だ。だがそんな力を出したらこいつはどうなるかな?」


俺を抱えた魔物はそう言う。


「いつのまに?!」


先生が後ろを向くと既に触手が後ろにあった。


「私の触手は音を出さないのでね、仇はとるが正々堂々とは戦わない。少しでも抵抗してみろ。こいつのありとあらゆる骨を砕いてやる」


「離せ! なんか気持ち悪い!」


俺は暴れようとするも力の差は歴然で全く身動きがとれなかった。


「…………少しは人質らしい事を喋れクソガキ」


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