アイスクリーム
「昔々、お爺さんとお婆さんが住んでいました。お爺さんは山へ芝刈りに、お婆さんは川へ洗濯しに出掛けました。お婆さんが川で洗濯をしていると、と……どんら、こ、とんぶろこ?……なあモミジ、ここ何て読むんだ?」
「てい!りゃ!」
「教えてくれないと先が読めないんだが」
「えい!そう!」
「教えてくれないか?」
「ていや!…………」
モミジは俺の横腹を蹴ろうとするも俺は左手で防ぐ。
「組み手途中に読まないでください!」
そう、モミジを鍛えるために組み手をしている。が、俺はただ防ぐだけなので暇だから右手で簡単な本を読んでいる。『桃野郎』と言う絵本。
「じゃあ俺が両手を使う程に強くなってくれ」
「それ当分先!」
モミジは突っ込みをいれる。随分と汗をかいている。始めて一時間ぐらいか。モミジは相当疲れているみたいだし、体力はあるがほぼぶっ通しはきついか。
「休憩するか」
「やったぁ!」
モミジは笑顔でその場にねっころがった。依頼を終えて街に戻ってきた俺達はその日は街を案内した。とは言っても俺たちも住んでまもないから大通りなど、定番と思われるところしか巡ってないが。
その後に色々と買い物をし、俺たちの住んでいる宿に戻りアイスは部屋を借りる。何故かモミジの隣だった。俺とモミジとアイスはお隣同士になっている。偶然だろうか管理人の配慮だろうか。
「アイスちゃん、筆記試験終わった頃かな。あ、さっきの所はどんぶらこって読む」
次の日にアイスは『ブリュンヒルデ』の入団試験を受けにいった。その間モミジは吸血鬼用ダンベルで筋トレをし、その後に組み手をする。
「三時間だったし、そろそろだな。どんぶらこ、どんぶらこと桃が流れてきました。お婆さんはビックリしてその桃を取って家まで持ち帰ると、お爺さんと共に包丁で桃を切ると、なんと中からサングラスをかけたお兄さんが出てきたではありませんか。おいゴラァ! ち、ちょうし?、めんじょ?」
「調理師免許」
「『おいゴラァ! 調理師免許持ってんのか』とお爺さんとお婆さんにいい放ちました。桃から生まれてとても荒い性格からそのお兄さんは『桃野郎』と名付けられました…………」
なにこの本。どゆこと?話の内容が俺の理解できる範囲をゆうに越えてる。
「それにしてもオーバーって文字覚えるの早いよ。たった数日でもう絵本を読めるほどなんだから」
「文字の構成と言うか決まりと言うか、似ている文字を知っていたからか直ぐに覚えられた」
「それでも凄いスピードだよ」
俺は毎晩モミジに文字を教えて貰っている。まさか新たに文字を覚える日が来るなんて思ってもみなかった。ワンツーマンのおかげか分かりやすかった。
「帰って来たみたいだな」
アイスが走ってこちらに向かっている事がわかった。
「アイスちゃんおかえり、どうだった?」
モミジが手応えはどうだったか聞くとアイスは微妙な顔になる。
「あんまり良くなくても気にするな。俺は白紙で合格したんだ。実技さえなんとかなればいい。実技はいつなんだ?」
「明日」
「明日か、俺達は2日や3日だったのにな」
「あのときが多かったってだけで今日は少なかったからじゃない?」
「なるほど」
実戦か。傷付けることになっても大丈夫とか言っていたが、どんな行動をするのか楽しみだ。
誰かのお腹が鳴る。モミジは顔を赤くしてお腹を押さえる。
「ご飯にするか」
「うん」
「そ、そうね」
俺達は宿の隣の定食屋に入る。宿主が経営している為、そこに住んでいる俺達は安く食える。
「いらっしゃい!」
宿主であり定食屋の料理人でもあるメッシュ。宿主なら年を取っているかと思ったら20代らしく、爽やかな青年の印象を与える。だが元気いっぱいの笑顔は好青年の印象もある。
「お、アイス! 丁度良い所に来た! ちょっと手伝ってくれないか!」
アイスを見ては厨房からアルミ製のボウルを2つ重ねて持ってきた。
アイスとは部屋を借りるときに知り合った。氷の魔導師と知り『純粋な氷』を作れる事からアイスに部屋を無料で貸し出す代わりに氷をくれないかという交渉をした。
何でも氷は高いらしく、冒険者でさえ日常的に使うのには躊躇する程の値段らしい。特に暑いこの時期は氷が多く必要になるにも関わらず値段が高くなる。
「これを押さえてて」
「これはなに?」
「いいから」
重なったボウルは下に氷水、上に白い液体が入っていた。牛乳か何かだろうか?
