滅びた世界

「滅びた世界」


魔王や勇者が言っていた別世界。複数存在していることは知っていた。けれど滅びた世界もあるのか。魔王は滅びた世界から魔力を取り込んでいたのか。

けれど、その滅びた世界とこの世界が繋がったことでなぜ感謝しているんだ。


「私達は元々その世界の住人だった。滅びているからね、生きている生物なんてほとんどいない。食料を手に入れるにも一苦労だった。いや、食料自体は多分沢山ある。けれど取りに行くにも一苦労、いやかけなんだ」

「かけ? 何をかけるんだ。いや、命か」

「そう、命。外には死に到る病が蔓延していた。だから死なないように願うしかない」

「病、それが世界が滅んだ原因か? 」


病で世界が滅ぶとは限らない。滅ぶには全生物を蝕む病でなっていなきゃいけない。けれどそんな病があるのか?知識あるものは対策を練るはず、それでも無理なほどのものなのか。


「病とは言っても、ここではそうは言わない。君たちにとっては無害なものだ」

「無害」


二酸化炭素は猛毒だけれど空気中にある。それでも濃度が低すぎるから大丈夫なだけだ。けれど濃度が高くても蔓延とは言わないだろう。


「ここではむしろ必要なものだ。無くなってしまったら滅びてしまうのかもしれないほどに」

「世界が違うだけでそんなにも変わるのか? 同じ生物なのだろう?」

「そうだね。けれど世界が違うなら仕方がない。そうとらえるしかない」


ウィリアムは機械に手を乗せる。そこは沢山のボタンがある。何個も押すとモニターに映し出されたのは人の形を模しているのだろうか、白い人形だった。周りにある七色の粒が人形の中に入り人形の色がどんどん暗くなり、最終的には『死』と表示される。


「病と言う割には随分とキレイな表示なんだな」

「そりゃね、『魔力』なら七色がいいさ」

「?!」


今何て言ったんだ、魔力と言ったのか?! 魔力で死ぬことはあり得るのか? 魔法ならともかく。魔力だけじゃ何も起こらないはずだ!


「何も起こらないと思っているのだろうけれど、それはそういう世界で生まれ、生きていたからだ。体が魔力に耐えられる。魔力を扱う機関も存在する。けれど私達の世界にはそんなものは存在しなかった。なのにある日突然として魔力が存在するようになった。魔力に体は蝕まわれ、ほとんどの動物が死滅した。魔力に耐えられないからだ。生き残ってもいつ死ぬかわからない、『魔力』は未知なる存在。対策は濃度の低い所に留まる事だけだった」


魔力が生物を自滅させる。魔力の無い世界の住人からしたら魔力は毒でしか無いのか。生きてきた環境が違うだけで無害にも猛毒にもなりうるのか。


「何百年、子孫を残してもほとんどが死んでしまう。生き残っても耐性が低ければ外には出られない。高くても長くはいられない。けれど時間が経てば魔力に完全な耐性を持つ人が生まれた。それでも割合は1%にも満たない。人間が絶滅するのは時間の問題だった」


ウィリアムはまたボタンを押してモニターに映す。


「そこにこの世界の魔王がゲートでこの世界と繋いで魔力を奪い去った。魔力はほとんど無くなり、魔力の驚異は去った。人間は生き残った。絶滅はまのがれたんだ。けれど失ったモノが多すぎた。技術も、知識も無い。あるのは『高度な技術社会の残骸』。人が生きてきたほぼ100%がそれによって生かされていた歴史。それを扱う知識を失った私達は他にすがるには自然しかない。けれど自然も魔力によってほとんどが死滅。残骸に頼るしかなかった」


モニターには残骸にすがって倒れる人達。けれど残骸は少しずつ形をなしていく。最後には人間はほとんどいなくなっていた。


「この研究所も残骸の1つ。その頃には人間は完全に耐性を得ていた。けれど数が少なすぎた。アダムとイブ、二人から世界が始まったと言うが、それより多くてもそこから繁栄する未来はなかった。そこで僅かに残っていた魔力痕からこの世界に繋がるゲートがあちこちで開くことをしり、その1つを大きく開かせて、この研究所ごと生き残った人類全員をこの世界に転送させた」

