36. 現代科学技術的なアレ

 俺の嫁(26歳)が魔法少女のコスプレをしたいと願い、実物の魔法少女(15歳)がごめんなさいをして数十分。

 大人のお姉さんであるラミシィスと、お年頃な少女の羽原さんが意気投合するのは当然の帰結であった。

 俺たちが異世界帰還者であることは伏せ、今朝作った捏造ストーリーを伝える。そして今日本に二つの悪の組織がいることも伝えた。羽原さんから聞いたクロマという組織に加え、魔法姫四人を狙うグレーという組織。

 最後に、グレーの狙う魔法姫がおそらく彼女の友達二人であること。これは今ちょうどラミィが話している。


「晶絵ちゃん。狙われている方のうちの二人はあなたのお友達だと思います」

「え」

「昨日偶然会ったミシェルちゃんって女の子がいるんですけど、晶絵ちゃんのお友達からその子と似たような魔力を感じたんです」

「わ、私の友達って、もしかしてネルとすみれのことですか?」


 目を見開いて驚く少女。ネルと薫、この二人が昨日見たサファイアとシトリンになるのだろう。


「おそらくですけど。そのネルちゃんと薫ちゃんも魔法少女なんですよね?青色の子と黄色の子ですか?」

「そう、です。ネルが黄色、薫が青です。あの、本当に二人がその魔法姫?なんですか?」

「正確には言えませんけど。私、さっき魔力のお話しましたよね?」

「はい。えっと、私のジュエルの力とラミシィスさんと山川さんの魔法の力は少し違うって」


 難しい顔をする羽原さんと、柔和な雰囲気のラミィ。

 俺の嫁が先生っぽくて可愛い。しかし手持ち無沙汰だ。ラミィの顔でも見ておくか。あ、見ているのはいつもだったか。


「そうです。私と盛護さんは純粋な混じり気のない魔力を扱っています。対して晶絵ちゃんのジュエルは、たくさんの人の希望の力が集まってできているので、言ってしまえばいろんな人の魔力が混ぜこぜになっている状態です。だから魔力反応も不思議な感じがするんですけど…いえ、それはいいんです。とにかく、私たちの魔法と晶絵ちゃんの持つジュエルは別の力なんですね」

「はい。それがどう関係するんですか?」

「ふふ、そうですね。本題です。魔法に必要な力が魔力というのは伝えましたね?」

「はい、聞きました。すごいです。私も使いたいです!」

「うふふ、それはまた後にしましょうね?」

「あ、は、はいっ」


 話が脱線しそうなところを笑顔でたしなめられて恥ずかしがる。

 羽原さんはまだまだお子様だな。事実お子様か。まあ、十数年前の俺も本物の魔法を目にしたら憧れてたかもしれんが。しかし、やはり暇だ。

 振り返ってぼーっと噴水を眺める。流れる水が美しい。飲み物がほしくなってきた。


「人は誰しも魔力を持ってはいるんですけど、私や盛護さんみたいな魔法使いは飛びぬけて魔力の量が多いんです。私が昨日会った魔法姫のミシェルちゃんも、魔力の量は多かったんですよ。それに、ネルちゃんと薫ちゃんも、です」

「それは、その、ジュエルの魔力じゃないんですか?」

「ふふ、そうなんですよ。ジュエルの魔力に加えて、私たちの持つ魔力も多く持っているみたいなんです。日本にはそこまで魔力の多い魔法使いはいないみたいなので、たぶんネルちゃんと薫ちゃんが魔法姫ですね」

「…そっかぁ。あの二人、魔法使いだったんだ」


 しみじみと呟く。ショックを受けているといった様子はなく平然としている。驚きはあっても、それ以上に思うところはないようだ。


「ええ、そしてそれがまた問題になってくるんです」

「ま、またですか?」

「ほら、先ほど魔法姫が狙われているとお話しましたよね?」

「あ…じゃ、じゃあ二人が危ないかも?」

「どうでしょう。グレーにばれているなら既に襲われていそうですし、案外ばれていないのかもしれませんね」

「うーん…それはそうかもしれないです。昨日も全然危ない目にあってるとか言ってなかったし、大丈夫なのかもしれません」

「でも、油断はできませんよ。これを渡しておくので、ネルちゃんと薫ちゃんにも渡してあげてください」

「これは?」


 ラミィがどこからか取り出したのは小さな白い石。ビー玉のように丸い三つの石を開いた手のひらに乗せている。


「護身用の魔法道具です。自動でバリアを張ってくれるので、こっそり鞄にでも入れておいてください」


 微笑むラミィが大人のお姉さんをやっている。いったいいつの間にそんな便利アイテムを作ったのだろうか。魔法の行使にまったく気づかなかった。ラミィに見惚れ、噴水でボケていたからかもしれない。もう少し魔力や魔法に警戒しなければ。


