32. 魔法少女もいる世界

 薄いテレビの画面内で冷たい眼差しの女性が動く。どこかのビルなのか、小奇麗な広い空間にエレベーターホールが流れた。切り替わった場面では犯人グループと思われる人員が床に座らされた人質と共にいる姿が映る。既に銃撃戦が始まり、人質近くの犯人数人は焦るように足を動かしていた。

 人質は全員ロープで縛られているため行動できないようで、先ほどの女性が裏から回ってきている絵が流れる。音を立てず素早く動く姿は、それこそ特殊部隊とでも言えそうな雰囲気だ。

 そして、手早く部屋に踏み込んで犯人をたんたんたんと三撃ち。麻酔弾により崩れ落ちる犯人達と、周囲を警戒する女。というか俺の姉。


「なぁラミィ」

「はい」

「俺の姉さん、有名人なんだってさ」

「みたいですねー」

「このドラマ面白いか?」

「ふふ、面白いですよ。もう終わりみたいですけど、お姉様がとてもかっこよかったです」

「よかったな」

「はいっ」


 二人でソファーに並び座り、俺の肩にラミィが頭を置いている。

 そんな穏やかな時間を過ごす今は既に23時前。姉さんのドラマは22時から一時間放映されていたのだろう。ちょうど今エンディングが流れている。

 寝る時間はもうすぐであるが、そこは俺たち魔法使い。一か月くらい寝なくても魔法でどうにかなったりするので時間は気にしなくてもいい。それより、今は重要な問題がある。


「…うーん、どうする?」

「どうしましょう?」


 遠くから感じる魔力。俺の家を狙ってきている雰囲気はないが、遠くでばしばしと魔力がぶつかっているのを感じるくらいには近い。


「どうするかなぁ」


 悩ましい。俺が感知できるということはそれなりに距離も近いということになるし、流れ弾が来ても困る。当然ドンパチしている輩もその辺り気にしてはいるだろうが、悪役というものは総じて民間人への被害を気にしないものなのだ。


「ラミィ、君の感知範囲はどれくらいだったか」

「私ですか?うーん…この国くらいは大丈夫ですよ?」

「…そっかー」


 ついついお子様言葉が出てしまった。日本全体ってお前。いや君だ。お前はだめだろ俺。


「うふふ、似合いませんね。可愛いですけど。それがどうかしました?」

「ああ、いや。先ほどから感じる魔力まで家からどの程度かかるのかと思ってな」

「え?んー」


 考えるラミィは可愛い。

 それにしても日本全体が感知範囲とは。俺なんて駅二つか三つ分の範囲しかないぞ。しかも集中してそれだ。今は比較的穏やかな気分だから感知範囲も広いが、戦闘中なんざ駅一つ分もない。

 自分の感知範囲が低過ぎる件について悶々としていると、考え事が終わったらしい恋人が可愛らしく俺の袖を引いてきた。

 考えていなくてもラミィは可愛い。


「たぶん三キロくらいですね」

「ふむ」


 三キロってどれくらいだよ。知らん。

 それっぽく頷いた俺が馬鹿だった。助けて賢い可愛い可憐なお姫様。


「三キロってどれくらいだ?教えてくれプリンセス」

「ふふ、飛行魔法でゆっくり飛んで二、三分ってところですよ」

「なるほど」


 自然な笑みで俺を見て教えてくれた博識プリンセス。笑顔がとても魅力的。

 なんとなくわかった。それなら俺の家まで魔法が飛び火することはないだろう。


「どうしようかぁ」

「どうしましょうかねぇ」


 だらだらと困った困った言い合う魔法使い二人。

 これがエステラだったら魔法が飛び火どころか辺り一帯消し飛ぶので余裕も何もなかった。防御魔法でも移動魔法でも使ってとにかく安全を確保しないといけなかった。しかしここは平和な国日本。刀傷沙汰があろうと魔法バトルがあろうと平和なものは平和。一瞬の油断が命取りでないだけで気楽だ。

