34. 辻褄合わせ

 朝、カーテンを透過して感じる太陽の光。心地のいい朝だ。


「…すぅ…すぅ」


 腕の中で眠るお姫様を起こさぬよう、静かに身体を起こす。

 布団がはだけ、ちょっとした冷気が流れ込んでくる。春を迎えた季節であっても、さすがに全裸で眠るのに適してはいない。隣の恋人が寒さに震えるのも可哀想なので、ささっと布団を被せて床に足をつけた。

 昨晩は大人の約束(隠語)を果たし、きっちり身体を綺麗にしてから眠った。魔法の力は風呂場に行かずともシャワーを可能とするのだ。こういった場面で大いに役立つと改めて感心する。やはり魔法使いは変態だな。

 俺のように190近い身長の服はこの家にないので、魔力で適当に下着からTシャツまで作って着ておく。父さんの服は俺より小さいので着れない。ラミィに関しては、どうだろう。そういえば考えていなかった。母さん姉さんのが着れるのかもしれない。


「…すぅ…ん…」

「…ふむ」


 よく寝ている。寝顔も可愛い。

 まあ、服はいいか。奥ゆかしいプリンセスなラミィのことだ。遠慮して魔力で作ってはい終わりだろう。そのうちたくさんプレゼントするから、それまで我慢してもらえばいい。それに、服なら母さんとか姉さんがいくらでも渡すことだろう。俺が気にする前に、そちらで解決してしまうと思う。

 恋人の寝顔を見ながら身体を伸ばして部屋を出る。

 時刻は朝の8時。今日も良い一日になりそうだ。



 全裸で気持ちよさそうに眠る恋人を起こし、今日の魔力服も可愛いと褒め、母親の手料理を楽しみ、身支度を整え、ある程度落ち着いたところでリビングのソファーに戻ってきた。

 ラミィもお化粧はばっちりだ。ほんのり紅色が入ったアイシャドウもよく似合っている。生まれが王族なだけあって、素材の良さを完璧に理解している。これほど化粧が似合う女性もいないだろう。元が良ければ化粧をするとより良くなるのだ。これは自然の摂理である。


「ラミィ、いつ出かける?」


 隣でぼんやり眠そうにしている恋人に問いかける。

 昨夜寝る前に話したことだと、魔法少女に会いにいくことが今日のメインだった。


「んーいつでもいいですよぉ」


 こてりと身体を倒して俺の肩に頭を置いてくる。ふわりと石鹸に自然な甘さを加えた香りが鼻腔をくすぐる。

 とても良い匂いであることは当然として、俺のお姫様は本当に眠いらしい。


「そうか。じゃあ少し寝るか?」

「…うー…」


 十秒ほど悩んだ後、ゆっくり指を振る。どうやら魔法を使ったらしい。その直後、ぱっと目を開けて俺と顔を合わせる。先ほどまでのぼんやり感が嘘のように表情がはっきりしている。

 元気に笑顔を見せてくれるかと思ったら、しょんぼりと俯きがちに目を落とした。


「はぁ、また目覚ましを使ってしまいました」


 目覚ましとは、目覚まし魔法のことである。睡眠魔法や誘眠魔法と対を成す魔法で、眠気飛ばしだとか眠気覚ましだとか言われる。通称目覚まし。これを毎日使うと、一か月くらいは寝ないで過ごせる優れものだ。


「まあいいじゃないか。寝るよりやりたいことがあったんだろう?」

「そうですね。ええ、はい。ふふ、私は魔法少女の三人とお話をするって決めたんです」


 くすりと笑ってそんなことを言う。

 ラミィも目を覚ましたところで、今日の予定確認を進める。部屋には父さんと母さんもいるので、そちらとの話も含めての確認だ。

 話を詰めると、父さん母さんは今日一日家。ラミィは俺と一緒に出かけたり出かけなかったり。弟の泰毅たいきは午後に帰ってくるらしい。俺の十年話は泰毅が帰ってからすることになった。ちなみに、姉さんは今もまだ夢の世界にいる。


