出発

 朝、出発の時間の一時間とちょっと前、俺は日の出を見ていた。前は気にもともないほどに見ていたがこうやって揺ったりと見るのは初めてだった。

 モミジが眠そうにライルの家から出てくる。


『あれ、オーバーさん?]


 目を擦りなが言う。昨日あった時は髪が整っていたが今はボサボサだ。


「おはよう、モミジ」

「おはよう、1番遅くに寝たのに1番早起きなんですね」

「俺は吸血鬼が人間と同じ生活リズムで驚いているよ」


 本来日の下では動けない吸血鬼が夜に眠って朝起きる。見た目も人間とほぼ同じで翼がなければ人間と変わりないな。


「今日が出てるけど日焼け止めは塗ったのか?」

「うん、塗ったから大丈夫」

「そうか」


 別の家から吸血鬼長のサンが出てきた。アクビをしている。こっちに気づくと咄嗟に口を抑え顔を少し赤くする。


「ふ、二人とも早起きだな」

「サン様、お早うございます」

「おはよう、久しぶりに日の出を見たくてな」


 サンはモミジの髪がボサボサなのを見る。するとため息をついた。


「はあ、女の子何だから外に出る前に身成はちゃんとしないと」

「んー」


 モミジは手で髪を撫でるように整えようとするが全く整わない。寝ぼけているのか整える気がないように見える。


「サン、櫛を貸してくれないか?」

「櫛?持ってないが……わかった」


 サンの手か血が出て櫛の形になる。それが俺の手元まで来る。


「ありがとう。モミジ、ちょっとベンチに座ってくれ」

「んー?」


 モミジは歩いてくる。寝起きに弱いのかゆっくりだ。ベンチに座るとその後ろに俺は立つ。紅い櫛でモミジの髪を整える。


「上手だな」

「一時髪を伸ばしてた時期があって、その時に教えてもらったんだ。やるのはとても久し振りだけどね」


 モミジの髪を整える俺を見ているサンは少し笑い、モミジの隣に座る。


「私の髪もお願いしていいか?」

「モミジのが終わった後なら」

「サンさま〜、気持ちいいです」


 さんは驚いた顔をしてすぐに笑う。


「モミジは相変わらず寝起きが弱いな。今髪を整えてるのは私じゃないぞ」

「え〜?」


 モミジは首を反らして俺の顔を見る。眠そうな顔はみるみる驚いた顔に変わり同時に顔も赤くなる。モミジは凄い勢いで立ち上がり俺を指差して見る。ついでに言うとベンチにサンが座っている事にも気づいた。


「ど、どうしてオーバーさんが私の髪を整えているの?!」

「ボサボサしてたから」

「サン様?!」

 

 モミジがサンの方へ向く。サンは笑顔でこう言う。


「モミジはまだまだ子供だな。ほら、まだ終わってないんだから座りなさい」


 その台詞でモミジの顔はさらに赤くなる。恥ずかしながらも再度ベンチに座る。俺は再度髪を整える。


「よし、終わったぞ」

「あ、ありがとう……荷物の整理してくるね」


  モミジは立ち上がりライルの家に入っていく。


「若いねぇ」

「だな」


 サンはニコニコしながら言う。


「オーバーも若いだろ?」

「俺は30越えてるよ」

「30か、まだまだ若……30?!」

「そんな頭動かされるとやりにくいから」


 俺はサンの髪を整え始める。と言うよりは仕上げだろう。自分でやったのか整ってはいた。


「うむ、気持ちがいい」

「それは何よりだ」


 モミジもサンも髪がサラサラしててやりやすい……先生の髪もサラサラだったな。


「オーバー、お前さんは見た目こそ18から20ぐらいだが、妙な落ち着きがある」

「昨日の夜あったばかりで妙な落ち着きと言われてもね」

「宴会の時見ていたがお前さん、祭り事は初めてか?」

「いや、初めてではないな。ただほとんどなかっただけだ」

「そうか、オーバー。質問してもいいか?」

「構わない」


 わざわざ確認を取った?何かいいずらいモノなのだろうか


「私は長年生きているから観る目は養ってきた。だからかお前さんの目を見て思った」


 サンは少し黙った。だがすぐに口にした。


「お前さん、私達に『殺意』を持とうとしただろ」


 俺の手は止まる。


「間違っていたら謝ろう。だが合っていたら」

「『殺意』が無いのは合ってる。だが持とうとしたんじゃない。持てなかった……殺意を、何故か持てない。そもそも殺意がどんな感情だったのか、思い出せない」


 俺は自分の胸に手を当てる。ヴァンパイアロードの時もそうだった。前までは魔物とあったら俺の頭の中は殺すことでいっぱいになっていた。だが今は、何かが満たされた感じがする。


