37. 魔法バトルなんて起きない!
『ラミィ!聞こえるか!?ラミィ!!』
『はーい、聞こえますよー。なんですか?どうかしました?』
『物凄い事実が発覚した』
『え、教えてください』
『昨日のグレーの男がいただろう?あいつが持っていたナイフを覚えてるか?』
『はい。強化魔法のかかったナイフでしたよね』
『そうだ。あのナイフ、なんと――』
いきなり現れた組織グレーの構成員と思われる男から聞かされた話。超展開に興奮してラミィに思念魔法を使ってしまった。だがこれは驚きなのだ。それだけFBIだとかCAIだとかスパイ的なあれはすごいことなのだ。映画だ映画。俺は今、映画を体験している。
『――発信機がついていたんだ!』
『……ん?』
反応が鈍い。顔を見ていないのに、ラミィが訝しんでいるのが伝わってくる。
なぜだろうか、俺と彼女との間に温度差がある。
『ええと、発信機ってあれですよね。遠くにあってもわかりますよってやつ』
『そうだぞ』
『それなら私の国にもありましたし、エステラ探せばそこら中にありましたよね?』
『そうだな』
『じゃあどうして興奮しているんですか?』
『ラミィ、科学の発信機はな。映画でよく出てきていたんだよ。スパイ映画で使われる定番アイテムだったんだ』
『…盛護さん』
恋人の言葉に気持ちが落ち着いていく。熱が冷めていく。
『あなたはもう、映画の中にいるようなものじゃないですか』
『…まあ、そうだったな』
言われてみればそうだった。確かに十年前は赤外線眼鏡や超小型発信機、高出力レーザーブレードといったかっこいい道具に憧れていた。しかし、それも今は昔。魔法使いとなった俺は、既にファンタジーの住人だ。
悲しいことだが、俺はもう何かに憧れる時期を過ぎてしまったのだ。
『悪い、鬱陶しかっただろ。ごめんな』
いきなり頭の中で騒がしくして面倒だっただろう。馬鹿なことをしたものだ。いい年してはしゃいで、普段冷静な分、鬱陶しさも倍増していたはず。ラミィには申し訳ないことをした。
『ふふ、盛護さんはおばかさんですね。全然気にしてなんかいませんよ』
『だが』
「っと」
「うおっ」
ふわりと、いきなり俺の目の前にラミィが現れた。空間の揺らめきも魔力も感じさせない完璧な移動魔法だった。
靴一つ分程度の高さから地面に降り立つと、綺麗なダークブラウンの髪が小さく揺れた。
ちなみに、先ほど登場したグレーの三人組には眠ってもらった。一瞬抵抗してきたので、軽く殴って再度誘眠魔法をかけた。今は仲良く公園の茂みで横になっている。
「まったく、本当に盛護さんは」
「な、なんだよ」
こちらの出来事を何一つ気にしないあたり、グレーが現れたことも魔法が使われたことも全部わかっていたのだろう。さすが俺の恋人だ。
そんなラミィが、今は呆れながらもどこか嬉しそうに俺を見る。急に現れたことも含めて、変に動揺してしまった。気を整えようとしていたら、彼女の表情がほんの少し暗くなる。
「…いえ、さっきは私も少し悪かったかもしれません。故郷に帰ってきてはしゃいじゃうのも無理ないですよね。ごめんなさい、今さらなこと過ぎて理解できなかったんです」
「ぐ…い、いや。いいんだ。実際今さらだからな」
「ん、でもちょっと冷たすぎました。盛護さんがしょんぼりしていると私も悲しいです」
そう言って俺の頬に手を添える。俺が沈んでいると言うが、彼女の方こそしょんぼり眉が下がってしまっている。
「私だってこちらに来てはしゃいでばかりでしたし、あなたのことに何かを言う権利はないんです。ちゃんと盛護さんのこと理解できるように頑張るので、元気出してください」
「…ラミィ」
心配そうな顔をする恋人に声をかける。
たまに、思うことがある。本当に山川盛護という男は情けない男で、ラミシィス・エステリアという女は良い女だと。
こんなくだらないことで気分を上下させる男に対して、ここまで献身的になる女がこの世に存在するのだろうか。きっといない。俺の目の前で瞳を揺らめかせる彼女以外に存在しない。少なくとも、俺は彼女以外知らない。
やはり俺の人生は、ラミシィス・エステリアを、彼女を幸せにするために在るのだ。
「俺たち、まだまだお互いに知らないことばかりだな」
彼女の手を握り、柔らかく笑顔を見せる。何年一緒にいても、わからないことはあるし、知らないことはある。環境が変わって、そしてまたお互いの知らないところが生まれる。
そういったことを、一つ一つ知っていく。それが夫婦というものなのだろう。わからないから伝えて、知らないから教えて。小さな積み重ねこそが二人の幸福へと繋がるのだ。
「はいっ、一緒に知っていきましょう」
俺の言いたいことをわかってくれたのか、ラミィはとびっきりに朗らかな笑顔を浮かべ、ぎゅっと腕に抱きついてくるのであった。
いい年した男がひどい情緒不安定っぷりを見せたあと、認識阻害結界を解除して自販機で飲み物を買った。ラミィは一足先に羽原さんの元へ戻り、俺は一人で歩く。
先ほどの醜態に羞恥心を覚えるのと同時に、グレーが現れたときから感じていた別の魔力について思い出した。
「羽原さん、大丈夫だろうか」
俺がグレーの三人組と遊んでいる間、羽原さんとラミィのいる側でも魔力と魔法の反応を感知していた。
ラミィがいるから問題ないとは思うが、つい数分前までこちらに来てしまっていたからなんとも言えない。心配だ。
◇
