絶対に救う!

何故アイスがいなくなったのか、誰もわからなかった。村中どこを探しても見つからなくて、少し離れた所まで言っても手がかり1つなかった。


「魔導師さん!お願いです!一緒に探してください!」


 氷の魔導師は首を振る。どうして!そう言おうとした。


「探すには探す。だが、君たちは探さないでほしい。いや、私でさえ探さないほうがいいだろう」


 その言葉に怒りがわいた。大切な子供がいなくなって、探すなと言われ、殴らずにはいられなかった。


「ふざけるな! アイスはこの村の皆が大切に思っているんだ! なのにどうしてだ!どうして探してはいけないんだ!」

「…………私はこの村のものでないがその気持ちはわからなくはない。だが、今ここで探しにいったらより苦しめるだけだ」


 まるでわかっているような言い方だった。まるでいなくなった理由を知っているような。聞かずにはいられなかった。意地でも喋らせようとした


「何故苦しめるってわかる!お前は何か知っているな!答えろ!アイスはどこにいる!」


 魔導師の胸ぐらを掴んで壁に押し付ける。魔導師は悔しそうな顔で答える


「どんなに強力な力でも、コントロールがちゃんと出来ていれば簡単には身を滅ぼさない。だが、アイスちゃんは身を滅ぼそうとした。そんな自分ではどうしようもない状態でアイシクルソードの魂を合わせてしまえば共鳴し、力が強くなる。とても抑えられる力じゃない」

「力が抑えられない?どういうことだ!」


 魔導師は目を反らしてしまう


「自らを滅ぼし、衰弱しているのであれば無意識に力は最小限に抑えられる。しかし、元気になり身を滅ぼさなくなった今、力は無意識に抑えられることは無くなり溢れ出す。ましてやアイシクルソードとアイスちゃんは共鳴し、その力を増している。とてもコントロールできる力じゃない。暴走して、近くにあるものを、いや辺り一帯を凍らすだろう」

「…………」


 脱力感に襲われた。希望がまた絶望に変わったからだ。苦しんでいるアイスを救おうとして、また苦しめた。ならワシ達はどうすれば良いのだろう。


「なら、会いに行く」


 腰を抑えた村長が歩いてくる。


「村長!ギックリ腰なんですから!寝ていてください!」

「アイスが苦しんでいるのに!呑気に寝込んでいられるか!魔導師さん!アイスは私らを守るために離れたんだ!アイスは優しい子だ!誰にも迷惑がかからない場所にいく筈だ!何か心当たりはないか!」

「話を聞いていただろ!近くにいけば凍ってしまう!」

「魂を合わせてしまえば凍ることはない!幸いにももう一本ある!」


 村長が覚悟を決めた顔で魔導師に言う。魔導師は驚いていた。そして、頭を下げる。


「すまない、この事態を私は予測出来なかった。魔導師は考えなければいけないのに、私は何の力になれなかった」

「いや、魔導師さんがいなければ私は魂を合わせる発想はでなかった。貴方のおかげです。頭を下げないでください」


 魔導師は顔を上げる。拳を握りしめていた。村長と同じ覚悟を決めた顔で振り替える。


「あそこにはとても広い洞窟がある。そこの奥深くなら誰にも会わないだろう。洞窟に入ったとしてもその異常さに何かある前に引き返してくれるはずだ」

「ありがとう。私は直ぐにでも行く!」


 村長は氷冬雪刀を持って示された方角へ走り出す。それを魔導師は止めた。


「その老体で激しい運動は禁物だ」


 氷の魔導師は氷で地面を凍らせ、リンクスケート場見たいにしてしまう。そして、ボードを作りそこに乗る。


「乗れ、私も行く」


 それを見た村長は笑う。ボートにのり、村の方へ振り向く


「行ってくる!」


 その言葉にワシは胸を締め付けられ、アイスを救ってほしいと言う思いを持っていってくれるように心から叫んだ


「頼む!アイスを救ってくれ!」

「ああ!任せとけ!」

 

