40. お話の終わりに
何があったかというと、"なんでもあった"というのが正しいか。簡単に説明すれば、
「俺に力がないのはわかってる。でも、それでも――俺には今しかないんだ!今できないでこれからなんにもできやしない!だから、だから!!力を寄越せええええええええ!!!!」
「魔剣――改め、
「これが俺の力じゃないことはわかってる。ただ今は、借り物の力でもなんでも使うだけだ。俺が勇者になるためにはそれしかないって知ってるから」
「――
「俺は物語に出てくる勇者になんかなれない。でも、たった一人の女の子を助けられる勇者ではありたいと思う――おまたせ、ミシェル」
という形で、要は極限に力を求めた人に対して剣が力を貸したということになる。
得てして魔剣や聖剣というものは意識を持つものが多い。それが明確か曖昧かはさておき、望の魔剣もそういう類だったわけだ。
結局のところ、俺とラミィが大きな何かをしたことはない。ただ四天王っぽい輩をサクッとグッバイして、望の道を開けただけ。これくらいなんてことない。
敵対組織のボスは望が倒しておしまいだ。ボスどころか建物まるごと全部消し飛んだのは予想外だったが、魔法の絡む出来事ならそれくらいあってもおかしくないだろう。それに、どうやらあそこは支部だったらしいからな。
思ったよりも組織としては大きいようで、他にも支部がありつつ当然のように本部もあるとか。ぺらぺら喋っている途中で四天王的なやつを一蹴してしまったのは間違いだったかもしれない。もう少しお喋りさせておけばと少し後悔した。
それから俺とラミィは――。
「ラミィ、膝痛くならないのか?」
「ふふ、いいえ、大丈夫ですよ」
「そうか…」
太陽眩しい空の下、穏やかな風が吹く場所で横になる。頭の下は恋人の柔らかな太もも。暖かな日差しとちょっとした人の話し声が遠くに聞こえる。
ここは公園だった。広々とした芝生があり、季節によって色を変える多種の木々に囲まれている公園。平日の昼、そこまで人の多くない公園の一角で、シートを敷いて横になっていた。主に俺が。ラミィは膝枕をしてくれている。
薄っすら目を開ければ、ニコニコと笑みを浮かべた恋人の顔が目に映る。背景に青空と、なんとも平和な景色だ。
「そんなに楽しいか?」
「ええ、とっても」
「そうか…」
「盛護さんは楽しくないですか?」
問われて、少し考えてみる。
即答してもよかったが、なんとなく考えたい気分だった。
色々と、あったと思う。こことは違う世界、異世界ではたくさんのことがあった。出会いも別れも、数え切れないほどの嫌なことに些細な幸福。"生きていられた"ことを嬉しく思い安堵する自分がいて、その代わりに奪った多くのの命に気分が悪くなって、それを誤魔化そうと試行錯誤して。怒涛の勢いで過ぎていった日々だった。
そんな長いような短いような時間を過ごし、共に生き延びた彼女――ラミシィスと地球に帰ってきた。俺の故郷、日本に帰ってきて、家族に会って。これからは平和な日々が続くのかと思ったらまた事件があって。
地球に魔法があり、勇者や魔王がいて、謎の力や超能力もあって、漫画や小説の中にしかないと思っていた秘密結社やら悪の組織がいて。まさか魔法少女が実在するなんて思ってもみなかった。
その辺りが全部解決したわけでもないが、いったんの終息はした。だからこそこんな風にのんびりとしていられるわけだし。
こっちの世界に帰ってきて気楽な生活になると思ったが、そうはいかなかった。それは楽しいとか楽しくないかとかの区分に分けられるものじゃない。ただ。ただまあ。
「――楽しいよ。ラミィと一緒だから」
俺の言葉を聞いてニコニコとした笑顔がさらに深くなる。満面の笑みが視線の先に広がった。
