38. やはり魔法バトルは起きない

 謎組織グレーの構成員三人と相対するラミシィス。

 水花町みずはなちょうにある噴水広場が有名な水花公園にて、ラミシィスと盛護は昨晩見た魔法少女の一人、羽原うはら晶絵あきえと話をしていた。盛護が席を外したところで、状況を読んだかのようにラミシィスと晶絵が座るベンチの前方にグレーが三人が現れたのであった。


「外れ、とはどういった意味でしょうか?」


 ベンチに座ったまま、ラミシィスはリーダーと思われる老婆に話しかける。既に認識阻害結界は張られ、人の気配はなくなっていた。結界を張るということは、それなりに派手な魔法も使うのかもしれないと、ラミシィスは思う。


「ひひひ、そりゃお前さんだよ。魔力もないようだし、こりゃあっちが正解だったみたいだねぇ」

「んー、そうですか。どうして私のところへ?」

「ひっひ、ナイフ泥棒が魔法使い二人組だっていうのはわかっていたからねぇ。お前さんともう一人の男、どちらにもあたしらが行ってるのさ」


 ふーん、とだけ返して考える。この老婆、どうやら抑えた魔力の読み通しまではできないようだ。まあ私レベルの魔法使いが隠しているんだから――そこまで考えて、また傲慢になっていると反省。

 ラミシィスからすればどうとでもなるグレーの三人組ではあるが、どうせなら少し話を聞いておきたいとも思う。ナイフに位置を特定されるような魔法はかかっていなかったし、魔法の痕跡を隠すようにはしておいたので見つかるとは思っていなかった。もしかしたら私の知らない技術があるのかもしれない。そう思って口を開く。


「わかりました。でもよく私たちがナイフを盗っていったってわかりましたね?魔法の痕跡はしっかり隠したつもりだったんですけど」

「ああ、確かに魔法じゃ見つけれなかったね。どうやって見つけたは言わないけどねぇ」


 話をしながらも、老婆はゆっくりと魔法を編み上げていく。いくら目の前の女から感じる魔力が弱いとはいえ、相手は魔法使い。詠唱をするような油断はできない。それに、この女からはおかしな雰囲気を感じるのだ。自分の勘が言っている。絶対に意識をそらすわけにはいかない。


「うーん」


 老婆が魔法を使おうとしているのはわかった。体内魔力が練り上げられ、すぐにでも体外魔力と結合して魔法へと昇華することだろう。魔力の感じからして、おそらく衝撃波か何か。どうしてゆっくり魔法の行使をしているのか知らないが、無防備に受ければそこそこ痛いだろう。実際のところ既に防御魔法を使っているので意味はないが、ラミシィスはどうしようか悩む。

 どうもこちらを見つけた方法を教えるつもりはないようだし、広範囲の魔法で晶絵に影響が行っても困る。


「えい」


 というわけで、軽く倒してしまうことにした。

 軽い声とは裏腹に、魔法の効果は絶大だ。ラミシィスの前にいた老婆を除く男二人は意識を失って地面に倒れる。

 ラミシィスが使ったのは便利な睡眠魔法。相手を気絶させるときはよく使う。相手にもよるが、今くらいの敵なら目覚まし魔法でも使わないと数時間は眠ったままになる優れものだ。

 そして、一人眠りから逃れることができた老婆は冷や汗を流していた。


「あら、まだ元気みたいですね」


 自分の直感は正しかった。この女はおかしい。弱い魔法使いなんかじゃない。魔力の起こりさえわからなかった。ただ指を振っただけ。一瞬だ、その一瞬で落とされた。


「ま、まち――」

「えい」


 練っていた魔力も散らされ、意味がわからないまま意識を失う。

 倒れ伏す三人組を眺めたと同時に、盛護から思念魔法が届く。少し話をした後、隣に座る晶絵へと声をかけた。


「晶絵ちゃん。私ちょっと行ってきますね」

「ええ!?ちょ、ちょっと待っ…あぁ、行っちゃったよ」


 いきなりいなくなったラミシィスと、目の前で眠りこける三人組。三人組が現れたことに頭が追い付いていなかったというのに、展開が早すぎて困る。おそらく、というか絶対目の前の三人は魔法使いで、しかも結構強そうな雰囲気を出していた。なのに、それを指一振りで眠らせたラミシィスはいったいどういうことなのか。


「うー、どうすればいいのかな、これ…」


 一人呟くも、返事はない。

 結局、ラミシィスが戻ってくるまで晶絵は一人でベンチに座っていることとなった。



 ◇



 噴水広場に戻れば、ベンチに座ったラミィと羽原さんの前に三人のローブ共が横たわっていた。先ほど感じた魔力はこいつらが原因なのだろう。ローブの色が灰色であることから、この三人もグレーだと思われる。

