28. 半年後、国王の記憶
第三魔法国家エステリア、国王、トルドア・エステリア。
黒茶色の短髪に鋭い目。ライトブラウンの瞳が宝石のように輝き、オールバックに整えられた髪が顔つきの精悍さを増している。絨毯と同じワインレッドのローブに包まれた肉体は遠目からでもわかるほど力強い。豊潤な魔力に満ちた身体からは青い燐光が飛び散っている。
黒の玉座に腰かけた王の両隣には、直立不動の黒マントをまとった男が二人。王に負けず劣らず鍛えられた身体を持ち、漏れ出る魔力の量はより多く青く染まっている。
対するは異世界人である山川盛護、シルベス。そしてエステリアにおける魔法研究都市代表のクレィス・ウェルツ。三人から魔力が漏れ出ている様子はなく、盛護とクレィスは落ち着いた表情で立っていた。もう一人、盛護と同じ世界であり、しかし異なる宇宙出身のシルベスはというと。
「王様、僕はシルベス。よろしくね」
謁見室の床に片肘をついて寝転んでいた。
先ほどから誰もがこの、当たり前のように空気を読まず寝転がる異世界人には気づいていた。気づいていて無視していたが、それもここまで。今回は異世界人として挨拶をしに来たのだから、トルドアとしても話をせざるを得なかったのだ。
「…うむ。シルベスか。俺はトルドア。この国の王をやっている。お主は盛護と異なる空から来たそうだな」
「うん、そうだね。盛護の住む星、いや宇宙かな。そっちよりはかなり技術的に進んだところから来たよ。さすがに宇宙の仕組みや世界の仕組みまでは紐解いてなかったけどね」
世界、宇宙、星、国、と、なかなかにややこしい仕組みをしている。そもそも宇宙同士が交わること自体稀なため、世界規模の比較はあまりする必要がないかもしれない。ただ、世界の法則を考えると一概に宇宙規模のみの比較でいいとも言えない。
盛護やシルベスの宇宙を内包するアースは科学を中心とする。対してエステリアがある星、宇宙を内包するエストリアルは魔法を中心とする。
宇宙を越え、世界を越えたからこそ盛護とシルベスの生命体としての器が広がったわけで、宇宙同士ではここまで大きな変化が起きることはなかっただろう。
世界というスケールは、多くを語るうえでどうしても必要なものなのだ。
異世界であり、なおかつ異なる宇宙。トルドアが今回最も興味を持っていたのはこの点だった。しかし、尋ねる相手というのが視線の先で悠々と寝転がるシルベスである。見た目少年であることも相まって、会う前よりも話を聞く気力が薄れてしまっていた。
これなら技術力が低いとはいえ、異世界出身であることには変わらない盛護に話を聞く方がいいかもしれない。そんなことを思う国王と、同じ気持ちを持つ側近二人であった。
「お主から見て、この世界はどうだ?」
「すごい世界だと思うよ。他の国や他の星がどうかは知らないけど、魔法のすごさはよくよく体感したからね。でも国王様。僕も盛護と同じでこの世界が好きじゃないから。王様とか貴族とか、誰かを敬うつもりはないんだ。悪いね。ただ、少なくとも生き物として扱ってくれたことには感謝するよ、ありがとう」
「あぁ、それには俺も感謝している。クレィスから聞いた。エステリア以外の国に落ちていたら文字通り"物"として扱われていたってな。だからありがとう、おかげでまだ俺たちは"人"でいられる」
純粋な言葉だった。含むものはなく、本心から感謝だけを伝える。
例え"人間"ではなくなったとしても、まだ"人"ではいられる。身体は変わり、心も変わり。それでもなお、人であることは忘れていない。もしもエステリア以外の国に捕らえられていたら、既に成り果ててしまっていたかもしれないから。
盛護は思う。シルベスは大丈夫かもしれない。自分より過酷な環境で生きてきたことはよく聞いた。だが自分は違う。ただ生を享受していただけの、ただ平穏に生きていただけの自分には無理だったろうと。もし生王獣との同化が最初じゃなかったら、もし実験素体ではなく実験動物として扱われていたら、山川盛護は"人"ではない何かになってしまっていただろうと。
「…そうか」
国王が返したのは、短い言葉一つだけ。
自分たちが間違えていることはわかっている。それでも選ぶのは自らの欲求のためだ。先へ先へ、ただ魔法の先へ。そのために犠牲を許容しているのだ。
クレィスのように突き抜けることはできず、自らの欲望を捨て去ることもできず、中途半端に生きる。故に王なのだ。だから国王という椅子に座しているのだ。
トルドアの胸には、様々な想いが去来していた。それらすべてを飲み込んで、前だけを見据える。これが王としての責務、生き方であった。
「それで王様。僕に何を聞きたいんだい?」
「そうだな。まずは――」
謝罪はしない。できるはずがない。そんな権利は持ち合わせていないから。
自分にできるのは、ただ王として。第三魔法国家エステリアの国王として役割を果たすことだけ。それでも、ほんの少し、未だ"人"であろうとする"人間"二人の幸福を願うことくらいは許されるだろう。
誰にも見せることのない小さな願いを胸に秘めながら、エステリアの国王トルドアは未来に繋がる話へと耳を傾けるのであった。
国王への謁見を終え、待機部屋へと戻ってきた三人。次は王族に話をするらしい。そのまま謁見室で紹介も済ませればいいのにと異世界組は思ったが、国王様も次の予定が詰まっているそうで時間がないとか。
さすが一国の王様、と頭で考えるシルベスだが、盛護はまったく別のことを考えていた。ずっと気になっていたことを聞こうと、ソファーの背もたれに身体を預け天井を眺める少年に声をかける。
「シルベス」
「あい」
「お前王様と話すときずっと寝転がっていたよな。なんで怒られなかったんだ?」
「わかんない」
そりゃ知るはずないよな、そうは思うも納得はいかない。これでも元は平和な日本で十数年暮らした人間。偉い人に敬意を払わないといけないことくらいは知っていた。だからわざわざ"この世界が嫌いだ"なんて口にして予防線を張ったくらいなのに。
「お前が知らないのは当然か。クレィス、どうしてだ?」
役に立たない友人から別のソファーに座る男へ視線を移す。何やら手帳を開いて確認していたようで、顔をあげて盛護を見る。
「どうしてと言われても、君らは異世界人だからね。貴重どころか、唯一無二の存在に礼儀がどうとか言ってられないでしょ」
「…それもそうか」
言われてみればそうだった。
盛護とシルベスは、魔法の真理を解き明かすことに繋がる可能性の宝庫だった。たかだか礼儀がどうとかで文句を言われるはずもなかった。これが他国ならまだしも、エステリアという国の方針から考えて当たり前のことであった。
「でさ、クレィス。僕らは次王族の人に会うんだよね。何人いるの?」
視線は天井のまま、ぼーっとした状態でシルベスが尋ねる。
見た目適当であるが、この少年、中身も適当である。正直な話、シルベスにとっては王族や貴族への挨拶などどうでもよかった。早く今後のことを盛護と話し決めたいとしか思っていなかった。
「王族は……ふむ」
神妙に頷くクレィスの声に、盛護とシルベスはつい顔を向けた。
もしや何十人、何百人か、と面倒くさい気配にため息をこぼしそうになるが。
「いやぁ、忘れたよ。はっはっはっ」
「「…はぁ」」
快活に笑う男を見て、異世界人二人は別の意味で重い息を吐き出すのであった。
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