33. 現状整理と睦言

 魔法使いならぬ魔法少女を発見してしまった俺たち二人。

 異世界出身真の魔法使いであるラミシィス・エステリアと、その伴侶の俺、山川やまかわ盛護せいご。ここにきて新しい魔法体系の発見かもしれない。これが異世界の魔法最先端惑星エステラなら一生遊んで暮らせる金をもらえると思われる。

 魔法少女もののテレビ番組でも見たような感想を胸に、二人でお風呂タイム。一軒家とはいえ普通の家なので、大人二人が入ればあふれてしまう。しかしまあ、それはそれで楽しいのが混浴というものなのだろう。

 少し窮屈で、けれども新鮮な気持ちで入れた楽しい混浴であった。


「しかしどうしようか」

「あ、私はローズちゃんとお話したいです」

「…まあ、いいんじゃないか?」


 わくわくした顔で俺を見る。既にラミィはベッドで横になっているので、椅子に座る俺を見上げるような形だ。上目遣い、これもまた可愛さの極致である。

 それはともかくとして、このお姫様、どうやら魔法少女三人組を気に入ったらしい。


「えへへ、じゃあ今度一緒に行きましょうね」

「俺も行くのか…」

「え」

「え?」

「一緒に行ってくれないんですか?」


 がばりと起き上がって、詰め寄るように横座りでベッドの淵へ腰かける。手を伸ばして俺の手をぎゅっと掴んできた。


「俺も行くよ」


 前言撤回。うるっとした瞳と手の平から伝わる体温。寂しげな表情を見て決断した。

 俺は行く。行かねばならない。このお姫様のために行かねばならないのだ。

 伝えた途端にぱぁっと明るくなる顔を見れば、こちらも自然と頬が緩んでくる。


「でもラミィ、あの黒いのってなんなんだ?クロマジとか言ってたよな。グレーと関係あると思うか?」

「んー…」


 考えるラミィは可愛い。

 再びベッドで毛布を被りながら考えてくれている。身体は横向きで、俺と向き合いながらなのが彼女らしい。


「私が見たところ、あのクロマジちゃんは魔力の塊です。でも、ちょっと魔力の雰囲気が違うんですよね。質が違うと言いますか、自然的じゃないと言いますか…。複雑なのに綺麗にまとまっていて、あんなのエステラでも見たことなかったです」

「そうなのか」

「魔法少女の三人も似たような感じです。珍しい魔力を使っていました。あ、でもサファイアちゃんとシトリンちゃんは結構自前の魔力も持っているみたいですよ」

「へぇ」

「エステラの魔法使いくらいには持っていましたし、それだけでも十分戦えるんじゃないですか?」

「うん?」

「どうかしました?」


 つらつらと喋る恋人の可愛い声を聞いていたら、少し気になる部分が。エステラ並みという単語、つい数時間前に聞いた覚えがある。


「なぁラミィ」

「はいっ」


 元気よくニコニコしながら返事をくれた。とても可愛らしい。


「サファイアとシトリンって、もしかしてミシェルと同じ王族家系じゃないのか?」

「あ、そうかもしれないです」

「……」

「……」

「どうしよう」

「どうしましょう」


 また悩ましいことになってしまった。

 肘置きに右肘を置いて、手の甲に顎を置く。

 考えることが面倒になってきた。そもそもの話、俺という人間は考えることが苦手なのだ。考える前に魔法でぶちのめすのが先のスタンスで生きてきたから、無駄な思考は疲れる。しかし、地球に来てしまったからにはそうもいかない。平和にのんびり生きていく予定なのだから、少しくらいは冷静に動かないといけない。


