1話 転生者と審問官


 僕は魔導車を走らせていた。しかし、道路は人間や馬車などで溢れかえっていて、未来から飛んできたかのような恰好の僕の愛車は思ったよりもスピードは出なかった。この時代、未だに車は高級品で、馬車や徒歩、せいぜい汽車が主な交通手段だ。転生者達がもたらした技術革新によって様々な道具が現れたが、未だにそれを十分に運用できているのは国や教会、資金力のある会社だけで、庶民は昔ながらの生活を送っている。結果として転生者たちは、都心から外側に歩いていけば、自分がタイムスリップしているのではないかと思うほど歪な社会構造を作り上げた。技術革新のスピードは速すぎ、様々な社会的ギャップを生み出したのだ。


「…本当に殺さなきゃいけないんでしょうか」


 助手席のリタが呟く。僕は大げさにため息をつき、胸ポケットから葉巻を取り出す。


「転生者を殺さなければならない理由は聖書に明記してある。言ってみろ」


「転生者は、通常の理を超越した存在である。これは悪魔による作為的な理の超越によって送られてきた破滅の尖兵である。理は神が定めた絶対不可侵な領域であり、これを不必要に侵し、理の不整合を招けば、神が創造した楽園世界は崩壊する。転生者は、すなわち魔王である。正直これ、言いがかりですよね? あんまり納得できないんですよ」


 葉巻を咥え、先端を魔導銃で着火する。魔導銃は、記憶させた魔法を発現させる銃だ。グリップの横にあるスイッチでモードを切り替えられる。麻酔弾、対人弾、対人散弾に対物弾を選択できる。僕の魔導銃は少し特殊で、対人散弾の代わりに小さな火の玉をインストールしている。対人散弾は流れ弾の被害がひどいので正直使いどころがないが、それに比べてこの小さな火の玉は意外とこれは便利だ。サバイバルにも重宝する。


「異世界転生者ってのは別の宇宙からやってきてる。なんらかの現象によって、その記憶を引き継いで、もしくはその体のまま、宇宙の膜を突き抜けてこちら側へやってくる。それも不思議なことに、俺らとそっくりな見た目や価値観を備えた奴らがな。だけど考えてみろ、破滅主義者的な思考を持った転生者が出てきたらどうする? そのアホみたいに強力な能力も相まって、手が付けられるような相手じゃなくなるんだ。良い奴ばっかが出てくると思わないほうがいい。疑わしきは罰せよ。たとえ無実でも、疑わしいことは罪だ。そうだろ?」


「でも、多くの人はいい人なはずですよ!? 現にこうして技術も進歩したんです! そんなに破滅主義者が多かったなら、こんなに発展しなかったはずです! 第一、そんな一部の悪行を取り上げて無実の転生者を殺すなんて…!」


「問題は、1か0かだ。たとえどんなに分母が多くても、分子が0でない限りは可能性がある。100人転生して、たとえ1人でもそういった傾向を持った奴が出てきたなら、多くの人が死ぬ。そしてそれを判別する手段がないなら、その100人を根こそぎ殺すしかないんだ。ローテクだとは思うがな」


 話しているうちに人ごみを突破したので、僕は一気にアクセルを踏み込む。


「でも…!」


 加速を感じながら、リタは反論しようとしていた。


「アリルジアの巨人事件は知ってるか?」


 リタは無言で首を振る。


「一人の転生者が大量の大型戦闘人形を生み出し、商業都市アリルジアに破壊の限りを尽くしたんだ。5万人が死んだ。他にもあるぞ、鉄槌のジール事件とか、転移門戦争とかな。意外と出てくるんだよ、この世をあそび場としか考えてないアホがな。こいつらみたいなハズレが生まれる確立は、一年で全世界に生まれてくる転生者1000人のうち、10人居るか居ないかくらいと言われてるが、確かなデータはない。どちらにせよ、転生者による死者は、転生者が生まれてくる数よりも多いんだ」


「じゃあ…、しょうがないんですかね…」


「まあ、そうでなくても、速すぎる技術革新は混乱を招くだけだ。まだ充分な社会体制が築けていないというのに、そんなに技術だけが進んでも受け入れられるわけないんだ。工業なんてわかりやすく悲惨だぞ。急激に効率化が進んで多くの廃業者が出た。機織り機や、蒸気機関なんかのせいでね。徐々にそういったものが普及すればどうにでもなるんだろうが、広がるのが速すぎた。転生者が安価で売り出しすぎたんだ」


 僕は葉巻を咥えながら、唐突にブレーキを強く踏む。近くの傾いた標識を見てみると、三番街と禿げた塗装がしてある。


「さあ、仕事だ」


 僕はドアを開けて、都心の石畳とは違う、前世紀的な轍を踏みつけた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る