2話 幻覚

 三番街はのどかな風景の広がる農耕地一歩手前の都市の端っこだ。農耕地ほどじゃないが、ここもかなり発展が遅れてる。いまだに馬が主流な移動手段だ。家々のすぐ隣には森が構えていた。辺りを見回していると、車の目の前を、鬼ごっこをしている五人ほどの子供達が通り過ぎる。しかししばらくして、見慣れないメカに興味を持ったのか、全員が返ってきた。


「すげぇ! なぁ! これいくらしたの!?」


 子供が無邪気にヴィルの裾を引っ張りながら訪ねる。


「うーん、2億セルくらいはしたかなぁ。時速200㎞でるんだぜ?」


そういうと、子供たちは目を光らせて車を舐めまわすように観察する。リタのほうを見ると、いぶかしい目でこちらを見つめている。


『そんな金、どこで手に入れたんです? うちの給料じゃ買えないでしょう?』


 頭の中にリタの声が響く。魔導通信の発展で、作戦行動はかなりの幅を持つようになった。


『経費で落とした』


『やっぱり…』


 唖然とするリタをよそ眼に、ヴィルが子供に質問をする。


「ええっと、ジェニファーちゃんを探してるんだけど、どこにいるか分かる?」


「あそこの家にいるよ。いつもなんか読んでて、変な奴なんだ」


ヴィルはリタと頷きあい、家の前まで移動する。腰のホルスターから銃を抜き、家の周りから偵察を始める。ツーマンセルで、一緒に家を右から回る。しかしその時、左の庭から婦人が現れ、ヴィルたちの姿を見て驚く。庭仕事でもしていたのか、じょうろを地面に落とす。


「何よあんたら… そんな怪しい格好して。何のようだい?」


「すまないな。今は審問中だ」


 リタが素早く麻酔弾を婦人の顔面に射撃する。すると婦人は前のめりに思いっきり倒れ、それっきり動かなくなる。


『いい腕だな。突撃』


『はい』


 僕は一発、鍵の横に銃を撃ち、木片が弾ける。鍵を吹き飛ばされたドアは無抵抗に、ぎりぎり音を立ててすんなりと開く。家は平屋で、台所とリビングの簡素な間取りだ。リビングの端に、丸くなった少女がおびえてこちらを見つめている。なぜ逃げなかったのだろうか。本当に無実なのか、あるいは僕らを圧倒する力を持っているかだ。


「大丈夫、怖くないよ。ちょっと病気がないか検査するだけだ」


そう言いながら、僕はずかずかと少女に近づく。ポーチから専用のデバイスを取り出して少女の後頭部に装着するが、完全に無抵抗だった。おびえているのか、諦めているのか、反撃の機会をうかがっているのか。


『対象のスキルコピーに移行する』


『了解』


 僕がスイッチを入れると、デバイスが音を鳴らして駆動し始める。少女は白目をむき、若干のけいれんを起こすが、気にせず作業を進める。しばらく時間が過ぎると、デバイスが音を鳴らすのをやめる。僕はデバイスからケーブルを伸ばし、自分の増設脳のソケットに差し込む。


『よし、採取したスキルを僕にインストールする。僕がGOサインを出したら問答無用に撃て』


 僕は強くパスコードを念じると、とんでもない情報量が頭の中に流れ込む。それは少女が持つスキルを構成する膨大な呪文群だ。もしもここに、言語翻訳だとか、不自然に強力なスキルがあったなら、彼女はクロということになる。


 しかし突然、後頭部に衝撃が走る。僕は地面に突っ伏し、無理やり起きようとするが、なかなか体がいう事を聞かない。脳震盪を起こしたらしく、頭がぐらぐらする。何か異常のあったらしい後頭部をさするすると指にかなりの熱を感じ、条件反射的に手を引っ込める。プスプスという音が聞こえ、僕の増設脳がショートを起こしたことを悟る。


「大丈夫ですか⁉ 増設脳が爆発しましたけど…!」


「かまわない、撃て! 早く!」


 リタは少女に照準し、殺傷弾を撃ち込む。しかし少女には当たらず、でたらめな方向に弾が逸れる。家の壁が木片となってはじけるだけだった。少女は立ち上がり、リタの横を走ってドアから逃げだした。


