二人は笑う

私はアイスちゃんが勝つことを信じるしかない。オーバーはアイスちゃんを抱き締めている。温もりが必要だからだと。けれど、魂が徐々に凍っているオーバーの体は震えている。


「……オーバー、大丈夫?」

「………………ああ、大丈夫だ。どうやら終わったようだ」


 オーバーがアイスちゃんから離れるとアイスちゃんは目を覚ます。


「アイスちゃ」

「そいつはアイスじゃない」

「……え?」


 私はオーバーの言葉を疑った。何かの冗談かと思ってオーバーの顔を見た。


「?!」


 辺りは寒くないのに口からは白い息が出ていてまるで表情が凍っているかのように無表情だった。


「流石に辛いな」


 オーバーがそう言うとその場で膝をつく。

 魂が凍ってまともに動けなくなっている?! オーバーの言うとおりならアイスちゃんじゃないなら、『人斬り』! 不味い!

 私は咄嗟に血を手から出して構える。


「……」


 だけど『人斬り』は刀をその場に置いてオーバーへと歩み寄る。そして、両手をオーバーの体に触れる。


「オーバーになにする気!」


 何で刀を置いたからわからないけど少しでもオーバーを傷つけようものならその瞬間、ぶっ飛ばしてやる!


「大丈夫だ。凍った魂を元に戻すだけだ」

「信じられないわ」


 流血:ナックル拳を叩き込んでやるで手に血を纏う。


「大丈夫だ、モミジ。魂が解凍されていくのがわかる」


 オーバーはそう言う。けれど信用できない。私は疑いの目を向けながら殴れる距離まで詰める。


「……私は、自分の弱さを呪いたい」


 人斬りは悔しそうな目でそう言う。

 自分の弱さ?この状況といい何がなんだかわからない!それよりも、『人斬り』がアイスちゃんの体を動かしているということは


「君がおもっているような悪いことは起こっていない。嬢ちゃんは消えてはいない。一時的に体の所有権を私に貸してくれているだけだ」

「所有権を貸した?!」

「私は消える前にやるべきことがある。嬢ちゃんは私の剣技を感覚だけで付け焼き刃以上の完成度をほこった。私は元々氷の魔導師、この氷を制御すればその感覚が伝わり彼女も制御出来るようになる」

 

 制御……消えるって、『人斬り』は消える事を自ら望んだってこと?いや、彼は『人斬り』ではないのかもしれない

 

「私は自分の弱さから『人斬り』の人格を作った。そして、その意志が残った。だけど、私の最期は『英雄』として死んだ。それなのに、死後は『人斬り』とはな。だからせめて、誰かを救いたいんだ。死後のをさ迷う亡霊に『英雄』を思い出させてくれた嬢ちゃんの事を」


 私は理解が追い付かなかった。けれど、この人は本当は良い人だと言うことはわかった。アイスちゃんを救うために。

 雪村はオーバーから手を離すとオーバーは何事も無かったように立ち上がる。五体満足を確かめる。


「完全に氷が無くなった。寒くない、礼を言うよ。雪村」

「私はもう礼を言われる存在じゃない」

「?」


 オーバーいま寒くないって言ったのに僅かに震えている気がする。


「さて、この氷はどうする?進行は止まったがこの侵食具合はもはや侵略だ。全部壊すか?本気を出すのは久し振り過ぎてどれぐらいの威力かはわからないが多分この氷は半径1,5キロぐらいだろう。1発で全部破壊できる…………なんだその信じられないような目は」

「いや、当たり前でしょ。直径に直せば3キロだよ?それを1発で壊すって、あり得ないでしょ!もし可能だとしてオーバーはどんな魔法を使う気?!」


 するとオーバーは拳を握りしめて軽く上げる。


「拳だ」

「どんな化け物よ」


 するとオーバーは少し口角を上げて優しく笑う。


「褒め言葉どうも」

「褒めてない」


 私とオーバーがそうやり取りをしていると雪村は氷に向かって手を伸ばす。


「…………」


 集中しているのか黙っている。その真剣な眼差しに私たちも黙る。すると氷は水色の光の粒になって消えていく。


「…………綺麗」


 氷が光、集まった蛍が飛び立って消えるような、そんな感じ。私はずっと見ていた。見届けた。


 草原や洞窟は元の姿に戻る。そこに住んでいた生物はまだ戻ってきてないけど、少し経てばきっと戻ってくる。


「…………これでお別れか」


 オーバーがそう言う。そうだ、ここでお別れなんだ。雪村とは。


「人と言う者は不思議だな。ついさっきまで敵対したのに今はもうこれだ」

「人間と言う者はそういうものさ。仲が良くてもたった一言で敵になる。逆にどんなに憎い相手でも一つのきっかけで手を取り合える」


 雪村は一度深呼吸をする。


「最後に見せよう!私の剣舞を!」


 すると雪村は刀特と鞘を拾う。そしてその場で正座をする。立ち上がり抜刀し、縦へ、横へ、斜めへ、刀を振る。一つ一つの動きを丁寧に行う。

 私は刀に関してはわからないけど、凄いと思った。舞と言っていたけど激しく動くような事はせず、一歩一歩、一振り一振り丁寧に。


「はあ!」


 抜刀したと思ったら一瞬にして刀を抜いて振り下ろす。抜くところが見えなかった。


「今からこの刀の切れ味を特とご覧あれ」


 雪村は自分の周りに氷の竹を出現させる。それを一本一本斬っていく。氷の竹は真っ直ぐに斬れていた。様々な斬り方を見せてくれた。そして全て最後に、とても大きな氷を作り出す。刀を鞘に納めると姿勢を低くし、左手で鞘を持ち右手を刀の近くにして構える。