手を洗ったアイスはボウルを押さえるとメッシュは泡立て器で凄いスピードでかき混ぜる。すると白い液体は次第に固まっていき、液体ではなく柔らかいバターのような感じになる。
「出来た!」
メッシュはその白いのを指に付けて舐めようと下がスプーンを4つ持ってきてスプーンに付けて舐めた。
「上手い! アイスも食べてみな! 」
相当に旨かったのだろう。笑顔でどこかで緩んだ表情のメッシュ。アイスも舐めると目を輝かせる。
「美味しい!」
俺たちにもスプーンを渡してくれた。
「良いのか?」
「いいの?」
「いいよいの! 食べてくれ!」
「じゃあありがたく頂くよ」
「ありがとう」
モミジと俺も舐めてみる。
「うまい?!」
「お、美味しい! なにこれ!」
それは今までに口にしたことが無いぐらいに美味しかった。旨すぎる! なんだこれは! なんと言うか、心からこうあるべきと言うか、そう言う安心感と言うか、真に求めていたものと言うか、そんな感じがする
「これはホイップクリームと言って、生クリームを冷やしながら泡立て器でかき混ぜると液体からこう言う軽い滑らかな……なんて言うんだろ、とりあえずホイップになるんだ。多分……」
ホイップクリーム、すげえうまいな。300年前には無かったものだ。
「生クリームは高いしホイップクリームにするにしても氷が必要でなかなか手が出せなかったけどアイスのおかげで氷は無料で保存も効くようになったからな! そして待ってろ! 今から新作を作る!」
「何々?!」
アイスとモミジが目を輝かせる。メッシュは自信満々に材料を持ってきた。牛乳、卵、砂糖、生クリーム、先ほど作ったホイップクリーム。
「これで何を作るんだ?」
「まあ見てなって! 本来なら厨房でやるけど俺らしかいないし、今回はここで作るぞ!」
そう言うと卵を白身と黄身に分けたり、牛乳と生クリームを少し加熱したり、混ぜ合わせたりして出来た液体を箱にいれる。
「ここから二時間冷やします!」
「二時間?!」
〜2時間後〜
「出来た!」
ボウルの中にあるのは固まった何か。
「食べてみてくれ」
「「頂きます!」」
モミジとアイスは待ってましたと言わんばかりにスプーンにすくおうとする。しかし、固くてスプーンが沈まなかった。
「固い?」
モミジは力を入れてすくい、口にいれる。
「冷たい!……スッゴク美味しい!!!」
「甘くて美味しい!」
二人は頬っぺたが落ちそうなのか頬を押さえる。とても幸せそうな顔だ。俺も一口食べる。
「?!」
こ、これは、旨すぎる!今まで食べたことがない! こんなに甘いのは! 二人が幸せそうな顔になる筈だ。口の中が幸せで広がっている。
「旨いだろ」
「「うん!」」
するとメッシュはそこにホイップクリームを入れる。それを食べるとまた旨い!甘くて冷たいのに対し、甘さ控えめだが滑らかなホイップクリームが口のなかで混ざりあい、絶妙な甘さと口溶け、喉を通った瞬間の滑らかさがいつまでも口に残る。
「今まで食べた事がない」
「だろ?贅沢に生クリームと砂糖を使ったものだからな。本当は生クリームにグラニュー糖を加えたいけどあんな高級品の中でも群を抜く上品は変えないからな。何とか砂糖でどうにかできないかと思って作ったのがこれさ!」
メッシュは自信満々に胸をはって言う。しかし、直ぐに小難しい顔をする。
「だがアイスがモミジが言った通り固いんだ。甘いものだから柔らかくはしたいのだが、どうしたものか」
「冷やしてるから固いのはどうしようも無いんじゃないのか?」
「なのかなー」
頭を悩ませるメッシュ。するとモミジがあることに気づいた。
「あれ?ホイップクリーム、結構食べたのにまだ沢山残ってる。そんなに量があったとは思わなかったけど」
「ああ、それは混ぜるときに空気を入れているから少し量が増え……て…………それだ!!」
「ビックリした?!」
二人が驚いているとメッシュはなにかを閃いたようで何かを呟きながら、顔を縦に振る。
「うん! いける! ありがとうモミジ!」
「え? え? え?」
「この方法なら少しは柔らかくなる! よし!うまくできたらメニューに追加しよう!」
メッシュはガッツボーズをする。二人は困惑している。メッシュは何か方法を思い付いて自分の中で完結させているからだ。何の方法かは知らないがずっと気になっていたことがある。
「これはいったいなんて名前なんだ?」
俺がそう言うとたしかに、とモミジとアイスもメッシュに聞く。
「実は決まってないんだよね。んー、」
メッシュはアイスの方を見る。
「『アイスクリーム』なんてどう?」
「私の名前?」
「ああ、アイスは『氷』って意味だし。氷のように冷たく、甘い食べ物でアイスクリーム。それにアイスがいなければ氷代も高くついて作れなかっただろうしさ。どうだ?」
メッシュは俺たちに聞く。
「『アイスクリーム』……アイスクリーム!」
アイスは目を輝かせながら繰り返し言う。
「相当に気に入ったみたいだな」
「うん! 『アイスクリーム』いい名前だと思う!」
モミジも気に入ったみたいだ。
「よし!これはアイスクリームだ! 残りも早く食べよう!」
こうして『アイスクリーム』は定食屋の新たなメニューとして加わった。
「ウィリアム、アイスを作ってみたんだけど、どうかな」
とある場所、どこかの建物の中。アイスクリームを作った少女がウィリアムと言う名前の男性の所に持ってきた。
「アイスクリームか、美味しそうだな。だけど少し待ってくれないか?」
「ええ、溶けちゃうよぉ」
少女は不機嫌そうにする。
「後ちょっとなんだ。少し待ってくれ。本当に後少しだ」
「本当?」
「ああ、後はこれをこうして……出来た!」
「はい!」
ウィリアムが終わった瞬間、少女は笑顔でアイスクリームを差し出す。
「一仕事の甘いものは格別だな」
ウィリアムはそれを食べる。
「所で何を作ってたの?」
ウィリアムはそれを聞かれると嗤う。
「ああ、ついに完成したんだよ。『何の価値の無い存在』を『価値のある存在』にする為の装置さ。これで私は『最強』になれる」
この後各地から多くの人が行方不明になる。俺達はその人達を探す以来でこの二人と会うことになる。
眠っていた300年、俺は多くのものを失った。守るべき者、目標、受け継いだ意志、殺意、闘志、恋。
その中の『殺意』を思い出す事になる。
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