「何外してんだ! 追え!」


「そんなこと言ったって! いきなり幽霊みたいにスゥって消えたの見たでしょう!?」


「消えた…? 何バカな事を言ってんだ!? 今ドアから逃げただろうが!」


「そんなの見えませんでしたよ!」


 僕に見えて、リタに見えない。今の僕と彼女の違いは、ベテランかどうかと、増設脳を壊されたどうかだ。となれば原因はおのずと見えてくる。


「リタ! 増設脳をシャットダウンしろ! 奴に乗っ取られてる!」


「乗っ取るっていったいどうやって?」


「んなことは後で考えるんだ! 早く接続を切れ! お前は今幻を見てる!」


 そう、幻。今朝の着信音みたいな。あるいはこの世界みたいな。リタは言われた通りに増設脳をオフラインにし、ドアから外に飛び出す。僕は何とかふらつきながらも立ち上がり、壁伝いにドアから家を出て、そこら辺に転がっていたご婦人を担いで車のトランクに入れる。僕の車には後部座席がないので、少々手荒い歓迎だが致し方ない。


 僕はボンネットを開けて車の魔導機関を調べる。異常はない。この車は僕たちの魔導通信とは繋がっていないからか。さすがに近くの魔導機械すべてに異常を発生させる能力ではないようだ。やはり審問会のネットワークにつながっている機器にしか影響が出ないのか。リタが銃を外したのもその影響だろう。審問会が採用している魔導銃の銃身は自動的に上下左右に十度ずつ傾いて敵にエイムする機能が付いている。それが不具合を生じたのであんな至近距離で外したのだろう。となるとやはり、本部を通じて審問会全般の魔導機器に不具合が伝播する可能性がある。そんなことを考えていると背後から、リタがトボトボと歩いてくる。森の方向からだ。手ぶらだった。


「逃がしたのか?」


「いえ、生きてはいないと思いますが…。魔導銃のホーミング機能の不具合か、弾が狙った方向とは全く別のところに発射されるんです。機能にリミッターをつけて何とか一発当てたのですが、森の中の滝つぼにそのまま落ちてしまいました。かなり急な流れなので確認できません」


「やはり銃に不具合があったか。となると、審問会のネットワークにつながる僕らの魔導機器はしばらく信用しないほうがいいな。恐らく僕が記憶にアクセスするためにデバイスのケーブルを増設脳に差したとき、逆に僕の増設脳の記憶領野に侵入したのだろう。そして魔導通信の周波数とネットワークのパスコードを入手し、奴は自由に審問会の魔導機器にアクセスできるようになった。そんな芸当が可能とはな。今度からは双方向に通信が可能なケーブルではなく、一方通行のケーブルにした方がいい。通信する際はもう一本ケーブルがいるがな」


「しかし不思議なのは、なぜ私の増設脳をヴィルヘルムさんのように破壊しなかったかです。単にできなかったのか、他に理由があるのか」


「ケーブルにつながっていないと、回路を焼き切るほど強力な出力はできないんじゃないか? 分からないが運がよかったな。それに初任務にしてはよく働いてくれた。上にも印象の良い報告書を出してやる」


「光栄です」


 何か腑に落ちない様子のリタだったが、そんなことを考えても無駄だと思ったのか、僕よりも先に助手席に滑り込む。僕も痛む後頭部を抑えながら、運転席に入る。エンジンをかけ、車を起動する。無造作に内ポケットから端末を出し、ケーブルを車に差す。今は増設脳がないので魔導通信は使えず、車に備え付けられたアンテナで電波による無線通信をする。


「パラディンA-1からプロフェット4へ。転生被疑者の記憶アクセス作業中に、増設脳に異常が発生し、損傷した。パラディンA-2にも幻覚症状。おそらく魔導機械に何らかの不具合を発生させる能力者だろう。そしてそれは審問会の双方向同時魔導通信で各所に伝播する可能性がある。直ちに全部門をオフラインにして独立させた方がいい」


 僕はマイクに吹き込む。パラディンとは僕たち聖騎士のこと。A-1は僕の番号で、A-2はリタの番号だ。プロフェットは預言者のこと。この場合、預言者は個人ではなく集団の名前だ。彼らは高度な魔導コンピュータによって審問会を指揮する司令塔で、今日僕のことを呼び出したエミーリアも、主席預言者と呼ばれるいわゆるお偉いさん。4はこのブロックを担当する預言者の識別番号だ。ちなみに予言者の上には、アポストルと呼ばれるトップがいる。厳密にいえばそのさらに上に法王がいるのだが、その座は今や傀儡となって久しい。実質的に組織を運営しているのはアポストルだ。


しばらくしてするとスピーカーから返答がある。男の声だった。


『こちらプロフェット4。こちらからはそのような異常は認められないが、念のため一時的に通信を閉鎖して調査する。これより12時間は、無線によって通信する事。以上』


僕は無線を切り、一息つく。そして思い起こされるのは、今日、ほんとは任務のはずだったルイユのことだ。あの野郎ふざけるなよ。僕は奴に何をおごらせようかと考えながら、アクセルを踏み込む。加速が心地よかった。

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チーターイーター ~異世界からのチート転生者をひたすら殺すだけの簡単なお仕事です~ 夛田 博人 @Tada_Hi_roto

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