「―――」
風が吹き、ラミィの言葉がさらわれる。
だけれど、俺には聞こえていた。彼女の言葉に、ふっと軽く笑みをこぼす。
「あぁ、俺も君といられて幸せだ」
幸福とは、まさにこのことを言うのだろう。
世界を越えてついてきてくれた彼女と、ラミシィスと一緒にいる。それは二つの世界を跨いだ俺たちにしかわからない感覚だと思う。この気持ちは、この幸福感は、きっとこの世で得られる幸福の中で最も大きなものだ。
この先どうなるのかなんて、以前にも増してまったく見当もつかなくなってしまった。だが、まあなんだ。
「君となら大丈夫だろうな」
「ん?何がですか?」
「ふ、いや、なんでも」
不思議そうな顔で俺を見てくる恋人に笑いかけて、目を閉じる。
風に流されて届いた花の香りが鼻孔をくすぐる。どこまでも心地よく、温かな日常の匂いだ。
「もうなんですかー。膝揺らしますよ?」
「ぬぐ、い、言い終える前に揺らさないでくれ」
「うふふ、はいはーい」
ぐらぐらと揺れる視界の中、ずいぶんと楽しそうに笑うラミシィスが見えた。
いつまでも揺れていると頭がくらくらしてしまいそうではあるが、ラミィが嬉しそうだからいいかと、そんなことを思う。
俺の、いや――俺とラミィの物語は一度終わった。エストリアルという世界で必死に走り抜けた時間がすべてだ。それだけで十分、小説にしたら何巻になるかわからないくらいのものがあるだろう。
今の時間はそう、言うなれば後日談。エンディングも終わり、エピローグも過ぎ去り、映画やゲームならスタッフロールまで終わったあと。
お話が終わっても、物語はまだ続く。俺とラミィだってまだ生きている。人生そのものは続いていく。日本がただのなんでもない平和な世界じゃないこともわかったから、まだまだ起伏はあるだろう。下手したら起承転結のある物語がまた出来上がるかもしれない。だが、それは俺たちが主人公じゃない物語だ。望やミシェル、他たくさんの人がいて、それぞれが物語を紡いでいく。俺とラミィは、きっとちょっとした脇役や謎の登場人物として動いていくことになる。
だからまあ、そう小難しく考える必要はない。なにせ俺もラミィも一度は世界を救った身だ。そう簡単にやられやしない。というか、そんな強いやつがいたら地球はおしまいだろうよ。
「よ、っと」
「あら、どうかしました?もういいんですか?」
「おう、まあな。それよりラミィ」
立ち上がり、ラミシィスの名前を呼んで手を差し出す。
「俺と一緒にお姫様抱っこで散歩でもしよう」
「はい!!喜んで!!!」
ぱっと素早く飛び込んでくる恋人を抱き留め、そのままお姫様のように背と膝裏に腕を通して抱き上げる。
太陽は眩しく、雲一つない青空がどこまでも広がっている。穏やかな風に草花が揺れて木々の葉が優しく音を奏でた。
今日のような日常を過ごしていくだけのお話が、これからは続いていく。たまに波はあれど、きっと大きく変わることはないだろう幸せな日々。後日談らしい、のんべんだらりとした時間だ。
腕の中の恋人に視線を落とし、太陽に負けないくらい眩しい笑顔に頬を緩める。
散歩中に向けられるだろう周囲の視線に対しラミシィスがぶんぶんと手を振っているのを想像し、それはさぞ楽しいだろうなと小さく笑った。
柔らかな日差しを背に受け、ゆっくりと足を踏み出す。なんてことのない、だけど幸福に満ちた日常の中の一歩だ。
ラミシィスと過ごす平穏な時間に胸の中が温かさでいっぱいになっていくのを感じながら、俺たち二人は"お姫様抱っこ散歩"とかいう大抵の人が羞恥に身を染めるであろうデートに勤しむのであった。
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