 氷のボードのプロペラは回りだし、ボードはもうスピードで走っていく。

 ワシはただ信じて待つことしか出来ない。だがいつも何とかしてきた村長ならきっと助けてくれる。そう思った。







 だが戻ってきたのは片腕を失った魔導師だけだった。満身創痍で、ふらついて今にも倒れそうだった。


「な、何があったのですか?!」

「…………」


 魔導師は何も喋らない。答えなかった。その体はあまりにも冷たかった。


「答えてください!村長は、アイスはどうなっているのですか!」

「………………」


 何も答えない魔導師に私はまた怒りをあらわにしてしまった。片腕を失った傷だらけの男を壁に叩きつけて無理矢理にでも吐かそうとした。

 だがそこで魔導師が涙を流していることに気づいた。


「……すまない」


 小さく、魔導師はそう言った。


「アイスに会うことはできた……」

「本当ですか?!なら村長は今アイスと一緒に!」


 会うことはできた。その言葉で途切れていて、ちゃん付けで呼んでいたのに今はちがかった。嫌な予感しかしなかった。


「だが村長は死んだ」


 そう告げられた。どんな絶望のときもいつだって皆の光だった村長が、死んだ?最初は信じられなかった。


「死んだって、嘘だ。あの村長が死ぬはずが……」


 否定したかった。だが魔導師さんの顔がそれを許さなかった。失った片腕、傷だらけの体が、否定するのを許してはくれなかった


「アイスの力は予想を遥かに越えていた。それも、名剣であるアイシクルソードが自らの力に耐えきれず折れて自らを凍らせてしまうほどに」

「折れ……」


 魂を合わせたアイシクルソードが折れたらどうなるか、想像したくなかったが、もうワシの頭は悪い方向にしか考えられなくなっていた


「アイシクルソードが折れて、魂にヒビが入っていた」


 魂にヒビが入り長くは生きられなくなっていた。そこに村長達が来た。アイスは洞窟の奥に逃げたが村長はコントロール出来るようになるまで一緒にいる。魂も合わせて氷で死ぬことはない。そう伝えるとアイスは会ってくれた。酷い顔だった。長い間泣いていた跡が残っていて、とても苦しんでいた。村長はアイスを抱き締めた。これでアイスは救われる。


 だが不幸にも氷冬雪刀は名刀でありながら妖刀だった。刀がアイスに触れたとき、刀は水色に強く光、一瞬にして村長を凍らせた。

 刀は人を殺すためだけに打たれていた。打ち込まれた魂は人を斬ろうと持った者の体を乗っ取り、人斬りへと変えてしまう者だった。


 村長はそれにすら気づかないほどに強い人物だったが、アイスはそうはいかなかった。それどころか自分の氷の力と共鳴してしまい、その魂はアイスに乗り移ろうと村長の魂を引き剥がした。その結果村長は凍ってしまい、アイスは人斬りに変わってしまった。


 魔導師は腕を斬られ、何とか刀を落とす事ができた。アイスは元に戻っていたが、村長を自らが殺してしまったと思い、魔導師も殺そうとしたことで罪悪感が彼女を襲い、さらに苦しめた。


 アイスは自分を殺してと魔導師に言った。自分で死ぬ勇気が出ないからと。魔導師はただ呆然としていた。アイスの頼みも、暫く聞こえていなかった程に。

 やっと声が聞こえるようになった魔導師はその頼みを受け入れることが出来なかった。救いにきた筈なのに、村長が死に、すくう相手を殺すと言うのだから。

 躊躇こそした。だがアイスがこれ以上苦しまないように殺すことに決めた。


 だがそれが仇となった。アイシクルソードが折れたことにより黙にヒビが入ったアイスは長くは生きられない。だが最悪にも氷の名刀があるのだ。アイスの魂は生きるために、本能的にその刀を握らせてしまった。


 腕を失った魔導師には刀を落とさせることもアイスを殺すことも出来なかった。洞窟をふさぎ命辛々逃げる事ができた。それがやっとだった。


「私は!あの子を救うことができなかった!いや、私があんなことを言ったから!あの子をさらに苦しめ村長まで死なせてしまった!」


 魔導師は自分を責めた。罵倒に罵倒を重ね、村の皆に謝罪をし続けた。


「すまない…………すまない…………」


 ワシ達は魔導師を責めたりはしなかった。村の者でもないのに、ここまでしてくれて、それなのに報われなくて、片腕を失って自分を責めて。


「魔導師さんのせいじゃない」


 それしかかける言葉が見つからなかった。 魔導師自分を責め続けたまま眠ってしまった。

 村の皆で集まり話し合った。どうするか、直ぐに決まった。苦渋の決断だった。


『アイスを死なせる』


 最善の方法だった。村長を死なせ、魔導師の腕を奪ってしまった彼女を苦しみから救う、唯一の手段として。


「だが我々では何も出来ない」


 村にはあの力に対抗できる者はいなかった。目が覚めた魔導師はそれを聞いていた。


「冒険者ギルドがある。そこに依頼をすれば、冒険者が引き受けてくれる」


 この件に関して聞くだけで魔導師は苦しんでしまう筈なのに、最後まで意見を出してくれた。とても良い人だ。だからこそ、結局『死なす』と言う最初の時点で助けられなかった時の結末と同じ結果で終えることを聞いてほしくなかった。『助かりました』と言って、少しでも気持ちを楽にしたかった。


「すまない。本当に」


 謝罪をするワシらに、魔導師は頭を下げる。


「たのむ、最後まで見届けさせてくれ。もし最後までいなかったら、私はきっとこの先後悔しか出来なくなる」


 そう頼まれた。ワシ達は皆頷く。


「「「「お願いします」」」」


 皆で言う。魔導師は頭を上げるとすぐさま依頼状を作りにかかる。


「冒険者ギルドに人を殺す依頼を出すことは出来ない。死に繋がるようなこともだ。刀を取り上げたら一定時間で死んでしまう。それが知られてしまえば依頼は取り消される。だから折れた剣を届けて貰おう。折れて魂にヒビが入ったのなら、完全に破壊すれば魂も同じことになる。そうなれば刀を持っていたとしても命を落とす。冒険者が帰った後で破壊すれば知られることもない」


