35. 魔法少女ジュエリア

 "姫と傭兵"というタイトルをつけた捏造ストーリーが完成し、俺が警察からマークされることはなくなった。おそらく、きっと。

 それはさておき、今からの予定を決めなければ。


「ラミィ、いつ出る?君のことだからローズ何某の場所はわかっているんだろう?」

「ええ、はい。いつでもいいですよ?弟さんはいつ帰ってくるんでしたか?」

「午後としか聞いてないな。母さん、泰毅たいきっていつ帰ってくるんだ?」

「お昼過ぎとメールをもらったから、13時頃じゃない?」

「だってさ」

「ふむふむ。お母様、ありがとうございます」

「ふふ、どういたしまして」


 目と目を合わせて微笑み合う俺の母と俺の嫁。嫁姑よめしゅうとめがとても仲良しで息子の俺も嬉しい。


「ラミィ」

「はーい」

「俺に礼はくれないのか」

「ふふ、仕方ない人ですねー。ありがとうございますっ、これでいいですか?」

「ふ、どういたしまして」


 にこにこと笑う嫁にアルカイックなスマイルを見せた。

 どうでもいい会話をしてしまったな。話を進めよう。


「で、どうする?13時ならさっさと行った方がいいよな。しかし相手はまだ子供だろ?年齢はわからんが、おそらく中高生だろう。いきなり訪ねて大丈夫なのか?」

「んふふ、私に考えがあります。大丈夫ですよ。任せてください」


 こんなにも人から聞く"任せて"を不安に思ったことはあるだろうか。いや、ない。

 ラミィがたまに言う俺の任せろを信用してくれない理由をこんなところで知ることになるとは。今はラミィの考えとやらが上手くいくことを祈っておこう。



「ラミシィス、言い訳を聞こう」

「うぅ、すみませんでした」

「よろしい。そして羽原うはらさん、だったな」

「は、はい!」

「悪かったな。うちのお姫様がいきなり魔法を使ってしまって。さっきも言ったが、悪影響がないことだけは確かだから、その点は心配しないでくれ」

「いえ、それははい。わかったので大丈夫です。私のジュエルも悪い反応示さなかったので、悪いことじゃないんだっていうのはわかりましたから」


 家を出て数十分。俺とラミィの異世界カップルは楽しい空中デートを経て目的地に到着していた。

 実家のある街から一つ隣の街。今回はささっと空を飛んできたが、電車でも数駅で着く程度の距離だ。思っていたよりも近いところに魔法少女の一人は住んでいた。

 その魔法少女というのが、俺の目前にいる女の子である。

 昨日見た黒髪魔法少女と同じはずだというのに、髪は少し短く目の色も違う。身長も低く、顔も未だ幼さが目立つほど。おそらく、魔法の影響で身体に一時的な変化が起きていたのだろう。それこそ漫画やアニメであった"変身"というやつだ。面白そうだし、俺もそのうち取り入れてみよう。


「それであの」


 少女、羽原うはら晶絵あきえさんが期待いっぱいの眼差しで俺を見る。

 場所は彼女の家の近くの公園。俺も名前は知っていた、中心に噴水のある大きな公園。名前は水花みずはな公園。水花町みずはなちょうという街の名前から取った公園だ。この街の観光名所として知られていて、未だ早い朝の9時過ぎだというのに散歩する人がちらほらと見える。

 公園のベンチに座る羽原さんとラミィ、そのベンチ前に魔力で作った椅子を置き座る俺。しょんぼりしている大人の女性一人は置いておいて、魔法使いと魔法少女、一対一の会話をする。


「やっぱり魔法使いなんですよね!?」

「お、おう」


 急に身を乗り出して聞いてきた。

 ベンチから落ちそうな勢いだぞ、危ない。しかしそんなに魔法使いが気になるものだろうか。


「俺はもちろん、そこのお姫様もな」

「そうなんですか。あの、さっきからお姫様というのは…」

「あぁ、文字通りお姫様だよ。羽原さんの隣に座っている人はちょっとした国のお姫様なんだ」

「ええ!?」

「ちなみに俺は彼女の婚約者だったりもする」

「わぁ!」


 年頃の女の子らしく、お姫様や婚約者といった単語に可愛くきらきらした目を見せてくれた。子供の反応は素直で良い。女の子が多かれ少なかれお姫様に憧れを持つのは全世界共通だ。