「バリア…。ありがとうございます。あ、でもあの。これ、無くしちゃいそうで…」

「あら、ふふ、ごめんなさい。ちょっと待ってくださいねー」


 羽原さんが無くしそうというのは、なんとなくわかる。快活な女の子というのは得てしてドジな部分も持ち合わせているものなのだから。その点を考えると、シトリンことネルも物を無くしそうな雰囲気があった。

 ラミィは照れりと笑って、くるりと指を振り魔法を使う。なんの魔法かは知らないが、石に穴が空いてブレスレットのようになったのを見るに具現化魔法か何かだろう。

 数秒後、羽原さんの手の上には三つのブレスレットが鎮座していた。中学生のアクセサリーにしては落ち着きすぎているが、これなら鞄に入れたとしてもそうそう無くすことはない。


「これなら大丈夫ですね」

「ありがとうございます!えへへ、やっぱり魔法使いってすごいです!!」

「うふふ、そんなでもないですよ」


 謙遜して微笑むラミィと、きらきらした目で笑う羽原さん。話の区切りもよさそうなので、二人に声をかけた。


「二人とも、喉が渇いたから飲み物を買ってくるよ。羽原さん、この辺に自販機はあるか?」

「えっと、ちょうどあっちの公園入口の横にありますよ」

「そうか。わかった。じゃあ君は何がいい?ラミィ、君のは俺のおすすめを選ぶよ」

「ふふ、わかりました。一番美味しいのをお願いします」

「了解」


 俺の恋人には俺と同じものを渡そう。恋人らしくお揃いだ。

 心の内でにやりと笑っていると、躊躇いがちな少女の声が聞こえた。


「あの、私もいいんですか?」

「ん?あぁ。子供が遠慮するな。同じ魔法使いじゃないか」

「えへへ。じゃあお願いします。私も山川さんのおすすめがいいです」

「おう、わかった。行ってくる」


 はにかむ少女と笑顔の美人さんに軽く手を振って自販機に向かう。場所は先ほど羽原さんが示した公園入口だ。円形の公園で、今いる場所とは反対だった。噴水を回り、木々に挟まれた道を抜けて道路の近くまで行く。

 教えられた通りに自動販売機が置かれていて、春の季節を迎えた二台の自販機にはホットのペットボトルもまだ用意されていた。

 右肩から左腰に通した鞄を開き、財布を取り出す。これは昨日空間魔法で中を拡張しているので、だいたいなんでも入るようになっている。財布を開きお金を自販機へ入れようとしたところで、空間が揺らめいた。


「ふむ」


 既に魔力は身体に馴染み、肉体強度も万全だ。魔力認識も問題なく、空間の揺らぎも漏れなく感知できた。

 位置は俺の後ろ、数メートルといったところだろう。魔力によって揺らめく空間は当然魔法によるもの。その場を押しのけるように、俺が見てい中空へ人影が現れた。

 一人、二人、三人。

 三つ分の影が見え、同時に結界が張られる。この感じだと認識阻害結界だろう。範囲は噴水広場手前まで。俺が通ってきた木立の道を含んでいる。もともと中にいた人間は外へと誘導され、結界内に俺と目前三人以外の魔力反応がなくなった。その瞬間に結界魔法が完成し、人の出入りが制限される。


「やあどうも、君が泥棒くんかな?」

「泥棒?なんのことだ?」


 影が形を成し、見えたのは人間。三人ともが灰色の服を着ていて、全身を覆うローブをまとっている。そのうち真ん中だけ、ローブに白色のラインが入っている。

 話しかけてきたのは真ん中の男。眼鏡をかけた髪の長い男だ。身体の線は細く、魔力はそれなり。隠しているというのも考えられるが、少なくとも筋肉のないやからに俺が負けることはない。


「君が盗んだナイフのことだよ」

「わからんな」


 ナイフと言われて思い出した。俺を昨日刺した男から魔法のかかったナイフをかっぱらったんだった。あれがばれるとは。しかしなぜだろう。ラミィの調べでは位置を特定するような魔法がかかっている様子はなかった。まさか俺の恋人の感知魔法から逃れられるとは微塵も思えない。謎だ。


「はは、しらを切ろうとしても無駄だよ。あのナイフには発信機がついていたんだ。柄に組み込まれているから君が気づかないのも無理はないよ。まさか記憶操作ができるほどの魔法使いがいたのは予想外だったけど――」


 男がぺらぺらと喋っているのに、まったく話が頭に入ってこない。俺の頭は別のことでいっぱいだった。

 呆然として、ぽろりと言葉が流れ落ちる。


「――発信機、だと」


 なんだ、それは。ハリウッド映画の世界じゃないか。

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