 俺を襲ってきた三人と言い、スリーマンセルで行動しないといけない理由でもあるのだろうか。


「ラミィ、羽原さん。無事だったか」

「うふふ、私がいるんですよ?晶絵ちゃんには指一本触れさせません」

「はい、ラミシィスさんがすぐにぷいっとやって倒しちゃいました。よくわかんない間に終わったので、私はなんともないです」

「それはよかった」


 事実現状に追いついていないような難しい顔をしている。魔法少女をやっているとはいえ、中身は未だ十五歳の子供。突然の魔法バトルは意味がわからないのだろう。

 その気持ちわかる。俺も意味わからないから。いや意味はわかるのだが、朝から忙しくて頭が疲れた。何も考えずに眠りたい。


「俺が眠らせた三人はどうする?こっちに連れてくるか?」

「え!山川さんも襲われたんですか!?」

「まあな。ラミィの方見てたならわかるだろう?俺の方もそんな感じで終わったよ」

「あぁ、そうなんですね…」


 納得と呆れの混じった表情を見せる。

 俺たち魔法使いの異常さはさておき、今後の話をしなければ。


「一応連れてきますか。盛護さん、手を」

「おう、頼む――」

「はいっ」

「――相変わらず早いなぁ」


 ほんの一秒足らず。ラミィのの手に手を重ねた途端、俺の使用した魔法の痕跡をたどってグレーの男三人が噴水広場に現れた。既に並べられた三人と合わせて、これで六人のローブが地面に並べられたことになる。

 揃いも揃ってぐうすか眠っている。幸せそうで何よりだ。


「えっと、もう驚かないんですけど、この人たちどうするんですか?」

「どうしようか」

「すぐにお家へ帰してあげてもいいんですけど、また来られても困りますし…。あ、盛護さん、この人たちのナイフ返してあげましょう」

「そうだな」


 寝ている男の胸元にナイフを入れてあげた。これでこいつらも安心だろう。


「あとは、俺たちのことだけ忘れて帰ってもらうか?このままここにいるのもなんだしな。羽原さんはそろそろ帰った方がいいだろう?こっちとのかかわりがばれたら危ないし、これ以上巻き込むのも悪い」

「そうですね。できればネルちゃんと薫ちゃんにも色々お話はしておきたいところですけど、晶絵ちゃん含め三人を危険な目にあわせることはできませんから」


 二人で頷き、ラミィは眠りこけるグレーの人員に魔法をかけていく。記憶の操作なので、少し真面目に魔法を使っている。その間、俺は羽原さんと話をする。


「羽原さん、君は家に帰ってゆっくりしてくれ。ラミィから護身用の魔法石をもらったなら大丈夫だ。今日は朝から悪かった。話を聞けてよかったよ。ありがとう」

「い、いえ。私の方こそ魔法のお話が聞けてよかったです。ありがとうございました」


 笑顔でお礼を言ってくれる彼女は、本当に年相応の優しい女の子なのだろう。純朴な雰囲気にこちらまで優しい気持ちになる。

 ラミィが魔法をかけ終え、こちらに戻ってきたタイミングで羽原さんが立ち上がる。


「えっと、山川さんもラミシィスさんも、魔法使い頑張ってください。私もジュエリアとして頑張るので、応援してます!」


 俺たち二人に向けて、そんなことを言って小さく頭を下げた。照れくさそう笑みが眩しい。


「はは、羽原さんこそ頑張ってくれよ。世界平和、守ってくれな」

「ふふ、お互い頑張りましょう。種類は違えど魔法は魔法です。晶絵ちゃん、優しい魔法少女になってくださいね」

「はい!!山川さん、ラミシィスさん。それじゃあ失礼します!また今度お話しましょうね!」


 元気よく手を振って歩いていく彼女とは、もう会うことがないのかもしれない。

 俺たちとは生きる世界が違うのだ。同じ魔法でも、彼女は表の、俺たちは裏の。彼女にとって、俺たちとの出会いはちょっとした非日常の一端。不思議な魔法使いとの不思議な出会い。

 もしもまた会うことがあるなら、それはきっと彼女が諦めてしまったときだ。希望の魔法少女として、絶望に押しつぶされてしまったとき。でも、そうはならないと思う。これは確信だ。彼女は諦めない。だからこそ"希望"に選ばれたのだろう。


「ま、いいか。ラミィ、俺たちも――」


 羽原さんが歩き去った方向から目を戻し、隣に声をかけようとしたらこれだ。再びの魔力反応。ついさっき感じたばかりの移動魔法の気配。空間が歪んで、人がワープしてくる。


「山川さん!ラミシィスさん!助けてください!!」

「――そう来たか」


 現れたのは勇者の少年、福谷ふくやのぞむ。必死の形相で、俺たちの名前を呼んだ。

 どうやら、まだまだ惰眠を貪ることはできないようだ。

 地面ですやすや眠る六人を恨めし気に眺め、すぐに目の前のボロボロになった少年へ声をかけることにした。

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