 魔導師の話を元にSランクでの依頼状を作り、ギルドに郵送する。

 そうしてギルドから手紙が届く


「そんな!Sランクで受理できない?! Dランククエスト?!これでは依頼を受けた冒険者が死んでしまう!」


「私が抗議をしてくる。これでもSランク候補の冒険者だ。私が言えば何とかなる筈だ」


 そう言って抗議したが、『剣と魂を合わせる』『魂が凍る』等、信じてもらえる筈がなく、Dランクから変えることが出来なかった。


「いったいどうすれば……」

「報酬を上げよう」


 そうだ。報酬を異常に上げさえすれば怖がって強いものしか受けなくなるかもしれない。


「村にいくらある!」

「200万以上は今後村に影響が出る」

「ダメだ!それじゃあ足りない!もっと上げないと!」

「たがそれじゃあ」

「残りの800万は俺が出す」


 魔導師が報酬変更申請に1000万と書き込んだ。村が出せるのは200万まで。つまりは一人で800万出すことになる


「そんな大金!魔導師さんから出してもらう訳には!」

「俺がそうしたい。1000万なら受ける者は限られる。絶対的な自信のある強者が、それこそSランクレベルの者が。其に、私は余命を遊んで暮らせる程の金は稼いでいる」


 魔導師はそう言って依頼主である新たな村長。つまりワシにサインを求める。


「……最後までありがとうございます」


 ワシはサインし、郵送した。魔導師の狙い通りランクの低い冒険者は来なかった。だが、Sランクでもそうそうない値段を提示したせいか来てほしいSランク冒険者も来なかった。


 だから私達は氷冬雪刀を報酬に追加した。この依頼をこなせる者ならその刀の魂に勝てると思ったからだ。200年前に名を轟かせた『真田雪村』が使っていた刀だ。それならきっと、受けてくれる人がいる。



  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄





「そうして、君達が来てくれた」


 村長の話を聞いた俺たちはただ呆然とした。この依頼は『剣を届けてほしい』と言う依頼はそれだけの依頼ではない。苦しんでいる少女を『死なす』と言う形で救おうとした結果の依頼。

 氷冬雪刀に関しては知る前に依頼を受けた為に今知った。強い人に来てもらうために人斬りに変える可能性のある刀を報酬に出すとは、早く苦しみから解放したい一心だったんだろう。


「俺なら、わざわざ剣を破壊しなくても直接『楽』に出来る。痛みすら感じる前に。1度戦ってそれは確信している」


 苦しみの解放は決して心や体を楽にしてやるだけじゃない。『死』も1つの選択だからだ。それが『救い』になるならば、俺は喜んで引き受けよう。だが、世の中はそうもいかないらしい。俺の横にいるやつはその依頼を全く受ける気がないからだ


「ふざけないで! 死ぬことが助ける事だって本気で思ってるの?! 最後まで苦しんだまま死んで! それで本当に救われる訳ないじゃない! 」

「きみに何がわかる!苦しんで、自分を救おうとした人を死なせてしまって! 自分の意思に関係なく殺してしまう苦しみが! アイスは今もずっと苦しんでいるんだ! 罪悪感と殺してしまう恐怖にずっと!」


 村長は涙を流しながら訴える。モミジは何も言い返せなかった。何か言い返そうと、必死に言葉を探している。


「…………わかった。『剣を持ってくる』依頼を改め、俺は『アイスを苦しみから救う』依頼を引き受けよう」

「オーバー?!」


 俺はモミジを無視して話を進める。


「良いのですか、ワシらは君達に」

「かまわない。『救い』になるのならば俺は喜んで引き受ける」

「何を言っているの!ダメだよ!」


 それがは頭を下げる。モミジは納得していないようだが俺はこの依頼をリタイアする気はない。

 怒っているモミジを無視して俺は立ち上がり村長の家を出て村を出る。そして洞窟へ向かう。モミジは俺を追いかけ、その腕を掴む。


「オーバー!本当に殺す気なの!本当に死ぬことが救いだと思っているの!!」


 俺を本気で睨む。掴む力が強い。行かせない気でいる。だが俺は止まらず進む。


「オーバー!!!」


 モミジは思いっきり叫ぶように俺の名前を言う。それでも俺は進む。


「……モミジ、お前は『生かして救いたい』のか?」

「当たり前だよ!死なんて絶対に救うことじゃない!」

「そうか…………俺も正直言って死んで救いになるとは思ってない」

「え?」


 モミジは俺の言葉を疑った


「理由はモミジと同じだ。死が救いになるのならそれはもっと別の事だ」


 俺はモミジの方を向いて言う


「だから、救いに行くぞ。アイスと言う少女を」


 モミジは驚いた顔をする。軽く間口が塞がらないようだ。だが直ぐに良い顔になる。


「絶対に救う!」

 

 モミジは腕を放し俺と共に走り出す。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る