「全員」


俺は人が閉じ込められているガラス張りを見る。


「それはクローンさ、この研究所の動力源さ」

「人間が動力源、どう見てもそうには見えない」

「『代償魔法』、クローンを犠牲にしてエネルギーを得ているのさ。流石に別世界では安定な動力源は得られないからね。生き物を犠牲にするのは倫理に反している。けれど、感情も何もないクローンならば良い」


代償魔法とは驚いたがクローンを動力源に動いているのか。ノーリスクで使える、使い方さえ考えれば大きなエネルギーだ。


「感情もない、自分の意思もない、何も感じない人間を作り出して燃料にする。凄い技術だな」


もし300年前にこんな技術があったのなら、人間は絶滅の危機に晒されずに済んだかもな。先生も死なずに済んだかもしれない。


「画期的だと自分でも思うよ。話を戻そう、生き残った人類はこの世界に移動し、この世界の人間として生きることに決めた。純血はもういないが、絶滅は免れた」


結果的に言えば自分達の世界を捨ててこの世界に来た人達、かれらはその子孫なのだろう。ならこの研究所はずっと前からここにあったことになる。


「ここにいる人達は皆、そう言う人達の子孫なのさ」


ただ生きるために必死になる。それがどれだけ大変なことか、俺にはわかる。


「すまなかった、この施設を破壊して」

「いや、扉なら直ぐに直せる。手当たり次第に壊されたらどうなってたかわからなかったけれど。僕たちも君たちを殺そうとしたんだ。おあいこってことでいいかな」

「俺は構わない」

「それはよかった。さて、きっと私の仲間と君の仲間が戦っている筈だ。今すぐに止めさせないとね」


すると俺とウィリアムの前にマイクが出現する。


「この研究所内全体に放送する。私の声だけじゃ辞めてくれそうにないが君の声も一緒なら互いに辞めてくれる」

「だな」


ウィリアムはボタンを押して押す。そして、マイクに向かって喋ろうとした瞬間、別の声がどこからともなく聞こえてくる。


「この施設にはゲートをこじ開けられる技術があるようだな」


「誰だ!」


一人の男がこちらに歩いてくる。


「私の名はデルタ・エトラスト・データ」

「デルタ?!」


確か冒険者ギルド、ドラゴンズデルタの創設者! 何故こんなところに!


「異世界へと通じるための技術、是非とも我が物にしたい。どうだ、ここの施設を売ってくれれば、土地を買い地上に研究所を作る。そうすればここは『冒険者ギルドの研究所』として後ろ楯がつく。そしてこの国の人々からも信頼を得られる。こちらからも技術を提供しよう」


デルタがいきなり始めた取引に対し、ウィリアムは警戒した様子で直ぐに答える。


「断る。異世界へのゲートは使ってはならない。魔王が魔力を取り込むためにゲートを作った。私達は結果として感謝しているが元々は力を得るためだ。やり方では侵略いや、殺戮をする力を得るための技術ともなる。今は各地で勝手に開くゲートを閉じるために残してあるだけの技術だ。もし開かなくなったら私はその技術を忘却するつもりでいる!」


各地で勝手に開くゲート。なるほど、今回の事件の全てが繋がった。

ゲートに巻き込まれて滅びた世界へと行ってしまった。その原因も300年前。行方不明者が出たところと同じ所で目撃情報があったのも、ゲートを閉じるために各地を回っていたからだ。


デルタは直ぐに断られても諦めなかった。


「侵略行為には使わない。勝手に開くゲートも直ぐに閉じれるように対策も練ろう。約束しよう」

「だとしてもだ。絶対に断る」


するとデルタは紙を数枚取り出す。それをウィリアムに渡す。


「なら仕方ない。奪うまでだ」

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