「いったん状況を整理しよう」

「いいですよー」


 まずは勢力図だ。

 一つ、俺とラミィの異世界組。

 一つ、望やミシェルの逃亡中組。こちらには勇者の家やミシェルのルビハート家も含む。

 一つ、邪神的な何かの復活を目論む組織グレー組。規模不明、結構大きいかもしれない。

 一つ、ルビハート家以外の三王家組。現在地、状況含め不明。ただし、二王家の姫は発見した可能性がある。

 一つ、魔法少女組。ローズ、サファイア、シトリンと三人の魔法少女がいる。他にもいるのかもしれない。

 一つ、ジェムラとやらを頂点にした謎組織、魔法少女組と敵対している。グレー同様規模不明。

 これらの旨を余さず伝える。


「気になるのは魔法少女ですねー。単純に可愛いのもありますけど、あの子たちが使っていた魔法の仕組みも知りたいところです」

「そうだな。ただ、個人的には魔法少女とその敵組織はあまり気にしなくてもいいと思うぞ」

「ん、どうしてですか?」

「ふ、ニチアサ魔法少女物はハッピーエンドで終わると決まっているのだよ」

「へー」


 ぽやぽやした顔でわかったのかわかっていないのか、何とも言えない返事をする。さすがにニチアサがどうとかは何も話していないので伝わっていないと思うが、ラミィならニュアンスで理解してくれたことだろう。

 床に敷かれた布団に潜り込みながら、次の話をまとめる。

 二つ目の話は今後のことだ。

 今日は5月5日の金曜日。昨日異世界エストリアルから地球の日本に帰ってきて、今日は朝から一日デートだった。デート中にグレーとかいう組織に襲われ返り討ちにした。情報を知っていそうな少年少女と楽しくお話をし、家に帰ったら姉がいて、ある程度話をして落ち着いたところで今度は魔力反応を感じた。魔力発生場所では正義の魔法少女と悪の組織が戦っていて、まるで漫画かアニメのようだった。

 今もやっているか知らないが、十年前は日曜日の朝に魔女っ娘もののテレビアニメが放映されていたのだ。当時の俺はあまり興味を持っていなかったが、姉さんと一緒によく見ていた。というか一緒に見させられていた。俺の姉さんはその辺弟に強引だったのだ。


「盛護さん?」

「なんだ」

「考え事ですか?」

「あぁ、うん。悪い」


 一人で考え込んでしまっていた。しかもどうでもいいことに時間を割いていたような気もする。

 上から声をかけられ、閉じていた目を開けば覗き込むようにこちらを見る恋人の姿があった。下から見上げるラミシィスはこれまた別の美しさがある。


「なんの話だったか」

「これからどうするかですよ。というかなんでそっちに横になっているんですか?」

「眠いからだが」


 魔法使いに睡眠が必要ないというのは、魔法で身体を元気にしているからであって、眠気がないとか眠くならないとかそういうわけではない。

 眠れるなら眠りたいのだ。だから緊急性のない今は普通に寝る。むしろ今まで眠る時間が短かった分よく眠りたい。少なくとも、俺はこの家にいる間絶対に長時間の睡眠を取ると心に刻んでいる。ここだけは譲れない。


