29. 出会いの記憶と"今"のこと
王都にて挨拶回りを行うため、盛護とシルベス、クレィスの三人は王城を訪れていた。
国王トルドアへの謁見を終え、次に向かったのは王族の待つ部屋。場所はパーティーで使われるホールであり、部屋というよりも会場と言った方が正しいかもしれない。
パーティーホールも当然王城としての広さや絢爛さを忘れておらず、広々とした壁に取り付けられた多くの窓から明るく日差しが降り注いでいる。夜になると
生まれてこの方パーティーホールになど踏み入れたことのなかった盛護は入口で止まり、同じく宇宙で盗人をしていたシルベスも目を見開く。クレィスだけは何事もないように前を歩き、それを目にした二人もゆっくりと足を進めた。
「みなさんお集まりいただけたようで、まずはありがとうございます」
口火を切ったのはクレィス・ウェルツ。昼前に時間を取って集まってもらった王族への感謝を述べた。
クレィスに追いついた盛護とシルベスの視線の先には、会場に集まった王族がいる。
男三人に女三人。左と右で男女に分かれている。テーブル二つに三人ずつと、歩いてきた盛護たちに向けて六対の目が向けられた。テーブルの傍にひっそりと立っているのは護衛だろう。各テーブルに二人ずつついている。彼らは異世界人とその引率を注視することなく、ピンと糸を張ったようにすべてを警戒していた。さすが王族の護衛、近衛と言えよう。
集まっている王族は全員が国王トルドアと同じ黒茶色の髪に琥珀のように輝く瞳をしており、顔立ちも整っている。
日本人の盛護よりも肌の色が濃く、半年間エステリアという国で過ごした盛護はエジプトとかインドみたいな感じか、などと感想を抱いていた。もちろんどちらの国にも行ったことなどない。ただのイメージである。
クレィス以外の魔法使いとも人体実験で会話をすることはあり、盛護もまたそれなりにエステリアの人間というものを見慣れるほどにはなっていた。しかし、それでもなお見惚れてしまうくらいには、揃い並んだ王族というものは美しかった。
「あぁ、わざわざ俺たち全員を集めたんだ。さっさと紹介してくれ。彼らが異世界人なんだろう?」
真っ先に言葉を返したのは左側のテーブルに座っていた男の一人。若さ目立つ王族の中で最も年長に見える。
目つきは鋭く、トルドアに似ているものがある。髪は短くも長くもない。整えられてはいるが一般的なものだ。
「そうですね。では二人とも、どうぞ」
クレィスが目で促してくるので、トルドアに自己紹介をしたとき同様盛護から話を始めた。
「俺は――」
そうして互いに名乗り合いが続く。
長男、長女、次女、次男、三女、三男。特に突っかかることもなく、あっさりと紹介は終わりを迎えた。
盛護とシルベスにとってはただの自己紹介。クレィスにとっては異世界人という存在がいることを国の重要人物に知っておいてもらうこと。王族からすればただ異世界人がいることを知らされるだけ。
誰にとってもあまり意味のあることではなく、ただ必要だから挨拶を行った。それだけである。ただ、挨拶回りというものは顔を知っておくことに意味があるものでもあるので、必ずしも理由が必要であるわけではない。
とはいえ、未だ国の運営に触れてさえいない次女以下の四人が面倒くささを感じていたのも仕方のないことだろう。
クレィスと長男長女の三人が政治的な今後の話に勤しむ中、退屈な王族四人と異世界人二人は雑談に興じていた。
「ねえ、あなたたちいくつなのぉ?」
尋ねるのは次女のミリュミア・エステリア。女性陣三人の中で最も髪が長く、腰まである長髪がくるりくるりと巻いている。緩い縦ロールに色気漂う顔立ちの美人だ。口調はおっとりとしていて、それがなおさらに色香を漂わせている。
「俺か?俺は十五だが」
「僕も十五だけど」