「改めて自己紹介だけしておこう。俺は山川盛護、これでも一応魔法使いをやらせてもらっている」


 スッと人差し指を立てて指先に指人形サイズの水球を浮かべた。驚きとわくわくが混じった表情を視界に入れ、逆の手をラミシィスに向ける。先ほどまでのしょんぼりはどこへやら、今は表情豊かに明るい顔をしている。


「で、そっちの可愛いお姫様が」

「私はラミシィスです。ラミシィス・エステリアと言います。私も盛護さんと同じ魔法使いです。よろしくお願いしますね、晶絵ちゃん」

「山川さんとラミシ…エステリアさん?」

「うふふ、ラミシィスでいいですよ」

「は、はい。山川さんとラミシィスさんですね。私は羽原晶絵です。えっと、本当は言っちゃだめなんですけど、私、ジュエリアなんです」


 少し恥ずかしそうに言う。

 ジュエリア、とは。俺の代わりにラミィが代弁してくれた。


「ジュエリアというのは、昨日の魔法少女のことですよね?」

「そ、そうでした!私たちのこと見てたんですよね!どうやって見てた…って魔法ですかぁ」

「あぁ、ラミィの魔法だよ」

「ふふ、ごめんなさい。ちょっと見させてもらっていました」

「いえ、大丈夫です。それよりあの、私と私の友達が戦っていた相手のこと、知っていたりしますか?」


 真面目な雰囲気となる。羽原さんの敵と言えば、昨日見たマント男とクロマジ、そしてジェムラと呼ばれていた存在だろう。

 ラミィと目線を合わせて頷き合う。返事は彼女に任せた。この話は、きっと今後の展開上大事なことになる。故に俺たちも真面目に聞かなければならない。


「ごめんなさい、私たちも知りません。晶絵ちゃんは知っているんですか?」

「そう、ですね。少しだけですけど」


 そして始まる希望と宝石を巡る物語。

 羽原さんいわく、やつらが現れたのは一か月前。"やつら"。正式に名乗ったことはないらしいが、戦っている羽原さんと友達二人は組織の人をまとめて"クロマ"と呼んでいるらしい。クロマはいきなり街に現れて、持ってきた黒い宝石を使い人の希望を奪っていったとか。希望を無くした人は無気力になって何もできなくなってしまうそうだ。

 黒い宝石が希望を吸っており、クロマの魔法か何かの力で昨日俺たちも見たクロマジになると言う。

 そのクロマとクロマジに対抗するため、たくさんの人の希望が集まってできた希望の塊が生み出された。それこそがジュエル。羽原さんが見せてくれたのは薄桃色の透き通った美しい宝石だった。また、クロマの持っている黒い宝石はジュエルに対してダークジュエルと言うそう。

 羽原さんはジュエルの力で変身し、優愛ゆうあいのジュエリア、ローズクォーツになった。変身すると超常の力を発揮することは言わずもがな。希望の力でクロマジを倒して人々の希望を元に戻せるそうだ。この希望の力とやらが俺たちの感じた不思議な魔力なのだろう。

 ちなみに、ジュエルからはぼんやりと意志のようなものを感じるらしい。なんとなく言ってることがわかるとか。


「クロマにジュエル。それにジュエリアですか」

「クロマか」


 どうやら思っていたよりも大きな問題なのかもしれない。魔法少女だからと軽い気持ちでいたが、希望を失って無気力になるなど、範囲によってはかなり強力だ。俺の知っている魔法とは仕組みが違うため、俺やラミィも避けられないかもしれない。対策を考えておく必要がある。

 内心の危険度を大きく引き上げ、色々と考えを共有しようと少女から恋人に視線を移す。真面目な声を耳にはしていたが、その表情にも真剣なものが宿っていた。


「晶絵ちゃん」

「は、はい」


 やけに強い目で自分を見る大人のお姉さんに対し、ピンと背筋を伸ばす羽原さん。

 俺のお姫様はなかなか大真面目に何かを話したりしないため、たまに見る威圧感ありの表情は新鮮だ。それだけ大事な話をするのかと思って見ていると。


「私もジュエリアになれますか?」

「え?」

「…なるほどなぁ」


 呆然とした顔で一言漏らす羽原さん。そして俺は天を仰ぐ。口から自然と漏れ出た言葉が清々しいほどに澄んだ青空へ消えていく。

 今日は本当に、いい天気だ。






※あとがき

書き溜めが5話くらいしかないので、週1くらいの投稿になります。

また、評価やら☆やらしていただけると嬉しいです。よろしくお願いします。

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