「あ、あとそうだ盛護」

「ん?」

「あなた警察に呼ばれたからね。私と一緒に来てもらうから」

「…はは、冗談きついぜ」


 振り返って母親に笑いかければ、真顔の無言が返ってきた。


「…いやマジか。どうして俺が?」

「さすがに十年行方不明だったから、事情を聞きたいんですって。来週にでも息子さんを連れてもう一度来ていただけますか?って警察の人に言われたのよ」

「なるほど」


 母は苦笑して、"お願いされたら断れないわよねー"と続けた。

 確かに、十年もいなくなっていたら事情も聞きたいものか。無事に帰ってくるなんて、何かしらの事件に巻き込まれているとしか思えない。実際異世界転移とかいう意味不明な事件に巻き込まれたわけだし、あながち間違いでもない。

 しかし、それはそれだ。正直に異世界で人体実験受けて、好きな人守るために頑張ったら帰って来れました、なんて言えるわけがない。こちらの世界でもモルモットなんざ御免だ。


「警察って、あれ。この国の治安維持組織ですよね?」

「おう」

「え?盛護さん捕まるんですか?」

「はは、そんなわけないだろう。十年間何してたか聞きたいんだとさ」

「それ、どう答えるんですか?」

「……」

「…決めてないんですね」

「助けてプリンセス」


 たらりと汗が流れそうになった。急いで恋人に助けを求め、なんとか辻褄合わせを行う。最悪魔法でなんとかなるにしても、できれば納得のいきそうな理由を作っておきたい。

 両親、俺、嫁と四人で考えて、できた捏造の十年がこれだ。

 "山川盛護、十年前にアジアの謎組織に拉致される。組織では強制的に様々な闘争に駆り出され、いつの間にかこんな肉体になっていた。それから数年、所属組織が他組織との抗争により滅びる。同時に、元王族のエステリア家の秘宝を狙う悪い奴らから姫を守るため雇われる。色々あって駆け落ちのようになり、旅すること何年か。ようやく状況も落ち着き、日本に帰ってきた。パスポート?偽造ならあるぞ"。


「「「「……」」」」

「いや無理だろこれ」

「だ、大丈夫ですよ!細かいところは魔法でなんとかすればいいんです!」

「ラミィ、お前の」

「あ、お前って言いました?」

「言ってない。君の頭は空っぽだな」

「馬鹿にしていることには変わらないじゃないですか!」

「すまんすまん。怒らないでくれよ」


 四人でテーブルに座って話していたが、まともな内容はできなかった。

 闘争だとか傭兵だとか、そんな話したら即取り調べだろうに。下手したら、いや下手しなくても普通に捕まる。


「…盛護、少し思ったんだが、ラミシィスちゃんを本物の姫にするのはだめなのか?」

「…詳しく聞かせてくれ」


 詰め寄ってくるラミィを片手で横抱きすることによって落ち着かせ、真剣な顔の父に聞き返す。

 この様子だと、かなり良い案を思いついてくれたのかもしれない。そもそもラミィを本物の姫に、という時点で控えめに言って最高だ。

 父さんからの話をまとめるとこうなる。

 "山川盛護、十年前にどこぞの謎組織にさらわれる。そして、武装組織の捨て駒として育てられる。だからこんな屈強な肉体になった。何度も死線をくぐり抜けるが、ついに倒れる。組織にも見捨てられ、死にそうなところをラミシィスという優しいお姫様に拾われる。人の優しさに触れた男は、姫のために生きると決心する。最初は疑っていた姫の家族も、次第に男を認め、ついには国籍と職を与える。男は姫専属の護衛となった。そして月日は流れ、男と姫が恋仲となってから男の家に挨拶をすることに。これは本来お忍びであったが、姫が男の家族の温かさに触れ、"この人を再び家族として生きさせてあげたい"と思ったために行方不明届の撤回であった。男も姫も、そして男の家族もさすがに捜索願の取り下げのことなど何も知らず、母親が行って警察から男を連れてきてほしいとの話が出た"という流れ。


「いやこれは、どうなんだ?」

「私は悪くないと思いますよ?私の国は魔法であるようにすればいいですし、そう難しくもなさそうです」


 俺も結構良いとは思う。ラミィが賛成してくれたので、前に座る母さんを見る。俺たちと同じく賛成なのかと思ったが、何かあるようで母さんは渋い顔をしていた。


「…ねえ、お父さん?」

「母さん、何かあるのか?」


 珍しく母さんがじとりとした目で父さんを見ている。


「…あなた、映画の内容から盗ったでしょ」

「「え…」」


 衝撃の一言であった。問われた父は無言で目をつむり、数秒経ってから口を開く。

 いったいどんな釈明をするのかと、自分のことではないのに手に汗がにじんでくる。


「…うむ」


 いや"うむ"じゃないから。

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