「あらぁ、まだまだお子様ねぇ。でもあなた…ええと、ヤマカワ君?」
「あぁ」
「あなた、十五歳に見えないけどぉ?」
「あ?」
「ひっ」
「あぁいや…」
年下の男子に威圧されて怯えるミリュミア。いつもの調子で話したら引かれてしまい、困りがちに声を漏らす盛護。そしてそんなやり取りを横に見る残りの四人。
「はぁ。盛護、それじゃあだめだよ。この人たちは普通の人なんだから…うん?普通の人だよね?」
自分で言って自分に自信がなくなってきてしまった。なぜなら盛護とシルベスの二人、この国に来てまともと思われる人間に接するのが初めてだったのだ。いかに頭脳明晰なシルベス少年と言えど、"魔法使いが全員まともかどうか"などという議論の経験はしたことがなかった。
「ふ、普通って何よぉ」
「そりゃ普通だよ。研究都市の魔法使いとは違ってほら、僕らのこと人として見てくれるみたいだし?」
「あぁ。そうねぇ…。あっちの人たちとは違うわよぉ。そういう意味なら"普通"ねぇ」
話の通じる組でお喋りが始まる中、盛護は久しぶりの日常会話に失敗して打ちのめされていた。
大きな身体でしょんぼりと身をひそめるも、ここは雑談スペース。当然この悲しい男に話しかける天使も存在していた。
「あの、ヤマカワさん、でしたよね。私たちとお話しませんか?」
「…お、おう」
動揺して軽く頷く程度しかできない
親譲りのダークブラウンの髪にライトブラウンの瞳。髪は肩下まで伸ばしており、毛先がくるりと回っている。ほんのりたれ目が入った瞳は優しさに満ちていて、それはまるで空から舞い降りた天使――。
「――あの、私、何か変でしょうか?」
「あ…い、いや。なんでもない。その、あなたは…ええと、お名前を」
天使、ラミシィスに声をかけられて現実へと舞い戻る。
ちぐはぐな物言いの盛護であるが、これも仕方がないことだろう。なにぜこの男、可愛らしい美少女に見惚れ、優しく声をかけられ、一瞬にして落とされてしまったのだから。
「ふふ、忘れちゃいましたか?私はラミシィス・エステリアと言います。もう忘れないでくださいね?」
そう微笑んで言うラミシィスは、ちょこんとスカートをつまんで茶目っ気あふれる挨拶をした。
それを見た盛護がまた一段落とされたことは言うまでもないだろう。
◇◇
「んー…」
「ラミィ、どうかしたか?」
「いえ、うふふ、ちょーっとどこまで記憶見せるか悩ましくてですねぇ」
恋人の記憶を漁っていたら、血生臭いものに加えてとても懐かしいものがあり、つい声が漏れてしまった。
隣を見ればありありと心配が刻まれた顔がある。ラミシィスはあふれる幸せに緩みそうな頬をどうにか抑え込んだ。
「そうか。ならいい」
「えへへ、じゃあ私たちの出会いを再生しますよ?」
「おう。任せた」
「はーい、任されましたー」
盛護の家族に、人体実験だとか、一人ぼっちで寂しい暮らしとか、戦いだらけの生活とか、悲しくて辛い思い出は見せられない。
でも、大事な出会いの記憶ならいくらだって見せられる。自分の大好きな人と一緒に紡いできた素敵な思い出を、大好きな人の家族にも知ってもらいたい。十年間。失ってしまった時間はもう戻ってこないけれど、これから思い出を積み重ねていくことはできるから。まずは、自分と、自分の大好きな人がどうやって生きてきたのかを知ってもらうことから始めていこう。
好きな人とその家族が一緒にいる。そのことが、それだけのことが心に優しい風を吹かせる。これまでになく温かい想いを胸に、ラミシィスは盛護の額に唇を落として魔法を使う。
もちろん、口付けをしたことに深い意味はない。
顔を赤くする盛護に対して、出会った日と同様の茶目っ気あふれる笑みを見せるラミシィスであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます