第15話
あっという間に北海道での数日間は終わった。
帰りの飛行機を待つ間、これでもかというくらいに、土産物屋を見て回る。それにしても、チョコレートのお土産が多い。特にカカオの生産地というわけでもないだろうに、気温が低いから溶けにくいということなのだろうか。チョコレートはそれほど好きなわけではないけれども、何の気なしに試食してみたところ、ふとあの店で飲んだココアを思い出した。
そういえば、あの子、はじめ君はチョコレートが好きなのだろうか。これを買って持っていってやろうか? 同級生に、「おい、もう時間だぞ」と言われたので、慌ててレジへ向かった。
買ってしまったからには、一応渡さないといけない。修学旅行の振替休日に、ようやくあの店へと出かけた。道順を覚えているか不安だったが、バス乗り場の番号を思い出すと、記憶が次々と蘇った。
例の停留所でバスを降りる。しかし、そこには建物はあるものの、看板がない。玄関前の落ち葉は掃かれておらず、カーテンも閉められていて、人の出入りがあるようには見えない。
うろうろしていて不審に思われたのか、
「どうかしましたか?」
と近くで掃除をしていたおばさんが声をかけてきた。
「あの、すみません、ここに喫茶店があったはずなんですが…」
「ああ、あの店なら、ちょっと前にたたんじゃったよ」
頭がそのことを理解するより先に、心臓がばくばくいうのが感じられる。
「旦那さんが亡くなられてね、奥さんとあの子とで、どっか行っちゃったよ」
言葉を失って、文字通り口をぱくぱくさせる。なかなか声が出てこない。
「…どこへ、行ったんでしょう?」
「さあ、そんなことは知らないわ」
「旦那さんは、何で亡くなられたんですか?」
「さあ、なんかの病気だったらしいけど」
ふと、「兄貴が学校を休ませてくれなかった」という言葉を思い出す。僕が黙ったままでいると、おばさんは、
「まだ若いのに勤めに出ないで喫茶店やってたのは、会社へ行けるほど健康じゃなかったんじゃないかって噂もあったのよね」
と言った。僕が「知らなかった」という表情を浮かべると、噂話に歯止めが利かなくなってきたのか、
「これから奥さん、一人でよその子を育てるんだから、大変よね」
ためらう様子を見せながらも、話がエスカレートしていく。
「あの子は…、あの夫婦の子じゃないんですか?」
僕も、訊いてはいけない、と思いながらも訊いてしまっている。
「実はそうみたいなのよ。だって、あの奥さん、妊娠もしてなかったのに、ある日突然子供が現れたんだもの。初めは預かってるのかなって思ったけど、息子ですって言うから、みんな気を使ってそれ以上何も訊かなかったのよ」
マスターが「お前やっぱ才能あるんだな」と言っていたのを思い出す。あの時は単なる親ばかとしか思っていなかったけれども…、そうだろうか、僕は本当は気づいていたんじゃないだろうか。あの人なら「俺の子なんだから当然だ」という言い方をしそうなのにな、と思っていたのではないだろうか。
「事情があって別れて暮らしていたのを、少し時間が経ってから引き取ったとか?」
「そういうこともあるかもしれないけれども、でもあの子、ご夫婦のどちらにも全然似てなかったじゃない?」
返す言葉はなかった。
「奥さんはまだ若そうだし、子供がいなければ再婚もしやすいだろうに。大変よね。あの子も愛想のない子で、何年かここにいたのに、出ていくときに初めて声きいたくらいだったわよ」
「ちょっと待って下さい、ここを去る時、あの子はしゃべったんですか?」
おばさんは僕の真剣な様子を見て、軽く微笑んだ。
「そんなに驚かなくてもいいじゃないの、あんたの前でも全然しゃべらなかったのね。人見知りする性質だったのね、きっと。よく覚えてないけど、案外普通に『お世話になりました』って言ってたわよ」
おばさんは噂話ができて気が晴れた様子で、来たときよりも、少しうきうきした様子で去っていった。
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