 一時の静寂が訪れた。僅かな風の音も聞こえる。そして、その風が止み何も聞こえなくなったとき


「!」


 何も見えなかった。ただわかることはとても大きな氷が斬れていた事、雪村が既に氷の向こう側にいたこと、刀が抜かれていたことだけだった。

 あまりの事に呼吸を忘れていたみたいだった。


 最後に刀を納めて正座し、礼をする。

 私は暫く動けなかった。ただ1つ、感動と言う感覚が全身を襲う。やっと動けたと思ったら私は拍手をしていた。


「これで、真田雪村最後の抜刀は終わった。私はもうすぐ消える。だがその前に、最後にやり残した事をしてくるよ」

「やり残した事?」

「ああ、嬢ちゃんに伝えたいことがある。だからここで君達とはお別れだ」


 お別れ、何だが、とても長く感じた。でも実際はそんなに経っていない。いや、雪村と言う人と『出会って』からはとても短く感じた。


「お別れか、そうだな。俺はここであった『雪村』と言う人物を忘れないようにする。俺は忘れがちだからな」

「歴史通り『英雄』だけ覚えてくれれば嬉しいな」

「残念だな、俺も心は弱いからな、良いことも悪いことも忘れようにも忘れられない」


 雪村とオーバーは握手をかわす。私はなんだか変な気分だった。


「ただ『剣を持ってくる』言う依頼がまさかこんなことになるなんて、思いもしなかった。雪村さんと出会って、ほんの数十分。まだわかんないことだらけで、こんなことを言うのもなんだけど、『歴史上の人物にあって嬉しい』。そんな感じかな」

「後世の人からそう言われると嬉しい限りだ。じゃあそんなモミジちゃんにはこれをあげよう」


 雪村はそう言うと近くの木まで走って大きな枝を取って直ぐに戻って上に投げて刀で斬る。そこには『モミジ』と削られた木の掛札があった。右下に小さく『真田雪村』と彫られている。


「あ、ありがとう」

「それじゃ、これでお別れだね」


 そう言うとアイスちゃんの体は力なく倒れ、完全に倒れる前にオーバーが支える。


「なんだか、最期は有名人にあった人みたいな感じになっちゃった」

「いいんじゃないか? 『英雄』からしてみればな」



































「ただいま」

「お帰り……これでお別れなの?」


 私はアイスと魂の対話をする。


「そうだね、でもその前に、君に伝えたいことがある」

「伝えたいこと?」


 アイスは不思議そうな顔をしてこちらを見る。

 私が伝えたいこと、それは君がこれから先生きていくのに安心できる言葉だ。


「感覚は覚えたかい?」

「……うん」

「よかった。これで君はもう魔力を暴走させる事はない。君自身の手で好きなようにコントロール出来る筈さ。細かいことは練習次第。それと剣舞で私の剣技、基礎を教えた」


「剣技を?」

「そうだ。君に受け取ってほしいんだ。この名のない刀を」


 私は自身の刀を差し出す。アイスはまたも不思議な顔をして疑問符を浮かべる。


「その刀は『氷冬雪刀』て名前がある」

「それは誰かが勝手に読んでいるだけ、これを作った職人は私の刀だと言って名をつけるのを私には頼んだんだ。でも幼かった私は刀を持つことに感動して、がむしゃらに振っていたからついつけるのを忘れてしまってね」


 私は照れながら言う。この刀に名をつけるのは私がすることだったのに忘れて今さらになってその事を思い出す。


「だから、君に受け取って欲しい。この刀に名を与えて欲しい。これが君に伝いたいこと、そして、最後の頼み事なんだ。この刀を君に持っていてほしい」


 アイスは暫く刀を見つめる。そして、私の顔を見て頷く。


「ありがとう」

「この刀の名前は……ちょっと考えていい?」

「ああ」


 これで、私の魂は終わる。『英雄』として。そして、私の存在が今後アイスの人生の助けになるなら、私はきっと…………


「雪村」

「え?」

「この刀の名前。『雪村』」


 私はきっと…………今、私の心は救われた。『人斬り』とか、『英雄』とか、どこかでそう縛られていた私の心は今、解放された気がした。


「…………」

「泣くほど嫌だった?」

「あ」


 涙?いつの間に。魂の状態でも涙は出るんだな。そうか。


「いや、ありがとう。本当にありがとう」


 私はもう、本当の意味で何も未練はない。ここにいるのは『英雄』でも『人斬り』でもない。『真田雪村』


「私は今、私自身の意志を放棄する」


 感じる。私は消えていく。だが、これで良い。意志が消えたら、私の魂はどこにいくのかな、地獄か、天国か、そんなものは考えたってわからない。けれど、今思うことは、『私は幸せ』だ。


「雪村、ありがとう」


 アイスはそう言う。私は消えるていく。けれど少しはは言える余裕があった。だから私はこう伝える。


「どういたしまして。こちらこそありがとう」


「どういたしまして」






 二人は笑う。


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