時間は巻き戻り、山川盛護がグレーの構成員三人に襲われた時刻。異界の姫君ラミシィス・エステリアは魔法少女との談笑に興じていた。
「晶絵ちゃん、ネルちゃんと薫ちゃんとはどこでお友達になったんですか?」
「うーん、どこって言われるとわかんないです。クロマと戦っていたらいきなり現れたんですよ。最初は薫、その後にネルって。クロマの力が街の人に影響あるのは…あれ、昨日だけだと見てないかも?」
「ええ、希望云々の話は聞きましたけど、実際に誰かが倒れていたりする光景は見ていません」
「そうですよね。えっと、昨日は夜でしたけど、クロマって結構朝でも昼でも出てくるんです。それでお昼とかはみんなばたばた倒れちゃうんです」
「あらあら、迷惑な人たちですね」
「あはは、ですよね。そんなお昼に私がえいやーってクロマジと戦っていたら、普通に薫が横で見てたんですよ。これまでクロマが現れたときに起きていられる人なんていなかったので、もうびっくりしちゃって。二度見しましたよ、私」
身振り手振りも交えて話す晶絵を見て、ラミシィスは笑顔を浮かべる。
ジュエルなんていう不思議な魔力を使っているから、魔法使いらしく頭のおかしいところもあるのかなぁなんて思っていたけれど、会って話してみれば普通の女の子で。魔法使いが持つ狂気や気の触れたところはまったくなかった。
それでこそ魔法少女です、なんてことを思う。いつの日か盛護から聞いた日本のお話。魔法に憑かれて魔法にのめり込むんじゃない、魔法を楽しみ魔法で笑顔を作る。確かにこちらの世界でも魔法を使って戦いはするのだろう。けれど、魔法そのものが、ジュエルそのものが悪いわけではない。なにせジュエルの源は人々の希望なのだから。
それに、目の前で明るく笑って話をする晶絵を見れば、それこそわかるというものだ。彼女には闇がない。闇なんて言い方は大げさだけれど、人道を外れ魔法の深みにはまった人の重さがない。当たり前に家族や友人と生きて、知り合いの誰かが人を傷つけたりしない。傷だらけの世界で生きてきた自分や盛護にとってそれは、とても、とても尊いものなのだ。
「晶絵ちゃん」
「え、はいっ」
名前を呼べば驚いた様子で返事をする。
今、自分は幸せだ。それは間違いがない。エストリアルという世界を、エステラという星を嫌いになんてなれない。あの星で、間違いだらけの世界で生きてきたことに後悔はない。傷つけるなんて生ぬるいほどの力を振りまいたこともある。同じような力を向けられたことだってたくさんある。暴力に満ちた世界は醜くて、それでも魔法に満ちた景色は綺麗だった。
いきなりこんな感傷的になって変だと思われるかもしれない。でも、伝えたいと思う。魔法に生きた先達として、平和に生きる少女へ伝えたい。
「きっとクロマは悪い人たちです。でも、あなたはクロマの人たちに優しさを持って接してあげてください。悪意に悪意を向けちゃだめですよ」
「それは…はいっ!」
「ふふ、いい返事です。もしも晶絵ちゃんの気持ちが負けちゃいそうになるくらい悪い人が出てきたら、ええ、私と盛護さんがばーんと叩きのめしてあげますから」
「あはは、それは心強いですね。そのときはお願いします!」
「ええ、任せてください」
ラミシィスは改めて思っていた。自分の愛した人の故郷は、本当に良い国だと。眩しいくらいに温かな少女が生きるこの日本という国。
最初は自分たちだけが幸せになれればいいと思っていたけれど、どうせなら周りの人もみんなまるごと幸福でいっぱいにしてあげたくなってきてしまった。魔法が広まっていない世界なのだから、なんでもかんでも自由にとはいかないかもしれない。それでも少しくらい――。
「――あら」
魔力が見える。空間が青い燐光で歪み、広がっていく。それはラミシィスにとって馴染み深いもので、自分もよく使ってきた移動魔法によるもの。空間と空間を繋げて長距離移動を可能とする魔法だ。
ラミシィスの感知魔法は常に国全域を覆っており、どこでどのような魔法が使われるのかわかるようになっていた。しかし、こちらの世界は魔法の隠蔽技術がとても進歩しているらしく、いくらラミシィスと言えど適当な魔法感知で隠蔽されたものを感じ取ることはできなかった。
さすがに近くで使われると隠蔽魔法を使われていようとすぐにわかるが、今回は転移前の位置を特定することはできなかった。まあ、それも本気で探せばすぐにわかるのでラミシィスからすればどうでもいいことではあるが。
「――ほほう、こちらは外れでしたかねぇ」
現れた三人組のうち、真ん中の老婆が言う。老人とは思えないピンと伸びた背筋に、猫のように細められた目。額を出した白い髪は短く、綺麗に整えられている。
上手く隠してはいるが、そこそこの魔力も持っているようだ。
しかし、ラミシィスはそのような些細なことは気にしなかった。それよりむしろ、天狗になっていた自分が恥ずかしくなっていた。
"長距離転移ができる魔法使いなんていないでしょうね。この世界低レベルっぽいですし"などど内心魔法レベルの低さを馬鹿にしていたため、自分の傲慢さが恥ずかしかったのだ。
ここで一つ言っておくと、彼女に悪気はない。ここまでエステラの人間が如何に魔法狂いであるかを述べてはきたが、ラミシィスもまたエステラの人間であることを忘れてはいけない。
そう、ラミシィス・エステリアという女は、エステラ最高峰の魔法使いなのだ。
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