 あと、俺たちに関係ないというものも大きい。傍観者、なんと甘美な響きであろうか。


「あー、そうだ。とりあえず見るだけ見るか」

「うふふ、いいですね。そうしましょうか」


 早速とばかりにラミィは指をくるりと振るう。すると目前に半透明なウインドウが浮かんだ。小窓程度の大きさにはっきりとした映像が流れている。

 映っているのは魔力の気配があった場所だ。空が暗いのは当然として、どうやら二組の魔法使いが争っているらしい。

 それはそう、まるで。


「魔法少女?」


 俺たちの視線の先には、可愛らしいフリフリつきの魔法使いっぽい衣装に身を包んだ少女たちがいた。



 ◇◇



 星々きらめく夜のとばりりた街。

 普段は穏やかに寝息でも聞こえそうな街中だが、今は争いの気配に満ちていた。弾ける閃光と響く轟音が戦いの激しさを物語っている。


「どうしてあなたたちはジュエリアを狙うの!?」


 一人の少女が叫ぶ。対峙たいじするのはのっぺりとした顔の黒い巨人と巨人の肩に立つマントの男だ。

 少女は黒の髪をハーフアップにし、身体をピンクと白のドレスで包んでいる。袖はふわりと広がり、腕を包むは白のプリンセスグローブ。胸元は桃色のリボンで飾られ、リボンから下は輝く紐がクロスされ、いくつかのボタンで留められている。

 膝上丈のスカートは二段のフリフリが目立つ。ところどころに魔法使いらしくとんがり帽子や杖のアクセサリーがあしらわれ、耳元には小さなとんがり帽子型のイヤリングが揺れている。頭には小さいベレー帽のようなとんがり帽子が乗っかっており、激しく動けば落ちてしまいそうだ。

 膝下は薄ピンクの長い靴下を履いていて、足首には手首と同じ帽子型のアクセサリー。靴も濃いピンク色をしており、ヒールのある靴がドレスらしさを強調している。

 極め付きは少女の背になびく長いマントだ。胸元で留められ、肩から後ろに流されるように身につけている。

 魔法使いでありながら、どこかお姫様チックな雰囲気の少女だった。


「カハハ、何度も言っているだろう!ジェムラ様のためだ!ジェムラ様のお力がこの世界を征服するのだ!!カハハ」


 上から見下ろし話すのはマントの男。こちらは少女と異なり、全身を隠すようにマントが覆っていた。頭にはシルクハットをかぶり、魔法使いというよりも怪盗に近いものがあるだろう。


「世界の征服なんて…そんなのだめだよ。そんなことのためにみんなの希望が詰まったジュエリアは絶対使わせない!」

「カハハ、お前たちに許可をもらう必要などないわ!やれ!クロマジ!」


 男の叫び声に反応して、黒い巨人、クロマジが"くろぉ!"とどんよりした声で拳を振り下ろす。巨人とは言ったものの、見た目デフォルメされたようなずんぐりむっくりとした体型。見た目と同様に動きもそう速いものではなかった。


「そんなの、効かないわ!」

「避けてーっからのえ~い!」


 地面に叩きつけられる拳を避け、次に声をあげたのはピンクの少女の近くにいた少女二人。どちらも桃色の少女と似たような服装をしている。

 一人は素早く地面を蹴って跳び、空中で青色の弓を引いて同色の矢を放つ。もう一人はふわりと浮かんでクロマジをすり抜けるように接近し、手に持った大きなハンマーを丸っこい頭に叩きつけた。

 マントの男はいつの間にかクロマジから離れ、近くの地面に降り立っていた。戦っている場所が開けた広場のようになっているため、今のところ周囲に被害はない。


「くろぉぉ」


 頭を押さえてふらつくクロマジを横目に、ピンクの少女がマントの男に飛ぶような速さで近づき拳をぶつける。


「せい!やあ!えい!!やぁぁ!!」


 直線、左、しゃがんで足払い、宙返りしながら後ろ蹴り、くるりと回転して足蹴りと。格闘技でも習っているのか、キレのある動きで男を捉えようとする。しかしマントの男もやり手のようで、それらの攻撃をひらりひらりと舞いながら避けていった。


