チーターイーター ~異世界からのチート転生者をひたすら殺すだけの簡単なお仕事です~
夛田 博人
0話 休日返上
魔導端末の着信音で目を覚ました。窓から差し込む光に顔を背け、ベッドから起き上がる。相も変わらず着信音はなっており、大音量で頭の中で乱反射する。端末はベッドの横の丸机の上で光っており、その隣に微量のワインを残した瓶が立っていた。
音といっても、厳密には端末から音は鳴っていない。後頭部の内側、増設された人工的な脳からの電気信号を天然の脳が音として認識しているだけ、つまり幻だ。
際限なく響き渡る甲高い着信音に耳を塞ぐ。塞いでも内側から鳴り響くその音を防ぐことなんてできないが、強く「応答」と思考すると、その着信音はまるで幻だったかのようにふっと消える。実際、それは幻だが。その代わり、今度は脳内に女性の声が響く。
「やあ、ヴィル。今日も元気してるか? 楽しい休日勤めの時間だぞ」
「電話違いですよ、エミーリア主席預言者。今日の担当はルイユでしょう?」
「すまないな。ルイユが一方的に頭痛を訴えてから小一時間、音信不通なんだ。非常時に備えてだれかしら待機しなければいけないし、しょうがなくヒマを持て余してそうなお前を臨時的に休日返上担当とする」
「あいつ、どうせ二日酔いでしょ? 前にもあった。たまには厳しく処分してくださいよ、何ならクビにしてもいい」
通信の向こう側から深々とため息が聞こえる。僕は簡単に上司が頭を抱えている様子を空想する。中間管理職は大変だなぁなんて考えながら、端末の隣に置いてあった昨日の残りのワインを手に取って飲み干す。
「そうもいかないのは分かってるだろ? お前ら審問官の育成と任務最適化施術の費用を考えてみろ。諸々含めて戦艦一隻に相当するんだ」
対抗するように相手に聞こえる大きさでため息をついて見せ、しょうがなく重い腰を上げた。ワイン瓶を机に乱暴に置き、両手を伸ばして窓越しの太陽を背中に浴びる。
「埋め合わせはしてもらいますから」
「すまん」
そう言って通信は途絶えた。僕はさっさと着替えて端末をポッケに突っ込んみ、魔導銃をホルスターに差して家を出た。パリッとした都市の空気が肌を刺した。
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ドアを開けると、普段通り数人が机に向かって適当に時間を潰していた。チェスをやったり、ポーカーをしたりだ。いやしくも教会の事務所とは思えないありさまだった。僕はため息交じりに自分の机に進む。
「あ! ヴィルヘルムさん! 今日は非番では?」
そのうちの元気な奴が一人、僕のことに気が付き、そんなことを言いながらお辞儀をする。それにつられて他の奴らもぺこりと頭を軽く下げる。彼らは従者と呼ばれる人間で、審問官のバックアップが主な仕事だ。パシリともいう。
「ルイユの奴がバックレやがった。なぁに、今度会ったら破産するまでおごってもらうさ。で、何か報告は?」
「商店街にて、『教会を信じるな』と大声で吹聴した男が憲兵の拘束を振り払って逃走中。あと三番街に転生の疑いのある少女がいるとの情報がありました」
「完全にその吹聴男は僕らの管轄外かな。ジーク枢機卿の例のスキャンダルの影響だろ、憲兵に任せよう。問題はその少女だ、誰か一緒に来てくれ」
そういってパシリを募集したが、一向に誰も手を上げない。無理もない、場合によっては少女を殺さなければならないのだから。そんな胸糞悪い仕事を誰が受けるものか。沈黙がしばらく流れたのち、一人が思い出したかのように声を上げる。
「そうだ、新入りの審問官がさっき来ましたよ。なんでもルイユさんが教育指導係だったらしいんですけど、ルイユさんいないんでそれもヴィルヘルムさんの担当ですね。一緒に行かれては?」
そういって従者が指をさす。すると、まじめにマニュアルを読んでいる若い女が背筋を伸ばして座っていた。こっちの話なんてまるで聞いていないようだ。
「まじかよ、めんどくせぇ」
ヴィルは歩いて女の背後に移動する。しかし一向にルーカスの気配に気が付く様子はなく、黙々とページをめくり続ける。増設された人工脳によって思考が加速しているらしく、一秒に5ページほどめくっていた彼女は、肩をたたかれてようやくヴィルの存在に気が付いた。
「ひゃい!」
「マニュアルは増設脳にインストールしてあるのに、わざわざ紙媒体で読み返すやつは初めて見たよ」
「なんだか頭に入った気がしなくて…。ルイユさんですか…? 初めまして、この度、聖騎士隊に配属されたリタ・クラネルトです。まだ右も左もわかっていませんが、ご指導のほどよろしく…」
「いや、ルイユは今頃どっかで酒と女を漁ってるさ。僕はヴィルヘルム。ヴィルヘルム・カイン・シュタウフェンベルク。長いからヴィルでいいよ」
相手のあいさつにかぶり気味になったが、そもそも僕としてはこんな不条理な出勤自体腑に落ちない。態度に少々出るのは致し方ないだろう。
「そういうわけにもいきません、ヴィルヘルムさんですね? よろしくお願いします」
「ああ、よろしく。さっそくで悪いが、任務がある。三番街で少女に転生者の疑いがかけられてる。無実ならすぐに救わなければいけないし、もし本当に転生者なら断罪する必要がある。分かったらさっさと用意しろ」
「い、いきなりですか…」
「まあ気が乗らないのは分かるよ。だけどそのための任務最適化施術だ。なれるしかないんだよ」
任務最適化施術は、文字通り任務に最適な精神状態や肉体を人為的に獲得する施術のことだ。審問官は一部の例外を除き、この任務最適化施術を受ける。これによって体の半分以上が人工的な物に入れ替わるが、現状それほど不便はない。
「早く用意しろ。審問官は忙しいぞ」
「はい…」
なんとも頼りない返事だったが、愚痴っても始まらない。僕も自覚こそなかったが、最初はこんな感じだったのかもしれない。ともかく、部下を育てるのが上司の仕事だろう。リタは思ったよりも早く用意を済ませた。僕は駐車場に止めておいた車にリタを案内し、助手席に座らせる。なんでも彼女は人生初の魔導車らしい。それを聞いて僕は、少し荒っぽい運転をしてやろうと心に決めたのだった。
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