27. 半年後、王城の記憶
「はぁ。君たちは本当、前から思っていたけど馬鹿だね」
「はん、俺を馬鹿というなら貴様は大馬鹿だな、クレィス」
「…盛護、それ反論になってないよ」
「俺が馬鹿ならお前も馬鹿だな、シルベス」
「僕が馬鹿だって?君ほどじゃないよ」
無駄な会話に無駄なやり取りを経て、無事王城に入った三人。エントランスホールから階段を上り、謁見室にでも続きそうな幅広い真ん中の道から逸れて小部屋に入った。
小部屋と言えど、建物が建物なので部屋はとても広い。キングサイズのベッドが軽く十個は置ける広さがある。
「君たち、わかったから落ち着いてもらえるかな。この後の話をするから」
「あいよ」
「はいはい」
ソファーでくつろぐ異世界人二人に視線を向けて、魔法研究都市代長のクレィス・ウェルツは話を続ける。
「まず、あと三十分もしたら国王様と話をすることになるからよろしくね」
「国王か」
「王様は僕らのこと知ってるんだよね?」
「うん。詳しく知ってるのは国王とその周りの人数人くらいだけだね」
「俺たちが挨拶するのはそいつらだけか?」
「うん?はは、そんなわけないじゃないか」
続いたクレィスのセリフにげんなりとした顔を見せるシルベスと盛護。挨拶は国王とその側近、次いで王族、その後国に影響力を持った貴族と。ここまでが今日話す相手となっていた。
「クレィス、俺たちはまた叫んでもいいのだろうか」
「え、だめに決まってるでしょ。盛護って馬鹿?」
「おま…お前が言い出したことだぞ?」
「そうだっけ?」
とぼけた顔をしているように見えるが、どうやらこの少年、本気で興味がないらしい。盛護は友人のいい加減さにため息をつき、視線を移す。
「で、どうなんだ?」
「だめだよ。さすがに王城だからね。そもそも叫ぶことに意味はあるのかい?」
「ないな。ただの暇つぶしだからだめならそれでいい」
無駄話を続けること三十分。ようやく王に会う時間がやってきた。
「さて、行こうか」
「はいよ」
「あいー」
相変わらずの返答な二人に頷いて、クレィスは扉を開いた。扉の先は落ち着いた色の赤い絨毯にクリーム色の壁。壁はタイルのように模様が入っていて、等間隔に窓がはめられている。絨毯よりも濃い赤色のカーテンが左右に取り付けられており、廊下一つとっても趣向が凝らされているとよくわかる。
三人は足音をよく吸収する絨毯を歩き、小部屋のあった廊下から大きな通路へと出る。そちらは道幅の広さはもちろん、壁に備えられた装飾や高い天井から吊り下げられた灯りが豪奢な雰囲気をもたらしていた。
「この先で待っていると思うから、できれば丁寧にしてね」
「「了解」」
言われなくてもと、珍しく二人の意見が一致した。なにせ、扉の先からピリピリと強烈な魔力を感じるのだ。
魔力を放出して威圧でもしているのだろうか。普段なら魔力の無駄遣いと馬鹿にするところだが、その無駄遣いの量が多すぎて盛護の背に変な汗が流れた。視線を交わし合って頷く。
(これ国王一人か?)
(門番みたいな人いないんだね)
(国王やばそうだな)
(僕たちが武装してたらどうするんだろう)
(気合入れていくか)
(あ、魔法だから武装とか関係ないか)
まったく嚙み合っていないアイコンタクトであるが、思念魔法を使っているわけでもないので二人が気づくことはない。
変に気を張った盛護とは逆に、リラックスの極致にでもいそうなシルベス。そして普段通りのクレィス。歯車が嚙み合わずとも特に問題はなく、謁見室へと足を踏み入れる。
大きな扉を押し開くと、その大きさの割にまったく音を立てず滑るように動いた。扉の先には大きく開いた空間。厳かな雰囲気を感じる部屋だ。これまで以上に天井が高く、部屋の奥は階段状になっている。絨毯は途切れ、硬質な床に三人分の足音が響く。
階段の上は舞台のように広いスペースとなっていて、黒を基調とした玉座が目立つ。これまでの通路や部屋と違い、部屋全体が落ち着いた色合いで静けさに満ちているような、身が引き締まるような雰囲気を感じさせた。
「国王様、魔法研究都市代表クレィス・ウェルツ。ただいま参りました」
「よく来た」
部屋の中央、階段の下から数メートルは離れた位置で止まり、片膝をついて挨拶をするクレィス。
前方にいるクレィスが気がつかないのは仕方ないとして、数メートル離れてシルベスの隣にいる盛護もまた気づかなかった。山川盛護、国王とその両隣に立つ人間から立ち昇る青い魔力に
「面を上げよ」
「はい」
「はっ!」
「へい」
順にクレィス、盛護、シルベスである。
顔をあげて立ち上がるクレィスを見て、盛護も同じように立ち上がる。シルベスは身体を動かして片肘を立てた。手のひらの上に頬を置けば新しい体勢の完成だ。
立ち上がった盛護が横を見ると、この場で絶対にしてはいけないポーズをしている友人がいた。素早く二度見して目を丸くした。まったくもって理解不能だった。見なかったことにしようと視線を前に戻す。
「国王様、まずは挨拶をさせていただこうと思います」
「あぁ。いやしかし、クレィス。今日はやけに丁寧だな。何故だ?」
「…ふむ」
先に戸惑いを見せたのは王であった。クレィスらしからぬ物言いに口を出す。
今日は異世界人の紹介もあるしどうせなら、とわざわざ丁寧さを増して話したが逆効果だったらしい。そんなことを考えて一つ頷く。
「ならいつも通りでいきましょうか、トルドア様」
「うむ、それでよい。して、後ろの二人がそうか?」
「ええ、はい。この二人が…そうですね、この二人ですよ」
紹介しようと軽く振り向いたところで当たり前のように寝転がる阿呆に気づく。が、そこは都市長。一瞬の驚きも眉を跳ねさせるに留めて言葉を続けた。
「盛護君、シルベス君。挨拶をお願いできるかい?」
「おう」
「いいよー」
すぐ近くで寝転がる友人を見て、盛護が先ほどまで抱いていた緊張は綺麗に霧散していた。だらだらしているシルベスが先を譲るように手をひらひら振るので、先に挨拶をする。
(王様、あっしは山川盛護と言いやす。言葉がきたねえのは申し訳ねえ。これが素なんでさぁ。そんで、あっしは異世界から来やした。色々あってクレィスん旦那のとこで世話になっていやすが、これからもこの国には世話になると思いやす。よろしく頼んますわ)
一瞬これで行こうと考え、すぐに思い直した。頭のおかしい異世界人は一人で十分なのだ。
「王様、あっし…俺は山川盛護と言う」
"あっぶねぇ"。盛護は焦って内心呟いた。適当なことを考えていたら勢いのままに口に出そうになった。本当に危ない。あのままだとシルベスと同類に見られるところだった。異世界人全員狂人説はよくない。
盛護とシルベスが狂っているのは事実だが、異世界人が皆狂人だと思われるのは心外だった。
「俺はトルドア。この国の国王をやっている。…しかし、そうか。お主が異世界人の一人か」
「ああ。悪いが王様に敬語を使うつもりはない。俺はあまりこの世界が好きじゃないんだ。人体実験をするような奴らを好きになれるはずがないだろう?」
「そうだろうな」
表情を変えず頷く王に対し、両隣の側近らしき男二人は眉をひそめた。言葉を発さず行動もしないのは、それだけ王に対する忠誠心を持っているからだろう。
「だが盛護よ、お主にはこれからも働いてもらわねばならぬ。それがこの国の、ひいてはこの世界のためだ」
「…あぁ」
目前に座る一国の王の言葉を聞いて、盛護の心にはやるせない気持ちが押し寄せていた。
どうしよもない力関係、どうにもできない自身の無力さ。この場にいる誰一人にすら勝てないだろうことは、肌で魔力を感じてよくわかった。度重なる人体実験で得た力があるから、死ぬことはない。けれどそれだけ。
結局、半年前と変わらず何もできないまま。理不尽に抗う力は未だ足りないままなのだ。まだ届かない、今は足りない。だがいつかは。
諦めと同時に芽生えた炎を胸に、盛護は小さく頷くのであった。
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