「せ、い、ご、さ、ん」

「な、なんだい」


 眠気に襲われてつらつらと再びよけいなことを考えてしまっていた。

 名前を呼ばれてひどく動揺する。ラミィが怒っている。お姫様がお怒りだ。怒った顔も可愛い。


「…はぁ」


 ため息をついた後、お姫様はベッドの淵から飛び出させていた顔を引っ込めて手だけを出してくる。ちょいちょいと手を引いてこっちに来いといった形のジェスチャーを見せる。

 これ以上怒らせるのもよくないし、眠気もなくなったので身体を起こしてベッド上の恋人を見る。そこにはむくれてツンとした不満いっぱいのプリンセスがいた。


「…私が言いたいこと、わかります?」

「わからん」


 じーっと見つめて言われても、何も思い浮かばない。

 何かし忘れたことでもあっただろうか。おやすみのハグやキスなんてものは普段からしていないし、風呂や歯磨きなどはすべて済ませた。あとは電気を消すだけ。


「…もう、こっちに来てください」


 唇を尖らせてますます不満を示す。ベッドで横になり、胸まで布団を被ったまま腕を上下に振って俺を呼ぶ。

 彼女に呼ばれては行かざるを得ないので、立ち上がって枕元近くに腕を置き顔を近づける。床に膝をついて左手の甲に頬を乗せれば会話もしやすい体勢の完成だ。


「……っ」


 すぐに用事を言ってくれるかと思いきや、もじもじしていて何も言わない。

 ぎゅっと布団を口元まで引き上げ、先ほどまでの不満が嘘のように可愛らしい表情を見せる。ちらちらとこちらをうかがい、俺から見える範囲でも薄く頬に朱色が混じっている。

 時々視線は絡むので、言葉を待つ間に軽く微笑んでおいた。ますます顔が赤くなった気がする。俺のお姫様が可愛い。


「…盛くん、ほら…あの。約束したじゃないですか」


 可憐な唇を開けて教えてくれたのは、いつぞやの約束。

 色々と可愛さがすごいことになっているが、何より恥ずかしがりながらの声音がまたとても可愛い。

 わざわざ名前の呼び方を変えたということは、まあ、そういうことなんだろう。約束と聞いて思い出した。


「悪い、そうだった。俺から言い出したんだったな」


 さすがにここまでされて思い出さない馬鹿はいない。いくら俺でも思い出すというものだ。

 布団を少しだけ引き下げて、そっと彼女の頬に手を添える。


「ラミィ」

「…ん」


 名前を呼ぶと小さく喉を鳴らした恋人に愛おしさがあふれる。

 先ほどよりも赤みの増した頬を見て、ゆっくりと顔を近づける。唇を重ねようとしたところで気づいた。


「あ、電気消すか」

「んぅぅっ、もう!」


 さっと身体を離して言ったところ、ラミィは行き場のないもやもやをぶつけるようにじたばたとする。

 怒っているところ悪いが、ラミィ。潤んだ瞳で睨んでも可愛いだけだぞ。そんなことを思いながらリモコンで部屋の電気を消す。


「悪いな。これで大丈夫だ」

「あ……」


 先ほどと同じように彼女の頬に手を当て、額をくっつけるとすぐに静かになった。いつまでたっても照れやすい恋人に頬が緩む。

 改めて、今度は布団も横にやってしまい服越しに互いの体温を感じながら身体を重ねる。目を閉じて口付けをしようと――。


「――あ、隠蔽魔法使っておくか」

「んんんん!!!もうもうもう!!!!」


 再度身体を離して伝えると、こちらの服を掴んでぐいぐい引っ張ってきた。羞恥と怒りと焦りと、真っ赤になった顔でばしばしと叩いてくる。痛くはない、むしろ恋人の可愛さにこちらはにやにやとしてしまっている。

 別にわざとやっているわけではないのだが、本当にラミィはとんでもなく可愛い。


「わざとですか!?もう!なんでそう焦らすんですかー!!」

「いや、悪いな、うん。わざとじゃないよ。ついうっかり」

「うぅぅ…あなたがうっかりなんてするはずないじゃないですか」

「俺でもうっかりくらいはするぞ」


 恨めしそうにこちらを見るも、上目遣いでただ可愛いだけになっている。


「…それなら、私にも考えがあります」

「うん?」


 じーっと俺を見て言う。

 何をするのかとぼんやり眺めていると、突然押し倒してきてそのまま唇を奪ってきた。魔力の動きが見えたので、隠蔽魔法も素早く使ったようだ。

 それにしても、向こうからしてくるとは思わなかったな。


「…ん…ふぅ、どうですか?ふふん、私だってこれくらいできるんです」

「あぁ、まあ…なんだ」


 自慢げに言ってくる。しかしそこはラミィ。顔は赤いし目は泳いでいるしでわかりやすいことこの上ない。

 雰囲気もへったくれもないが、こんなやり取りも悪くないなとは思う。それでも、男としてやられっぱなしはあれなので、ぎゅっと抱き寄せて耳元で囁く。


「…ここからが本番だろ?」

「ひゃぅ…は、はい」


 我ながらとんでもなく恥ずかしくそして変態的な気もするが、これからやることを考えれば羞恥心などかけらもなくなるというものだ。

 消え入るような声で返事をするラミィをもう一度抱きしめて、今日一日の終わりを二人寄り添って過ごしていった。

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