26. 半年後、王都の記憶
数日後。
風を切り進む空の旅。乗り物などはなく、生身での飛行魔法だ。空を飛んでいる間は風の影響や冷たい空気、酸素の薄さといった様々な悪影響がある。しかしそこは魔法。飛行魔法には肉体への悪影響をいい感じに調節する機能もついているので、問題とはならない。この、"いい感じ"というのがミソで、魔法行使者が気持ちよく空を飛べるように作られている。飛行魔法の難易度が高いと言われる
「そういえば聞いてなかったけどさ」
「おう」
「盛護って精神年齢どうなってるの?」
隣を並走する大男に少年が問いかける。
銀髪をなびかせて飛ぶ姿は絵になるな、比べてガタイのいい男は、そうまるでスーパーヒーローのようだ。などと考えながら少年、シルベスを見る。
「俺の精神年齢?」
「うん。どうなのかなって。十年後だーとか話したけど、実際のところ詳しく聞いてなかったし」
言われてみれば自分の精神年齢がどうとかなんて考えたこともなかった。
シルベスと盛護は
そうした流れで他様々な人体実験を受けてきた二人だが、今のところは生王獣同化事件以外では急激な変化を起こさずに済んでいる。
生王獣の影響で肉体的にも精神的にも大きな変化を遂げた盛護だが、精神年齢という部分はまた別だ。いくら人間的思考から逸脱したとしても、未だ経験は浅く人の機敏にも疎い。子供に多い感情的な面が薄れたわけでもなく、ただ人として冷酷非情になっただけとも言える。
生王獣に人という生き物への関心が薄かったため、盛護自身も人間を同族と認めない節があるのだ。これはもうどうしようもないことで、今後精神的な成長を経ることで少しずつ変わっていくことだろう。
「知らん。そう変わってないと思うぞ。自分勝手になったとは思うがな。あと人でなしになった。あと傲慢になったかもしれん。なんにせよ、善人とは到底言えなくなったはず。わからんが」
「ふーん…」
なんとなく理解できたので頷いておく。この半年、シルベスが見てきた山川盛護という男は本人が今言った通りに傲慢外道な部分も多く見られた。自分本位で人を人と思っていない言動。人を見下した目。初対面で話をした少年と同一人物とは到底思えないほどだ。
それでも、シルベスはこの男が好きだった。多少人間性に問題があれど、元の世界じゃそんな奴どこにでもいた。自分を友として見ている、それだけで十分だった。
「君たち、もうすぐ着くから高度を下げるよ」
「了解」
「あい」
前方を飛ぶ細身の男、魔法研究都市代表クレィス・ウェルツから声が届く。同時に斜め下方向にゆっくり降りていく。三人で高度を下げながら飛んでいくと、雲が開け第三魔法国家エステリアの王都が視界に入ってきた。
「これが、王都か」
「研究都市より結構大きいね」
見えるのは王都。文字通り、王の住む都と言えるほど広い街だ。
中心に大きな城がそびえ立ち、城を包むように家々が広がっている。中心に近いほど大きな家があり、どの家も魔女の家のようなとんがり屋根をしている。城から離れるほど雑多な雰囲気となっていて、空からでもごちゃついているのがよくわかる。
研究都市もそうだったが、この国の家は何階建てであっても屋根の形はとんがり式のようだ。
青が煌めく城からは十字に道が伸びていて、それは街の端まで続いていた。王都の形はひし形に近いものがあるだろう。外壁はなく、魔力を感じるため無色透明の魔力障壁が作られていると見て取れる。
「盛護君、シルベス君、王城の前に門が見えるだろう?僕らはあそこに降りるから着いてきてくれ」
「了解」
「あい」
先ほどと同じ返事をする異世界組だが、どちらも内心初めての街にわくわくしていた。なにせ研究都市では研究棟を飛び出るだけで街に降りることはなかったのだ。空から自分たちが半年過ごした街を見るのも感慨深いものがあったが、実際に街に降りて足を使うということそのものが新鮮だった。
「「お、お待ちしておりました!」」
「やあ、どうも。悪いね、お出迎えありがとう」
「い、いえ!わざわざご足労をおかけし申し訳ございません!」
「はは、いいよいいよ。飛んでくるのも久しぶりで新鮮だったからさ」
「は、ははっ!」
門番らしき男二人と話をするクレィスを前に、大男と少年は周囲を見渡す。
「うんうん、地面は普通だね。石畳みたいな。でも継ぎ目綺麗だなぁ。これ魔法使ってるよね」
「あぁ、だろうな。薄く溝を残しているのは見た目いいからだろうよ。それより人少なくないか?」
「あー、確かに。王城の目の前だからじゃない?ほら、あっちの方にもう一個門あるし」
少年が指差した先にはもう一つ大きな門があった。
そう、ここは王城の内門だった。城に入るには外門と内門の二つを抜けなくてはならず、本来なら外門から順に通ってくる必要がある。しかしそこは研究都市長。異世界人をあまり人目に触れさせたくないこともあって内門からの入城となった。
また、このために城を包む結界魔法も部分的に解除しているため、ひと手間かかっていたりもする。
「本当だ。あの門の外には人も多いな」
「ね。今の時間は貸切なのかな」
シルベスの言う通り、この時間は事前に話を通していたため貸切となっている。
クレィスと話をしていない方の門番がちらちらと二人を見ているが、まったく意に介さずマイペースな異世界組だ。
「ちょっと叫んでみてよ」
「は?」
唐突な友人の物言いに眉をひそめた。
「いや、叫んでみてって」
「そうじゃねえよ。なんで叫べって?」
いつも頭がおかしいとは思っていたが、今日もまたぶっ飛んでるなと盛護は思う。
実際のところ、銀髪の少年、シルベスに意図などなかった。頭がぶっ飛んでいると思われても仕方のないことだろう。
「意味なんてないよ。なんか面白そうだし」
「は?馬鹿かお前。お前がやれよ」
「え?なんで?」
「なんでって…」
よく考えたら別にシルベスに叫ばせる必要もなかった。そもそも叫ぶ理由がないのだから、相手に叫ばせる理由など存在するはずもない。
「…言い出したやつが叫ぶもんだろ、普通」
「うーん、それもそっか。じゃあ一緒に叫ぼう」
「は?」
また意味不明なことを言われて声をあげる。にこにこと笑っている友人が胡散臭くてしょうがない。
しかし、盛護が思っているような疑いは何の意味もなかった。シルベスに考えなどなかったのだ。適当に話して適当に暇で適当なことしようと思ったから、以上。
「一緒ならいいんじゃない。わかんないけど」
「そうか…そうかもしれないな」
「うん」
ここにもしまともな人間がいたら、この二人を阿呆と罵っていただろう。だがそんな者はいない。いるとすればクレィスだったが、それも時すでに遅しというところで。
「じゃあ二人――」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「僕が来たぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
城外で頭のおかしい二人組がやってきたと話題になるのは、この後すぐのことであった。
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