25. 半年後、外出許可の記憶
◇◇
エステラという星にある国のうち、三番目の勢力を誇る第三魔法国家エステリア。このエステリア含め、星に存在するすべての国家が魔法の研究を第一に動いていた。それも当然、魔法や魔法の元である魔力の研究こそが国力に直結しているようなものだったからだ。
どの国にも言えることだが、魔法の研究や強力な魔法使いばかりが政治に携わるわけではない。むしろ、本気で魔法に取り組んでいる超一線級の魔法使いは魔法以外に時間を割くことがない。なぜなら、同じように生きる魔法使いが五万といるからだ。文字通り世界中にいる。もちろん、全員が全員そういうわけではないが、魔法研究者には魔法狂いが多いという認識は必要だ。
そうした認識を持ったうえで、エステリアに話を移そう。
エステリアも他国同様多くの魔法研究者が日夜魔法活動に勤しんでいた。その一方で政治を執り行う人も存在するわけで、彼ら彼女らは水面下の蹴落とし合いに夢中であった。
蹴落とし合いといえど、そう物騒なものでもない。ねちっこく細かい失敗を詰め寄り、相手派閥の思い通りにならないようにするだけだ。地球で言う、与党野党のようなものだろう。地球と違うのは、王族が部分的な最終決定権を持っている点。国の行く末を左右する場合に意見が割れているとき、その代の王が決定を下すのだ。それだと責任だけ持たされているようにも思えるが、様々な利点もあるので釣り合いは取れている。
政治色の強い魔法使いが権力闘争を楽しんでいる中、魔法研究所では異世界人の魔法実験がこれまた楽しく行われていた。このことは当代の国王とその側近にのみ知らされており、事後承諾で実験が進められていた。文句を言おうにも研究所を敵にすると国が滅ぶのでそんなことはできない。国王周りは揃って諦めの息を吐いたという。
王族やその周囲ともなれば、さすがに弱小魔法使いがいるなんてことはない。むしろ強力な部類に入る。それでも、そもそもの研究者側とは絶対数が違うので話にならない。もっと言えば、国王側とて異世界人の魔法実験に参加したい気持ちがあるくらいなので、どちらに転んでも異世界出身の二人に救いはなかった。
そんな無慈悲な現実に見舞われた異世界人である
ほぼ毎日何らかの魔法実験を受けてきており、二人ともが魔法研究都市の代表を務めるクレィス・ウェルツから合格をもらえるほどの魔法使いとなっていた。
「で、今日は何するんだ?」
「早く教えてくれないと僕の魂が暴走して国が滅ぶよ」
「あほかお前」
「はぁ?いいの?まずは君から滅ぼしてあげようか?」
「は?俺を?お前が?死ぬか?」
「いいよ、やれるもんならね」
「おう、そっちこそな。後悔するなよ」
「ははは、弱い犬ほどよく吠えるってね」
「はっ、俺が犬ならお前は犬以下だな」
既に馴染み深くなっている部屋で話をする。異世界人の二人に加え、今はクレィスも同席していた。普段は実験室で何をするか聞かされていたが、今回は珍しいことに二人ともが呼び出しを受けていた。基本違う部屋で魔法実験を受けていたため、かなりのレアケースだ。
面と向かってばちばちと青い魔力を飛ばし合う盛護とシルベスに、魔法ジャンキー代表のクレィスは笑って声をかける。
「はは、君たちそこまでにしておこう。今日は良い報告をするために呼んだんだ」
「「……」」
自分たちに数々の苦痛を与えてきた相手からの"良い報告"と聞いて、口をつぐみ冷静に視線を交わす二人。思念魔法を使うと息をするように
(やばいことか?)