「カハハ、そのようなもの当たらぬよ!カハハ」

「く、くろまじぃぃ!」


 高速格闘戦を繰り広げる二人の横では、気を取り戻したクロマジが手のひらを前に突き出して黒い光弾を飛ばす。

 それを見て動揺した弓持ちの少女が硬直してしまった。光弾がぶつかりそうになったそのとき。


「うううう!ええぇーーいっ!!」


 気合一息、全力のハンマー振りで黒い弾は打ち手へと跳ね返る。

 くろ?、ととぼけた声をあげるも光弾がぶつかり地面に倒れ込む。くぐもった悲鳴が聞こえた。


「助かったわ、ありがとうシトリン」

「いいよいいよー。でも気をつけてね。サファイアってばすぐ油断しちゃうんだから」

「べ、別に油断しているわけじゃないわ。少しその…驚いただけよ」


 真っ白な肌を薄っすら朱色に染めて、ぷいっと横を向く青の少女。弓だけでなく、衣装も青色で髪の毛も綺麗な青に染まっている。隣のハンマー持ちは黄色の衣装で夜の闇をも照らす金色の髪をしていた。

 冷静クールな青の少女と、天真爛漫な笑顔が眩しい黄の少女。ここに桃色の元気で真っ直ぐな優しい少女を加えた三人が、今ここにいる魔法使いグループの片側だった。


「くろぉぉぉ!!!」


 微笑ましいやり取りをしているからと言って敵が待ってくれるわけでもなく、倒れ込むように襲い掛かるクロマジ。二人の少女は素早くその場から逃げ、マント男と対峙していたピンクの少女も合流する。


「シトリン、サファイア!」

「おっけー」

「任せなさい!」


 今度は攻撃側に回る青と黄の少女。左右に散って素早く攻撃を加える。交互に攻撃を繰り返し、ある程度翻弄した後タイミングよく二人で地面に引き倒した。そして再び三人で合流し、目線を合わせて頷き合う。


「ローズ、あなたまだ大丈夫?」


 サファイアが聞くのは、一人でマントの男を抑えていた桃色の少女、ローズについて。息が切れてしまっているところを見て、心配そうに問いかけた。


「あはは、ありがとう。大丈夫だよ。だからやろう!」

「ふふ、ならいいわ。シトリン!やるわよ!」

「あは、おっけー。シトリンちゃんにまっかせなさーいっ」


 笑い合って前を向く三人。瞳には強い力が宿り、それぞれの手元が自身の色に明るく輝く。桃、青、黄。三色の光が暗闇を照らし出し、眩い光を恐れるようにクロマジが顔をそむける。

 片手は繋ぎ、もう片手は重ねる。真ん中にローズ、左右にサファイアとシトリン。重ねた手を前方のクロマジに向けた。三色の輝きは混ざり合い、一つの宝石のようにきらめく光となって辺りを染め上げていく。

 そして、三人の魔法少女の力強い声が響き渡る。


「「「ジュエリア!マギアミクスルナアーレ!!!」」」


 圧倒的な光の奔流に包まれ、クロマジは光の粒へと変わっていく。怒りの表情は解け、優しく穏やかな笑みを浮かべて消えていった。

 それは奪われた希望が人々の心に戻っていくようで、光の粒は大地に染み渡っていく。

 不満げな顔で捨て台詞を吐き消えるマントの男を他所に、三人の少女は笑顔を浮かべる。街には静寂が戻り、人知れず平和は守られた。



 ◇◇



 外灯が照らす街の映る映像から視線を外し、隣の恋人を見る。同じタイミングでこちらを見たらしいお姫様だが、その瞳に宿った色は俺とは大きく違う。


「いやなんだこれ」

「魔法少女!かっこいいですね!可愛いですね!」


 純真にきらきらした眼差しで俺を見るラミィ。純粋な気持ちを抱いているらしいお姫様と比べて、俺はまだ理解が追い付いていなかった。


「いやほんと、なんだこれ」


 魔法使いの定義が崩れそうな現実を目の当たりにして、とりあえず現実逃避気味に恋人を抱きしめることにした。

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