「手が止まっているぞ」

「あ、すまない」


 俺は髪を整えるのを再開する。


「だったら、もし殺意を持たれていたらモミジはお前さんに殺されていたか?」


 その質問に俺は直ぐには答えられなかった。直ぐに殺していたかもしれない。だが魔物と人間が笑顔で一緒にいる状況で驚いて躊躇していまかもしれない。どっちに転ぶかは今の俺にはわからなかった。だから正直に答えることにした。


「わからない。だが少なくもとモミジだけだったら確実に殺してた」

「……そうか」


 そこからは沈黙だった。お互いに何も言わない。俺は仕上げを終えて次の発言は終了したことを伝える事だった。


「これでよしと」

「終わったのか……」

「ああ」

「……」


 一瞬だった。サンは振り向き明確な殺意を持って自身の爪を俺の首に刺そうとする。俺は咄嗟にサンの腕を掴んだ……掴んだだけだった。


「……私を殺さないのか?」

「俺を殺す気なんてないのにか?]

「私は殺意を持ってお前の首を刺そうとしたんだぞ?」

「根拠は2つ。1つはこの指の位置だとさしても頸動脈にはなんの影響もない。もう1つはこれだけで証明になるが、俺は掴んでいるだけで力を入れていない」

「ははははは!!」


 サンは笑う。そして俺にこう言った。


「モミジを助けてくれた人をもしも話で殺したらそいつはよっぽどの糞野郎だな」

「いいや、殺していたと明言しているんだ。そうでもないだろう」

「そうか……オーバー、頼みがある」


 頼み、この状況で頼むのものなのか?


「なんだ」

「モミジの事を頼んでもいいか?」


 いったい何を言っているんだろうか、俺とサンは知り合ったばかりだ。そんな奴にそれを頼むって、どう言うことだ?


「俺とサンは昨日の夜会ったばかりだ。それにモミジに殺意を持とうともした。そんな奴に任せるのはおかしいんじゃないか?」


それは本人もそう思っているようで「そうだな」と肯定する。なら何故俺に頼むんだ。そもそも俺は『独り』だ。悪いけれど断る必要がある。


「なんとなくさ。自分でもおかしいとは思う。けれどお前に任せた方が良い方向へ進む。そう思っただけだ」


なんとなく……ただの運かも知れない、そんな不確定を信じるのか。この吸血鬼はどこか先生に似ている。先生も何となくで動いていた。

けれどそれでも任せると言うことは俺はモミジのこれからに大きく関わる筈だ。それでも良いのだろうか。


「あいつはまだ子供な所がある。私が甘やかしすぎたせいでもあるが、壁にぶち当たったとき、1人で乗り越える事は出来ない。一歩踏み出せた。だからもう一歩踏み出せるまででいい。一緒にいてやってはくれないか?」

「……わかった。」


 次の一歩を踏み出せるようになるまでなら、先生が俺にそうしてくれたように。それなら『独り』の俺でもいい。


「ありがとう」


「ちょっとサン様?! いったい何をしているんですか?!」


 荷物の整理を終えたモミジがこちらに戻ってきてはサンの手が俺の首にあるのを見て驚く。


「いやぁ、オーバーがヴァンパイアロードを素手で倒したと言うからちょっと試したくなってね、凄い反応速度だよ。きっちり止められてしまった」

「サン様のスピードに反応?! じゃなくてもし首に刺さったらどうするつもりだったんですか!」

「安心しろ、やり返すだけだ」

「オーバーさんもやり返したら大変な事になります!」


 俺は手を離す。サンは立ち上がりモミジの頭を撫でる。


「それよりもちゃんと準備できたか?忘れ物は無いだろうな」

「ちゃんとしました! それよりもってなんですか! それよりもって!」


 そうこうしているうちに出発の時間が来た。酒の飲み過ぎで起きれないやつはほったらかされ、二日酔いの奴は送り出すのにそんな顔はダメ! と女性陣に言われ言え待機。モミジはバッグを背負う。俺は流石にこれ以上貰うわけにはいかないと言ったがヴァンパイアロードから村を救った報酬と言う名目で持たされる。


「「「モミジちゃん!オーバー! いってらっしゃい!」」」

「行ってきます!」


皆送り出してくれる。俺は何も言わず手をふるだけ。『行って来ます』それは帰ってくる場所がある奴の言う言葉。俺の言葉じゃない。


「先輩! 沢山のお土産話待ってますからね!」

「わかった!」


泣いているものや笑顔のもの、その両方もいる。皆どこかで寂しいと思っているんだろう。とてもいい人達だ。とてもいい吸血鬼達だ。俺にはもったいなさすぎる。

俺たちは歩きながら暫く手を振る。そしていつしか静寂が来る。このとき、笑顔だったモミジは泣き始めた。静かに、俺は何も言わない。


「皆ありがとう」


そう言うと涙を拭い前を見て歩く。

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