(やばそうだよね)
((絶対やばい))
なんとなく伝わったような気もしたので、小さく頷いて元凶に目を向ける。自分に意識が向いたことに満足し、クレィスは笑みを深める。
「ふふ、良いお知らせだ。君たちの魔法実験はひとまず落ち着いたよ。おめでとう」
「へぇ…」
「は、どうせ次があるんだろ?」
「そうだね、わかっているなら話は早い。次からは外で実践的な魔法実験を行ってもらうことになる」
「なに?」
「外?」
外という言葉に驚く。この半年間、一度たりとも研究棟から出ることは叶わなかった。それが突然の外出許可だ。国が何を考えているのかまったくわからなかった。
「そう、外。君たちに取り込ませた魔法や魔法素材の影響は計り終えたからね。あとは君たち自身に魔法を考えて生み出してもらいたいんだ。必要に応じて魔物素材も取り込ませてはいきたいけど、今以上の強力な魔物素材は狩りに行かないといけないから、いったん別方面で動いてもらおうって話さ」
「なるほど…」
「へー、僕らが逃げ出すとは思わないの?」
「はは、元の世界に帰れないのにどこに逃げるって言うんだい?」
「…ま、そうだよね。わかってたよ」
苦い顔をするシルベスを見て、盛護も一つ質問を投げることにした。
「あんたが言ったように家に帰ることもできないし、別に逃げるつもりはないんだが…。外に出て何をすればいい?金は?住むところは?」
「あぁ、盛護君も丸くなったものだねぇ」
「うるせえ。早く言え」
「そう怒らないでもらいたい。引き延ばすのはなんだし、話すだけ話そうか」
これからの行動として、まず盛護とシルベスはそれぞれ一人で行動することになる。どこか拠点を見つけて魔法の研究を行うもよし、クレィスら魔法研究者からの依頼で魔物狩りに行くもよし、国内を回って魔法の知識を深めるもよし。好きな方法で個々の魔法を進化させていけばよい。
ここまでの実験で魔法使いとして一定ラインには達したため、一人でも問題ないと判断が下った。万が一素性がばれても生き延びるだけの力はついたとの考えだった。だからこその外出許可である。また、身分証も完璧に作り上げており、どこの組合に行っても大丈夫な形を整えた。魔法研究都市出身なだけで十二分な信頼度がある。
週に一度は戻る必要があるが、犯罪や他国へ渡ること以外なら他すべて自由だ。
目前の男からの説明を聞き、盛護もシルベスも渋面を浮かべる。隣にちらりと視線を送り、目が合ったところで譲るように顎を動かした友人を見て、銀髪の少年は口を開く。
「…ねえクレィス。どうして今なの?いくら実験が進んだといっても、僕らを外に出すリスクは大きいよね。それこそ空間広げてそこで魔法実験でもすればいいし。なんていうか、外に出した方がいい理由ができたとか?」
異世界の少年の言葉を聞いて、男は大げさに驚いた仕草をする。
「おっと、シルベス君は鋭いね。その様子だと盛護君もわかっているのかな。今言おうと思っていたんだけど、君らのことが他国の魔法機関に疑われているみたいでね。ずっとここにいると狙ってくださいとでも言っているようなものなんだよ。君らには自由に動いてもらって、襲ってくる魔法使いの始末も任せてしまおうかと思ったんだ。対魔法使いの実験はなかなかできないから、良い経験にもなると思うよ」
「…そんなところだろうとは思った」
「そうか…」
予想はついていたので、特に驚きはない。他国にもクレィスらと同等、もしくはそれ以上の魔法使いがたくさんいると考えれば納得も行く。わざわざ一か所に留めておくよりも、動き回らせた方が効率がいい。それに加えて魔法使いとの戦闘経験も積めれば一石二鳥だ。
人殺しと考えても、シルベスは当然、盛護すらも躊躇いはなかった。むしろようやくか、といった気持ちが大きい。
「あと、君たち明後日には王都で挨拶回りがあるから頭に置いておいてね」
「なに?」
「挨拶回りって…」
「楽しみにしておくといいよ。この国の王都は、なかなか良いところだから」
二人の戸惑いも気にせず、軽い言葉を残してクレィスは部屋を後にした。
「「…はぁ」」
自分たちにはどうしようもできない現状は変わらず、二人して重いため息をつく。ただそれでも、二人の瞳に半年ぶりの外に対する期待が混じっていたのは、言うまでもないことだろう。
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